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永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
第三章 初春
34/62

10

 靴音が反響する廊下を進み、自動ドアの前に立つ。ドアは音もなくスッと開いた。その先が総務の区画である。


 特捜の各部署は、この磨りガラス風の自動ドアで総務課と隔てられている。魔捜部屋、つまり内側からこちらに来たので自動ドアの前にパスコード入力装置はないが、反対に出勤する際や外から帰ってきた際、外側から各部署へ通じる区画に入るためには、六桁のパスコードを入力しないと自動ドアは開かない。そもそも完全な部外者がこの二・五階のフロアに入ること自体が事実上不可能なのだが、それでも更に各部署への入り口は強固なセキュリティに守られているのであった。


 全面ガラス張りで囲われた総務の区画では、制服を着た職員たちがそれぞれのデスクで端末に向かって仕事をしている。

 受付カウンターのような場所まで行くと、近くに居た顔なじみの職員、小宮山(こみやま)(ほまれ)が顔を上げた。誉は総務のアイドルと呼ばれている、小動物系の女性である。高瀬が総務に用がある際にやたらと遭遇率が高い。


「あ、高瀬さん」

「小宮山さん、どうも。あの……朝倉さんはおいでます?」

「……拳銃の携帯ですね、呼んできます」


 即座に事情を飲み込んだらしい誉は、奥の方へ駆けていき、やがて武器庫の担当者である朝倉を伴って戻ってきた。


「魔捜の高瀬さんでしたね。えっと、今回も……」

「あ、はい、ええと、普通の拳銃を持ち出しに来ました」

「了解です、こちらへどうぞ」

 武器庫の方へと促される。

「ちょっと厄介なことになってるみたいですね。総務もですけど、他の部署の皆さんもピリピリしてる感じです」


 世間話のように朝倉に言われ、他の部署もですか、と高瀬は相づちを打った。


「異次捜の黒野室長も、使い魔ちゃんたちもやたら楽しそうでしたし……あの人が楽しそうだと、大抵厄介なことが起きる前触れなんですよね」

 朝倉は眉を下げて笑う。

「……聞かなかったことにしたいです」

 これ以上の厄介事は正直願い下げである。が、そうもいかないだろうという予感も既にある。

「あはは。で、普通の拳銃でしたね」


 武器庫の前に辿り着き、朝倉が解錠しながら確認する。


「はい、普通の拳銃でお願いします……ちなみにですけど、魔法銃ってどんな感じなんですか?」

「あ、見てみます? 外見的には、普通の拳銃とそう変わりませんよ?」

 あまりに気軽な調子で言われ、

「……では……えー……見るだけ……」

 覚悟を決めきっていなかった高瀬は慎重に返事をした。

「じゃ、先にこっちへどうぞ」


 朝倉はずらりと並んだロッカーの奥へ高瀬を促す。高瀬がそこまで追いつくと、朝倉は鍵束から目的の物を選んでロッカーの一つを開けた。

「これが魔法銃ですね。ほら、変わらないでしょう? 普通のと」


 実際に魔法銃とやらを取り出して高瀬に見せる。確かに一見して普通の拳銃と違う部分は解らない。


「魔法銃は、術式を埋め込んで初めて、その本来の力を発揮するんですけどね。なので、使用時はカスタマイズが必要になるんです。羽佐間さんに頼めば、すぐに埋め込むための術式は用意して貰えるはずですよ?」

「……そうなんですね」


 術式を埋め込む、というのが具体的にどういう行為なのかの説明はなかった。そして高瀬も現時点でそれを求めてはいない。


「……ありがとうございます、ええと、では、普通の拳銃をお願いします」

「了解です。じゃ、これは片付けますね」

 魔法銃を元通りの位置に収めて施錠し、武器庫の入り口に近いロッカーの方へ移動する朝倉に、高瀬は着いていく。そして目的通り、ごく一般的な拳銃の持ち出して続きを終えた。


「ありがとうございます。では失礼します」

「はい、毎度」

「高瀬さん、気を付けて下さいね」

「ありがとうございます」


 カウンター付近で朝倉と誉に見送られ、高瀬は魔捜部屋へと引き返すために自動ドア前のパスコード入力装置の前に立つ。手早くパスコードを入力すると、ドアが音もなく開き、高瀬はまたその奥へと歩を進めた。後ろで自動ドアは音を立てずに閉まる。


 靴音を響かせながら魔捜部屋を目指していると、前方から二人の人物が同じように靴音を反響させながら歩いてきていた。

「おや、高瀬くん」

「お疲れ様です、二階堂室長」


 片方は記操――記憶操作室の室長、二階堂である。解りやすく螺旋に好意を寄せており、しかし何かにつけて振られている。高級そうな三つ揃いのスーツをチャラくならない具合に品良く着崩した、長身の、やや軽薄なつかみ所のない男であると高瀬は認識している。


「……お疲れ様です」

 二階堂の半歩後ろを歩いていた、小柄な女性も高瀬に挨拶した。否、二階堂と並んでいるから小柄に見えるだけで、それほど身長が低いわけでもないのか。いずれにしても初めて見る顔である。


「お疲れ様です。あ、自分は魔力捜査室の高瀬です」

「あ、記憶操作室の弓狩(ゆかり)です。高瀬さんっていうと、羽佐間さんの部下の方……ですよね?」

「あ、ええ、はい」


 高瀬の答えに、弓狩は目を輝かせた。

「羽佐間さんって素敵ですよね! 強いですし、お綺麗ですし! 私も記操じゃなくて魔捜が良かったです!」

 螺旋の信者らしかった。


「そう、ですね」

「はは、本っ当、弓狩ちゃんは螺旋ちゃんファンだよねぇ」

「……室長だって似たようなものですよね? っていうか室長はタチ悪いです」

 二階堂のからかうような声に、弓狩はジト目で言い返す。

「いやぁ? 僕はファンとは違うんだよねぇ」

「だから余計にタチが悪いんですよ、いっつも羽佐間さんを困らせて! 潔く諦めて下さい!」

「えぇー、諦めるのは無理かなぁ」

「…………」


 二階堂と弓狩のやり取りを、高瀬は何とも言えない表情で眺める。二階堂、想像以上に本気である。


「……あ、弓狩ちゃんはパイロキネシス、つまり炎を操る能力者で、特に精神・記憶分野に優れててね、うちのホープなんだ。物理的に炎を操るのも得意だけど、炎で内面に干渉する方が得意なんだよね」

 二階堂が話を逸らすように、高瀬にそんな説明をする。

「これからちょっと案件でさ」

「……ちょっと緊張します」

「だいじょぶだいじょぶ、何かあったら僕もいるでしょ」

「……まあそこだけは、そこだけは室長のことは信頼してるんですけどね……()()()()()のって神経使うんですよ」


 弓狩はため息を吐きながら応じる。


「弓狩ちゃん、キミさ、相変わらず室長に対する態度が辛辣すぎない? 僕、直属の上司なんだけど」

 二階堂は冗談っぽく返した。

「記憶を……焼く……」


 改めて考えてみれば、二階堂率いる記操は他人の記憶に干渉している部署である。対象の人格を壊さないように、しかし消去する必要のある部分に関しては徹底的に、かなり繊細な領域を扱っていると聞く。その重圧も相当のものだろう。


 そして今朝聞いたばかりの、高瀬に対する保護プログラム云々も、もしも受けるとなれば彼らが出てくることになる。記憶を操作されるということがどういう感覚なのかは判らないが――まだ自分の記憶はいじられたことはない()()である――高瀬はうっすらと寒気を感じた。


「おっと、急がないと。それじゃあ高瀬くん、そっちも気を付けて」

 二階堂が僅かに表情を引き締めて言い、

「あ、では失礼します、高瀬さん」

 弓狩も続く。

「はい、そちらもお気を付けて。失礼します」

「ありがとー」

 二階堂と弓狩、そして高瀬はそれぞれの目的地に向けて別れた。



 高瀬が魔捜部屋に戻ると、黒峰のデスクの周りに螺旋とつづりが集まっていた。

「ただいま戻りました……何かありましたか?」

「あ、お帰りなさい高瀬さん。わたしのテレポーテーションのズレについて、非科捜からの分析が届いたんです」

「暫定版だけどね」


 つづりと黒峰が順に応じる。


「空間座標そのものに狂いは生じてない。けど、空間座標を認識して移動する際に別次元から何らかの干渉が加えられている可能性が高い……黒野さんが言ってましたね、次元のノイズだとか」

 デスクトップ端末の画面をスクロールしながら、黒峰。

「そのノイズが、恐らくバシンの起こす現象にも関与していると思われます。だからバシンの影響力を広域化した可能性もありますね。別次元からの干渉なら、それで説明が付きます。増幅系のノイズみたいですし」

「……次元のノイズと言い、ヴェパールと言い、バシンと言い……面倒ですが仕方がありませんね」


 螺旋の声音には諦念が混じっていた。


「……明日の夜、コンテナ埠頭の倉庫エリアにバシンをおびき寄せましょう。この様子ならおびき寄せるまでもなくその周辺に現れるでしょうけれど――そこで逮捕します。黒峰さん、引き続き分析を進めて下さい、それと念のためにレベルCまでは伶那さんに共有しておいて頂けますか。私は臨時室長会議の申請をして来ます。結崎さんは空管・情管と調整をお願いします。高瀬さんは結崎さんのサポートをお願いできますか」

「はい!」

「了解です」

「判りました!」


 そして、それぞれが各自の作業に取り掛かる。


 調整の結果、臨時室長会議は三時間後に設定された。日勤の終業の後である。そう言えば先ほど二階堂も外へ出るようだったし、総務でも今日は全体的にどの部署も忙しそうだと聞いた。室長クラスを揃えられるのは最短で三時間後だったのだろう。

 高瀬はつづりの指示に従い必死で書類の作成や分類を行い続けた。螺旋に退庁を促されるまで時間の感覚がなかった。つづりも黒峰も同様だったようだ。


 室長会議には高瀬たちは出席できないし、どちらにせよ詳細が伝えられるのは翌日――バシン逮捕の当日になるとのことで、会議に赴く螺旋を残し、言われるままに高瀬たちは退勤した。


 高瀬にとって過密で長い一日は、こうしてやっと終わりを告げた。だが正直なところ、彼にその実感や充足感はなく、まだどこか現実ではないような気分でもあった。

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