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ドアが閉まると、
「――さて」
螺旋は高瀬たちを順番に見やってから口を開く。
「皆さんにお伝えすることがあります」
「? 何ですか、螺旋さん?」
「高瀬さんはご存知ですね、黒峰さんも恐らく把握していらっしゃるのでしょう。私には咲坂伶那さんという――友人がいます」
友人、という言葉を選ぶまでに僅かな間があった。
「……はい、知ってます」
黒峰は正直に答えたが、情報の入手経路については口を開かなかった。さてはグレー寄りである。
「あ、お医者さんですよね? 嵐みたいな」
つづりも先日のことを思い出したらしく、そう評した。それを受け螺旋はやや苦笑を浮かべる。あまりにも的確な評であると高瀬も改めて思った。
「彼女は――私の協力者です」
「!」
一同ははっと息を呑む。魔捜に――否、特捜における協力者という表現は、つまり、
「……螺旋さん、それって」
「ええ、彼女は表向きは医師ですが、魔術師としての顔も持ちます。現在は一線からは退いていますが、元々は私の姉弟子なのです」
「……やっぱり一般人じゃなかったじゃないすか!」
初対面の際の記憶を引っ張り出しつつ、高瀬は突っ込んだ。あの時も確実に心を読まれていると思ったが、本人は即座に否定していた。真っ赤な嘘じゃないか。だが一方で納得もする。寧ろ――全てが腑に落ちる。
「……色々と事情がありますので」
螺旋は目を伏せる。確かに協力者であるのなら、高瀬たちにすら知らされなかったのは当然と言えば当然だろう。寧ろ今ここで明かすということは、かなりの意味を持つはずだ。
それに姉弟子と言った。高瀬が知っている範囲でも伶那は何かといつも螺旋の世話を焼いているし、ある程度の過去を知っている印象も受けた。単に幼なじみだからという理由ではなかったようだ。
「特捜の関係者の、一部の医療的――いえ、正確には魔術を伴った医療処置についても、伶那さんが担っています。その意味では伶那さんのクリニックは、外部機関とも言えるのですが」
「えー、全然知りませんでした!」
つづりが目をぱちぱちしながら応じる。黒峰は曖昧な笑みを湛えていたため、さてはある程度は知っていたな、と高瀬は感じた。
「この辺りの事情は秘匿されていますから。伶那さんはあくまで、表向きは普通の医師なのです。現在は基本的には術名は使用せずに過ごしていますしね」
「……ですけど羽佐間さん、何故……今、咲坂さんのお話が出てくるんです?」
高瀬の問いに、
「ヴェパールの件……に、関することで……伶那さんにも関わりのある出来事があります。これから協力を仰ぐことが出てきますので、お伝えしておくべきかと。早乙女部長のご判断でもあります」
螺旋は静かに答える。
「…………」
ヴェパールの件に関すること。その言い回しに、高瀬はやや違和感を抱いた。ヴェパールの件、と直接的に言わなかった。螺旋のことだ、それには何らかの意味合いがあるはずだ。
――悪神。彼女が個人的にも追っているという悪神。今朝の話を思い出す。そして伶那が魔術に関する姉弟子であるのならば、恐らく――その辺りに何らかの――かなり深い事情がある。
高瀬は確信したが、口には出さなかった。意図的に螺旋がそれを伏せているのだとすれば、今はそのタイミングではないということだ。何らかの計算が働いている。過日の、螺旋が重傷を負ったヴェパールの件でもそういったきらいがあった上で単独行動をし、結果としてああいう事態を招いたので少しばかりの不安はあるが、どうやら彼女もそれは反省している。実際今回は、ある程度の情報開示をその都度行っている。あのような状況を過度に心配する必要はないだろう。
「伶那さんは警察官ではなく一般人の立場なので、あまりにも危険な場には呼びませんが……今後何かと情報交換を行う場面は増えると思われます。協力者として渡しても良い情報に関しては、黒峰さんに窓口をお願いしたいと思います。情分所属の黒峰さんの方が適切に扱える情報もありますから」
「了解です」
「――但し機密レベルの確認と管理は徹底して下さいね」
「……あ、は、はい、もちろんです」
「記操を動かすような事態にならないようにお願いします」
「……はい、気を付けます」
螺旋と黒峰のやり取りを眺めつつ、高瀬とつづりは視線を交わし合った。黒峰が何かやらかしそう、というのが半分、螺旋のトーンからは判りづらいが、どうやら冗談の空気や温度が含まれているようだ、というのが半分。
「……ということは羽佐間さん、さっき咲坂さんとお話されていたのは……」
「はい、今後のことで相談があったため、ある程度の情報共有を行っていました。今回の恐らくバシンによる案件と、それからヴェパールの件に関しても話したところです」
螺旋が伶那と話があると言い出したのは、帝和大学で紗雪の話を聞いた直後だった。魔力もそれに関する知識も持たない高瀬には解らないが、それを必要とするような重大な材料を得たということだったのだろう。
それにしても、今日は何かと忙しすぎる。つづりのテレポーテーション異常に始まり、高瀬自身が補助能力者であるという告知、螺旋の過去、そして紗雪までバシンとかいう悪魔の起こした現象を目の当たりにしており、ヴェパールが作り出した空間に引きずり込まれて対峙し、華火の能力にも何らかの干渉がなされており、しかも咲坂伶那は魔術師でもあり――
「…………」
必死で飽和した情報の整理を試みた高瀬だが、とても手に負えそうにない。もう流れに身を任せるしかない。警視庁捜査一課に居た頃にもこういう日はあった。目の前の出来事を一つずつ片付けるしかない。しかしこの魔捜でのそれは格段に密度が上がる。魔捜は特捜――特殊捜査部の一部署であるが、文字通り、否、それ以上に『特殊』すぎる。
「螺旋さん、ここまで色々重なることって、わたしの記憶ではこれまでなかったんですけど……」
つづりが混乱を隠さずに呟いた。つづりの感覚でそれならば、高瀬が処理しきれないのは当然だ。
「そうですね――複数の悪魔が関与し合っていると思われる状況というのは……これまでほぼ発生していませんでした。結崎さんの能力に干渉したり、モノの移動に関与している大元はバシンで間違いないのでしょうが、ヴェパールも――そして、もっと別のものも、関わっていると思われます。まずはバシンの封印を優先しますが、慎重に動く必要がありますね。あらゆる可能性を想定して」
「別のもの……って……」
高瀬が小さく呟くと、螺旋はただ静かに頷いた。悪神、とやらか。
「……黒峰さん、その後、モノの移動に関してSNSではいかがですか」
悪神について話は広げず、螺旋は黒峰に目を向けた。
「あ、はい、増加しています。ただまあ現実的にはにわかに信じられない類の話ですし、フェイクと受けとめられている感じではありますね……情管とも連携して、そういう風に多少の介入はしています。ただ動きとして、同時多発的だったものが、帝和大学――というか、螺旋さんの周辺に収束してきた感覚はありますね」
さらりと答える黒峰。
「……羽佐間さんの周辺、って……」
嫌な予感とともに高瀬は問う。
「魔力の強い者に、引き寄せられてる、って言えばいいのかな」
声色は軽めだが、黒峰の目はいつもより真剣だった。そう言えば悪魔は、この世界を自分たちの者にするために、莫大なエネルギーを求めている、のだったか。
基本的には負の感情などをエネルギーとして取り込むらしいが、
「……螺旋さんの魔力そのものに、目を付けた可能性がある」
黒峰は静かに言い放った。
「けど……本来、魔術師の力に目を付けて取り込もうとする、なんてことは――これまではなかったですよね? そもそも魔術師相手に悪魔側に勝ち目はないですし」
「ええ」
無表情のままで螺旋が頷く。
「ですが、本体がこちらに近づいているのならば寧ろ好都合です。広域分散状態の悪魔を封印するのは、少々手間が掛かりますから」
「……螺旋さん、あの……ちょっと前まで入院してたのに、大丈夫なんですか?」
誰もが密かに抱いていたであろう懸念を、ついにつづりが口に出した。
そう、彼女は過日のヴェパールの件の際、ほぼ完全に魔力が底をついていたはずなのだ。実際彼女の魔力量が具体的にどのレベルなのか、といったことは、その道には詳しくない高瀬には判らないのだが、しかしそれは圧倒的だということだけは理解している。ニューヨーク市警の魔術師、春日井の話からも、螺旋が世界的レベルの魔術師であるらしいことは把握している。
その彼女の魔力が底をついていた、その事実はかなり重いはずだ。
「ご心配をおかけして申し訳ありません。現在は職務に支障のない程度に回復しています」
「……それ、万全ではないのでは?」
高瀬の至極まっとうな突っ込みに、
「……生活を魔力で回す余力はないため、非効率を余儀なくされている程度です」
螺旋は嘆息しながら応えた。食事と睡眠はある程度取っているということか。人間らしい生活という意味では良いことなのだろうが、余力がない、という言葉はやや不安要素である。
「数値的には……うん、まあ問題ないみたいだね」
黒峰が手元の小型端末を見ながら言う。何らかの計測をしているのだろうが、高瀬にはその方法は理解できない。螺旋はちらりとそれを見て微かに息を吐いたが、何も言わなかった。
「とにかく、バシンの封印が先決です。本体を完全にこちらに引きつけて、そうですね……明日を目処に封印しましょう。長引けば――真山さんが仰っていたように、ヴェパールも厄介な関わり方をしてくるでしょうから。既にある程度の関与が疑われるため、これ以上はなるべく避けたいですね」
「はい!」
「結崎さん、テレポーテーションはもうしばらく控えて頂きますが、情管職員として黒峰さんと連携、SNSも駆使しつつバシンをこちらに引きつけて下さい。可能ですよね」
「はいっ、もちろんです!」
つづりは胸を張って応じる。テレポーターとしての印象が強いが、しかしつづりもある程度の基礎は既に一定レベル以上を習得しているプロなのである。黒峰と組めば、空間座標をより詳細に指定しつつ情報戦が可能になるはずだ。
「高瀬さんには拳銃、もしくは魔法銃の携帯を勧めます」
「……魔法銃、です、か」
高瀬はヴェパールの事件のことを思い出す。総務課の武器庫を管理している朝倉の話によれば、確かに魔法銃や各種武器を取り揃えているらしいが、魔法銃が具体的にどういった物なのかは確認しなかった。否、敢えて深入りしなかった。あの時は自分が補助能力者云々だと知らなかったということも大きいが、それを知ってしまった今も、積極的に使いたいとはまだ思えない。
「お好きな方で構いません」
「……では、普通の拳銃を受け取ってきます。総務課に行ってきてもよろしいですか?」
「お願いします」
「はい、では行ってきます」
返事をしてから、高瀬は魔捜部屋を出た。




