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「何だ?」
「……お兄ちゃん、捜査一課の刑事だよね? 羽佐間さんもそうですよね?」
「……ああ」
「はい」
返事を受けた紗雪の目に、揺らぎが混じる。
「捜査一課って、こんなこと調べるの? 調べないよね?」
「それは――」
高瀬たちの属する警察庁刑事局特殊捜査部は、秘匿された組織である。家族であっても当然それは伝えられない。警視庁から警察庁に人事交流名目で出向している扱いの高瀬は、現在も紗雪には警視庁捜査一課の刑事であるという体裁を保っている。紗雪や必要最低限の周囲の人間には、螺旋はその上司であると説明しており、だから螺旋のことも捜査一課所属と思っているはずだ。それに実際彼女自身もこういった捜査の際はそのように振る舞っている。紗雪は同居家族であるが、魔捜――魔力捜査室への配属からこれまで、その実態は隠し通せているはずだ。
「お兄ちゃん……羽佐間さんも……一体、何の捜査をしてるんですか?」
高瀬では埒があかないと思ったのか、後半は視線を螺旋に向ける。螺旋は一切動じることなく、
「意外に思われるでしょうが、刑事とはあらゆる裏付けを行う必要があるのですよ、紗雪さん。一見無関係の些細なことが、実は重要な裏付けとなることも珍しくないのです。詳しくはお話できませんが、あるちょっとした不自然な証言を受けて、あらゆる可能性を検討するためにこのような質問をさせて頂きました」
すらすらと嘘を並べる。そこには僅かな淀みもない。高瀬は内心でやや引いた。
「……そういうもの、なんですか?」
「はい、そういうものです」
「うーん……まあ……羽佐間さんがそう言うなら……」
紗雪は言いくるめられている。高瀬は敢えて口をつぐんだ。心の中では様々な突っ込みが渦巻いていたが、恐らく口を開けば事態をややこしくしてしまう。
「まあ……羽佐間さんが嘘をつく必要もなさそうだし……」
紗雪はしばし半眼で腕を組んでいたが、
「……そうだよね、別に超常現象の捜査をしてるわけじゃなくて、事件に関連したそういうおかしな証言の裏付け、ってことだよね……いや、私実際にペンケース飛んだけど、まあ……だからこそ説明される何かがある、的な……?」
そう納得したようだった。
「そういったところです」
螺旋は真面目な顔で頷く。
まさにその超常現象の捜査をしているわけで、紗雪の言葉は核心に触れているのだが、高瀬は必死でそれを顔に出さない努力をした。
「そっか。まあ、それならいいや」
やがて紗雪は考えることを手放したようだ。
「お時間を割いて頂きありがとうございました、紗雪さん」
「いえいえ、全然です。じゃ、私行きますね。あ、お兄ちゃん、今日帰るの遅くなるかも」
「判った。気を付けろよ」
「うん、じゃあねー」
軽やかに手を振ると、紗雪はポニーテールを弾ませながら、遠巻きに成り行きを見守っていた友人たちの方へ走っていく。
その後ろ姿を眺めながら、
「――バレるかと思いました」
高瀬は大きく息を吐いた。
「相変わらず――勘の鋭い妹さんですね」
螺旋の声からやや硬さが消えており、高瀬はそこで初めて、先刻の淀みのない説明に何かしらの感情の制御が加えられていたらしいことに思い至る。
「ですが幸い、これで無駄は省けました。体験者から実際にお話を伺えましたし、それに――」
微かに眼鏡をずらして螺旋は、
「大元として関わっているのはやはり、バシンで間違いないでしょう」
その魔力を宿す目で何かを見ているらしかった。
「……今のあいつの証言、そんなに役に立ちましたか?」
高瀬にはその辺りは理解できない。
「はい、とても。ありがとうございます」
「いえ、自分は何もしてないですけど」
「妹さんでしょう」
「まあ、そうですけど……」
「では、戻りましょう――いえ、高瀬さん、先に戻っていて頂けますか」
「はい? 先に、ですか? 羽佐間さんはどちらへ?」
「伶那さんに、少し話が」
「……本当に、ですか?」
過日のヴェパールの件のことを思い出しながら高瀬は問う。あのとき彼女は、資料課へ向かうと述べてから単独行動をし、結果的に危機に瀕している。それで高瀬の中でアラートが鳴ったのだ。
「……そうですね、あの件があった以上、信用は得られないと思います。こうしましょう、ここでこれから伶那さんに連絡します。電話を替わっていただいて、本当に伶那さんと話しているかどうかを確認して下さって構いません」
「あ、いや、別にそこまで――」
しかし高瀬の返事を最後まで聞かず、螺旋はスマートフォンを取り出して操作し、伶那に電話をかけたようだ。
「伶那さ――いえ、ですから……はい、はい……判っています」
電話に出るなり何かを捲し立てたらしい咲坂伶那に、螺旋はややスマートフォンを耳から遠ざけながら返事をする。替わらなくても判る、相手は伶那に間違いない。羽佐間螺旋をここまで圧せるのは、彼女しかいない。
「……はい、それは判りましたので、こちらの用件を――ええ、はい、判っていると言っているでしょう」
「…………」
これまでの様子から鑑みるに、寝ろだとか食べろだとかいう至極まっとうな説教を喰らっているのだろう。高瀬はほんの少し微笑ましく、そして若干の呆れも混ざったような感情でその様子を見守る。
「――ええ、それで、少しお時間を頂けますか。お話が――はい? こちらへ、ですか? 帝和大学ですが……伶那さん、待って下さい、少し高瀬さんに――あ」
螺旋は困ったように、通話の切れたらしいスマートフォンを見やる。
「……すみません、高瀬さんに替わる前に切られてしまいました。ここまで迎えに来て下さるそうです。五分で着く、と」
「大丈夫です、確実に咲坂さんとお話されていたことは解ります……じゃあ、咲坂さんが到着するまでここにいさせて下さい」
高瀬は苦笑とともに応えた。螺旋がここまで感情を見せるのは珍しい、本人に自覚はないのだろうが。相変わらず伶那には頭が上がらないものと思われる。
「……判りました」
そう頷いて、螺旋は微かに嘆息した。




