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二日後。
春日井伽羅は、麗都医大病院から警察病院に移された螺旋を見舞っていた。
本来ならば研修はあと二日残っているが、本部で問題が起きたので戻ってこい、と連絡を受けたため、別れを告げる目的もあった。
ベッドの上半分を少し起こし、そこに身体を預けた螺旋は、昨日意識を取り戻したとのことだった。細い左腕には針が刺さり、点滴を受けている。眼鏡はベッドの脇のテーブルに置いてあった。
「……すみませんでした、春日井さん。充分な研修を受けて頂くことができず……」
螺旋の謝罪に、春日井はいえいえと手のひらを振る。
エフェクトらしいが出血していた彼女の右腕にはこれと言って異常はなく、意識を失ったのはやはり魔力が底をついたのと、無理が重なったためらしかった。ただ、やはり輸血は受けたそうだから、悪魔の影響下にあった間の出血は事実だったのだろう。
その顔色にやや血の気を戻した彼女が言うには、そもそも最近、魔力の回復も追い付いていなかったのだという。医師からは、過労だからしばらく安静にするように、と厳しく命じられたらしい。
「魔術師としてはある意味、これ以上ない経験を積みましたよ……あ、何だか、そう言っちゃうと失礼ですかね」
茶化すように言うと、螺旋は僅かに微苦笑を浮かべた。
「……危険な悪魔ですから、巻き込むわけにはいかないと結界を張っておいたのに、あの場所が探知されるとは思いませんでした……お陰で命拾いをしたわけですが」
抑揚もなく言う。命拾い、という単語に今一つそれらしい思いが感じられない辺りに、春日井は苦笑する。
「羽佐間さん、僕の専門は探索魔術ですよ? とか言えたらかっこいいんですけどね。確かに羽佐間さんの魔力チャンネルの残渣は、途中で追えなくなりました。けど実は、高瀬さんの言葉から、四年前の魔力残渣をチューニングして突き止めたんです。彼には何か、確信めいたものがあったみたいで」
「四年前……そうですか……」
螺旋は左手で、無意識に右腕に触れた。
「それはそうと」
トーンを落として、春日井は言う。
「あの悪魔、ヴェパールですよね? でも様子がおかしかった。悪魔のくせにヒトの姿をとるやつなんて、初めて見ましたよ……あんなのを一人で相手にしようなんて、本当に自殺行為です」
「あれはああいう悪魔です――さすがは公爵、と言ったところでしょうか。傷口を化膿させるエフェクトを実際にかけられるとは、不覚でした。その上あれほど出血するとは……」
「いや、そうじゃなく……能力をコピーされるっていうのが、僕には予想外でしたよ。斜め上を行きすぎです」
「……確かにどうも、ヴェパール自身の能力だけでできることではないように、思いますね。思えば無茶をしたようです。よく考えると、組織人として失格だったと反省しています……少々感情的になりすぎました」
「無茶しすぎです。魔力の回復が追い付いてないのに、あんなの相手に一人なんて。もっと仲間を信じましょうよ」
ぴしゃりと言い放つ彼に、螺旋は言い返せずに目を逸らした。
「……まぁ解ってらっしゃるようなので、それはそのくらいにしておいて。もう一つ質問したいことがあるんです。あのプレコグの子、いるでしょ?」
「真山さんですか」
「そうそう、確か華火ちゃんって言いましたよね。あの子の力って、正直どれくらいですか?」
華火に対する無礼は承知で尋ねる。
「非科捜所属のプレコグではトップクラスです。予知を外すことは、まずありません」
螺旋の答えに、やっぱりそうか、と頷く。
「皆さんの対応から、そうだろうな、とは思ってました。けど、羽佐間さん。彼女の予知によると、羽佐間さんがああしてヴェパールと対峙するのは、午後十時のはずだったんです。実際には、二時間前倒しされました」
「……状況の加速。そう仰りたいのですね。確かに、私も予定を前倒ししたのは事実です。ヴェパールの動きが、予想より早かったものですから」
しばし、沈黙が訪れる。背後に何か強大な力を持つ者がいることを、二人は感じ取っていた。
しかし二人とも、敢えてそれは口に出さない。今はまだ――その段階では、ない。
「あ、そうだ。それと、高瀬さんですけど」
春日井は話題を変えるため、明るめの声を出した。
「僕、正直言って意外だったんですよ。こちらからの物理攻撃が、悪魔に通用するなんて。物理干渉はお互いにできないのが、何と言うか……決まりだと思ってましたから。よくあそこで彼を信じたな、と、今考えると怖いんですよね、ちょっと」
「……高瀬さんが拳銃で撃った、らしいですね」
「……もしかしてですけど、最近報告数がぽつぽつ出てる、補助能力、ってやつじゃないですか? 悪魔に対して力を持つ者が傍にいることが前提で、悪魔に物理的に影響を与えられる、って……逆も然りで、悪魔から影響を受けてしまうことがある、っていうのが欠点ですけど」
それを受けて、螺旋は遠くを見つめる。
「時間軸に対する補助能力の持ち主を、私は一人知っていますが……高瀬さんも、異空間に対する補助能力を所持している、ということですか……」
「報告した方が、良いんでしょうね?」
春日井の確認に、彼女は少しの間、考えた。
「……ええ、報告すべき、でしょうね。ヴェパールのような悪魔の存在も含めて。あるいは、現在の見解が大きく覆ることになるでしょうけど」
「高瀬さん本人には、能力について伝えますか?」
再び静寂が訪れる。
遠く窓の外を見つめていた螺旋の目が、ふいに春日井に向けられた。
「折を見て、私から上司として伝えます。彼にとっては、彼の世界を大きく揺るがす出来事になるでしょうから」
螺旋に心酔している春日井は、彼女に気遣われている高瀬に少しだけ嫉妬した。
「……ちょっとうらやましいな」
「何か仰いましたか?」
「いえ、何でもないです、ちょっと女々しいことを考えてみました。すみません、そろそろ行かないと。お世話になりました、羽佐間さん。ご一緒でできて本当にうれしかったです」
「こんな格好ですみません、こちらこそ、助かりました」
「いえいえ。向こうの本部には、まず僕から報告しておきます。きっと羽佐間さんの論文を欲しがりますよ、本部」
「……面倒ですね。彼らからの圧力には正直、辟易します」
「それは内緒にしておきますね」
軽い調子で言うと、春日井は螺旋に向けて、丁寧に頭を下げる。
「それでは、またいつか」
「ええ、ご苦労様でした」
頭を上げると、春日井は病室を辞して、警察庁を目指した。




