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永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
第二章 仲冬
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10

 警察庁の二・五階、魔捜部屋の自分のデスクで、高瀬藍一郎はファイルをめくっていた。確かに、そのほぼ全ての事案が、直接的に人体に影響を与えるものではないことを改めて確認する。ほとんどが妙な噂話になった段階で処理されており、悪魔に怪我をさせられた、などという記載はない。


 室内には他に、つづりと黒峰の姿がある。


 三人とも内心、しばらくは絶対安静を言い渡されたとかいう螺旋のことが気になって仕方ないのだが、それを口に出すことは何となく憚られていた。高瀬が昨日伶那から受けた連絡によると、意識が戻ったので説教をしておいた、らしい。その口調から察するに深刻な状況ではなさそうだったが、詳しいことはよく判らない連絡だった。余計に気になってしまう。


 そこへノックの音が響き、春日井が姿を見せる。

「春日井さん! 螺旋さんのとこに、行ってたんですよね?」

 つづりの弾かれたような声に、春日井は安心させるような微笑を浮かべて頷いた。

「ええ、心配なさそうですよ。主に過労みたいですね。輸血も受けたらしいですけど、たぶん数日ちゃんとゆっくり休めば、すっかり回復されますよ……足は、もうちょっとかかるかな」

「良かった……」


 三人の声が重なる。


「まぁ確かに、螺旋さんはワーカホリック気味だしね」

 安堵を覚えた黒峰が、苦笑を浮かべて言った言葉に、高瀬もつづりも頷いた。


 説教とはそういうことか、と、密かに一人納得する。そう言えば螺旋は確か、不眠症と拒食症めいたものを患っていたはずだ。詳しくは知らないが。


「病院に縛り付けられてるのは嫌だ、ってこぼしてました」

 おどけた様子で春日井が言い、皆で苦笑する。

「ゆっくり休んで、ちゃんと元気になってもらわないと」

 つづりの声に、明るさが戻っている。


「さて、僕、実はお別れの挨拶に来たんです。呼び戻されちゃいまして」

 場が落ち着いたのを見計らって、春日井はそう言った。


「そうなんですか……?」

 高瀬は少し残念だった。もうしばらく一緒に仕事ができるであろうことを、どこか楽しみにしていたのだ。

「ええ。ボスが怖い声で、すぐ帰ってこい! って」


 冗談めかして言うのであまり深刻さが伝わらないが、それなりに重大なことが起きたのだろう、と高瀬は推測する。


「短い間でしたけど、お世話になりました」

 最初にやったのと同じように、彼はぺこりと頭を下げた。

「こちらこそ、色々ありがとうございました」

 高瀬も礼を返す。


「螺旋さんが無事だったのは、きみのお陰だよ。ありがとう、春日井くん」

 黒峰が右手を差し出し、春日井もそれに応じて握手を交わす。

「また、会えますよね?」

 つづりが問うと、

「ええ、きっと」

 笑顔を浮かべて応えた。


「そうだ、高瀬さん」

 春日井は、思い出した、という様子で高瀬に向かい、少し遠くを見るような目つきで、

「実は僕、向こうにプレコグの友人がいるんですけどね」

 そう切り出した。

「彼が言ってたんです。常に未来が視えてしまう自分は、寂しいことに人間関係ってものを基本的に楽しめないんだ、って。結末が視えちゃうからって。プレコグの能力を持つ人から信頼を得るのって、だから結構難しいんですね」


「はぁ……」

 話が見えないまま相づちを打った高瀬に、


「だから、華火ちゃんでしたよね、あのプレコグの子を失望させちゃ、ダメですよ。彼女、高瀬さんのことは特別信頼してるみたいだったから。これは魔術師のカン、です」

 彼は胸を張った。


「……はぁ」

 半信半疑で、再び間の抜けた相づちを打つ。春日井はちょっと困ったような笑みを浮かべた。


「あ、やっぱり信じてないな。魔術師のカンは、なめてもらっちゃ困りますよ。そして僕、魔術師の中でもカンは良い方です」

 それでも素直に頷けない高瀬は、とりあえずその言葉を心に仕舞いこむ。もしかすると、いつか理解できる日がくるのかもしれない。

「おっと、飛行機に間に合わなくなると面倒だな。それでは、僕は失礼します。みなさん、またいつか! っと、その前に臨時キーアイテムの返却っと……」

 最後に春日井は爽やかな笑みを浮かべ、一同に見送られながら去っていった。


「行っちゃった」

 どこか寂しそうに、つづりがぽつりとこぼす。

「なかなか興味深い人だったね」

 黒峰も名残惜しそうだった。その右手が端末に何かを打ち込んでいるのが高瀬は気になったが、質問はできなかった。彼のことだから、恐らく春日井に関する何かを数値化しているのだろうが。


「無事に、終わったみたいですね」

 高瀬の言葉は、主に自分自身に向けられている。だが、つづりも黒峰も感慨深げに頷いた。


「どうなることかと思ったけど、本当に良かった」

 黒峰が、主が不在のデスクを見ながら言う。その視線を追った高瀬は、螺旋のデスクの向こうにある、彼女がティーセットを仕舞ってある戸棚に目をやった。


「そう言えば、どこかの部署の、十六夜参事官の弟さんでしたっけ……その少年にあげた、っていう紅茶、最後の一個だったんでしたよね」

 何気なく発すると、つづりが頷いた。

「そうみたいです。しばらく入荷がないって聞いた、って聞きました」

「どこか、取り扱ってる他の店とか、ないでしょうかね」

「あ、どこかで買えたら、螺旋さんきっと喜んでくれますね!」

「ふふふ、そういう情報も僕は把握できるんだな」


 黒峰が不敵な笑みを浮かべる。


「さすが黒峰さん、情報のエキスパート!」

 魔捜部屋は、徐々に明るい空気に包まれていく。

 そこへ再び、訪れる者があった。城戸である。


「……書類」

 彼は小さな声でそれしか言わなかったが、螺旋が不在であることは知っているはずだ。どういう状況か気になって、ここまでわざわざ足を運んだであろうことが推測できた。


「やあ、城戸くん。螺旋さんはしばらくいないから、悪いけど出直してもらわなきゃならないかな……」

 気の毒そうに言った黒峰に、

「……知ってる」

 そう返してすぐに部屋を出ていく。魔捜部屋の空気が軽くなっていることを肌で感じ取ったからか、その口元が安心したように僅かな弧を描いているのを、高瀬は見逃さなかった。


「で、黒峰さん、キャッスルトン農園の最高級ダージリンって、どこで手に入るんですか?」

 城戸を見送ったつづりの声に、任せて、と応えてから、黒峰は流れるような指さばきで、端末の操作を始めた。


 間近に迫ったクリスマスや、下手をすると年末年始も病院で過ごさねばならないであろう螺旋が少々気の毒な高瀬だったが、ゆっくり休むには良い機会なのだろう、と考え直す。

「螺旋さんが戻ってくるまでに何としても紅茶を用意して、びっくりさせちゃいましょうね!」

 元気なつづりの声に、高瀬も頷きを返した。

第二章はこれで終了です。

引き続き第三章もお付き合いいただければと思います。

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