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永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
第二章 仲冬
21/28

7

 そこからの動きはめまぐるしかった。

 高瀬が撮った写真を見た華火は、この場所だ、と興奮気味に断言した。やや特徴的な給水タンクが同じだ、というのが根拠らしかった。


 高瀬とつづりが主になって、観月審議官に調べてきたことを報告すると、特捜の室長会議なるものが臨時で開かれた。そこで、今夜起きるであろうことに対応するための連携策が練られたという。

 会議の名称通り室長クラスの人間のみが参加できるものなので、詳しい経緯は高瀬たちには知らされなかったが、関連部署の連携が確認され、細かい対応について話し合われたのだそうだ。


 螺旋が危険なのは午後十時。それは華火の能力によって保証されている。


 悪魔の封印をしているところだ、と彼女は言っていた。魔法円が視えた、と。その悪魔の封印を今回はさせないようにすれば、魔法円さえ開かせなければ、最悪の事態は回避できるはずだ、というのが、室長会議で決まった方針らしい。

 螺旋を一人で屋上に行かせないため、午後八時から例のビルの周囲に結界を張り、そこで螺旋を待ち受けよう、ということになった。


 いつもならつづりは現場までは赴かないが、今回はテレポート要員として一緒に向かうよう指示が下りた。それは心強い、と高瀬は思う。右足を骨折している螺旋を動かさねばならないとき、テレポーテーションでそれが可能ならば安心材料になる。

 研修でやって来ている身だが、春日井も共に向かうことになった。魔術師である彼がいた方が良い、という判断らしい。高瀬にとってはそれも心強かった。春日井にも悪魔の封印ができるのかどうかは、判らないが。



 夜がやって来るのは、あっという間だった。

「黒峰さん、行ってきます」

「無事を祈ってる。必ず螺旋さんを助けるんだよ」

 一人魔捜部屋に残る黒峰が、真剣な眼差しを向ける。この部屋から動けないことがもどかしい様子だ。彼も駆けつけたいに違いないのだから。

「はい、必ず」


 応えて、高瀬たちは共に向かう特捜のメンバーと合流した。知っている顔を探すと、二階堂の姿があった。彼は口の端を持ち上げて右手を上げてきたが、その表情にいつもの余裕はない。


「十時、っていう予知は、間違いないんだろうね……よりにもよって、真山くんの予知だしなぁ」

 やはり華火の的中率はそこまで高いのか、と、高瀬は一瞬血の気が引くのを感じた。

「ですが、それより早くこうして向かうわけですから……結果は変えられるはずです」

 高瀬はほとんど自分に言い聞かせるために言う。


 彼らは五台のワゴン車に分かれて乗り、現場となるであろうビルを目指した。


 今回の指揮は、二階堂が執るらしい。

「空管担当者、結界は?」

 装着したインカムに向けて言い、完了です、と微かに漏れ聞こえてくるのを高瀬も拾った。


 午後八時ジャスト。

 残りは二時間ある。

「高瀬くん、春日井くん、キミたち二人は屋上で螺旋ちゃんを待つように。で、無理に封印をさせないよう、彼女を止めるんだ。高瀬くん、このインカムを使って。GPSのようなシステムが組み込まれてるから、結崎くんがテレポートをかけるときにも役立つ」


 二階堂からインカムを受け取り、装着する。装備したままの拳銃も、もう一度取り出して確認した。問題はない。

「下に螺旋ちゃんが現れたら、こっちで絶対に止める。とにかく、今回の悪魔に関しては、螺旋ちゃんに魔法円を開かせないことが最優先事項だ。いいね?」

「は!」

 敬礼で応じてから、高瀬は春日井を振り返る。

「行きましょう、春日井さん」

「ええ」


 二人は非常階段を昇り始めた。

 街はまだまだ賑やかな時間だが、結界の効果なのか、この辺りは静まり返っており、二人が階段を昇る音だけが聞こえている。


「……ん?」

 ふと、後ろの春日井からそんな声が漏れた。何かに納得がいかないような、そんな調子だ。


「春日井さん?」

 高瀬は怪訝そうに振り返る。

「高瀬さん、何だか……様子がおかしい」

「え?」


 現在彼らは、四階から五階にかけての階段を昇っている。


「……これ、魔力の波動だ!」

「!」

「いいですか、静かに……あまり足音を立てないように、早く昇りましょう。もし悪魔だった場合、気付かれたら厄介だ」

 頷き、インカムに向けて小声で状況を伝える。

「二階堂室長、高瀬です。春日井さんによると、魔力の波動を感じるそうです」

「馬鹿な、まだ八時だぞ……。判った、慎重に進んで」

「了解です」


 二人は足音を忍ばせ、それでもスピードは落とさず昇っていく。

 屋上が見えた。


 そこで二人は、愕然とした。


 時刻は午後八時を回ったところだというのに、既にそこには――

「羽佐間さん……!」

 螺旋の姿があったのだ。屋上の隅々に魔法円が浮かび上がっているが、その光は弱々しい。そして、何故か魔法円が二重になっているようだった。


 屋上のフェンスに背中を預け、苦しげに座り込んでいる螺旋の横顔が見える。眼鏡はかけていない。どこかに投げたのかもしれない。しかしそれは、今回ばかりはどうでも良かった。

「高瀬さん、静かに!」

 螺旋の視線の先を追った春日井が、彼女に駆け寄ろうとする高瀬を必死で止めた。釣られて高瀬も慎重になり、そちらへ視線を移す。


「…………!」


 男が立っていた。すらりとした長身。恐らく二階堂よりも高い。金色の髪。やけに美しく整った顔立ちだ。美しさは過ぎると恐怖となるのか、と思った。ロングコートがばたばたと音を立てて、風にはためいている。


 そんな男を目の当たりにして、高瀬の脳裏に何かが引っ掛かった。午前中に紗雪から聞いた、『すっごいイケメンさん』という言葉だ。

「もしかして……」

 紗雪が見かけた男は間違いなくこいつだ。高瀬は確信した。この世のものとは思えない――紗雪の判断は、恐らく正しい。


「どういうわけかヒトの形をとってるけど……あれは悪魔だ。間違いないです」

 春日井が呟く。

 男の目は、螺旋がその魔眼を発動させたときの目と同じ色に光っていた。左目は緑に、右目は赤に。


 螺旋も男も、高瀬たちにはまだ気づいていないようだ。ちょうどこちらは死角になっている。春日井が素早く、給水タンクの影に高瀬を引っ張り込んだ。そこから静かに様子を窺う。

「こんなことが実際にあるとは思えないけど……羽佐間さん、力をコピーされてるんじゃないでしょうか」

 声をひそめて春日井が言った。

「コピー?」

「ええ。羽佐間さんの左目の力は、簡単に言うと式の発動――悪魔の動きを封じる魔法円の発動です。そして右目の力は、魔法円に対象を縛り付ける、術の発動。今、羽佐間さんの目はいつもと違う色に光っているから、魔眼を使っていることは間違いないです」


 春日井の説明を聞きながら、そっと顔だけを出して螺旋を伺う。確かに螺旋の目は、普段と違う色の光を放っている。こちらから見えるのは、右目の赤だ。

「なのに、羽佐間さんが動く気配はない。それに魔法円が重なってる……もしかして能力をコピーした相手に、同じように魔法円に縛り付けられてるんじゃ……」

「そんな……」

「それにしても、あのプレコグの子の予知では、これは午後十時に起こるはずのことですよね。状況が、加速している……!」


 話している間も、螺旋と男に目立った動きはない。力が拮抗しているようだった。高瀬はその旨を、手早くインカムで二階堂に伝える。彼も予想外の事態に焦っているのが判った。


「作戦を変更しよう。魔法円を閉じさせるんだ。とにかく今回は封印をさせちゃいけない。ただその悪魔……厄介だな」

 一旦通信を切り、春日井に尋ねる。

「魔法円を閉じさせるためには、どうすればいいんですか?」

「能力をコピーされてるとなると、簡単ではないですね……魔力の繋がりを断たないと」

「具体的には?」

「こちらから何か攻撃を仕掛けるとか、ですけど……それがもし命中すれば、どうにかできるかも。けど、それは……」

「…………」

 高瀬は無言で、装備した拳銃に触れる。

「何とかなるかも、しれません」

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