表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
第二章 仲冬
20/24

6

 二・五階まで戻ってきた高瀬は、フロアの最初にある総務の区画に立ち寄った。全面ガラス張りになっているその部署は、受付カウンターで係の者を呼び出さねばならない。

 カウンターまで歩いていくと、ちょうど、顔見知りである小宮山(こみやま)(ほまれ)が近くで書類をまとめていた。ふわふわした小動物のような女性で、つづりに言わせれば総務のアイドルである。実際に人気も高いからつづりの言葉に間違いはないが、本人はそれを言われると真っ赤になる。可愛いな、と高瀬も思う。


「小宮山さん」

 声を掛けると、誉はぱっとこちらを向いた。

「あ、高瀬さんじゃないですか! さっきつづりから、羽佐間さんが行方不明だって聞きましたけど、その後どうですか?」

 心配そうな顔で、彼女は問う。

「まだ、探しているところです……でも必ず見つけます。あの、それでちょっとお願いがありまして……拳銃を、携帯したいのですが」

 誉はやや目を見開いた。事の重大さを察したようだった。

「はい、ちょっと待って下さいね。朝倉(あさくら)さーん」


 奥のデスクで書類を確認している男性を呼ぶ。朝倉と呼ばれたその男性は、返事をしてこちらへやってきた。


「こちら、魔捜の高瀬さんですけど、拳銃を持ち出しに来られました」

「判りました。えーと、一応確認しますけど、拳銃って普通のですか?」

 朝倉に問われ、高瀬は困惑する。

「……普通の以外に、何かあるんですか?」

「そりゃもちろん、魔法銃とか各種取り揃えてますけど……あ、本当に普通のなんですね」

 高瀬の複雑な表情から、魔法銃とやらは必要ないと判断したらしく、頭を掻きながら言う。

「こちらへどうぞ。武器庫へご案内します。ご自分の拳銃はきちんとチェックして貰わないといけませんから」

 武器庫、という単語がまた、やけに物騒だった。しかし朝倉の調子はやや軽く、不釣り合いな印象を受ける。


 その朝倉に案内されて武器庫なる部屋にやって来た高瀬は、拳銃の持ち出し手続きを終える。ちらりと室内の様子を確認したが、ロッカーのような物が並んでいるだけで、魔法銃やその他各種が具体的にどういった物なのかは見ることはできなかった。

 慎重にホルスターを装着し、緊張感と共に拳銃を装備する。

 ずしりとした重みを持つそれが、高瀬にとっての切り札だ。

「ここの皆さんって、大抵特殊な武器を使うので……普通の拳銃は久々でした」

 にこやかに朝倉が言うが、もし自分の読みが外れていたら、と考えると空恐ろしい高瀬に、それに笑顔で応じる余裕はなかった。

 カウンターまで戻ってきて朝倉と別れ、魔捜部屋に戻るため自動ドアにパスコードを打ち込む。磨りガラスの向こう側へ滑り込むと、彼は深呼吸をした。


 ここまでくれば、自分の、刑事の勘を信じるしかない。


 靴音を反響させながら魔捜部屋の前に辿り着き、ドアを開けたところで、マシンガンのように捲し立てる声が耳に飛び込んできた。


「つづりさん、高瀬は? 高瀬はいないの!? 僕としては不本意以外の何物でもないんだけど、適任は高瀬しかいないんだ!」


 まだあどけなさの残る声。女の子なのに僕という一人称。そしてこの部署で高瀬を苗字の呼び捨てで呼ぶ人物。心当たりは一人だけだ。

「……不本意ですみません、真山(まやま)さん」


 言ってから、何故自分は一回り以上年下の、しかも自分を呼び捨てにする少女に対して、敬称を付けねばならないのだろう、と、答えは見つかりそうにない疑問を抱いた。それでも彼女を呼び捨てにする勇気はないから、仕方がない。


 真山華火(はなび)非科捜(ヒカソウ)――非科学捜査研究室に所属する、若干十四歳の、それでもれっきとした職員である。プレコグ、即ち未来予知の能力を所持しており、特別にこの任に就いている、ということだ。

 後ろから聞こえてきた高瀬の声に反応し、彼女はすごい勢いで振り返る。


「高瀬! どこをうろうろしてたんだ!」


 華火に睨まれ、高瀬は思わず後ずさる。相変わらず彼女の気迫は凄まじい。

 しかし考えてみれば、目下行方不明の螺旋の足取りをつかむために早乙女部長や観月審議官の話を聞いていたのだから、別にどこかをうろうろしていたわけではない。

 が、それは極秘事項。いくら華火相手と言えど、正直に話すことはできない。

「非科捜でも騒ぎになってる。螺旋さん、行方不明なんだろ?」

 まっすぐ高瀬を見ながら言う彼女に、高瀬は慎重に頷いて見せた。


「僕……視てしまったんだ。このままじゃ――このままじゃ、螺旋さんが危ない」


 その言葉に、魔捜部屋の空気が一気に凍り付いた。

 つづりや黒峰、春日井までもが、息を呑むのが判った。

「それが起こるのは、今夜十時ごろ。視えたのは、古めのビルの屋上みたいだった。螺旋さんの魔法円が視えたから、たぶん、悪魔の封印をしようとしてるんだろうけど……」

 目を閉じてそこまで言った華火は、ゆっくり目を開けると、声のトーンを落として重々しく言い放った。


「――この状況をこのまま放置すると、恐らく……恐らく螺旋さんは――」

 そこでぐっと言葉に詰まり、それでもその先を絞り出すように、苦しげに続けた。


「螺旋さんは――そこで、命を落とす」


「なっ……」

「高瀬、それだけは阻止するんだ。もし螺旋さんに何かあったら……僕は高瀬を許さないからな」

 それだけ言うと、不吉な空気を残して華火は魔捜部屋を出て行った。


 重い沈黙が、魔捜部屋を支配する。

 驚異の的中率を誇るという、華火の能力。それによりもたらされた、螺旋の死の宣告。この未来を回避することは、果たして可能なのか?

 高瀬は迷いを振り切るように首を振る。可能だとか不可能だとか、そんなことを考えている場合ではない。何としても、その未来だけは阻止するしかないのだ。


「それにしても……」

 沈黙を破ったのは、明るい声を出そうとしている春日井だった。

「あの子、ずいぶんと高瀬さんを信頼してるんですね。適任は高瀬さんしかいない、かあ」

「……は?」

 出くわす度に罵声を浴びせられているような記憶しかない高瀬は、春日井の的外れな発言に抗議の声を上げる。


「あの、今のやり取りで判るはずですけど、自分は何と言うか……馬鹿にされているんだと、思いますけど……」

「え、高瀬さんこそ判らないんですか? 何だか勿体ないですよ?」

 真顔で言う春日井に、高瀬はそれ以上返す言葉を見つけられない。ほんの少しも納得のいかないまま、はぁ、と答えるのが精一杯だった。


 しかし今は、自分が華火にどう思われているか云々はどうでもいい。

 それよりも、何としても螺旋、もしくは今夜彼女が悪魔の封印をするビルを、見つけ出すことが重要だ。魔力残渣なるものが途切れたからと言って、探すことを諦めるわけにはいかない。自分には特殊能力はないが、できることは全てしておきたい。

「春日井さん、その、魔力残渣ですけど……」

 だから高瀬は、必死で考えを巡らせる。

「例えば過去に強大な魔力が使われた場所、とかは、解らないんですか?」

「過去、ですか?」

 春日井は首を傾げる。


 高瀬は早乙女部長から聞いた話を思い出していた。螺旋が傷を負った場所に思いを巡らせていたのだ。ビルの屋上、と言っていた。そして華火の予言も、ビルの屋上だ。だから過去の事件のその場所が、今夜起こるという惨劇の舞台となるのではないか。そんな予感がした。根拠はその予感だけだ。リスクは大きい。しかし何もしないよりは遥かにマシだ。

「強大な魔力が使われたとしたら、探知できる可能性は高いと思います。僕、探索魔術が専門ですからね」

 春日井は頼もしい微笑みを浮かべる。

「……理由があって、詳しいことは話せません。でも、そこに――羽佐間さんが現れると、思うんです」

 高瀬の真剣な顔を見て、つづりがテレポートで姿を消した。すぐに、制服から私服に着替えた姿で現れる。

「探しに行きましょう、その場所。探せるんですよね、春日井さん」

 彼女から、居ても立っても居られない、という思いがあふれている。

「やってみましょう」

 春日井も頷いた。

「頼んだよ、みんな」

 黒峰の声に送られ、三人は再び外へ向かった。


 螺旋が命を落とす。


 華火によってもたらされた最悪の結末を阻止するために歩き出した彼らの足取りに、迷いはない。

「さっきは羽佐間さんの魔力に絞って探索したわけですけど……」

 庁舎の入り口付近で、三人は春日井の腕時計を覗き込んでいた。

「そうですねぇ……過去って、どのくらい昔ですか?」

 春日井に問われ、高瀬はつづりを見やった。

「結崎さん、特殊捜査部が組織されたのは、どのくらい前でしたっけ……?」

「ええと……確か四年前です」

 つづりは虚空を見つめながら応える。記憶を整理しているようだった。

「わたしが配属されたのは、二年前ですから、うん、四年前」

「では、四年前です」

「四年前、か……」

 春日井が腕時計を指で弾く。時計の針がぐるぐると回転を始めた。

「その上で、最も強力なものをチューニングしてみると……あっちですね」


 時計の針がぴたりと重なり、進むべき方向を示した。

 先ほど探し歩いた方向と同じだった。


「……途中で消えちゃいませんよね、魔力残渣」

 つづりが心細そうな声を出す。

「対象が違ってますからね、きっと大丈夫」

「むしろ、自分の仮説が正しい可能性が上がりましたよ、結崎さん」

「高瀬さんの仮説、ですか?」

 ある程度の説明はしておかねばならないだろう、と、歩き出しながら高瀬は彼の考えを伝える。

「……さっきも言った通り、詳しいことは話せないんです。でも、過去にある事件があって、羽佐間さんはその事件に対して、強い思い入れを持っているはずです」


 どこまで話せるか、話して良いのか。高瀬は慎重に言葉を選んだ。つづりと春日井は、彼の話を邪魔しないように黙って歩きながら、続きを待っている。


「そして、その事件と今回の件は繋がっている、と自分は考えます。羽佐間さんが理由もなく単独行動を取るとは思えませんから。だとすると、羽佐間さんが向かったのは――あるいは向かうのは、その事件現場じゃないかと思うんです」

 春日井の時計の針に導かれ、角を折れた。

「だから、羽佐間さんの魔力残渣が向かっていた先と、過去の魔力残渣がある場所が同じだとすれば、羽佐間さんがそこにいるか、現れる可能性が高いってことに、なりませんか?」

「なるほど……」

 つづりの声に、少しの希望が混ざった。

 一同は時計の針の指す方向へ歩き続ける。


「……ここで、さっきは魔力残渣が途切れましたけど……」

 春日井が腕時計に目をやったまま言う。

「今回は大丈夫ですね。あっちへ続いています」

 確かに、時計の針はぴったり重なったまま、向かうべき方向を示している。

「良かった、探せる可能性が上がったってことですよね?」

「そうですね、行きましょう」


 大通りから外れてやや静かな路地裏を、一同は歩く。

「……あ」

 そんな彼らの向こうから、高瀬が見知った人物が歩いてくるのが見えた。

 螺旋の友人だという、咲坂(さきさか)伶那(れいな)だ。

「あ」

 伶那も彼に気付いたようだった。

「きみ、確か螺旋の部下だったよね。高瀬くんだっけ。螺旋は?」

 相変わらず、ストレートな物言いをする女性である。

「……その、今連絡が取れないんです」

「きみもか。螺旋が昨夜救急搬送されたって聞いたから、ついでにあたしも本格的に診察しようと思ったんだけど、無理やり退院したみたいでさ。そっから連絡つかないのよね。だから探してるんだけど……」

 伶那からも、螺旋の居場所に関する手掛かりは得られそうになかった。

「……ですが咲坂さん、よくこんな路地裏を探されてますね?」

 何か考えがあって、この辺りを探しているのだろうか、と高瀬は不思議に思った。

「んー、カンだけどね。この辺にいるんじゃないかなって」

 そう言えば、彼女はずば抜けた第六感――もしくは何らかの能力の持ち主なのだった。

「高瀬くん、螺旋見つけたらさ、必ず病院に来るように伝えて? あたしももし見つけたら連絡するから。連絡先教えてくれる?」

 伶那に言われるまま、携帯の番号を交換する。

「……ありがと。じゃね」

 伶那は颯爽と去っていった。彼女にも仕事があるだろうに、螺旋のことが心配でたまらないのだろう、と思うと、やはり悪い人ではなさそうだ。


「……嵐みたいでしたね」

 その後ろ姿を見送りながら、つづりが小声で言った。

「うんうん。なんか、羽佐間さんとはだいぶ……正反対の雰囲気ですよね」

 春日井も頷き、苦笑し合った。

「咲坂さんはとてもカンが鋭いですから、やっぱりこの辺りにいるか、現れるかするんじゃないでしょうか、羽佐間さん」

 高瀬が言って、また春日井の時計を頼って歩き出す。


 やがて、今は誰も入居していないらしい、古いビルの前に辿り着いた。

「……四年前に最も強力な魔力が使われたのは、ここ、みたいです」

「ここですか……華火ちゃんが言ってた古めのビル、っていうのに、当てはまりますね」

 六階建てのビルだった。建物の中には入れそうにないが、非常階段が付いている。

 ここが過去の事件――螺旋が使い魔を喪った事件――の、現場なのだろう。

「上がってみましょう」

 高瀬が先頭に立って、非常階段を昇り始めた。春日井、つづりの順でそれに続く。

「……螺旋さん、松葉杖ですよね。これ……上がるんでしょうか?」

 ところどころに錆が浮いた非常階段を昇りながら、つづりが呟く。

「……危険ですよね」

「例えば何か、魔力を使ってとか……」

 高瀬の思いつきに、

「羽佐間さんなら可能かもしれません。何せ、オールラウンダーな魔術師ですからね」

 春日井が頷く。


 そうしてやっと、屋上まで辿り着いた。

 螺旋の姿が見えるのではないか、と期待して屋上を隈なく見渡すが、今は彼女はそこにはいない。

「……でも、ここに、午後十時にいることは間違いないように思いますね。何となくですけど」

 春日井がぽつりと言った。高瀬もそんな気がしている。そう思わせる気配のようなものが、この場所にはあった。

「……たぶん、その時は既に危険な状態、ですよね」

 つづりの声が震えていた。華火の言葉を思い出しているのだ。

 高瀬はスマートフォンを取り出し、目の前の風景をカメラに収めた。華火に見せればもしかすると、確証が得られるかもしれない。なるべく細かく、屋上の様子を撮影していく。


 一通り完了すると、彼は二人に向けて言った。

「まずは真山さんにこの写真を見せて、視えたのがこの場所だったか確認してみましょう。それで十時より前に、悪魔への対策を整えてここに来れば……」

「羽佐間さんを守れる可能性が出てきますね。状況に対して先回りするわけですから」

 春日井が引き取った言葉に頷く。

「じゃあ早く戻って、華火ちゃんに確認しましょう。各部署に連携も頼まなきゃならないですし」

 つづりが言って、非常階段を降りるために歩き出し、春日井もすぐにそれに続く。高瀬は屋上の風景を目に焼き付けるように見渡してから、二人の後を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ