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永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
第二章 仲冬
18/24

4

「黒峰さん高瀬さん春日井さんっ、ちょっといいですか!」

「うわあっ」


 魔捜部屋。突如として声と人影が現れた。まだテレポーテーションでの出現に対しての免疫が完成していない高瀬は、思わず叫ぶ。現れたのはもちろん、つづりである。春日井はニューヨーク市警だかで慣れているのか、その出現に驚いた様子は見せなかった。黒峰も平然と、端末から目だけを上げてつづりを見る。


「びっくりした……結崎さん、どうしたんですか?」

 呼吸を整えてから問うと、つづりも一度深呼吸をしてから応じた。

「あの、今、未解っていうところに行ってきたんだけど……そこに十六夜参事官の弟さんで、数学の天才な高校生がいたんです。紅茶も好きみたいで、螺旋さんがプレゼントしたのって、あのお気に入りのキャッスルトン農園の紅茶だったみたいなんです。お店で最後の一個を、一昨日買ったばかりだって……それで、それで……螺旋さんが、本当に資料課にいるのかどうか、確かめた方がいい、って……」


 高瀬の顔がさっと青ざめる。

 嫌な感覚が、再び身体中を駆け巡る。


「資料課の内線にかけてみよう。ええと……」

 黒峰は冷静に呟き、受話器を持ち上げて素早く内線番号をプッシュした。電話に出た係の者と短いやり取りを交わして受話器を置く。素早く首を横に振った。


「だめだ。螺旋さん、資料課には行った様子がない」

「そんな……」

 つづりの悲壮な声が、室内の空気を重くする。高瀬も慌てて螺旋のスマートフォンに発信してみるが、電源が入っていないか電波の届かないところにいる、という無機質で無慈悲なアナウンスが流れるばかりだ。


「とにかく、探しましょう」

 それまで黙っていた春日井が、努めて明るい声で言った。

 それが合図になったかのように、黒峰は情分――情報分析室の本部に宛てた、螺旋の目撃情報を求めるチャットを飛ばし、高瀬とつづり、春日井は、庁内を手分けして探すために魔捜部屋を出た。



 しかし三十分ほど経って、彼らは一様に肩を落として再び部屋に戻ってきた。

 どこを探しても、彼女は見つからなかったのである。

「……だめだね、あらゆる情報が集まる情分にも、そこから各部署に出向している技官にも、螺旋さんの行き先なんかの情報は何も入ってない。念のため情管にも問い合わせてるけど、そっちにも情報は入ってないみたいだ。まあ、最初に情報が集積されるのは、情分の方だからね……」

 部屋で端末を操作していた黒峰が言い、一同は途方に暮れる。

「どうやら、もう庁内にはいないと考えるのが妥当みたいだ」

「でも、外に出たとなると、それこそ探しようが……」

 高瀬が呟いたとき、パン、と手を打つ音がした。春日井である。

「そうだ! 一つ、方法があるんです。ただ、羽佐間さんは僕よりかなり格上の魔術師だからなぁ……通用するか、判らないんだけど……」

「どんな方法!?」

 弱気になっているらしい春日井に対して、高瀬、つづり、黒峰の声が重なった。

 春日井はその勢いに押され半歩下がったが、左腕の時計に目を落とし、何かを決意したかのように頷いた。



 十分後、制服のままでは目立つからという理由で私服に着替えたつづりと、高瀬と春日井は、中央合同庁舎第二号館の出入り口付近に立っていた。任務上、部屋を離れることを許されないらしい黒峰が、今は一人で魔捜部屋に残っている。

「――外に出てきちゃいましたけど、これからどうするんですか?」


 制服を着ていても学生に見えてしまうつづりは、私服だと、彼女のそのセンスも相まってもっと下に見えてしまう。これもある意味目立つのではなかろうか、と、高瀬は密かに危惧した。


「うん。羽佐間さんの、魔力残渣を辿ってみるつもりです。ここまでは追えてますし、行けると思うんです」

 春日井の口から出た耳慣れぬ言葉に、

「まりょくざんさ……?」

 高瀬とつづりの声が重なった。


「そう。実は、僕たち魔術師が魔力を使うと、必ずその痕跡が残るんです。悪魔なんかも、その力の痕跡を残すことがある……そういった魔力の痕跡を、魔力残渣って呼ぶんです。羽佐間さんくらいの魔術師になると、確かそれを隠すこともできるはずですけど……逆に、魔力を使わなくてもその痕跡が残っちゃったりするんです。例えば、どこをどう歩いたか、なんてことが、魔力の痕跡――魔力残渣として残ってしまう」


「なるほど。それを追うわけですか」

「はい」

 春日井は頷き、腕時計を右手の人差し指で弾く。

「僕は探索魔術が専門なんです。羽佐間さんの魔力のチャンネルは、最初にお会いしたときにチューニングしたので……」

 高瀬が春日井の腕時計を覗き込むと、つづりも釣られるように視線を向けた。


 長針も短針も秒針も、同じ位置でぴったり重なっている。高瀬の知る限り、時計の針は十二時の位置以外でそんな配置が可能ではないはずだ。つづりも同じことを考えたらしく、

「……壊れちゃったんですか?」

「違う違う。羽佐間さんの魔力残渣が向かう先を、時計の針で示してるんですよ。だから、あっちに向かったってことです。行きましょう!」


 一同は、時計の針の指す方向へ歩き始めた。

 その針は、交差点などに差し掛かるとぐるりと回転し、螺旋の行き先を告げる。少しずつ、大通りから遠ざかっていく。

「うーん、螺旋さん、どこに行こうとしてるんですかねー? あの怪我で」

 人通りもほとんどなくなってしまったからか、つづりの声には不安がにじんでいる。歩いたのか、あるいはタクシーか何かを移動手段として使ったのかは判らないが、とにかくあの足では大変な移動であることに間違いない。

「……目的もなく動く方ではないですし、きっと何か考えがあってのことだとは思いますけど……」

 つづりを励ますつもりで口を開いた高瀬だが、やはり不安は拭えない。


 恐らく螺旋に何らかの考えがあることは間違いないだろう。しかしこの不安は、だからこそ、なのだ。何だかんだ言いつつも組織に忠実な彼女が、敢えて組織を離れて単独行動を選んだ。それは一体何をするためなのか、高瀬には計り知れなかった。


 その時、高瀬とつづりの前を歩いていた春日井が、突然立ち止まった。

「――だめだ」

 呟いて、腕時計を二人に見せる。それぞれの針は違った場所を指しており、自分の腕時計を確認した高瀬が、それが現在の時刻であることを告げる。


「魔力残渣が途切れました。可能性として考えられるのは、羽佐間さんの魔力が何らかの原因で尽きたか、羽佐間さん自身がこれ以上探知されないように結界を張ったか……それから一番可能性が高いのが、僕の能力が未熟だ、ってことです」

 春日井は力なく笑みを浮かべる。

「結界、ですか……」

 あり得る、と高瀬は思った。そもそも、ことの始まりは螺旋が歩道橋の階段から転がり落ちたことであるように思う。

 その原因として、彼女自身は雨に濡れた階段で滑った、と言い張ったが、それが嘘であることは明白だ。高瀬は刑事として、螺旋の挙動から彼女が嘘をついていると確信したのである。


 そこへきて今回の単独行動。彼女が何か秘密を抱えているとしか、高瀬には思えない。そして螺旋はその秘密を、自分だけで処理しようとしている。それはかなりの確率で、危険なことなのだろう。それに自分たちを巻き込むまいとする彼女の意志を感じた。

 彼女の魔力が尽きた、という不吉な言葉は、考えたくない。

 春日井は自らを未熟だと言うが、高瀬はそうは考えない。事実、ここまではその痕跡――魔力残渣、だったか――を追えていたはずなのだから。


 だとすれば――羽佐間螺旋が抱える秘密とは何だ?


 高瀬は考える。そして何かに辿り着きそうになり、あと少し、というところで、その何かはまた遠くの白い靄の中へ潜り込んでしまった。

「……さーん、高瀬さーん!」

 聞こえてきたつづりの声に、はっとして顔を上げる。高瀬が思考に沈んでいる間に、一旦庁舎に引き上げる算段がなされたらしかった。

「早く戻りますよー!」

「は、はいっ」

 慌てて返事をすると、高瀬は春日井とつづりを追いかける。


 そうして三人で庁舎に戻る途中、声をかけてくる者があった。

「あれっ、お兄ちゃんだ。お仕事中?」

 高瀬の妹、紗雪(さゆき)である。

「お前か。勤務中に声をかけるなと何度言ったら解るんだ? 大体、大学はどうしたんだ、大学は」

「だって気になっちゃったんだもん。それに今日はこれからバイトに行く途中だもん、私サボったりしないよ! あれ、今日は違う人と一緒だー」

 悪びれる様子もなく、興味深そうにつづりと春日井を見ている。

「高瀬さん、妹さんがいたんですか?」

 意外そうにつづりに訊かれ、高瀬は頷いた。

「ふうん、雰囲気は似てませんね」

 春日井が面白そうに言う。意気消沈していた彼らにとって、空気を明るくするきっかけになったようだった。

「兄がお世話になってます、私、紗雪と言います」


 紗雪がにっこり笑顔で挨拶をした。つづりと春日井もそれぞれ名乗る。のんきな紗雪に対して高瀬はこっそりと溜息をついてから、


「……ちなみに紗雪、羽佐間さんを今日、見かけてないか?」

 ふと思いつき、藁にも縋る思いで訊いてみる。

「あのすっごい美人さんだよね。ううん、見かけてない……けど」

 何か重要なことでも思い出したかのように、紗雪の表情が引き締まった。

「けど?」

 微かな期待を抱いて、続きを促す。つづりと春日井も、意識を集中させたのが判る。

「さっきね、すっごいイケメンさんを見かけた!」

 真剣な様子の彼女から出てきたのは、しかしそんな言葉だった。

「……は?」

「外国の人かなぁ、金髪で、背が高くて、とにかくすっごいイケメンさんだったの! この世のものとは思えない、ってああいう人だよ、びっくりしちゃった! 俳優さんかモデルさんかなぁ、撮影とかしてた感じじゃなかったけど」

「……そんなくだらん情報はいらん」

 興奮気味の紗雪に対して、高瀬たち三人は肩を落とした。

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