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「ミカイ、ミカイ……未解」
部屋を出た結崎つづりは、実は聞いたことのなかったその部署の略称を口にしつつ、特殊捜査部のフロアの案内板で未解――未解決事件特別捜査室を探していた。特捜の部署は横に広く、全てを把握することは難しい。
空間座標の正確な数値さえ解っていればテレポートができるのだが、それが解らない場所へのテレポートは不可能だ。一度でも足を運んだことがあれば、簡単にテレポートできるのに、と思いながら、案内板をじっくり見渡す。
「えーと……あ、ここだ」
魔捜部屋からはかなり離れた場所にあるその部屋を、やっと案内板から見つけ出す。当然とも言えるが、空間座標に関する情報は記載されていない。歩いて向かうことに決めていた彼女は、最短の道順をインプットすると、小さな缶を持ち直してから進み始めた。つづりの方向感覚は優れている。それは空間座標を扱うテレポーテーションを専門としているからだ、と、彼女は認識している。
やがて、未解なる部署に与えられた部屋の前に辿り着き、部屋のドアをノックした。知らない部署だったので、きちんと返事を待つ。ちなみに頻繁に出入りする部署に関しては、彼女は返事を待たずにドアを開けてしまう癖がある。治すべきだとは思うのだが、ついその努力を怠りがちだ。
「どうぞー」
女性の声が応じたので、『未解決事件特別捜査室』というプレートがかかったドアを開けた。
「失礼しまーす。空管所属で、魔捜付きの結崎です。えっと、十六夜さんにお届け物を預かってきました」
部屋の中にいたのは、ポニーテールの女性――年齢はつづりと同じくらいか、少し下に見える――と、名門校として知られる敬文館高校の制服を着た、しかしやけに幼く見える少年の二人だった。今日は学校は休みなのだろうか、平日なのに、と、つづりは一瞬考えた。しかし、まあいいや、と深くは考え込まない。
デスクに向かっていた少年が、わたわたしながらつづりの方を向く。光の加減によって、青にも緑にも見える透き通った石が付いた髪飾りをしていた。不思議と違和感はなかったので、それは二・五階に入るためのキーアイテムとして呪をかけたものかもしれない、と、つづりは考える。
「え、えと、あの……い、十六夜は、僕、ですが……」
赤いフレームの眼鏡の奥で、彼の瞳が怯えたように揺れている。
しかしつづりはそんなことに気付かず、少年に歩み寄った。
「えっと、はい、これ」
螺旋から預かった缶を差し出す。少年は、ひっ、と悲鳴とも何ともつかない声を上げて、椅子ごと後ずさった。ふわふわした髪が揺れる。
「魔捜の羽佐間からのお届け物です。えっと、先日のお礼? だそうです」
「せ、せせ、先日……? あ、あの、えと、柊さん……」
少年は、助けを求めるように涙目で、ポニーテールの女性を見やる。どうやら彼女が、この部署の責任者らしい。
柊さん、と呼ばれた彼女は、しばらく考え込んでから、
「……ああ、ほら、あれじゃない? この前の、素数の何か。魔捜の羽佐間さんって言ったら、たぶんそれだよ」
「……あ! あのときの、です、ね! 素数の謎を、解いた」
「そうそう、それ」
「……たぶんそれのお礼、だと思います。どうぞ」
つづりがにっこり笑うと、十六夜少年はやっと警戒心を解いたようにふわりとした笑みを浮かべ、缶を受け取った。
「あ、ありがとう、ございます、です」
城戸とは違うタイプながら、喋るのは得意ではないらしかった。しかし、その陽だまりのような声音は、やはり十六夜参事官に似ている。
「……やっぱりもしかして、十六夜参事官の……?」
つづりが何気なく尋ねると、
「あ、えと、姉が、お世話になってます。弟の、尊、です」
少年、尊は立ち上がり、ふわりとした動作で頭を下げた。
「そ、そうだったんだ! 何て言うか、似てないけど似てますね」
彼の身長はかなり低めだ。十六夜参事官はやや高めなので、そこは似ていない。尊の表情が豊かなのに対して、参事官は無表情だ。その点も似ていない。
しかし、春の昼下がりのような暖かい印象を与える声はそっくりだった。言われてみれば、顔立ちも似ている。参事官を童顔にして表情を付けたら、尊の顔になるだろう。
「……よく、言われます」
尊は少し困ったように、眉尻を下げて微笑んだ。
「……ところでその、素数の謎を解いた……って、どういうことですかー?」
つづりの何気ない疑問に、柊が答えた。
「あたしもよく解らないんだけどね、こないだ、羽佐間さんとか、異次捜……えっと、知ってるよね、異次元捜査室の黒野さん立ち合いの下で、たけるんが……ああ、尊くんね。何だっけ、世界を構成している、素数の謎? それを解いたの」
「あ、それドラマか何かで見たことあるような……え、解いた? わたし確か、それは人類の永遠の課題だ、みたいに聞いた覚えがありますけど!? すごい懸賞金が懸かってるやつですよね!?」
「そりゃあ、たけるんなら解けるよ。数学に関しては特に、たけるんは超が付くくらいの天才だからね。よく覚えてないけど、素数の謎の解が、次元の再構築か何かのためにどうしても必要だったみたい。懸賞金は……やっぱちょっと惜しいよね。ただ、その解は超機密事項なんだって。万が一にも何者かに悪用されないためと、それを解いちゃったたけるんの身の安全のためにも、記操の人が術を施してるのよ。二階堂室長含めて三人がかりだったから、かなり厳重な術だね。それぞれアプローチが違ってたから。あたしも既に、詳しいことは思い出せないし」
それは確かに、決して破れない術だろう。つづりは頷きながら続きを待つ。
「何だったかなー……そうそう、素数の謎を解いたこと自体は覚えてるけど、どういうプロセスを経て解いたか、どういう解に辿り着いたかっていう記憶は、封印されたんじゃなかったかな。もう少し経つと、謎を解いたこと自体思い出せなくなるかもしれないね。何たって、記操が三人がかりだよ」
「へぇー……」
つづりは改めて、柊からたけるん、と呼ばれている少年を見た。尊は顔を輝かせて、螺旋からの贈り物であるお洒落な缶を眺めている。懸賞金や名誉などより、螺旋からの贈り物の方が余程嬉しいらしかった。
「……それにしても、螺旋さんと黒野さんって、仲悪いとばかり思ってましたけど、一緒に行動することってあるんですね」
「あー、やっぱそう思ってる人の方が多いよね。そう見えちゃうのはさ、管轄する領域っていうか、ベクトルが違うからじゃないかな? 仲が悪いっていう単純なものじゃないと思うな、あたしは。それに、羽佐間さんは秩序側、黒野さんは混沌側――均衡を保つために補い合う立場ではあるんだよね。まあだからって、仲が良いとは言わないけど。それにもしあの二人が不仲だとしたら、あたしと羽佐間さんや黒野さんも仲が悪いってことになっちゃう、あたしも領域が違うから。それは寂しいじゃない?」
柊は複雑な笑みを浮かべた。そこへ、さっきまで笑顔だったはずの尊の、何故か翳った声が控えめに割り込んだ。
「あ、あの……」
「どうかしたの、たけるん?」
「あの、えと、ゆい……結崎さん、でした、よね?」
「? はい」
「その……羽佐間さんは、今日、どちらへ……?」
「螺旋さん? 確かさっき、資料課に出かけたはずだけど……」
「ほ、本当に、し、資料課にいらっしゃるか……か――確認、した方がいい、かもしれない、です」
「え――?」
つづりが首をかしげると、喋るのが苦手らしい尊は必死の様子で、手振りを交えて説明を始めた。
「あの、ですね……えと、これは、羽佐間さんのお気に入り、の、キャッスルトンの紅茶、なのです。僕、数日前、偶然……紅茶のお店で、羽佐間さんに、お会いして……そのとき、買っていたもの、なのです。その、それで、ですね、これは、最後の一つ、だった、のです」
つづりと柊は、途切れ途切れながらも必死で言葉を紡ぐ尊を見守る。
「お、お店の方が……しばらく、入荷がない、と、言っていたのです。だ、だから、羽佐間さんは、これを――大切に、飲むと、言っていたはず、なのです。な、なのに、なのに僕に、くれるなんて……」
「……自分のために買ったばかりだった、ってことだよね? それ未開封だよね」
柊の確認に、尊はこくこくと頷いた。
「キャッスルトン……? 螺旋さんがいつも飲んでるやつだよね。ひどい! わたしにはくれたことないのに、とか言ってる場合じゃなさそうだ! 何か嫌な予感がする!」
つづりの心に、凄まじい勢いで暗雲が垂れ込め始めた。
「すぐに戻って確認してみます。尊くん、どうもありがとう。えーっと、では失礼します!」
歩いて戻るのは時間がかかりすぎる、と判断し、魔捜部屋の空間座標を頭に思い浮かべたつづりは、テレポートを使って未解部屋を退出したのだった。




