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羽佐間さんを先頭に歩くこと、少し。
「螺旋さん……」
おずおずと、華火ちゃんが切り出す。
「何ですか?」
振り返らず、羽佐間さん。私と華火ちゃんは一度、顔を見合わせた。
「あの、言い辛いんですけど……」
私も必死で言葉を選びながら、
「そのですね、この道は……」
「さっきも通ったよ……」
「……はい?」
羽佐間さんはそこで初めて立ち止まり、振り返った。
何か考えがあっての前進、では、なかったようだ。
『根拠の提示……』
この様子だと、城戸さんも気付いていたらしい。応えた羽佐間さんの言葉で、私たちは思わずその場にしゃがみこんだ。
「勘、ですが」
黒峰さんの端末機械から、つづりさんの声が聞こえてくる。
「えっと、同じ所をずっと……ぐるぐるしてるみたい、ですよ?」
「やはりそうでしたか……予め把握できていない空間はどうも苦手なのです」
自覚があったらしかった。ラインハルトが控えめに申し出る。
「わ、わたくしで、よろしければ……道案内をさせて頂ければと思います、ラセン」
かなりしっかりしているように見える羽佐間さんだけれど、迷路はかなり、苦手らしい。
そんなわけで、今度はラインハルトに先導されて、出口を目指す。
と、
「ラセン、わたくし、重大な発見をしてしまったやもしれません……!」
興奮気味に、羽をバサバサ言わせながら喋るカラス。
「どうしました?」
「この迷路空間、構造式がわたくしの世界のものではございません! 書き換えられているようでございます。もしや、我が主の魔力を狙った、陰謀なのでは……!」
バッサバッサとうるさいカラスを、黒峰さんが遮った。
「あの……元々の構造式に、ランダムに数値を挟んだ結果なんだよね。式の原型は留めていないと思って下さい。陰謀じゃないよ」
『余計なことを……』
城戸さんに、完全同意。
「……何か良い方法はないのでしょうか」
羽佐間さんが思考に沈む。
私も考える。スマホさえ起動するならば、迷路の攻略法、とかいう検索ワードでネット上の情報を漁ってみたい。そしてその情報の検証実験をしたい。
……ん? 迷路の攻略……検証実験……
「あの……」
試す価値は、あると思う。八方塞がりのこの状況に、少しでも変化を与えられるとすれば。
「どちらかの壁に手をくっつけて進んでいけば、いずれ迷路の出口に辿り着く、って……聞いたこと、ありませんか?」
結果的に、それは大成功を収めたと言って良いと思う。
時間はかかったけれど、前方に『出口』と書かれたゲートが見えた時には、安心のあまり涙が出た。
全員が『出口』のゲートを通過した瞬間に迷路は音もなく霧消して、本来の景色なのであろう風景に変化した。
「ありがとう、綾音さん!」
華火ちゃんの目が輝いている。
「これで戻れるよ! そしたら僕は、あの魔女を倒しに行くんだ!」
あの気迫を持つこの子なら、あるいは本当に黒野さんを倒せるのかもしれない。
「……見事に消えたね……僕の力作……」
黒峰さんはしんみりと背後を見やっていたけれど、気を取り直したようにこちらに向き直る。
「綾音ちゃん、君のお陰で難関をクリアできた。ありがとう」
……事態をややこしくした張本人が言えることだろうか。けれど、黒峰さんの笑顔に邪気はない。
「ラセン。それでは、わたくしの役目は、ここまででございますか……?」
「ええ。ラインハルト、あなたの世界に、ご迷惑をおかけしました。これにて一切の契約を解――」
「我が主、ラセン。あなたの軸に戻られても……わたくしはあなたの統治下に置かれることを、望みます」
……羽佐間さんと、このカラス――ラインハルトには、前世での縁、みたいなものでもあるのだろうか?
「夜色の鴉は、ラセンの使い魔であることに、誇りを持っておりますので」
「ですが……ラインハルト、本当に――」
「それがわたくしの望みにございます」
……色々と訊いてみたいけれど、部外者が立ち入って良い問題でもなさそうだ。
「螺旋さん、みんな! もうすぐだ!」
何かを察知した様子の華火ちゃんが、場の空気を変えた。
直後、地面から有り得ない光量が押し寄せてきて、
再び、世界が反転し、
――僕たちは、秘されるべき存在
――記憶は
――守るために
――でも きっと
――また会えるような、気がする
* * *
「……それが、先方の条件です」
「でもさ、マズくない? バレるんじゃない?」
「しかし、干渉してしまった事実もある」
「そもそも原因を作ったのは、黒野さん、あなたでは?」
「そうだよねー。一歩間違ったら、全ての世界に歪みが発生して……大変なことになってたと思いますけどー!」
「情管室長としては、今回のみ特例と見なすべきかと判断していますが……」
「記操としても、この件に関しては問題ないと判断したよ」
「部長としては、どうお考えに――あれ? 部長?」
「逃げた!」
「仕方がありません、審議官に指示を仰ぎますか?」
「あ、それならさっき指示が――」
* * *
ピピピピッ、ピピピピッ……
スマホのアラームで、ぼんやりと目を覚ます。
何だかとても、長い夢を見ていたような、そんな気がするけれど……内容はもう、思い出せない。夢ってそんなものだ。
私は伸びをしてから、今日の予定を脳内で確認する。
あ、サークルの先輩にノートを返さなきゃいけないんだっけ。
軽い朝食をさくっと済ませ、準備も整え、時間にはかなりの余裕を持ってアパートの部屋を出る。
大学までは近いから、澄んだ青空を見上げたりしつつ、のんびり歩く。
「あのー」
後ろから、声がかけられた。振り向くと、女の人が立っていた。
ピンクが混ざったすみれ色の、フレアスカート。
……どこかで見た、ような?
「落とし物、ですよー」
「え?」
女の人は、封筒らしき物を差し出してくる。
……私、そんな物、持ってたかな……?
「アヤネさん、ですよねー?」
「??」
封筒を受け取らない、という選択肢は無さそうなので仕方なく受け取ったけれど、やっぱりその封筒に覚えは無い。
うーん。どうしよう、困ったな。とりあえず、中を確認してみても良いだろうか?
ちょっと迷ったけれど、仕方ない。封筒と言っても、封はされていないし、思い切って中身を見てみる。
一葉の写真。
覚えはない、はずなのだけれど……
「……あれ? これ、私?」
知らない人たちに囲まれて写っているのは、確かに私、秦野綾音で間違いない。
「いつの間に、こんな……」
大学の知り合いでは無さそうだし、何故かセーラー服姿の中学生なんかも写ってるし、蝶ネクタイをしたカラスまでいる。何だろう、これ。
あ、この女の人なら、もしかして、何か知ってたりしないだろうか?
訊いてみようと顔を上げたけれど、既にそこに彼女はいなかった。
……あれ?
途方に暮れていると、聞き覚えのある声が、背後から。
「おーい、綾音ちゃーん! お、は、よー!」
件のサークルの先輩、紗雪さんだ。
「おはようございます、紗雪先輩」
「ん? 何持ってるの?」
「えっと……これは内緒です」
「何それー! 気になる!」
「あ、それより、ノート、ありがとうございましたー」
私の日常は、いつもと変わらず続く。
非日常に憧れたりもするけれど、どうやらそんな世界は、私の日常に入り込む余地なんて、なさそうだ。
Break time is end...and...To be continued...
次回より第二章開幕です。
以降ずっとシリアス路線になります。温度差にご注意下さいませ。




