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「我が主、ラセン。不肖ラインハルト、あなたにお仕えできることを心より光栄に思います」
カラスはそう言って首を前に傾けた。声だけ聴くとどこかの執事だと言われても疑わないだろうけど、悲しいかな、外見はカラスでしかない。優雅に一礼する美形執事が脳内では完璧に再生できるのだけど、実際にはカラスが首を傾げているだけだ。
『何故、カラス』
城戸さんの疑問を受信して、私も同意を示すために頷く。
だけど、黒峰さんには、何やら思い当たるフシがあるようだ。意味ありげに頷いている。
「それにしましても、ラセン。あなたほどの『統べる者』が、使い魔を使役しているご様子がないのは――何らかの理由が、あるのでございますか?」
カラス――ラインハルトは、恐る恐るといった様子で質問した。
「わたくしは……こうしてあなたに仕えることが、初めてではないような、そんな気が致します」
それを受けて、羽佐間さんは、視線をどこか遠くへ向けた。
「……私の使い魔は……私の力の及ばない世界へ、旅立ちました。よって本来ならば、私は現在、使い魔を使役する権利は有していないと考えています……しかし奇遇ですね。私も、あなたにお会いするのは初めてだという気はしません」
「ではやはり、ラセン……あなたは……」
ラインハルトの言葉を、羽佐間さんは遮った。
「詮索は無用です。黒峰さん、次元の歪みが大きな地点は、算出できていますね?」
「あ、はい。数値で見ると……西の方向です」
「ラインハルト、恐らくあなたもご存知でしょう。なるべく最短ルートで向かいたいのです」
「承知しました。ご案内致しましょう」
喋るカラスはそう言って、羽佐間さんの肩から羽ばたいた。
「こちらでございます」
ラインハルトはゆっくりと、私たちを先導するように飛び始める。
「つづりさんがいれば、一瞬でテレポートできたのに……」
華火ちゃんはぼやきつつも、羽佐間さんの後について歩き出した。その後を城戸さんが追う。
「行こうか、綾音ちゃん」
黒峰さんに促され、私もその後を追って歩き出した。
道、と言うよりは、獣道と呼んだ方がしっくりくる場所を私たちは進む。時折、これまで聴いたことのないような不気味な生き物の鳴き声らしきものが響き渡るけれど、危害を加えてくるような気配はない。とりあえずは、それが救いだ。
「ところで、城戸さん」
羽佐間さんは、振り返らずに背後の城戸さんを呼んだ。
「元居た軸の魔女――黒野さんや、結崎さんたちに、テレパシーは飛ばせませんか?」
『届かない』
「そうですか……それは少々、厄介ですね……」
理解はできないけれど、羽佐間さんの口調が若干沈んだところを見ると、それなりに重要なことらしい。
「ラセン」
ゆっくりと先頭を飛行するラインハルトが、徐に呼びかけた。
「わたくしはきっと、そうした連絡係になることも、可能でございます」
「本当かい?」
応じたのは、黒峰さん。
「ジュン……でいらっしゃいましたね。その機械を媒介とさせて頂けるなら、通信端末として利用できるかと思います」
「……複合能力……ずるい!」
少々不機嫌そうな、華火ちゃんの声。
『弱くても、統治者』
……城戸さんのテレパシーってカラスには聞こえてないよね? 弱いとか言ったらこのカラス、暴れ出したりしないか心配だ。
幸いカラス――ラインハルトに城戸さんのテレパシーは届かなかったらしく、カラスな彼は、黒峰さんの端末機械に向けて呪文のような言葉を発した。いや、雰囲気が何となく呪文めいていただけであって、少なくとも私が知る言語ではなかったのだけれど。
次の瞬間、端末機械のディスプレイに、三人の人物が映し出される。
「あ、つづりさんと、高瀬と……魔女」
華火ちゃんが声を上げた。
たぶん、お団子頭で警察官の制服を着ているのが、つづりさん、だろう……うん、確かに、コスプレでない限りは、警察の人に見える。
「わー、螺旋さん、と、皆さん! ご無事でしたか!」
端末機械から、明るい声が聞こえた。こちらの様子も、この端末を通して向こうに見えているのだろう。
「あれ、羽佐間さん、眼鏡はどこへ……? まさかまた投げ捨てたんじゃないでしょうね!」
スーツ姿の男性が、恐らく高瀬……高瀬さん、なんだと思う。
高瀬さんの推測通りなのだけど、羽佐間さんは華麗にスルーした。
「いやー、悪いわね、まさかこんなことになるなんて、想像すらできなかったわ。ふふふ」
残る一人……この人が魔女さん、だと思う。銀髪を長く伸ばし、ゴスロリっぽいドレスに身を包んでいる。すごく似合っているけど、明らかに、異質。
「わざとだろ!? 寧ろ予定通りに事が運んだんだろ!?」
華火ちゃん、ディスプレイに噛み付いても、たぶん向こう側にダメージは与えられないと思うよ……。
「あら、嫌だわ。小娘ひとりならともかく、魔術師まで巻き込むような度量は、私にはないわよー」
心底楽しそうな魔女さん。私の直感を信じれば、確信犯だ。
「……黒野さん、言いたくはありませんが……明らかに作為的な式のミスを、私は見逃しませんでしたよ」
冷たく言い放つ羽佐間さんに、それでも魔女――黒野さんは、童話に出てくる猫のように、にやにやと笑みを浮かべた。
「しっかし、魔術師。その鴉の器は未練たらしいわね。悪趣味ね。彼、一応そっちの統治者クラスだと思うんだけど」
「…………」
あからさまな挑発を、しかし羽佐間さんは受け流した。華火ちゃんが先程言っていたとおり、賢明なのは間違いないだろう。
「えー、と。つづりちゃん、念のため、そっちの位置情報と照合したいことがあるんだけど、この端末に転送できないかな?」
黒峰さんは話題の転換を図ったようだ。画面の中のつづりさんは、了解でーす、と間延びした返事を残して一度フェードアウトする。
「この、送信、っていうので良かったでしたっけ?」
質問しておいて、答えを待たずに、ポチッ、というどこか間抜けな音が聞こえた。
「……あ、いやそれは、ダミーというか何というか、事態をややこしくするだけだから押さないで――あ」
……黒峰さん、それはもう少し、早く言って欲しかった。
圧力が変化している時のように、耳の奥がぐらぐらするような感覚と、小刻みな地響き。
「黒峰さん――」
華火ちゃんが、頬をひくっと痙攣させた。
「これ……」
「……いや、その……ちょっと暇があったものだから、空間構成情報に適当な変化を付け加えることで、目的地までを迷路仕立てにするソフトを……作ってみたんだ」
突然目の前に現れた、ご丁寧にも『入口』と書かれたゲート。未知の素材で構成されているそれは、確かに迷路の様相を呈している。
黒峰さんを除く四人と一羽、そして画面の向こうの三人は、揃って絶句するしかなかった。いや、城戸さんは元々、直接的に何か喋ることはなかったっけ。
「何故にそんな迷惑なソフトを作るんだっ! そもそもそんなモノ必要ないだろ! しかもそれを転送可能な状態にするって、何考えてんだよ黒峰さん!」
きっと誰もが抱いた疑問を、一気に捲し立てる華火ちゃん。
「あらぁ、こんなに愉快なことになるなんてねー」
画面の向こうの黒野さんは、目をキラキラさせていた。華火ちゃんがわかりやすく敵視している理由を垣間見てしまった。
「……戻ったら、室長権限で――暇にならない仕事量を回しますよ、黒峰さん」
『パワハラ……』
「どちらがでしょうね、城戸さん!? 空間構造式の改変は、黒峰さんの権限で行って良いことではありませんよね!? 監督不行届を追及されるのは、私ですからね!?」
「ラセン、落ち着いて下さい……」
最早、現実感なんていうものは欠片もない。ここまでくると、危機感とか防衛本能とか、そういったものは無くなってしまうようだ。単純にこの場を楽しんでしまい始めている自分が恐ろしい。
「あの、黒峰さん……これ、解除とかそういうの、できないんですか?」
画面の向こうから、高瀬さんが呼びかけている。
「高瀬、バカか? 黒峰さんがそんな甘いもの作るわけないだろ!」
「え、あ、ごめんなさい、真山さん……」
……この二人の上下関係って、どうなってるんだろう。
ぼんやりとそんな様子を眺めていたら、ふと、思い付くことがあった。
「そう言えば、目的地までを迷路にする、とか……言ってませんでした?」
ワンテンポ遅れて、視線の集中を浴びる。思わず後ずさりたくなる気迫。
「綾音ちゃん、ナイスフォロー! 僕の組み立てが間違っていなければ、出口、即ちゴール地点がちょうど、次元の歪みが大きい地点、つまり」
黒峰さんは、謎のポーズを決めて、
「元の軸に戻るのに、最も相応しい場所に辿り着けますよ!」
あくまで爽やかに、言い切った。
「や、黒峰さん、そういうことじゃなくて、たぶん……迷路にしなくてもそれ、充分辿り着けるよ……」
力なく華火ちゃんがぼやく。確かに、迷路ってことはかなり迂回をするような形になるだろうから、効率的とは言えないだろう。
『面倒……』
心なしかぐったりしている城戸さん。
「ま、その迷路クリアしなさいよ、あんたたち。こっちはゴール地点の情報取得完了よ。軸を戻すための式、組み立てておくわ」
心底楽しそうに言うと、黒野さんは画面から退場した。
「高瀬、魔女を見張ってろ。不審な動きを見せたら、審議官に直訴していいぞ。僕が許す!」
「え……不審とかそうじゃないとか、どうやって見分けるのかわからな――」
「いいから行けーっ!」
「はいっ!」
完全に華火ちゃんの支配下にあるらしい高瀬さんも、画面から退場。つづりさんは、少しの間所在なさげに視線を彷徨わせて、
「……てへ」
可愛いポーズを取った結果、やっぱり制服はコスプレにしか見えなくなってしまった。
「な、何かお手伝いできることがあれば、がんばりますっ!」
可愛く敬礼。
「……何もせずに、モニターして下さっていれば結構ですよ」
羽佐間さんはにべもない。
「結果的に――結果的に色々と問題を起こしてしまいました。申し訳ございません、我が主」
そう言えば、カラス――ラインハルトが連絡係を申し出た結果、だったような。
「仕方がありません。迷路を抜けるしか、ないでしょう」
諦念の境地に達したらしい羽佐間さんが、右肩にカラスを乗せて静かに歩き始める。すぐ後を城戸さんが追いかけ始めた。
「綾音さん、行こう」
華火ちゃんに手を引かれ、私も歩き出す。
「……悪かった、本当に申し訳ないよ……」
最後尾の黒峰さんが、寂しそうにぼそりと呟いた。気の毒なくらいがっくりと肩を落としているけれど、原因がこの人であることを考えると、かける言葉は見つけられなかった。




