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永久螺旋 ―Unlimited Spiralー  作者: 天澤榧乃
幕間 混沌迷路の歩き方
11/24

1

Break Time

 名前を呼ばれた気がして、振り返る。

 誰も、いない。その前に、暗くて何も見えない。

 ――気のせい?

 暗闇の中で、首を傾げる。

 ――ここは、どこ?


 途方に暮れていると、唐突に、頭の中を映像がよぎった。

 生地をたっぷり使ったフレアスカート。モノクロの世界に突如として現れた、ピンクが混ざったすみれ色。女の人。


 ――さっき私を呼んだのは、このひと?

 何故か全体像は掴めなくて、戸惑う。今気付いたけど、声が出せないし。

「……けて、くださいー」

 耳に入ってきたその声には、どうやらエコーがかかっている。

 ――?

 どうして、こんなに聴き取り辛いんだろう?

「おとしものにー……」

 ……落とし物?

「きをつけて、くださいー」

 何がどうなっているのか、わからない。いよいよパニックに陥るかと思ったら、



 ピピピピッ、ピピピピッ……



「わあっ!?」

 びっくりして()()()()()()、そこは見慣れた場所だった。私の部屋だ。

「なんだ、夢か……」


 おかしな世界から、私を救ってくれたモノ――スマホのアラームを解除しながら、呟いた。今日は一コマ目から授業に出ないとマズいんだっけ。ちゃんとセットしておいて良かったな。

 そんなことを思いつつ、伸びをする。

どうやら外は良い天気。けど、気温は平年よりも低いって、天気予報で言っていたような気がする。秋を実感する間もなく、季節は冬へとうつろっている。



 私、秦野綾音(はたのあやね)は、都内の大学に通う二年生。現在、親元を離れて独り暮らし中だ。このアパートはちょっと古いけれど、大学に近い上に家賃も高くない。すごく助かる。

 ()()()()なんじゃないか、と友達は言うけれど、今のところ実害もないし、たぶん大丈夫。ホラーは嫌いじゃないし。

 ……実際に幽霊に会ったことはないし、もし実際に会ってしまったあとで、同じことを言えるかどうかは、わからないけど。

 そんなことより、たった今発生した問題の方が、重要だ。


 朝食のパン、買い忘れてる!


 幸い、寝坊を免れたお陰で時間に若干の余裕がある。近くにある、ちょっと話題の美味しいパン屋さんで何か買って行こう。

 予定の修正をして、とにかく身支度を整える。急に気温が変化すると、着る物の入れ替えもできてないから困ってしまう。


 どうにか支度を終えて部屋を出た。うん、時間配分は良い感じ。

 大通りに出るよりも、裏道を通る方が近い。これは、サークルの先輩が教えてくれた情報だ。

 昨日と比べて、何だか急に冷たくなった風に吹かれつつ、歩いていると――

「……ん?」

 前方、それほど高くはないビルの屋上に、人影を発見した。

 小さな会社の建物だったはずだけれど、

「……中学生?」

 グレーっぽいセーラー服は、確か桜崎中学の制服だったと思う。さくらざき、という縁起の良い校名がまず人気だし、制服も、一見地味なのにラインの入り方がお洒落だったり、桜の花を模した校章が可愛いと評判だったような。


 ということはあれは女子中学生なのだろうけど、一体何をしてるんだろう?

 飛び降りる、とか、まさかそんなことはなさそうだけど、何となく興味を抱いて観察してみる。違う意味で、様子がおかしかったから。

 あの子、何をしてるんだろう。何かを追いかけているように、見えなくもない。でも、何を追いかけているのか全然わからない。ここから見えるのは、全身から怒りのオーラを発している気がする、その中学生の姿だけだ。古ぼけた建物の屋上で、ひとり不審な動きをする女子中学生。

 何だろう、この光景。


 と、何かがその中学生を飛び越えた、ように見えた。

 そんな気がしただけで、実際に物が見えたわけではないのに――放物線を描きながら落下してくる物体が、唐突に()()()()

「わっ……!」

 それは、私が立っている場所から数メートル先に着地する。布……でくるまれた、それほど重くはなさそうな、何か。

 ……拾った方が、いい、よね……?

 私はそう判断して、その物体に駆け寄る。しゃがんで、手を伸ばして――


「やめろッ、それに触っちゃ――」


 物体に触れたのと、どうやらあの中学生がそう叫んだのが、同時。

 その瞬間に物体からものすごい光が出て、



 世界が、反転した。



「――だから僕は言ったんだ! 魔女め、僕にこんな格好までさせやがって!」

「はいはい、華火ちゃん、ちょっと落ち着こう」

 声が、聞こえる。それと、人の気配。

 そこで私は、自分が目を閉じていることに気付いた。目を開けなきゃ、と思うんだけど、何故かそんな勇気は出せない。


 もし、私の予感が当たっていれば――とんでもないことになっている――ような、気がする。何だっけ、量子論、だったっけ。それによると、観測しない限り、その存在は確定されな――


『目を開けた方がいい』

 確定されない――


『残念だが、逃げ道はない』

「誰!?」


 耳から入ってくるのではない音声。それを音声と呼ぶかどうかは知らないけど、ともかく私の現実逃避を邪魔する、その音声の発生源に向けて叫びながら、私は目を開けてしまった。


 視線の先には、全体的に黒っぽい印象の男の人が立っている。音声の発生源はその人のような気がするけど、彼は少し離れた場所に、私に背を向けて立っていた。その向こうに、白衣の男性――にしては色白だし髪も長い――と、先程の女子中学生が。『僕』という一人称だけど制服は女子のだし、声から判断しても女子だと思う。


 それにしても何だろう、このいかにも、ちょっと昔のゲームを彷彿とさせるクオリティー低めのドット絵を、無理やり立体にしたような風景は。夢、かな。そうだ、きっとそう。ものすごく現実感のあるタイプの夢、なんだと思う。

 ということは、一度起床したのは錯覚で、これはまだ、夢の中――


「残念ですが現実です。巻き込んでしまったようですね」

「わああっ?」


 真横から聞こえた声にびっくりして、思いっきり首をひねってそちらを確認する。

 黒っぽいスーツに身を包んだ、華奢な女の人が立っていた。

 それまでまったく気配が感じられなかったので、文字通り心臓が飛び出たような衝撃を覚えてしまった。


 手入れが行き届いている黒髪――これは相当な手間がかかるはずだ――とは対照的に顔色は良くない。身長に対する体重が足りない気がする。そして、何だか不機嫌そうなのは、声に抑揚がないからか。


 ……どことなく漂う、機械の雰囲気。そして私の思考は、ある単語に到達した。

 アンドロイド。それか、人工知能。


「――私は魔術師です」

「はい?」

「魔術師の、羽佐間螺旋と申します」

 ……えーと。

 展開について行けない。やっぱり夢だ。起きよう。起きなくちゃ。

 私のそんな決意は、しかし、魔術師と名乗った女性の次の言葉で、あっけなく散ることになった。


「あなたは――ハタノアヤネさん、ですね」


 銀縁の眼鏡をきらりと光らせての台詞は、二次元の世界とか、ドラマの中なんかだととてもかっこよく決まるはずだ。けど、実体験を通した結果、認識を改めようと思う。すごく怖い。どこから漏れたんだろう、私のプライバシー。


 そんな様子を察知したのか、白衣の人と中学生、あと黒い服の男性も近寄ってきていた。迫ってきた気配にそちらを向くと、中学生と目が合う。

「……これ、あなたのだよね? 学生証」

「……あ」


 バッグのポケットから出てしまっていたのか、確かに彼女の手に握られているのは、私の学生証だ。なんだ、魔術師と名乗った女性は、これを予め見ていたのに違いない。そうだ、手品にはタネがあるし、マジックには仕掛けがある。あ、魔術師って、マジシャンか何か?

「はい、無くさないようにね。僕は真山華火」

 中学生――華火ちゃんから、学生証を受け取って、バッグのポケットに仕舞い直す。

「ありがとう。えと……秦野、綾音、です」


 私の自己紹介は途切れ途切れになってしまったけれど……状況から見て仕方ない。そもそも現状の把握なんて、できていないままだし。


「巻き込んでしまって悪いね。僕は黒峰準。よろしく」

 白衣の彼――うん、声から判断した結果、外見は中性的だけど、男性――は、言いながら右手を差し出す。えっと、握手? 軽く会釈しつつ、それに応じた。そして残る一人、黒っぽい彼は、同じく黒っぽい魔術師に何やら言われている様子。


「……ええ、お願いします。()()()()()()()()の間、黙っているわけにもいかないでしょう」

『面倒』

「そう仰らず」

『会話、苦手』

「ですが……」

『聞こえてるよな』

「え?」


 私の疑問と、魔術師の疑問は、同時に音声化された。そして、黒っぽい彼の、感情のこもらない視線と、魔術師の僅かに驚きがこもった視線が、私に向けられる。

『城戸透流』

「……テレパシー?」

 この黒っぽい彼――城戸さんは、どうやら声に出して喋っているわけではないようだ。

『ご明察』

 そんな城戸さんと私を順番に見た魔術師――羽佐間さんが、一瞬だけ、微笑んだ気がした。

「こちらの予想を超えましたか」

 そんなことを言ったようだけど、何のことだかは理解できなかった。


 で。


 自己紹介を終えて、ほのぼのしている場合ではないと思う。

 見るからに異世界の様相を呈している、ここはどこ!?

 そう言えばさっき、羽佐間さんが言った、元の軸、とか、戻る、とか、それはどういう……?

「さて――黒峰さん、位置情報は如何ですか?」

 羽佐間さんの目が、黒峰さんに向けられる。その黒峰さんは、小さな端末機械をあれこれいじっていたけれど、

「GPSは機能しませんね。やはり軸の移動かと。その計算と誤差の修正まで、もう少し時間がかかりそうです」


 ……私には、何のことだかわからない。GPSが機能しない……って、電波状況とかそういうことかな? あ、私のスマホ、ちゃんとバッグに入っているんだろうか。慌てて確認してみる。

 結果、


「……嘘」

 バッグの中の所定位置に納まってはいるけれど――電源が、入らない。きちんと充電しておいたはずなのに!

「ああ、大丈夫。壊れたわけじゃない、ちゃんと使えるよ。戻れば」

 ……黒峰さんのフォローは、最後の『戻れば』で台無しになっている気がする。


 だから、戻るって、何?


 それが引き金になったかのように、華火ちゃんからは険悪なオーラが発散され始める。

「ふふ……魔女め、僕を地獄にでも送ったつもりなんだろうな。戻ったら潰す!」

 ……中学生がこんなにも邪悪な目をして良いんだろうか。心配になるくらい物騒な雰囲気を醸し出す華火ちゃん。

「おかしいと思ったんだ……式を間違えたとか言ってたけど、最初からこうするつもりで……」

 剣呑な空気を隠そうともしない中学生を見ながら、羽佐間さんが呟いた。

「……念のため結束魔術を組んでおいて、正解でしたね」

 けっそくまじゅつ? それは、複数人数で団結して行うマジック、とかなんだろうか。大がかりな手品、とか。

 それぞれの口から出る言葉から、状況を理解しようとしたけれど、それは無理そうだ。さっきから疑問は増えるばかりで、何も解決してない。

 このままでは、脳内が疑問符でパンクする、と判断して、私は意を決して口を開いた。


「あの――ここは、どこですか? 私、どうなっちゃってるんですか?」

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