証明の結末
新たな魔王が就任してから、既に一年と半年が経過していた。
私―――真道アサヒは、仲間と元の世界に戻るため、新たな魔王に関する情報を集めつつ、あの日、私達の前から姿を消した元恋人………千間ヨミヤを探し続けていた。
すべては、魔王を倒した後にみんなで元の世界に帰るために。
しかし、捜索を始めてから既に数年が経過していた。―――成果は皆無に等しかった。
※ ※ ※
「―――ついに正式に命令が下されたな」
「………えぇ」
皇帝グラディウスとの謁見後、帝宮内の廊下にて、私とヒカリは下された『任務』について言葉を交わす。
「ザバルさん率いる大隊に加わって、『国境突破作戦に参加せよ』って………随分と派手な作戦に組み込まれたわね」
「仕方ないさ。新しい魔王が就任してから、その魔王の情報はいくら探ってもゼロ。ヨヴル・ヘイムから北方の国境は最果てに至るまで厳重。敵国領地内にスパイを送るのも難しいと来た」
隣を歩く金髪の勇者は、お手上げと言わんばかりに肩を竦めている。
「ここらで本格的に情報を掴んでおきたいんだろ。―――現にタイガとか他のメンツも参加するのに、俺と真道だけ、途中で隊を離脱して潜入任務になるんだからな」
「そう………ね」
内心は、『こんなことをしている場合ではない』と心臓がざわついている。
しかし、帝国側に養ってもらっている以上、命令を反古にはできない。
何より、『元の世界に帰る』という目的のためには帝国の協力が必要不可欠だ。
「………まぁ、戦場は国境だ。もしかしたらアイツもいるかもしれない。―――他の連中にも話を共有しておいて、現地でそれらしき人間がいないか見てもらおうぜ」
「………駄目よ。戦場で他に気を取られたら………ほかのみんなが危ない。共有する必要はないわ」
「………いいのか?」
心配そうに顔を覗いてくるヒカリへ、私は確かに目を合わせて………少しだけ笑って見せた。
「いいの。大丈夫よ――――――心配してくれてありがとう」
私の言葉に、ヒカリは微かに目を見開いていた。そして、
「………明日は、槍でも降ってくるかな」
半眼で顔を背けながら、そんなことを呟いていた。
その様子を少し『面白いな』と思いつつも、私は自分の心臓に手を添えながら、ゆっくりと口を開いた。
「ヒカリがヨミや、私にしたことは………………消えない。いや―――忘れられない」
「………あぁ」
私の言葉が意味するところを………『あの日』の出来事のことを口にすると、ヒカリも重く………重く頷いていた。
「でも」
目を閉じ、この世界に来てからのことを脳裏に並べ………そして、顔を上げる。
「ヒカリは、ヨミと私が危ない時に助けてくれた。ヨミが苦しんでいる時に身体を張って止めてくれた―――ヨミが居なくなってからも、私を何度も助けてくれたし………今みたいにたくさん気遣ってくれた」
「………」
「それに、ヒカリは今までたくさんの人を助けてきた。―――誰かを倒すより、誰かを救うことを選んでた」
私は知っている。メフェリトでウーズ・ブレイクが暴走した時も、ヒカリは魔獣を倒すことより、生き残った人々を救出し………守ることを選んだ。
それだけじゃない。バーラド城で魔王軍の幹部と戦った時も、ヒカリは乱入してきたヴェールちゃんを庇った。
それに、今だって、任務の合間を縫っては帝都に住む人たちに声を掛けては仕事の手伝いをしている。
その行動の裏に、何を考えて、何を想っているのか………全てを私は知っているわけではない。だが、彼の行動だけは………その真実だけは確かに事実だった。
「君のしたこと、忘れることはできないけど―――」
一つ、息を吐きだし………静かに空気を吸い込んで私は剣崎ヒカリと目を合わせた。
「許すよ」
「真道………」
彼の目が、確かに見開かれて………そして、再び苦しそうにうつ向いてしまう。
「その言葉は………俺にとって、確かに掛け替えのない言葉だよ。―――でも真道。それでも、俺は俺を………自分自身を許すことができない」
苦しそうに心臓を握りしめるヒカリは、吐き出すように言葉を続ける。
「人を助ければ助けるほど、笑顔を向けられれば向けられるほど、幸せそうな顔を見れば見るほど、俺は、こんなに掛け替えのないものを………君や………千間から奪ってしまったのだと………そう、思ってしまうんだ」
誰かを助け、嬉しそうな他人の顔を見れば、自然と自分自身も嬉しくなってしまう。
小学生の道徳の教科書にも書かれていそうな、当たり前のこと。―――大多数の人間が大なり小なり感じる『嬉しさ』。
でも、私はそんな物が一番大切だと思うし………そうやって他人に優しくなれる人間を尊敬する。
けれど、その『嬉しさ』を感じるたびに、彼は『奪ってしまった物』の大きさを感じずにはいられないだという。
だけど、
「ヒカリ」
だけど、私は………
「覚えてる? メフェリトやカナンでのヨミのこと」
「千間の………こと………?」
「そう。あの時、ヨミはウーズだった女の子を、ヴェールちゃんのお母さんを亡くして―――塞ぎこんでいた」
私達の知らないヨミのこと。―――けれど、最後のその時に私たちは居合わせた。
「あの涙はね、少なくとも、『あの日』から歩き出したヨミが………確かに積み上げた結果なんだよ」
私は知っている。―――クラスに馴染めなくて、いつも周囲から浮いていた男の子を。
その子が、知らない人たちを絆を結んで―――その果てで絆の消失に涙を流していた。
「結果的に私達もヨミも守ることはできなかったかもしれないけど―――少なくとも、ヨミは絶対に………『出会わないほうがよかった』なんて思ってない」
「―――」
「ヨミも『あの日』のことは忘れらないはずだろうけど………『あの日』があったからこそ出会えたものが彼にもあったはず」
ヒカリの肩に手を置いて、私は彼の顔を無理やり上げさせる。
「………あとは、ヒカリが自分自身を『許せるか』どうかだけ。―――私とは、これで仲直り」
「真道………」
「別に前みたいに名前で呼んでも………怒んないわよ」
私が差し出す右手に、ヒカリは少しだけ困惑している様子だった。
「………」
いや、『悩んでいる』といったほうが正しい様子だった。―――手を握ろうと出してみても、すぐに引っ込める。
「じれったいわね」
「ちょっ―――」
だから、私自らヒカリの手を握りに行った。
「誰かの力になろうと必死になるヒカリを、私は確かに『尊敬』―――してるわ」
「………………ありがとう。その言葉を二度と―――裏切らないように頑張るよ」
「大袈裟ね」
廊下を照らしていたロウソクはまだ揺れていたかもしれないけど………それでも、灯は確かに周囲を照らしていた。
閲覧いただきありがとうございます。
『許す』ってかなり難しいですよね。
人それぞれではあるでしょうが、少なくとも、自分はねちっこい性格なので、自分を害してきた人間を中々許すことができない性分です。




