聖女の戦い
魔王ベレトの就任から約一年と半年。
白の軍服に黒のマントを羽織る女性が一人———山間部にある集落に足を運んでいた。
「………気配がする」
白の帽子から覗く黒の長髪は後頭部の高い位置で結わえられている。
髪に隠れる左目と黒真珠を想起させる右目は、しきりに周囲を見渡し―――彼女の警戒を第三者に伝えている。
「―――この先」
女性———真道アサヒは、左腰に吊っていた長剣とナイフを引き抜き―――異様な気配がした山道の奥へ駆ける。
まともな道なんてない。
雑木林同然の中を、尋常ならざる速度で走り抜けるアサヒ。―――その速度は優に人間の速度を超えていた。
———もうすぐ………!
そうして、
「ッ!!」
雑木林の抜けた直後、獣がアサヒを強襲した。
「ッ………この、くらい………!!」
動きを止めない身体を無理やり捻り、上半身を無理やり後方へ倒して獣———狼の魔獣『ルガルー』の牙を回避。
眼前を通り抜けるルガルーの側頭部に、アサヒはナイフを叩きこみ、
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
そのままルガルーの内部を引き裂き、背中までを斬り裂いた。
「ハッ、ハッ、ハッ………ルガルー………? じゃあ………」
頬に付いた返り血を拭い、周囲に視線を送ると、
「………最悪」
十軒ほど見える集落のあちこちで、ルガルーがアサヒを見つめていた。
―――足元に血まみれの人間を携えて。
「なんだァ………新しい人間かァ………?」
ルガルーは群れを形成し、人間を襲う。―――そして、群れというからには、それを統率する者が居る。
「へへ………女かァ………こりゃまたウマそうだ………」
ルガルーの場合、統率者………俗にいうボスは、体長三メートルはある人狼だ。
「………コイツ」
前方六メートル先。石造りの民家、その奥から血まみれの手で扉を潜って出てくるのは人語を介するルガルーの統率個体だ。
「なんだァ、お前もオデが喋んのが不思議かァ………?」
「………まぁね。―――でも、それ以上に、喋れるなら………なんでここの人達を殺したの?」
魔獣の性。―――そう言われればそれ以上のものはない。
だが、相手が喋れるのだったら………現状の惨状はどうゆう意図があるのか———己の中に燻る感情に身を任せて聞いてしまうのは、ある意味当然のことだった。
数ある命を取りこぼしてきた彼女にとっては。
「餌を食うこと以外、何があるんだァ? ―――と言いたいところだがなァ」
粘つくような語尾に、ルガルーは気にもせず言葉を続ける。
「これは、魔王軍に入るための準備でもあるだなァ………!」
「………」
「こうして、人間を殺して手柄を証明し、オデは獣魔族の一員として魔族になるんだ………!」
「そう………それでこんなに人を………」
アサヒはルガルーの言葉を聞き終えると、逆手に持ったナイフを振り払い———刃に付いた血を払う。
「模倣する治癒」
そうして、長剣に刻まれたルーン文字をなぞり、上位の回復魔法を自身にかけるアサヒは、
「どちらにせよ………その頭悪そうな喋り方じゃ、どこにも入れないわよアンタは」
ナイフを構え、人差し指でルガルーを挑発した。
「なんだとォ………この女ァ………!!」
「いいから来なさい。―――その野望ごと、切り刻んであげる」
「グゥゥゥゥゥ………ガァッ!!」
感情に身を任せる狼は、本能の赴くまま目の前のアサヒへ飛び掛かった。
※ ※ ※
この場にいるルガルーの総数はボス個体を合わせて十三体。
———まずは雑魚から………
統率者にも関わらず、いの一番に突撃した人狼の爪を長剣で受け止める。―――そして、左手のナイフを首筋目掛けて振り下ろす。
「グルル………」
人語を忘れたように唸る人狼は、それでも冷静に後退することでナイフを回避するが………
「お見通しよ」
アサヒはそこで一歩踏み出し、距離を詰める。
「とりあえず邪魔よ」
くるりと反転。遠心力を乗せた回し蹴りを人狼の顔面にクリーンヒットさせ———
「がっ………!?」
人狼は、そのまま民家をブチ破り、雑木林の中へ飛んでいく。
「ガァッ!!」
しかし、間髪入れず別のルガルーが乱入してくる。
「っ………」
アサヒは、長剣を持つ腕をわざと噛ませ、その頭頂部にナイフを突き刺す。
そうして、噛んだまま絶命したルガルーを振り回し、足元に接近したルガルーへ叩きつける。
「悪いわね」
そして、重なるルガルーの顔面へ長剣を突き刺す。
「グルァッ!!」
再び飛び掛かる二体のルガルー。
「………芸がないわね」
無造作に振るったナイフでまとめて急所を貫通させる。―――その瞬間に時間差で飛び掛かるルガルー。
「………」
アサヒは、突き刺した長剣を支えに飛ぶと、空中で身を捻り、飛び掛かるルガルーの顔面を蹴り砕く。
「女ァッ!!」
「チッ………」
次の瞬間、雑木林から戻ってきた人狼が急接近し、
「ぐッ………」
「ははァッ!!」
人狼の鋭利な爪が、アサヒの腹部を貫通した。
「遠くに飛ばしたつもりだったかァ?」
グリグリと爪を動かす人狼。―――アサヒは激痛に吐血しながら表情を歪める。
「チョーシに乗ってるからこうなるんだクソ女!!」
「フフ………そんなに私のお腹をぶちまけたのが嬉しいみたいね?」
アサヒは爪が貫通した状態で、長剣を持ち上げ………切っ先を自分に向ける。
「お前ェ………何をする気だァ!!」
「見てれば分かるわよ」
刹那―――
「なッ………!?」
アサヒは長剣で自分の腹部を突き刺した。
「げぇ………アァ………!?」
その刃は、容易に彼女の身体を貫通し―――人狼の首へ刃を叩き込んだ。
「ガハッ………!!」
致命傷を負った人狼がそのまま後方へ倒れ込み、アサヒを貫いた爪も必然と引き抜かれる。
吐血してふらつくアサヒは、それでも倒れることなく、ゆっくりと………ゆっくりと腹部から剣を引き抜く。―――顔を苦悶に歪めながら。
「ぐッ………あぁぁぁぁぁぁぁ………アァッ!!」
統率者が居なくなったルガルーの群れは、そのまま散り散りに逃げていく中、アサヒは引き抜いた長剣を乱暴に捨てて、傷口に手を当てる。
それだけで、傷口は煙を上げて治癒を始める。―――抜いて、ものの数秒で出血は止まる。
この治癒能力は、戦闘開始前にアサヒが自身にかけた『模倣する治癒』の自動回復効果の賜物だ。
「注ぐ治癒」
しかし、自分で腹部を突き刺したせいで重症度からみて治癒が遅く、渋々彼女はいつもの回復魔法を自分にかける。
「ㇵァッ………ㇵァッ………ㇵァッ………さすがに………血を流しすぎたわね………」
ナイフと長剣を仕舞い、フラフラとアサヒは血まみれの村人に近づく。
「………まだ息が………!!」
脈拍は微かに残っている。
「う、うぅ………」
近くの村人は確かに、声を上げた。
———まだ………まだ息のある人が大勢………!!
『遅くはない』
そう確信したアサヒは、腰の後ろに吊っていた本を即座に広げる。
「ここからは………誰も死なせない………!!」
パラパラとページが捲れ、彼女は己の中にある魔力を練り上げる。
「未だ至れぬ未完の息吹」
そうして、村全体に新緑の風が吹き通る。
すると、まるで神の息吹に吹かれたように村人たちの傷が完全に塞がれ———村に流れ続けていた鮮血がピタリと止む。
「ん………こ、ここは………」
「私………ルガルーに襲われて………」
そして、息を吹き返した者達が次々と目を覚ます。
「ハハ………やったぁ………」
大魔法の行使と、疲労、失血の影響で立つこともままならなくなったアサヒは、そのまま倒れ込もうとして、
「おっと………」
その華奢な身体を受け止める者がいた。
「なんでアンタが居るのよ………」
「悪いな助けちまって」
肩まで伸びた金髪に、古傷だらけの白銀の鎧に身を包んだ男………剣崎ヒカリがそこにはいた。
「見てたよ。―――助かってよかったな」
「………そうね。―――それで、要件は?」
ヒカリは、ゆっくりとアサヒを地面に座らせると、自身もしゃがみ、口を開いた。
「皇帝からの任務だとさ。―――ザバルさんが一度帝城に戻ってきて欲しいとよ」
閲覧いただきありがとうございます。
この回から時間が飛んでますので悪しからず。




