血を臨む魔王
「帝国に全面戦争を仕掛ける。―――よく聞けよ」
魔王城・会議室。
そこは三十名以上の身長の異なる魔族が入っても狭さを感じさせない巨大な部屋。
黒い壁に、ロウソクの灯る全体的に薄暗い部屋で、特に今は夜であることも合わさり、いつもにも増して暗い印象を受ける。
十五人が腰かける円卓は、ベレトの声に緊張に包まれる。
「―――安心しろ。今回集めた中には戦争に関係ない役職の者もいる。戦争に関係はあるが………直接は関係のないことも伝える」
『全員戦争に参加しろとは言わない』と口角を吊り上げるベレト。
「そうだな………まずは、税金を吊り上げろ。金が足りない」
財務を担当する大臣へ告げられる、国民の首を絞める宣告。
「どの程度税金を上げるかは任せるが———後日報告書を作成してワタシへ提出しろ」
「………承知致しました」
長くサタナエルの元で働いてきた財務大臣は、強く瞑目しながら———魔王の命令に頷いた。
「あとは、武器と食料を準備しておけ。―――長丁場にはならないがな」
「お、お待ちください………!」
しかし、次に下された命令に、大臣は言葉を挟む。
「………なんだ?」
「ぜ、税を高くした上に、食料でさえも国が買い占めれば………国民が生活するための『食』が困窮いたします………! そ、それに、物価も高騰し………貧富の差がより酷く———」
「―――それだけか?」
国を回す者として、当然の提言。
それを、ベレトは先ほどの笑みを潜め———極冷の眼差しを大臣へ向けた。
「そ、それだけ………?」
大臣は、ベレトの言葉を理解できないのか———はたまた理解するのを拒んでいるのか、たった四文字の言葉をオウム返しにする。
対し、ベレトは殺気を放ちながら言葉を吐きだす。
「そう。『それだけ』の話だ。―――今、ワタシ達魔族は長年苦しめられた人間を滅ぼすために戦うのだ」
刹那———大臣の目の前に、結界で作られた剣が突き刺さる。
「っ………!?」
それは円卓の上に刺さり———大臣の顔面の数センチ前に落ちた。
「民の批判も、犠牲も………全ては血塗られた歴史を変えるためのモノだ」
「そ、それは間違っていますっ!! 何事も犠牲があるのは重々承知していますがっ………その犠牲を民に強いるのは………間違っております………!!」
「それは違うな。―――長く、長く長く長く長く、血塗られ、落ちることもないこの忌まわしき歴史に終止符を打つには———『犠牲に出来ないモノ』を犠牲にするしかないんだよ」
「それでも………それでも私はっ………!」
「もういい。―――ワタシとお前で見ているものが違う」
次の瞬間、円卓の上に置かれた大臣の手に———結界の短剣が落ちる。
「ぎゃァァァァァァァァァァァァァァァッ!!」
「大臣、覚えておけ。―――最初からお前にワタシの命令に背く権利なんて、ない」
ベレトの暴挙に、会議室全体がざわつく。―――先代魔王サタナエルの時にはなかった光景に全員の動揺が広がる。
そんなざわつきも無視するベレトは、結界剣を解除する。
同時に、貫通していた凶器がなくなった大臣の手からは、ダラダラと血が広がる。
「―――話を続ける」
周囲を睨みつけるように見渡すベレトは、まるで何もなかったかのように会議を続けた。
※ ※ ※
「アベリアス」
会議後、ベレトは部屋を後にしようとするアベリアスへ声をかけた。
「………何でしょうか」
眉一つ動かすことなくベレトの言葉に立ち止まるアベリアス。
「密命だ。―――転移魔法の術式がまとめられた魔導書と、とある魔工具をワタシの元へ持ってきて欲しい」
「………承知致しましたベレト様」
表情を変えることのない痩身の男は、恭しく腰を折り、一礼する。
「頼む。―――欲しい魔工具の詳細は後で資料にまとめる」
「はい。―――失礼します」
ベレトは、踵を返し部屋を後にするアベリアスを見送り、一人、明かりの消えた部屋の椅子に腰かける。
「………」
自身の能力で、深淵の部屋にむき出しの火球を浮かべるベレト。
「………………」
彼は、何も発さず、しばらく揺れ動く炎を見つめて………大きく息を吐いた。
「―――戦争の準備を終えるまで………おそらく一年半」
決まった作戦を脳内で反芻し、具体的な年数を導き出すベレト。
そんな彼は、おもむろに短剣を取り出し―――手に取る。
「―――」
そして、黒き腕で———まだ肌色の残る手の甲に、短剣を突き刺した。
「ッ———」
悲鳴を上げることはしない。
「………」
やがて、痛みに慣れてきたベレトは短剣を引き抜き―――
「………情報漏洩には気をつけないとな?」
血の滴る手のひらを天に掲げ、血だまりをテーブルの上に広げた。
―――それはまるで、血を代償に悪魔を臨んでいるかのような光景だった。
閲覧いただきありがとうございます。
ベレトベレト言ってますが、ベレト=ヨミヤ君なので混乱しないでね。
ちなみに、最後の自傷は彼なりに理由があるらしい。




