転生悪役令嬢は、親友に招かれる②
「ー子涵王殿下」
子涵王の言葉を硬い口調で止めたのは笙鈴だった。怖いだろうに、気丈に子涵王を見据えている。
「琳霞姫は李大夫の許婚ですわ。李大夫は琳霞姫を溺愛なさっているようです」
「李大臣も琳霞姫が嫁に来てくれるのが楽しみだと仰っていました。赤ん坊の頃から知っていて、実の娘のように思っているからと。李家を刺激するような真似はなさらない方がよろしいかと」
大長公主様の力は未だに大きいのですから、と付け足した宇航様に子涵王も押し黙った。
浩然の母・大長公主芽衣様は先帝陛下の同母妹で、后腹の唯一の娘として当時から宮廷では絶大な影響力を保持している。おばさまのファンは多く、私も何度も助けていただいた。
異母兄である子涵王は、おばさまの力についてはよく理解しているらしい。
「ーごきげんよう、貴妃さま、異母兄上、蓬大臣」
噂をすれば何とやら。艶やかな声の持ち主は、浩然を従えたおばさまだった。
「貴妃さま、ご歓談中を失礼は承知なのですが、琳霞を連れ帰ってもよろしいでしょうか? うちのバカ息子が、そろそろ琳霞に会わないと死ぬ、だなんてバカなことを言い出しまして。明日も会う約束があるっていうのに、辛抱がならないバカで誠に申し訳ないのですが」
三回言った。バカって三回言った。
「構いませんわよ。充分楽しい時間を過ごせましたし」
「ありがとうございます。琳霞、行きましょう」
子涵王たちに黙礼で挨拶した浩然と、不敵な笑みを浮かべるおばさまに挟まれてその場を去る間も、子涵王の粘り着くような視線はまとわりついたままだった。
◇
「なんだ、あの男。琳霞をいやらしい目で見て」
李家の屋敷の応接間に入るなりそう不快感も露に吐き捨てた浩然に、おばさまは苦笑で返した。
「彼は昔、红花様に片想いしていたのよ」
郭 红花。私の母親。ほとんど覚えてないけれども。大輪の薔薇のような人だったらしいし、絵の中で微笑むお母様はとても華やかな美人だ。
「たしかに皇后さまは红花様に瓜二つだけど、琳霞はそこまで似てないと思うわ。どちらかというと、郭大臣の母君に似ているんじゃないかしら」
「おばあさまに?」
「ええ。鈴蘭のようにかわいらしくて儚げな方だったわ」
私が生まれる前に亡くなった祖母の絵を思い出してみる。私に似てないともいえなくはないな。いや、私が似てるのか。
そこそこ可愛いという自負はあるけど、誰をも魅了する華やかさを持つお姉様にはとてもじゃないけどかなわない。陛下との仲が良好だからか、最近とみに美しくなられた気がするし。
大体私は容姿は「かわいらしくてはかなげ」かもしれないが、中身はそうじゃないのだから。
「どっちにしろ、琳霞を不躾に凝視するなんて許し難いな。私だけの琳霞なのに」
「親の前でそういうことを言うのはやめなさい」
おばさまの抗議をサクッと無視して、浩然は甘い微笑みで馬拉糕を口元に運んできた。
馬拉糕は中華風の蒸しカステラのようなものだ。「はな」はカステラが大好きだった。父からの出張のお土産は、いつもカステラをリクエストしていた。
「琳霞、あーん」
「何考えてるの!」
「ん? これ好きじゃなかったか?」
「そういう問題じゃないの。おばさまもいるのに……」
思わず眦に涙が浮かんでしまう。零れ落ちそうになるのを堪えていると、浩然がその涙を吸い取った。
「浩然っ!」
浩然は悪びれる様子もなく馬拉糕を私の唇に押し当て、そのまま自分の口に運んだ。
「!!!」
おばさまが頭を抱えている。私だって抱えたい。おばさまが浩然を叱ろうと息を吸い込んだ瞬間、馴染みの女中の声がした。
「奥様」
おばさまは女中と二言三言話すと、大きなため息をついて本当に申し訳なさそうな顔をした。
|浩然《ハオラン
「ごめんなさいね、琳霞。どうしても外せない用事が入ってしまったからわたくしは席を外すけど、このバカに襲われそうになったらすぐに大声を上げるのよ」
浩然の方をギロリと見据えると、「十年待ったのだから、四年なんてあっという間よ。それまで辛抱しなさいな」と言い含め、後ろ髪を引かれる様子でおばさまが部屋を出ていった後、浩然はますます遠慮がなくなったようだった。
「何をするの、浩然!」
「手からだと受け取ってくれないから、口からいこうと思ってね」
蒸し饅頭の欠片を口移しで食べさせられ、私の羞恥は限界を越えそうだった。
「浩然っ! 自分で食べるから!」
「遠慮しなくても良い。次はこの果実水を飲ませてあげよう」
「!!!」
仕方ないからできる限り飲み込もうと努力したが、やはり限界がある。口元から零れ落ちた水を舐めとった舌は、そのままあちこちを舐めまわした。
「浩然!」
「君は本当に可愛いね。私だけの琳霞……」
長椅子に押し倒されるやいなや、あちこちにキスされた。飢えた獣のようなギラギラした瞳のまま、首元にかじりつくバカがここに一名。
「今日はこれぐらいにしておくよ」
そう言いながら浩然は、先日つけたキスマークの上書きをしてようやく体を離してくれた。なんてやつだ。この男といる度に私の貞操が脅かされる。




