転生悪役令嬢は、親友に招かれる
「浩然はヤンデレじゃない」
ヤンデレとは好意が強すぎるあまり、精神的に病んでしまう人のこと。別に浩然は病んでないし。
「いや、どう見てもヤンデレでしょ」
呆れたように笑う笙鈴は、「皇帝の寵愛を失った妃」として絶賛哀れまれ中らしい。ニヤリと「計画通り」と笑ってたけど。
「それにヤンデレって監禁とかする人のことでしょ? やっぱり浩然は違うよ」
「あのね、そこまで過激なのは創作の中でも一部だから」
ヤンデレ男の特徴は全部で九つ(笙鈴調べ)。
一つ、心配性で不安になりやすい。ゆえに束縛しがちである。
「他の男と話すなとか、言われたことはない?」
「それはあるけど、浩然は私を心配してくれたんだよ? 私が悪い男性に騙されたらいけないからって」
「……洗脳されてる」
「なんて?」
「何でもない」
一つ、寂しがり屋でかまちょである。
そういえば、二人で本を読んでいた時、浩然が私の髪を弄ってきた時があったな。
「でもあれは単に本に飽きたからだと思うんだよね」
「いやいやいや」
ひとつ、考え方がネガティブで被害妄想が激しい。
「なんでただ松 俊熙に憧れているってだけの話が浮気に発展するのよ。被害妄想が激しすぎるわ」
「でも、私も浩然が他の女の人を可愛いとか綺麗とか言ったら嫌だし」
配慮が足りなかったのだ。反省点だな、うん。
ひとつ、こまめに連絡をとりたがる。
「ほぼ毎日会いに来るし、来れない日は長〜い手紙を送り付けてくるんでしょ? あんたよくそれを受け入れられるわね」
「便箋十枚分って、長いかな?」
「充分長いわよ!」
ひとつ、急に言葉遣いが荒くなったり暴力的になったりする。
「怒ったら氷でるんでしょ? 絶対ヤバいじゃない!」
「でも、その後めっちゃ謝られるよ?」
久しぶりに氷を出したあの日(前世の記憶があることを告白した日)はこっちが引くぐらい謝られた。
ーごめん。ごめん琳霞のことを嫌いにならないでくれ。
「それで絆されちゃってるのね……あんたダメ男に弱いんじゃない?」
「浩然は別にダメ男じゃない! あんなに素敵な人なのに」
「あーはいはい」
ひとつ、服装と髪型に気を遣っておりこだわりがある。
「たしかに浩然の服装と髪型はいつも清潔感があってかっこいいけど、それって普通じゃないの?」
「ヤンデレの場合は、相手の隣に立つ自分を常に妄想してるゆえのこだわりなのよ」
ひとつ、恋に盲目になりとにかく尽くす。
「えっ、それっていいことじゃない?」
「ヤンデレの数少ない長所ね」
ひとつ、嫉妬深く、相手を必要以上に束縛しようとする。
「嫉妬深いかな〜? 普通だと思うけど」
「なわけないでしょ! 女のあたしでさえ、あんたと話してると凄い目で睨みつけてくるのよ。あいつが嫉妬深くなかったらこの世の男は全員淡白になるわよ!」
「それは言いすぎじゃない?」
ひとつ、恋愛になると感情の起伏が激しくなる。
「浩然は大体優しいよ?」
「松 俊熙の話題であの男、悪魔の形相になってたじゃない! いつもは好青年ぶってるからその落差が怖いのよ!」
「好青年ぶってるって……失礼でしょ」
浩然は基本的に優しい人だ。幼馴染としてずっとそばにいたのだから、それぐらい知っている。
「それにね、私浩然が少しぐらいヤンデレでもいいよ」
「あれは少しぐらいって表現じゃ表せないと思うけど……」
「だって私、浩然のこと大好きだし。彼以外と結婚なんて考えられないもの。ずっと、浩然のお嫁さんになるのが夢だったんだ」
そう言ってニコッと笑うと、笙鈴は呆れた顔で「勝手にしなさい、バカップル」とため息をついた。
「おや、郭家の末姫ではないか」
ねっとりとした、絡みつくような声。蛇のように狡猾そうな目。
そこにいたのは、子涵王。「大帝国記」第一部のラスボスだった。
「……お目にかかれて光栄ですわ、殿下」
さすがラスボス。全身から溢れ出る威圧感が半端ない。ちらっと笙鈴を見やると、顔を硬くしていた。こいつが怖がるなんて相当だな。
「陛下の寵を失った蓬貴妃と、今や陛下の寵愛を一身に受ける郭皇后の妹か。面白い組み合わせだ。そうは思わぬか、蓬大臣」
げっ、蓬大臣じゃん。私にとっては最もたる警戒対象なんですけど。そしてできれば近づきたくない。っていうか蓬大臣を子涵王が取り込むのはあと二〜三年は後のはずなんだけど。「蓬貴妃」が陛下の寵愛を失った時期が早まったから? でもその時点では「郭皇后」の暗殺を企んでるぐらいで、子涵王とは関わりがなかった。漫画で描かれてなかっただけで、実際はあったのかな?
しっかし、子涵王と比べたら小物感溢れるな〜。漫画でもそうだったけどね。「郭 琳霞」はこんな男に利用されてポイ捨てされたのか。ああ、「郭 琳霞」への憐憫で涙が出そうだよ。
「そうですな。……貴妃、何をしているのです。すぐさま陛下の寵愛を取り戻し、太子を産みなさい。次代の皇帝は蓬家のものでなければ」
おっ、この男皇帝の祖父になる野望を捨ててないな。ってことはまだ子涵王と完全に結びついたわけではないのか。子涵王の望みは皇帝になることだもんね。
「……陛下は皇后さまをご寵愛して他の妃には目もくれぬご様子。寵愛を取り戻すことは難しいのでは?」
「宇航」
穏やかな笑みと共に現れた宇航様に、笙鈴が安心したような声を漏らした。気持ちは分かる。私も、ここで浩然が現れたら同じ気持ちになると思う。
「何を弱気な」
「あのご様子では太子もすぐお生まれになるでしょう。郭一族と対立するより、歩み寄った方が得策かと」
「軟弱なことを申すでない!」
義理とはいえ息子相手に怒鳴り散らす蓬大臣も蓬大臣だが、宇航様も宇航様だな。お姉様に御子が生まれてその子が大きくなるよりも、蓬大臣を宇航様と笙鈴(と陛下)が破滅させる方が先だろうに。
ああ、今すぐこの場から立ち去りたいよ。笙鈴が何か言ってくれないかな。
「郭家の娘。夫人は大層美しかった。そなたは皇后ほどではないが、夫人に似ている」
「お褒め頂き、光栄至極に存じます」
まあお母様のことはほとんど覚えていないんですけれども。
「そなたならば、皇族の妃も務まるであろう」
全身を舐めまわすようにじろじろと見られて、怖気が走った。




