転生悪役令嬢は、姉夫婦の仲を取り持ちたい②
「ええ? 蓬貴妃とは体の関係は一切ない? それって本当なのですか?」
驚愕のあまり、陛下を一瞬凝視してしまった。陛下は気まずそうに目を逸らした。
「ああ。このバカは、藍洙に嫉妬してほしいばかりに姉のような蓬貴妃様に寵妃を演じてもらうことにしたんだよ。ますますすれ違うことになるとも知らずにな」
天下の皇帝陛下は浩然に一刀両断され、お姉様に慰められている。デレッとした顔でイチャイチャしているので同情心は起きなかった。
「本っ当にバカよね〜」
「蓬貴妃様!!」
精悍な青年を後ろに従えて現れたのは、蓬 笙鈴様。蓬家の娘で、今の今まで陛下の寵妃だと思っていた人だ。
「朕が計画に加担するなら文句はないって言っていただろう」
「別に文句は言ってないわよ? ただバカだなあって思うだけで」
悪戯っぽい目。皮肉げな笑み。私は彼女を知っている。向こうも気づいたのか、こちらを見て目を見張った。
「琳霞とはは初対面だな。笙鈴、こちらは義妹の郭 琳霞。琳霞、これが蓬 笙鈴とその義弟の蓬 宇航」
「初めまして、琳霞姫。ところで東京という地名をご存知かしら?」
「ええ、貴妃さま。貴妃さまはすき焼きという料理はご存知ですか?」
微笑みの蓬貴妃が頷く。ーこれで少なくとも転生者であることは確定した。
「もしかして、すずちゃん!?」
「そういうあんたは、かすみでしょう!? あんたも転生してたのね!」
ひしと抱き合った私たちはお互いの前世を確認し合った。蓬貴妃の正体は「大帝国記」繋がりで仲良くなった、前世の親友・すずちゃんだったのだ。
「っていうか、郭 琳霞って許婚が処刑されて悪役に堕ちるキャラじゃない。松 俊熙を嵌める計画が失敗したってお父様が不機嫌だったけど、あんたがなにかしたのね?」
「当たり前じゃない。そうじゃないと私も死ぬし、浩然を死なせるわけにはいかないもの、貴妃さま?」
「やだ、あんたに貴妃さまなんて呼ばれたら寒気がするわ。笙鈴でいいわよ」
蓬貴妃改め笙鈴は、そう言ってニヤリと笑った。これは恋愛関連で私をからかう時すずちゃんがよくしていた顔だ。
「っていうか、あんた婚約したんでしょ? 松 俊熙はどうしたのよ」
そこに焼け付くような視線を感じた。ー浩然だ。浩然は私と笙鈴を引き離すと、壁に手をついた。これは俗に言う壁ドンというやつでしょうか。
「松 俊熙がどうかしたのか?」
かなり小声で話していたのに、聞こえたのか。なんて地獄耳。あと怖いから。笑うならちゃんと目まで笑え。
「えーっと、かっこいいなって話を……」
「かっこいい……?」
やばい! 何かのスイッチ押しちゃった!
「かっこいいっていうのは! ほら、憧れみたいなかんじ! 恋愛感情とはまた違うから!」
必死に弁明する私を哀れんだのか、陛下が助け舟を出してくれた。
「浩然。朕の妹もよく若い官僚にキャアキャア言っておるが、恋愛感情とは違うらしい。ただキャアキャア言いたいだけのようだ。それにあまり心が狭い男は嫌われるぞ?」
「……皇后さまが他の男を見て顔を赤らめたらどうなさいますか?」
「即刻謹慎を言い渡す」
助け舟は泥舟だった! まずい。まずすぎる。殿下の目が光を失っていく。くっ、殿下の前で「松 俊熙」の話をするのは迂闊だったか。
「ー浩然」
窘めるようなお姉様の声に、陛下の顔がちょっぴり怖くなる。お姉様が他の男の名を呼ぶことすら嫌な陛下は、確実に浩然より心が狭いと思う。
「あまり琳霞を困らせないであげて。それに今は貴妃と宇航殿がいらっしゃってるの」
「……じゃあ話は後で」
問題を先送りしただけのような気もするが、とりあえず助かった。浩然の腕の中をそーっと抜け出そうとするも失敗してしまった。腰をしっかり抱いて離れてくれない。
陛下とお姉様に促され席に着いた笙鈴(と宇航様)は心底可笑しそうに笑った。
「ごめんなさいね、琳霞姫。あたくし、李大夫がこんなに嫉妬深いかただとは知らなくて」
「知ってての犯行でしょう、義姉上。浩然が郭家の末姫に近づく男を全員排除しているのは有名な話ではありませんか」
えっ、そうなの!? 浩然を凝視すると気まずげに目を逸らされた。
「貴妃さま、確信犯だったのですね。ところで貴妃さまこそ、朱 仔空様はどうなさったのですか?」
ここまで言って、気づいた。陛下と笙鈴はビジネスライクな関係っぽいし、これ笙鈴にはダメージないのでは、と。
「ちょっと琳霞、それは……」
焦りのあまり「姫」が抜けている。
なんと宇航様が眉を上げ、笙鈴を睨みつけていたのだ。
「義姉上?」
「だから琳霞と同じよ! ただの憧れ!」
「姉上、それが憧れであろうとも、貴女の心を他の男が僅かでも占めていることは許し難いのですよ」
隣で浩然がブンブン頷いていた。怖い。
「もしかして、貴妃さまの計画って……」
「そうだよ。宇航と結ばれるために、蓬大臣を失脚させるのを手伝えって言われたんだ。その代わりに朕の計画に協力するからって」
そういえばこいつは敵には容赦ない奴だった。結構可愛かったのに全然モテなかったのは、この苛烈な性格が大きいと思うんだよなぁ。
「ふん。お父様は不正もいっぱいしてるんですから、失脚は時間の問題ですわ。あたくしはそれを早めるだけ」
まず、蓬大臣を失脚させる。その責任を取って家督は傍系に譲り、笙鈴は貴妃の座を辞す。そして蓬家の領地の隅っこで宇航様と暮らす。
「つまり、事実婚状態に持ち込むってことですか?」
「そういうことですわ」
なんて悪い笑顔だ。今までこいつの標的になって逃げられた人間はいなかった。私は蓬大臣に心の中で合掌した。
◇
「で、どういうこと?」
尋問なう。こんなのSNSでも流行らないだろう。
「だから、ただの憧れだって……」
「ー憧れが恋に変わらないって、どうして言える?」
浩然は目を伏せて、私を抱きしめた。その体は小刻みに震えている。
「君は美しく優しい、魅力的な女性だ。いつか私から離れて、私以外の男を選んでしまうのではないかと、私はいつも怯えている」
そうなったら私は、と息を吐き出した殿下を抱きしめ返す。
「憧れは憧れだよ。だって」
私の気持ち、伝わって。少し背伸びして、ついばむように、唇を重ねた。
「っ……!」
ごめんね。不安にさせてごめんね。でも信じて。愛してるのはあなただけなの。
「松大法院長には憧れているけど、こういうことをしたいとは思わないもの」
「琳霞っ……!」
ガバッと抱きしめ直され、そのまま深く口付けられる。あまりの熱に頭がくらくらして、体の力が抜けた。ふらふらして床に尻もちをついてしまった私の上に、浩然が覆いかぶさった。
「浩然、足っ……!」
浩然の足が私の足の間に入って、服の裾が乱れまくっている。何度もキスしたせいで化粧は崩れているし、撫でられたせいでせっかくセットした髪はくしゃくしゃだ。
浩然は足を退けてくれるどころか、一層強く押し付けた。おまけに、足に、手に、頬に、額に、首に、雨のようにキスを降らせてくる。
「私を感じて、琳霞」
「あんっ……!」
やだ、変な声が出た。
「ああ、そんな甘い声を出して…… 私を煽っているのか?」
「そんなんじゃ、ないっ! だって浩然が……」
抗議する間もなく再び唇を重ねられ、息もできない。やり方なんて知らない。
「浩然、だめっ……! こんなことっ……!」
「ちっともだめじゃないよ、だって私たちは許婚なのだから。成婚の時期を少し早めれば済むことだ」
そう言って浩然は服の帯を解こうとしたがー
「駄目に決まってるだろうが、このバカが」
「お兄様!」
浩然がお兄様にゲシゲシ蹴られていた。
「二十歳まで嫁がせる気は無いし、それまでは不埒なことはするなとあれほど言っただろう」
「あと四年も私に待てと言うのか!? そんなのあんまりだ!」
「とりあえず許婚にすれば大人しくなるって言ったの、どこの誰だよ……」
お兄様は明らかに事後の私を見ると、目頭を押さえた。
「ああ、僕の可愛い琳霞がケダモノの食い物になるなんて」
慌てて髪と服の裾をささっと直すと、お兄様はにっこり微笑んだ。
「琳霞、そこに女中がいるから一緒に部屋に帰りなさい。ー浩然、おまえには話がある」
地属性のはずのお兄様はなぜか冷気を漂わせ、問答無用で浩然を正座させた。お兄様は絶対に逆らってはいけない人なので、浩然には悪いけど部屋に帰らせてもらった。
お仕置きとして、後日またいっぱいキスされた。キスは嬉しいからお仕置きになってないと言ったら、「私の理性はいつも過労死しそうなんだ。あんまり可愛いことを言わないでくれ」とお願いされた。
「好きだよ、浩然」
「愛してる、私の琳霞。何か私にして欲しいことはある?」
浩然とデートしたいと言ったら、「もちろん!」と満面の笑みで頷かれた。
三日後は浩然とこっそり街に降りてデートする。笙鈴
にこのことを伝えたら、「仲直りできたようでなにより。李 浩然ってヤンデレ属性があったのね」と返事がきた。




