第4章第13話 ~凍獄の悪魔 前編~
少し時間を遡り、アルク達が騎士達と戦っていた頃。村の一角に存在していた教会に立て籠もっていたクーリィと冒険者見習いのチーム『五星の絆』、騎士ラディッシュ、避難していた村人達は、襲撃してきた『紅の鷹騎士団』に所属する騎士達を相手に激しい防衛戦を繰り広げていた。
「うりゃっ!そりゃっ!てやぁっ!」
教会内部は吹き抜けの二階建て構造となっており、二階部分にはコの字の形をした通路が存在している。
その通路をクーリィが、ダダダダダッと走り回っていた。加えて言うと、その胸元には大量の石ころが抱えられており、それを次々手に取っては、壊れたガラス窓の外に見える騎士達に向けて投げまくってもいた。
「ガッ!?あ、あのガキ、よくも・・・!うごっ!?」
「クソッ、お返しだ!《アイスジャベリン》!」
クーリィが投げた石ころは、半分程は外れてしまっていたが、残りのもう半分は騎士達に当たり、彼等を怯ませていた。
身に着けていた兜や鎧によって直接的なダメージを負う事はなかったが、しかしクーリィが投げてくる石ころの勢いは幼子が投げたとは思えない程に強く、頭に当たって揺らされたり、手足に当たって弾かれる等の被害を彼等は受けていた。
だが、騎士達の方もやられっぱなしではない。彼等の内の一人が《アイスジャベリン》―――”宙空に氷の棘を複数生成し、それを対象に向けて勢いよく飛ばす”という魔技を発動し、クーリィがいる場所に向けて放った。
「やばっ・・・!?とぅっ!」
それが自身を狙って放たれた事に気付いたクーリィは、咄嗟に近くにあった土壁の影へ飛び込んで身を隠す。
ガガガガガッ、と響く激突音。飛んできた氷柱が次々と土壁に当たり、表面を削っていく。
だがしかし、その削る勢いは中程まで進んだ所で止まってしまった。
それは氷柱が弾切れになったからというのもあったが、なによりも土壁の内部が、鉄の如き硬質的な頑丈さを持ち合わせており、氷柱程度では貫く事が出来なかったからだ。
「ふぅ~・・・危なかったぁ・・・」
「クーリィちゃん!新しい石を持ってきたよ!今度は大きいの!」
「四方八方に飛び散るやつだ、ってラディッシュさんが言ってたよ!」
「ありがとう、二人とも!よぉーし、師匠直伝の必殺投方、その威力の程を今こそ見せてやる!いっくぞぉ~!」
自らに迫って来ていた脅威をなんとか回避できた事に、安堵の息を吐きながら額の汗を拭うクーリィ。
そこへ、『五星の絆』のメンバーである双子の女の子のシェイナとキィナが、近くにあった階段を上るルートを通ってクーリィのいる所に新たな投擲用の弾となる石ころが入った袋を持ってきた。
袋を受け取り、中に入っていた石ころ―――と言うには大きい、幾つもの石礫をくっつけて丸めた形にしたような物―――を取り出したクーリィは気合を入れ直し、窓の外に見える騎士達に向けて、それを勢いよく投げた。
「邪王獄滅弾!!」
クーリィの手によって投げられた石塊は、ギュルンギュルンと回転しながら、騎士達のいる場所に向かって飛んでいく。
ちなみに、クーリィが実際に発動したのは《スクリューストライク》―――”気を纏わせ、更に回転を加えた事で貫通力を増した投擲物を対象に向かって投げる”という戦技であり、彼女が口にした技名とは全然、まったく、これっぽっちも掠りもしていないのだが・・・まあ、発動する為の条件―――投擲モーション―――は合っていたので別段問題なかったりする。
「アガッ!?」
「ダッ・・・!?」
「ヌォォッ!?」
ともあれ、幼子が投げたとは思えない投擲速度、更には石塊自体の重さと落下速度も合わさったそれの威力は、騎士達に対してかなりのダメージを与える―――という事には残念ながらならなかった。
いや、一応進路上にいた騎士達にガンガンガンッ、と当たっては跳弾してを繰り返していたのだが、悲しいかな、ぶつかった際の衝撃で多少よろめかせる事はできたが、鎧に弾かれたが為に被害という点ではほぼノーダメージであった。
石塊に当たった騎士達は精々ビックリした程度だった事に戸惑いを覚えつつも、馬鹿にしてんのかと苛立ちを募らせ、自分達に石塊を投げた張本人であるクーリィへと鋭い視線を向ける。
ゴトッ・・・ビキッ、パパパパン!ゴゴゴゴゴゴッ・・・!
『・・・ッ!?』
・・・・・・が、彼女が投げた石塊の真骨頂はここからであった。
地面に落ちた瞬間、石塊は罅割れ、弾け飛び、更にはその弾け飛んだ石礫の一つ一つが地面に落ちたら、すぐさま刺々しい岩の茨を辺り一帯に伸ばす巨大な柱へと変化したのだ。
更には、クーリィが先に投げていた石ころも連鎖するように変化し、棘が付いた岩の蔓蔦となって四方八方に勢いよくブワッと展開された
これには騎士達も驚きに目を見張り、大半は慌てて防御態勢を取ったり、その場から離れるなどしていたが、一部の間に合わない者達は岩の茨や蔓蔦に絡まれ、囲まれて拘束されてしまった。
しかも、その等の棘がブスブスと鎧を貫通して体に刺さるものだから、拘束された騎士達は涙目になり、イダダダダッ!?と悲鳴を上げる嵌めになっていた。
「お、おぉ・・・スッゴいね、アレ。まさか地面に落ちたら、あんな風になるなんて思わなかったよ。
その光景を、二階部分にある通路から見ていたクーリィは、驚きながらも感心するように呟いた。
「最初、反撃できないって聞かされた時はどうなる事かと思ったけど・・・・・・うん。これならなんとかなりそう」
彼女の脳裏には、騎士であるラディッシュが《アースウォール》を発動し、教会の周りを囲むように土壁を展開した後、反撃したくてもできないと言った時の事が思い返されていた。
『ちょっ、反撃できないって、なんで!?』
『さっきも言ったけど、連中の攻撃が激し過ぎて、土壁が壊される速度がかなり早くてね。修復するのに集中しないと、すぐに突破されてしまいそうなんだよ』
だから、こっちが攻撃する為の余裕が確保できない。そう答えたラディッシュに、クーリィは不満の声を漏らした。
『じゃあ、どうするの?このまま反撃も何もしなかったら、アイツ等絶対調子に乗るよ?』
『分かってる。そこでだ、クーリィちゃん。君に、君達に頼みがあるんだ』
ラディッシュはそう言うと、床に手を着きながら「《アースクリエイト》」と呟いた。
すると教会の床板を壊し、押し退けつつ、地面から盛り上がる様に大きな土塊が出現した。
まるで小さな小山の様なそれは、渦を巻く様に表面の砂を動かすと、その内から次々に石ころや石塊などをポロポロポロ、ポイポイポイ、といった感じに吐き出していき、瞬く間に教会の床面積の一部を埋め尽くした。
『この石ころとか石塊とかはオイラの《アースクリエイト》っていう魔法で作り出した物なんだけど、これをアイツ等に向けて投げまくってほしいんだ』
『投石ってこと?でも、こんなのがあの騎士達に効くとは思えないんだけど・・・』
『大丈夫。これ等には特殊な効果が施されているから、連中にも十分に効果がある。・・・とは言っても、別にダメージを与えるようなものじゃないから、時間稼ぎが精々だけどね。それでも、此処の安全を確保するくらいのことはできる筈だよ』
自信あり気にそう話すラディッシュに、クーリィは半信半疑ながらもひとまずやってみる価値はあるかと思い、言われた通りにやってみることにした。
とはいえ、一人だけでやるのは流石に無理があったので、自分達の他に教会内にいる『五星の絆』の面々、村人達にも協力をお願いして、石ころと石塊の投擲と運搬をやってもらった。
「オラァッ!こっち来んな!」
ヒュッ、カァン!
「ぬぅっ・・・!?」
「お、やるじゃねぇか坊主」
「へっ、見習いとはいえ、これでも冒険者だからな!これくらいは・・・―――」
「―――話してるところ悪いけど、しゃがんだ方がいいよ」
ピュンッ、パァンッ!
「うおっ!?お・・・おぉ・・・悪い。助かった、ショーン」
「油断大敵だよ、ギタル。今は戦闘中なんだから、もっと気を引き締めていかないと」
「わ、分かってるって!・・・よし、もういっちょ行くぜ!『鳥落としのギタル』と呼ばれた俺の腕前、アイツ等にとくと見せてやる!!」
「それ自称だけどね。でもその意気だよ。―――というわけでポムス~、補充分こっちに持ってきて~!」
「分かった~。よぉいっしょ、と~」
ドスンッ・・・!!
「「うぉわっ・・・!?」」
「それじゃあ、ポムス。それとそれとそれを持ってあそこに向かって思いっきり投げてくれ」
「うん~、分かったよ~、ショーン~。行っくぞぉ~。そぉおりゃ~!」
ブォンッ!ヒュゥゥゥン、ドカァンッ!!ブワァアアアアアアッ・・・!!
「「「「のわああああああっ!?!?」」」」
結果として、ラディッシュの言葉通り、騎士達の攻撃と侵攻を阻む事に成功し、一時の休息を安心感を得る事ができた。
けれど、それはラディッシュが言ったように所詮時間稼ぎにしかならない。現に今も、騎士達は諦める事無く、執拗に教会への襲撃を繰り返しているからだ。
それを見ていたクーリィの心の中には、再び不安な気持ちが頭をもたげ始めていた。
「(・・・やっぱり、何時までもこんな事を続けても状況は変わらない。ラディッシュさんが頑張ってくれているお陰で石ころと石塊がなくなることはないし、今もはなんとかなってる。・・・けど、何か別の方法を考えないと、このままじゃいずれラディッシュさんの魔力が尽きて、私達を守る物がなくなっちゃう)」
そうなれば、今度こそ自分達は、彼等『紅の鷹騎士団』騎士達の手によって殺されてしまうことだろう。
そう思い、それだけは何としても避けなければならないと考えたクーリィだったが、しかし現状、彼女には今の状況を打開する方法が何一つとして思い浮かばない。
その事に歯痒さと焦燥感を感じてはいたが、けれど騎士達に向けて石ころや石塊を投げ続ける手を止めはしなかった。
むしろ、クーリィはその気持ちをぶつけるかの様に投げて投げて投げまくっていた。
「ええい!何をやっているか、お前達!あの土壁を壊すのにいったい何時まで掛かっている!?さっさと打ち壊さんか!」
一方で、『紅の鷹騎士団』の騎士達もまた、村人達の予期せぬ抵抗によって膠着状態となってしまっている現状に苛立ちを感じていた。
特に、今彼等を率いている小隊長―――鶏冠の様な頭飾りを付けた真紅の全身鎧の騎士が一番苛立ちを募らせているようで、部下である他の騎士達に怒鳴り散らしていた。
「そうは言いますが、小隊長。あの土壁、思った以上に厄介ですよ。頑丈なのはもちろんそうですが、壊しても壊してもその度に再生するんです。これじゃあイタチごっこですよ」
「それに、教会に立て籠もっている連中が投げてくる石ころなんかもそれなりに面倒ですよ。投げているのが碌に訓練を受けていない連中なので、避けること自体は余裕なんですが・・・アレ、地面に触れた途端に破片を飛び散らせたり、岩の柱やら棘の付いた蔓蔦みたいなのを出現させるんですよ。しかも、それ等の所為で少なくない痛手を負った奴が何人も出ていますし、動きが阻害されて我々の誰もが攻撃に集中し切れていません。ハッキリ言って状況はジリ貧です」
「皆もかなりの魔力を消耗しています。何か打開策を考えなければ、このままでは下手をしたら向こうの粘り勝ちとなってしまいます」
「魔力の消耗という点では向こうも同じだろう!むしろ、攻撃を防いでいる分、消費はこちらよりも激しい筈だ!」
「我々も最初はそう思っていましたが・・・使用されている魔法が土属性というのが問題でして・・・・・・」
「ど、どう言う事だ・・・?」
「小隊長もご存じだと思いますが、各属性魔法はその属性に因んだ物が近くにあれば、消費量を幾らか軽減できます。そして、土属性に因んだ物と言えば・・・・・・」
「ハッ・・・!そうか、地面!」
「ええ、その通り。この辺りは街中と違い地面が露出しています。故に、魔力の消費量という点では向こうの方が有利というわけです」
「~~~ッ!?クソッ、忌々しい!」
小隊長は教会を、正確にはその周りに存在する土壁を睨みつけ、苛立たしいという感じに悪態を吐く。
彼の部下である他の騎士達も同様の思いを抱いているのだろう。フルフェイスの兜の下で皆一様に不満そうな表情を浮かべていた。
「くっ・・・!こうなっては仕方あるまい。お前達、我々が此処まで運び込んだ例のアレを出せ!交易都市攻略に使う予定だったやつだ!」
一頻り土壁を睨んだ後、何かを考えるように俯いていた小隊長は、やがて意を決したような面持ちで顔を上げると周りにいる部下達に指示を出す。
しかし、その指示に対して彼の部下達は慌てたように、「待ってほしい」、「考え直してほしい」と言いたげな抗議の声を上げた。
「ちょっ、お待ちください、小隊長!いくらなんでもアレを使うのは・・・!」
「そうです!アレは今回の作戦の要となる物の一つ。許可もなく勝手に使えばどのような処罰を受けることになるか・・・!」
「そんな事、百も承知だ!だが、此処でこのまま手を拱いていては、今後の作戦の進行に支障が出かねん。そうなれば、どちらにせよ我々は処罰を受ける事になる!」
「ですが・・・・・・」
「いいから早く持ってこい!命令だ!」
渋る様子を見せる部下達に、捲し立てるように声を荒げる小隊長。
部下達はこれ以上何を言っても無駄だと悟ったのか、重い溜息を吐き出すと、何人かが連れだってその場から離れ、何処かへと向かった。
ザァザァと風を受け、葉を揺らす森の木々。
その頂きの上で少女が一人、静かに佇んでいた。
月明かりを反射して輝く銀髪。その頭頂にある獣耳が周囲の音を聞き分けようとしてか、ピョコピョコと動いている。
褐色肌のその身には漆黒の鎧を纏っており、所々に幾つも走る紫色のラインが、夜闇の中で薄ぼんやりと輝きを放っていた。
「・・・・・・」
同様に、暗闇の中で薄っすらと光る紫色の瞳。
両目をパチクリとさせた少女は、その視線を左右にキョロキョロと動かし、そしてとある一点でピタリと止まった。
その視線の先には、教会を襲う深紅の全身鎧を身に纏った騎士達の姿があった。
その光景を目にした少女は、スゥ・・・と目を細め、「見つけた」と小さく呟きながら薄っすらとした笑みを浮かべる。
後ろ腰から延びる、鋭い刃物のような突起が先に付いた硬質感のある尻尾をユラリと揺らしながら、その姿勢をゆっくりと前傾へと変えていく。
そして、今にもそこから跳ぼうとしたその時、少女の紫色の瞳がふと気になるモノを捉えた。
それは、薄暗い森の中で荷車を動かしている数人の深紅の全身鎧を身に纏った騎士達の姿であった。彼等はガチャンガチャンと金属音を響かせながら教会の裏手に向かって進んでいく。
その荷車の上には推定三m程の、虎を模した人工物と思しき物が乗せられていた。その肢体には鋭利な刃が付いた鎧を纏っており、運搬中に偶々当たった枝葉がスパッと抵抗なく切られたのを見るに、鋭さは相当なものだろう。
それを目にした少女は動きを止め、思案する様にほんの少しだけ眉根を寄せると、次の瞬間その左手に黒い炎の槍を出現させた。
クルリとその黒い炎の槍を逆手に持ち変えた少女は、騎士達が運ぶ荷車に狙いを定め、手に持つそれを投げ入れようとして―――パキパキパキッ、という音を耳にして動きを止めた。
ピョコピョコ、ピルピルと獣耳を動かして音の発生源を特定し、そちらへと視線を向けた少女は、スッと目を細めた後に「ふむ・・・」と呟くと、上げていた黒い炎の槍を持つ左手を静かに下ろした。
「・・・ッ!何だ・・・?なんか急に寒気が・・・・・・」
「お、おい、アレを見ろ・・・!」
薄暗い森の中で荷車を運んでいた騎士達は、急に感じ始めた寒気に体を震わせた。
いったい何が起きているんだ?と彼等が思いながら辺りを見渡していると、騎士達の内の一人がとある場所を指差した。
そこには多くの木々や草花が凍りつき、一面雪景色となった森の光景が広がっていた。
「森が・・・森が凍っている!?」
「な、なあ、今の季節って冬だったか?」
「なわけないだろう。夏を過ぎて徐々に寒くなってはきているが、まだ雪が降る程じゃない」
「じゃ、じゃあ、なんで俺達の目の前にある森は凍ってるんだよ・・・!?」
目の前に広がる光景を目にして困惑した様子を見せる騎士達。
加えて、徐々に足下へと流れ込んでくる冷気と共に、パキパキパキッと凍りついていく地面を見た彼等は、通常であればありえない異常現象に本能的な恐怖を感じて、思わず一歩二歩と後退った。
―――その時だった。彼等の耳に、パキリ、パキリ、という音が聞こえてきたのは。
それはまるで足音の様だと思った騎士達は、ゆっくりと音が聞こえた方向へと顔を向ける。
―――そこにいたのは、知的そうな顔立ちをした美女であった。
夜闇の中で鮮やかに輝く腰まで届くほどの蒼い長髪。男好きする様な豊満な肉体。身長は騎士達と比べると小柄だが、しかしその身から漂わせる妖艶な雰囲気が、彼女の存在感を際立たせていた。
そんな、男であれば悉く魅了されてしまいそうな要素を持った人物が突然目の前に現れようものなら、何故こんな所にこれ程の美女が?と不思議に思いつつも、騎士達の目は思わず彼女に釘付けとなっていたことだろう。
・・・だがしかし、だ。それ以上に彼等の目を引くものがあった。
それは女の青白い肌色と、後ろ腰より少し上辺りから生えている、蝙蝠の様に真っ黒ろな大きな翼であった。
明らかに普通の人間であればありえない、持ち得ない筈のそれ等を目にした騎士達は、すぐに彼女が人間ではない事を察して警戒し、それぞれ武器を構える。
「な、なんだお前は・・・!」
「その肌の色、腰から生えている羽。貴様、人間ではないな!いったい何者だ!なんの用があって我々の前に姿を現した!答えろ!」
「・・・なんの用だ、か。なるほど、やはり人間というのは愚鈍で愚かですね。私程の存在が貴様達の前に姿を現すという事がどういう事なのか、まるで分かっていないようだ」
あらゆるモノが凍りつき、極寒の世界となった森の中を、蒼い美女は一歩一歩、ゆっくりと歩いていく。
彼女が歩みを進めれば進めるほど冷気はうねり、辺りへと広がって、騎士達の周りを瞬く間に凍りつかせていく。
その光景を目にした騎士達は、恐怖と寒さで体を震わせながら、蒼い美女に対して誰何を問い掛けるのだが、しかしその返答は、侮蔑が込められた言葉であった。
「ですが、私は優しいので、あえてその質問に答えてあげましょう。私が何故姿を現したのかと言えば、それは―――交わされた契約に基づき、貴様等を皆殺しにする為だ」
そう言いながら騎士達に対し、絶対零度を思わせる見下した視線を向ける蒼い美女。
同時に、ゴオゥッ、と吹雪が吹き荒れたかと思うと、その両手には氷で作られた大鎌が握られていた。
「契約・・・契約だと・・・!?貴様、まさか悪魔種か!?」
「ようやく気付いたのですか。ええ、その通り。私の正体を言い当てたご褒美です。冥土の土産に、私がどんな悪魔種なのかも教えて差し上げましょう」
パチパチパチと手を叩いた蒼い美女は、ニッコリと笑みを浮かべると、その身の内に納めていた威圧と殺気を周囲に撒き散らす様に解放しながら名乗りを上げた。
「我が名は『ウルマティ』。極寒を司る悪魔種、ケラハヴェルに連なる者にして公爵の位を賜りし者。どうぞお見知りおきを、下等で愚かな人間達よ」
クスクスクス、と笑う蒼い美女こと公爵級悪魔種のウルマティ。
その笑みはとても魅惑的で蠱惑的で猟奇的な、見る者の背筋に思わず寒気が走る程の悍ましさを感じさせるものがあった。
「は・・・はっ!?公爵級、公爵級だと!?そんなの、最上級クラスの悪魔種じゃないか!なんでそんな化け物がこんな所にいるんだよっ!?!?」
ウルマティの名乗りを聞いた騎士達の内の一人が、身体を震わせながら思わずといった風に叫び声を上げる。
その反応は無理もないと言えた。なにせ悪魔種、それも公爵級と言えば、数多の英雄英傑が束になって戦いを挑んだとしても勝てるかどうかというレベルの存在だったからだ。
実際、とある歴史書において当時英雄と呼ばれていた者達が討伐隊を編成し、公爵級悪魔種を討ち取ろうとした事があったそうだが、その結果はほぼ全滅。深手を負わせて撃退する事はできたものの、大半の者が返り討ちに遭って命を落とし、無事であった者も、その後一生消える事のない後遺症を患ったという記録が残っている。
故に、と言うべきか。公爵級悪魔種がどういう存在なのかを知っていた騎士達は誰もが動揺し、恐怖した。むしろ、そういった気持ちを抱かずに冷静でいろと言う方が土台無理な話だと言えよう。
決して、「野生の公爵級悪魔種が現れた」みたいな感じでエンカウントする相手ではない。というかして堪るか、と騎士達は内心で悲鳴染みた声を上げながら思った。
「クソッ、クソクソクソッ・・・!故郷には私の帰りを待つ家族がいるのだ。こんな所で死んで堪るか!お前達、剣を取れ!武器を構えろ!皆で力を合わせれば、きっとこの場を切り抜けられる筈だ!故郷の地に帰るためにも、今こそ勇気を振り絞り、奮起せよ!」
「そうだ・・・私には結婚の約束をした恋人が待ってるんだ。絶対に生き残って彼女の下に帰る・・・帰るんだ・・・!!」
「家には病弱な妹がいるんだ。そいつの為にも俺は・・・俺は・・・!」
「グ、クッ・・・!ウオォォ、ウォオオオオオーーーッ!!!」
だが、流石は精鋭が集められたとされる『紅の鷹騎士団』に所属する者達と言うべきか。騎士達は恐怖に慄きながらも、しかし己を鼓舞するように雄叫びを上げて自らを奮い立たせ、それぞれが手にしている武器を握り直し、構えて、眼前の敵―――ウルマティに立ち向かう姿勢を見せる。
「ふふっ、良い覚悟です。敵わないと知りながらも、
生き残ろうと万に一つの可能性を信じて挑まんとするその姿勢。実に愚かな人間らしい」
そんな彼等の姿を目にしたウルマティは、嘲笑うかの様にフッと口元に手を当てて笑い、その後で調子を確かめるように氷の大鎌をブンッと一振りした。
「いいでしょう。では、貴様達のその愚かさに免じて、一息に殺すのは控えて差しあげましょう。―――精々、足掻いてみせなさい」
次回の投稿は7/18を予定しております。




