第4章第14話 ~凍獄の悪魔 後編~
「ウオオオオオオッッッ!!」
公爵級悪魔種のウルマティと、『紅の鷹騎士団』に所属する騎士達との戦いの火蓋が切って落とされた。
先陣を切るように最初に仕掛けたのは、ウルマティの一番近くにいた騎士であった。彼は手に持つ槍を水平に構えると、突撃しながらその穂先を彼女の胸元目掛けて勢いよく突き出す。
だが、その渾身の突きは虚しく空を切った。ウルマティがクルリと踊るように身体を回転させて躱したからだ。
「ハァアアアアッ!!」
「・・・!」
そしてそのまま、返す刀で突撃してきた騎士に向けて氷の大鎌を振るおうとするウルマティだったが、しかしそこへ、上空へと跳び上がった別の騎士が剣を振り被って斬り掛かって来た。
それに気付いたウルマティは、氷の大鎌を頭上に向けて振るい、その一撃を受け止める。そして、然程苦もなさそうに軽々と弾き飛ばすと、剣で斬り掛かって来た騎士を蹴り飛ばした。
「「《パワースラッシュ》!ハアアアアアアーーッ!!」」
ガキンッ!!
「ふふ・・・」
「「なっ・・・!?」」
その間に槍を持つ騎士がその場から離れ、それと入れ替わるように今度は二人の騎士が同時に攻撃を仕掛けてきた。
横薙ぎに且つ同時に振るわれる二振りの剣。それを、ウルマティは縦に構えた氷の大鎌の柄で受け止める。
戦技も込みで放たれたその攻撃は、重量級の相手でも多少なりとも吹き飛ばせるくらいの威力があったのだが、しかしウルマティの身体は小揺るぎもしない。どころか、彼女は余裕あり気な笑みさえ浮かべていた。
予想に反して自分達の攻撃が簡単に防がれてしまったことに二人の騎士は驚愕の声を漏らすのだが、それも束の間、ウルマティが氷の大鎌を振り回し、峰の部分をぶつけて彼等を吹き飛ばした。
「〝炎よ、槍となりて我が敵を貫け!〝《ファイアランス》!!」
「・・・!」
更にウルマティは追撃の一撃を放とうと、氷の大鎌を構えながら一歩踏み出そうとして―――そこへ複数の炎の槍が彼女に向かって飛んで来た。
それが《ファイアランス》―――”炎の槍を対象に向けて飛ばす”という魔技だということに気付いたウルマティは、氷の大鎌を振り回し、飛んで来た炎の槍を全て切り飛ばす。
その魔法攻撃を放ったのが後方に控えていた杖を持つ騎士だという事を察したウルマティは、その騎士がいるであろう方向へと視線を向ける。
視線を向けられた杖を持つ騎士は一瞬怯む様に身動ぎしたが、すぐに持ち直すと手にしていた杖を構え直し、次の魔技を放つ為の詠唱を始めた。
「ッ、〝炎よ、柱となりて我が敵を焼き尽くせ!〝《フレイムピラー》!!」
詠唱を終えた瞬間、《フレイムピラー》―――”対象の足元から炎の柱を立ち昇らせる”という魔技が発動し、ウルマティの全身を包み込む。
その熱量は凄まじく、周辺の木や草花が瞬く間に炭へと変わる程だったのだが、しかしその中心に立っていたウルマティは平然としていた。纏う衣服にも焦げ目一つすら付いていない。
おもむろに氷の大鎌を一振りするウルマティ。その瞬間、氷風が吹き荒れたと思ったら、一瞬で炎の柱が凍りつき、バラバラに砕け散った。
その光景を目にした騎士達は思わず唖然として、「嘘だろ・・・」と呟き、動きを止めた。
「おい、どういう事だ!全然効いている様子がないぞ!本当に火属性が弱点なのか、アイツは!?」
「そ、その筈です・・・その筈なんです・・・!悪魔種という種族は多種多様、様々な姿形をしている種族ですが、彼等には共通して得意とする属性とは別の、相反する属性が弱点という特性があるんです。・・・あの悪魔種は氷を、つまりは水属性を得意としているようでしたし、ならばそれと相反する火属性が弱点だと、そう思ったのですが・・・・・・」
騎士達はウルマティとの戦闘を始める前に、《念話》―――”特定の相手と思念での会話を可能とする”という魔技を使用して、仲間内で作戦をある程度立てていた。ウルマティが悪魔種だと判明した際には、彼等の中で悪魔種に一番詳しい杖を持つ騎士を主軸にどう攻撃するかの段取りを決め、その通りに仕掛けたのだ。
・・・が、しかし、全くと言っていい程効いている様子がない。その事に困惑し動揺した騎士の一人が、話が違うと言いたげに杖を持つ騎士に詰め寄るのだが、しかし彼等の中で一番困惑と動揺をしていたのは、他ならぬ杖を持つ騎士の方であった。
倒すことはできなくても、多少なりともダメージを負わせる事はできる筈だと思っていただけに、全く効いていないというこの展開は彼としても予想外だったのだ。
そんな馬鹿な、あり得ない、と呆然としながら呟く杖を持つ騎士。そんな彼の疑問の答えは、思ってもみなかった所からもたらされた。
「・・・着眼点は悪くない。確かに水属性を得意とする私の弱点は、貴様達が言ったように相反する属性である火属性だ。それは間違いない。・・・ですが、如何に弱点を突こうとも、彼我の実力差が天と地ほども離れているのであれば、それも無意味というもの。脆弱な人間風情が私の身体に傷を付けることなど、できるわけがありません。身の程を弁えなさい」
笑みを浮かべ、クツクツと笑うウルマティ。
その笑みはまるで、目の前に立つ獲物を甚振ろうとする肉食獣の如き嗜虐的なそれであり、また騎士達に向けられた目は、「―――その程度の力で私に挑むなど、片腹痛い」と言わんばかりに蔑み、見下しているものであった。
「(―――さて、これで彼等の注意が完全に私に向けられましたね。逃げる事もできそうにないとも理解したようですし・・・後は、彼等が最後の望みを託すようにあの荷車に乗せているモノを動かしてくれれば・・・)」
なお、その内心では、事前に想定していた通りに事が上手く運べている状況に、ひっそりと安堵の息を零していた。
そもそもの話だが、ウルマティが騎士達の前に出てきたのは、彼女の契約主であるフェルヌスの命令―――現在己が住処としている器の持ち主であるクーリィの身に危険が迫ったら、助け、守るように。―――を遂行する為だった。
最初は出てくる気などなかった。正直、騎士だけが相手であれば、このまま順当に行けば普通に教会に立て籠っている側が粘り勝ちとなるので、助けに入る必要性がないと思っていたからだ。
だが、騎士達が荷車に乗せて教会近くに運び込もうとしていたモノを目にした瞬間、彼女は「これは出て行かざるを得ないな」と即座に判断を変えた。荷車に乗せられている、推定三m程の虎を模した人工物と思しきモノに見覚えがあったからだ。
それは、今から数百年前にこの大陸の中央辺りに存在していた魔導種の国―――『魔帝国イルヴァレッツァ』によって開発、製造された兵器であった。
名前を『戦闘用ゴーレム:アングリフティガー・302型』と言い、主に高機動型特攻破壊兵器として使われていた代物だ。その戦闘力はかなり高く、男爵級や子爵級クラス相手なら互角以上に戦える程だった。
とはいえ、公爵級悪魔種であるウルマティからすれば雑魚でしかなく、ましてや起動していない状態であれば破壊することはさして難しいことではない。
・・・のだがしかし、彼女にはそうする事ができない理由があった。何故なら、このアングリフティガーという戦闘用ゴーレムにはある〝欠陥〝があったからだ。
高機動型特攻破壊兵器という名が付いていることから何となく察せられるとは思うが、アングリフティガーには自爆装置が搭載されている。しかも起動していない状態で外部から刺激―――正規の手順以外で起動したり、攻撃を受けたり等―――を受けると暴走し、敵味方の区別無く周囲の動いているモノに襲い掛かって、辺り一帯を巻き込んで自爆するという、厄介な性質を持っていた。
もう一つ付け加えて言うなら、その威力はウルマティのような公爵級悪魔種クラスの、魔力で構成されている仮初の肉体の強度を凌駕し、消し飛ばしてしまえるくらいに頭おかしいレベルで高かった。
そんなのが教会辺りで爆発しようものなら、護衛対象であるクーリィもだが、彼女が身に付けているウルマティが現在住処としている居心地の良い器も消し飛んでしまう事になる。
流石にそれは勘弁してほしいと思っていたウルマティは、だからこそ遠回しに、手間暇かけて騎士達を追い詰め、彼等にアングリフティガーを起動させるように誘導していたのだ。
ちなみに、どうしてウルマティがこのアングリフティガーという兵器について知っているのかというと、それは数百年程前に起きた魔帝国と他国との戦争に当時の契約主と共に参加し、その際に散々なくらいに戦った事があったからだったりする。
「(あの頃も、アレには嫌になるくらいに手を焼かされました。攻城戦を仕掛けた時も、偶然アレが納められていた格納庫らしき場所を吹き飛ばして暴走させてしまい、落とそうとした城が瓦礫の山と化した事もありましたから。それも敵味方諸共に巻き込んで。・・・私も巻き込まれて仮初の肉体を消し飛ばされた事がありましたし、アレが関わる事柄で良い思い出なんて本当に一つもない)」
むしろ苦い思い出しかない。
当時の戦争に参加していた頃にアングリフティガーに遭遇した時の事を思い出したウルマティは、内心で深い溜息を吐いた。
「く、くそっ、くそぅっ・・・!こんな化け物、どうやって勝てって言うんだよ・・・!?こ、こうなったらもう、アレに望みを託すしか・・・・・・」
騎士の一人が半ばヤケクソ気味にそう呟きながら、荷車に乗せられているアングリフティガーへと視線を向ける。
カシャッ、カチカチカチ、ポチッ。・・・キュィィィ、ギッ、ギギギッ・・・・・・!
「―――よし、動いた!お前等、コイツの起動に成功したぞ!」
『おおっ・・・!』
と、そこで荷車の影から声が上がった。それはウルマティとの戦闘に参加せず、今に至るまでアングリフティガーを起動させる事に集中していた騎士の声だった。
その言葉を聞き、更にはアングリフティガーから駆動音のような音が聞こえ始めた事に、他の騎士達は思わずといった様子で歓声を上げる。
「(よしよし。どうやら彼等は、私の思惑通りにアレを動かすことに成功したようですね。ならば後は、彼等ごとまとめて氷漬けにして、粉々に砕いてしまえば・・・・・・?)」
勿論、ウルマティはその騎士が荷車に隠れていた事も、アングリフティガーを起動させようとしていた事も気付いていた。
それを知った上で放置していた彼女は、騎士達ごとアングリフティガーを氷漬けにするべく魔技を発動しようとしたのだが・・・・・・しかし、そこでアングリフティガーの様子がおかしい事に気付いた。
「(おかしい。なんだ、あの駆動音は・・・?私が知っている音は、あんな錆び付いたような異音ではない・・・―――まさかッ!!)」
ウルマティが覚えているアングリフティガーの駆動音は、例えるなら、キュィィィン、といった感じだった。何度も戦い、覚えようと思っていなくても覚えてしまうくらいに聞いていたので間違いない。
だが、荷車の上で起動しようとしているソレの駆動音は、ギィ・・・ギギギィィ、といった不快感を覚える耳障りなもの。その音を耳にしたウルマティは、もしや暴走しようとする兆候かと考えた。
―――そしてそれは、アングリフティガーの目が赤く光ったのを見て確信に変わった。
ガ、ガギギギィィィィィッ・・・!!という感じにアングリフティガーが身体を起こし、荷車から降りる。
そんな、どことなく不穏な様子を見せるアングリフティガーの姿に騎士達も不安感を覚えたのか、仲間内で顔を見合わせていた。
「お、おい・・・?なんか様子がおかしいぞ。ちゃんと起動させたんだよな?」
「あ、ああ。ちゃんと脇腹にあるレバーとボタンを渡された指示書通りに弄ったんだが・・・」
「(脇腹にあるレバーとボタン・・・!?待ってそれ起動スイッチじゃない!自爆特攻をさせるやつよそれはっ!?)」
何度も戦った事があるからこそ、ウルマティはアングリフティガーの構造をある程度知っていた。騎士達が弄ったのが起動スイッチなどではなく、アングリフティガーが自爆するまでの時間を設定するものであることを。
「(誤算でした・・・!あんなモノを持ってくるくらいだから、正規の起動方法を知っているものと・・・!)」
完全に想定外だった。状況のマズさを理解したウルマティは、氷の大釜を構え直し、魔力を練り上げる。
「ガガッ、ギギギッ・・・!」
そうしている内にアングリフティガーが動き出し、前足を振り上げていた。
それを見ていた誰もが前へ一歩踏み出すものと思っていたのだが、しかし次の瞬間、アングリフティガーはその前足を横へと振るった。
「あえっ―――?」
「けぽ・・・?」
ザンッ、という音と共に数人の騎士の首が飛んだ。
一瞬何が起きたのか理解出来なかった彼等は、自分達が殺された事に気付くことなく死んだ。
「ギギッ・・・ガガギギゴゴッ・・・!」
「なっ、なんで・・・なんで・・・ッ!?」
「く、来るな・・!来るなぁっ!?ギャアアアアアッ!?!?」
後ろ脚で地面を蹴ってその場から跳び上がり、ザッ、ザッ、ザッ、と高速で地を駆けて、あっという間に生きている騎士達の下へと接近したアングリフティガーは、刃の付いた前足を連続で振るい、次々と騎士達を斬り殺していく。
「ガハァ・・・ッ!?」
そして、その場にいた最後の騎士を殺したソレは、ゆっくりと顔を動かすと、次の狙いをウルマティに定めた。
「くっ、やはり暴走か・・・!〝水よ、吹雪となりて、何者をも凍てつかせる凍土の地を、此処に作り出せ!〝―――《フリーズブリザード》!!」
「ギッ、ギギガガギギッ・・・!!」
「まだまだぁ・・・!〝水よ、氷の棺となりて、かの者を包み込み、永久の眠りへと誘い、沈め、底へと落とせ!〝―――《アイスコフィン》!!」
「ガガッ・・・!ギガゴゴゴッ・・・!!」
《フリーズブリザード》―――”広範囲の対象に水属性ダメージと『鈍足』の状態異常を与える吹雪を吹かせる”という魔技を発動し、アングリフティガーの高速移動を封じたウルマティは、続いて《アイスコフィン》―――”対象の身体を氷の中に閉じ込め、水属性ダメージと『凍結』の状態異常を与える”という魔技を連続発動し、アングリフティガーの動きを完全に封じる。
「更にダメ押しよ!〝水よ、氷の牢獄となりて、その肉を、血を、魂を凍てつかせる無慈悲なる封印をかの者に与え、二度と目覚めること叶わぬ眠りへと堕とせ。祖は不変にして永遠。融ける事なき絶対凍土。その姿を今此処に!〝―――《エターナル・アイスプリズン》!!」
更にそれに重ねる様に《エターナル・アイスプリズン》―――”対象を氷の柱の中に閉じ込め、『凍結』の状態異常を付与しつつ、水属性の継続ダメージを与える”という魔技を発動。凍り漬けのアングリフティガーを中心に氷の柱を出現させる。
・・・が、一つだけじゃ安心できないと思ったのか、二重三重と重ね、さらにオマケに四重に、最後のダメ押しと言わんばかりに五重に重ねた氷の柱を出現させた。
「よ、よし、これでアレが自爆したとしても、氷の中だけで納まる筈・・・!」
幾重にも重ねられた《アイスコフィン》と《エターナル・アイスプリズン》の氷に完全に包まれたアングリフティガーの姿を見たウルマティは、これでもう大丈夫だろう、と胸を撫で下ろす。
「・・・・・・ギッ、ギギガガッ・・・!!」
キィィィイイインッ・・・!!!
「・・・ッ!?」
・・・が、その安心も束の間。氷の中にいるアングリフティガーの躯体が赤い光を放ち始めた。
主に関節の隙間から放たれるその光は高い熱量を持っているらしく、ジュゥゥゥッ・・・!!という音と共に、氷の柱を内部から溶かし始めていた。
「う、嘘でしょ・・・!?・・・ッ、”水よ、盾となりて、我を包め”!―――《ウォーターバリア》!!」
その光景を目にしたウルマティは信じられないと言いたげに思わず瞠目した。
だが、目の前で起こっている現象は紛れもない現実だ。瞬時に意識を切り替えたウルマティは《ウォーターバリア》―――”球状の水の障壁を周囲に展開し、物理・魔法攻撃を防ぐ”という魔技を発動し、防御態勢を取る。
―――その瞬間、アングリフティガーの全身が一際強く発光し、大爆発を起こした。
それはアングリフティガーを包んでいた氷全てを蒸発させ、更には周辺にあるモノ全てを吹き飛ばしていく。
「う、うぎぎぎぎぎぃぃ・・・っ!?!?」
当然それは、ウルマティが展開した《ウォーターバリア》をも焼き尽くさんと襲い掛かった。
凄まじい熱量と衝撃波が水の障壁にぶつかる。
鳴り響く轟音。止まらない蒸発音。
―――拮抗できたのはほんの少しだけだった。
直後に吹き飛び、掻き消える水の障壁。
何とか踏ん張って堪えようとしたウルマティだったが、その光景を目にし、肌を炙るような熱を感じてすぐに「―――あ、無理だこれ」と彼女は悟った。
「(・・・まあ、ここでやられても仮初の身体が壊れるだけで死ぬわけではないし・・・・・・)」
諦めの境地へと至ったウルマティは自らの終わりを受け入れようと目を閉じる。
「―――《黒滅の焔》」
「・・・・・・えっ?」
その瞬間だった。突然地面から黒と紫の光が彩る炎が出現し、ウルマティの眼前にまで迫って来ていた赤い光を遮ったのは。
その炎が辺り一帯を焼き尽くし、吹き飛ばそうとしていた赤い光を瞬く間に包み込むと、その面積を徐々に減らしていき、最終的には跡形もなく消失してしまった。
何が起きたのか?そんなウルマティの疑問は、何時の間にか彼女のすぐ傍に現れていた少女によって解かれた。
「やれやれ、間一髪だったな・・・」
「あ、あなたは・・・!?」
頭頂部にある獣耳と肩までの長さの銀髪、褐色の肌に紫の瞳が特徴のその人物が、自身の契約主であるフェルヌスであることに気付いたウルマティは、困惑気な様子を見せながらも思わず問い掛けた。
「あ、主よ、どうしてあなたが此処に・・・?」
「私が面倒を見ている子供達、アルクとクーリィが騎士を名乗る不逞の輩に襲われているという話を聞いて、助けに来たんだよ」
掌の上で燃える黒と紫の光が彩る炎。それを払う様に手を振って消したフェルヌスは、苦笑すら浮かべず淡々とそう答える。
「その道中で、騎士達と戦うお前の姿を見かけてな。危なげなく戦えている様子から、最初は此処を任せようと思っていたんだが、あの虎みたいなゴーレムが自爆したのを見て、これはヤバイと思って手を出したわけなんだが・・・余計な世話だったか?」
「い、いえ、そういうわけでは・・・正直、もうダメだと思いかけていたところでしたので・・・」
「正直、助かりました」と言うウルマティ。
・・・だがその裏では、全身がびっしょりと濡れてしまうくらいに滅茶苦茶冷や汗を流していた。
「(ヤバイヤバイヤバイ・・・ッ!さっきの黒い炎、冗談抜きでヤバすぎる・・・ッ!あれ、下手をしたら一発で大陸一つを消し飛ばすことが出来るだけの威力がある・・・!!しかも、爆発が掻き消されたのを見るに、おそらくエネルギー体をも消滅させる効果も持っていそう・・・・・・うん。私が食らったら間違いなく滅びる・・・ッ!)」
戦慄と恐怖の視線をウルマティが向けている事に気付いているのかいないのか、フェルヌスは「そうか?」と一言呟き、それから「ふむ・・・」と片目を閉じて何かを考える仕草をした彼女は、右の瞳をウルマティの後ろに向けた後、クルリと踵を返した。
「此処にはもうお前の手に負えなさそうな相手はいないようだし、私はもう一人の子の所に、アルクを助けに向かう。クーリィと、それから後ろの連中の事は任せたぞ」
「は、はい!・・・・・・って、え?後ろの連中・・・?」
最後にそれだけ言うと、フェルヌスは地面を蹴って跳び上がり、振り返ることなくその場を後にする。
思わず上擦った声を出しながらその後ろ姿を見送ったウルマティは、彼女が言った後ろの連中とは何の事かと首を傾げるのだが、その答えはフェルヌスが視線を向けていた先、つまりはウルマティの後ろにある森の方からやって来た。
「―――ええい!荷車に乗せている物を運ぶだけの事に、いったい何時まで掛かっているのだ、お前達は!さっさと持って来ないか・・・・・・って、な、なんだこれはっ!?」
「(あれは、教会を囲んでいた騎士達に指示を出していた、確か小隊長と呼ばれていた人間・・・・・・あ、あぁ。なるほど、そういう・・・)」
草木を掻き分けながら数人の騎士達と共に森の木々の間から姿を現す、鶏冠の様な頭飾りを付けた真紅の全身鎧の騎士。それは他の騎士達から小隊長と呼ばれていた騎士であった。
おそらく用意していた兵器―――アングリフティガーが何時まで経っても来ない事に業を煮やして直接確認しに来たのだろう。彼等の姿を目にしたウルマティは、フェルヌスが去る前に言った言葉の意味を理解して納得の表情を浮かべた。
「・・・ぬ!?お、おい、そこの女!貴様、何者だ!此処でいったい何があったのだ!答えろ!」
「・・・・・・」
アングリフティガーが自爆したことで出来た半円状に大きく抉れた大地。それを目にした小隊長は狼狽え、反射的に目の前で佇んでいたウルマティに声を掛ける。
だが、それに対してウルマティは何も言葉を返すことなく、持っていた氷の大釜を手元で軽くヒュンと一回転させ、その刃先をザンッと地面に突き刺した後、柄から離した片手の掌を騎士達に向けた。
「なっ!?女、貴様、何を・・・!?」
「・・・”水よ、絶対零度の白き霧となりて、かの者達を包み込め。命が凍る大地にて漂う白き悪夢。その力、その恐ろしさを此処に示せ!―――《フローズンフォグ》!」
「な、あっ・・・!?」
ウルマティの掌から噴き出す様に放たれる白い霧。扇状に広がっていったそれは、瞬く間に騎士達ごと森を包み込み、そしてその全てを氷のオブジェへと変えた。
「な、なんだこの霧は・・・!?さ、寒い・・・!」
「あ・・・が・・・!?か、体が・・・俺の体が凍って・・・!?」
「う、うわあああぁぁぁ、ぁぁ・・・ぁ・・・・・・」
「な、なにあれ・・・?人がどんどん凍っていっちゃってる!?」
「・・・ッ、皆、教会の外に出るな!あの白い霧は、おそらく触れたモノを凍らせる水属性の魔技だ。今外に出れば、アイツ等の様に凍り漬けにされるぞ!」
ウルマティが放った白い霧は教会の周りを囲んでいた騎士達の下にまで届いていた。
次々に体を凍りつかせ、不気味な氷像へと変わっていく騎士達。
その様子を教会の二階から伺うように見ていたクーリィ達は驚愕と恐怖の表情を浮かべ、一人教会の周囲に漂う霧の正体が《フローズンフォグ》―――”接触したモノに『凍結』の状態異常を付与する氷結の霧を周囲に展開する”という魔技であることを見抜いたラディッシュは、教会内にいる者達全員に注意を促す。
「(いったい誰だ、こんな物騒なのをばらまいた奴は・・・!教会を避けるように展開されているのを見る限り、『紅の鷹騎士団』とは敵対していも、こちらと敵対するつもりはないようだが・・・)」
眼下に広がる光景を目にして、周囲を警戒しつつ誰がやったのかと考えるラディッシュだったが、ヒュォォォ、と窓や壁の隙間から流れ込んでくる冷気を感じて、思わず体をブルリと震わせた。
「さ、寒ッ!?」
「あわ、あわわわわわ・・・!?」
「ハクシュンッ!!カチカチカチカチッ・・・!?」
「うぅん・・・」
「(まあ、あの物騒なのをばらまいた奴が一向に姿を現さないところを見るに、たぶんそいつはオイラ達に手を出すつもりはないんだろう。なら今は暖を取る事を優先した方がいいな。このままじゃ皆、凍えてしまうだろうし・・・)」
次いで、冒険者見習いの子供達が寒さを訴え始めた。どうやら白い霧の余波が教会内に入ってきているらしい。人や物を凍らせる程ではないが、このまま寒さ対策を取らないでいたら風邪を引く事になるだろう。
寒さに震える子供達の姿を見てそう察し、且つ教会の周りに人や物を凍らせる白い霧を展開した下手人が姿を現さない事を自分達に敵対するつもりはないのだろうと判断したラディッシュは、子供達に一階に降りるよう促した。
「皆、一度一階に降りて暖を取る準備をしよう。何時までも此処にいたら風邪を引いちゃうからね」
「で、でも・・・外には村を襲った真っ赤な騎士達がまだいるかもしれないし・・・」
「うん・・・教会にいる皆を守るために、まだ此処にいなきゃ・・・」
「大丈夫。見える範囲でこの教会を襲おうとする真っ赤な騎士の姿はもういない。仮にいたとしても、此処を囲んでいるあの白い霧に阻まれて近づくことすらできない。だから、今は皆で一緒に暖まろう。・・・な?」
「「・・・うん、分かった」」
双子の女の子のシェイナとキィナが不安そうな表情を浮かべながら、まだ此処にいると言い出したが、ラディッシュが優しく笑い掛けると、彼女達は頷いて一階の方へと降りていく。
それを見た他の子供達や村の大人達もそれに続くようにして一階へと向かい、ラディッシュもそれに続いて階段を下りようとした。
「・・・・・・」
「・・・?どうしたんだい、クーリィちゃん?」
・・・と、そこで彼は、クーリィだけが窓の近くから動こうとしていない事に気付いた。
「寒いだろうからこっちにおいで」と声を掛けてもみたのだが、それに対するクーリィの反応は、首を横に振るというものだった。
「ううん。私、今全然寒くないの。むしろ、なんだろう?こう・・・心地良いというか、気分が落ち着くというか、そんな感覚がするんだ」
どうしてだろう?と呟きながら首元に掛けている首飾りを握るクーリィ。その指の隙間からは薄っすらとした水色の光が僅かに漏れていた。
―――カッ!!
「「―――ッ!?」」
―――その時だった。突然真っ暗闇の夜空を切り裂くように光の柱が立ち昇ったのは。
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