第4章第12話 ~黄金の灯火~
「な、なんだ・・・?」
ゾクリ、と。唐突に自分達の背筋が粟立つの感じた頬に薄布を貼った騎士は、村長の娘の体をまさぐっていた手を止め、ゆっくりと後ろへ振り向く。
仲間である二人の騎士も同じものを感じたのだろう。自身と同じように振り向いていた。
三人の騎士達の視線が向かう先。そこには先程まで倒れ伏し、死にかけていた筈の少年―――アルクが、木刀を片手に立ち上がろうとしている姿があった。
全身から血を流し、致命傷とも言える傷を負っていたというのに、彼は己の二本の足でしっかりと立ち上がって見せたのだ。
そんな彼の姿を目にした三人の騎士達の内の誰かが、そんな馬鹿な、と驚愕の声を上げる。
自分達は確実にあの少年を瀕死の状態になるまで痛めつけた筈だった。与えた傷の大小は様々ではあったがその数は多く、すぐに治療を行ったところで焼け石に水というレベルであり、死ぬのは最早時間の問題の筈だった。
だというのに、彼は立ち上がった。血を流し過ぎた為か、多少体をふらつかせる様子を見せてはいたが、それも木刀を構える時には完全に治まっていた。
いったい何処にそれだけの力を残していたというのか。内心でそう思った頬に薄布を貼った騎士は、困惑の表情を浮かべつつ鞘に納めていた剣を抜き、仲間の騎士達も同様に自分達の武器を構える。
「(・・・あの光は何だ?先程までは無かったはずだ。まさかあのガキ、まだ何か奥の手を隠し持っていたのか?)」
立ち上がり、木刀を構えたアルクを注視していた頬に薄布を貼った騎士は、彼の体から黄金色の仄かな燐光が漏れ出ている事に気が付いた。
それはまるで、淡い輝きを放つ蝋燭の炎のように。
同時に、彼が纏う雰囲気が変化しているという事も肌で感じていた。
先程までの弱々しい感じとは打って変わり、今は何とも言えない圧が感じられ、その存在感もまた大きくなっているような感覚を覚えた騎士達は、警戒心を抱いて思わずゴクリと息を呑んだ。
「――――――」
一方、アルクは構えを取りながら静かに精神を集中させていた。
その顔は俯いているせいか、前髪に隠れて窺えない。
「―――スゥゥ・・・ハァァ・・・・・・」
ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと息を吐く。
痛くて、苦しくて、ほんの少し動こうとするのさえもう億劫だというのに、どうして自分は立ち上がったのか。その問いを、彼はただ静かに己が内へと投げ掛けた。
「(僕は勇者に、英雄に憧れていた。絵物語で語られるような、彼等、彼女等のようになりたいと、そう思っていた。
その道のりが、生半可なものではない事も分かっていた。両親の寝物語で聞かされた物語の勇者や英雄だって最初から強かったわけじゃないし、その冒険が何時も楽しく、心踊るものばかりではなかった。時には辛い事や苦しい事、悲しい事や理不尽な事など、様々な出来事や困難が立ち塞がる事が沢山あった)」
けれど、彼等は諦めなかった。挫けそうになっても、どんな逆境に立たされても、決して戦う事や進み続ける事を止めたりしなかった。
その理由は様々だが、その根底にあったのはおそらく・・・"守りたいものがあるから"、"譲れない想いがあるから"、"大切な約束を守り抜く為に"・・・そういった、自分の想いを、信念を、信条を貫く為だった。それ等を最後まで貫いたからこそ、彼等は勇者や英雄と呼ばれるようになったのだと、アルクはそう思っていた。
「(だからこそ、僕は憧れたんだ。そんな人達の姿に。生き様に。自分も何時かああなりたい。あんな風になりたいと、幼い頃から本気で夢見る程に)」
だというのに、先程までの自分はどうだろうか?目の前で涙を流す人一人守れず、助けられず、あまつさえ何も出来ずにその人が好き勝手される様をただ黙って見ているだけしかできなかった。
それが悔しかった。情けなくて仕方がなかった。
「(・・・助けを、求めている人がいる。涙を流し、恐怖に震えながら、助けて、とそう叫んでいる人がいる。それを助けられない、救う事ができない。そんな奴の何が勇者だ、何が英雄だ・・・!僕が目指しているのは、そんな情けないモノなんかじゃない・・・!?)」
そう思ったアルクは、木刀を強く、強く握り締め、俯かせていた顔を上げて―――でもそれだけじゃない気がする、と漠然とそんな事を思った。
いったい何だろう?と思ったアルクの脳裏に浮かんだのは、「まったくしょうがないなぁ」と言いたげな苦笑を浮かべる、己の師であるフェルヌスの姿であった。
「(・・・ああ、そうだ。確かに僕は勇者に、英雄に憧れていた。彼等の様になりたかった。けど、今はそれだけじゃない。僕はあの人の、フェルヌスさんの弟子として恥ずかしくない男にもなりたいんだ・・・!!)」
そう思い、納得した瞬間、アルクは自分の中で何かがカチリと嵌まる音が聞こえた気がした。
「――――――」
瞬間、ブワリッ、と彼の体から漏れ出る黄金色の燐光の勢いが増した。
アルクは自分の中の何かが急速に膨れ上がっていくのを感じていた。
同時に身体の奥底から力が湧き上がるのも。
それが何なのかは分からない。けれど、今の自分ならば何でも出来そうだという、そんな確信だけは何故かあった。
「・・・っ!!お、おぉぉぉぉおおおおーーーッ!!!」
一歩踏み出す。
地面を蹴る。
前へと飛び出したアルクは、騎士達に向けて一気に駆けだした。
「ふん・・・何だか分からんが、向かって来るというのなら、もう一度痛めつけてやるまでだ!」
淡い黄金色の燐光をたなびかせながら騎士達に急接近するアルク。
それに対して、頬に薄布を貼った騎士はニヤリと口角を吊り上げると、仲間の騎士達と共に彼を迎え撃つべく武器を構える。
「(所詮はガキか。懲りずにまた真正面から挑み掛かってくるとはな。やはり考えが甘い・・・!あと数歩踏み込めば、こちらの間合いに入る。その瞬間に一斉攻撃を仕掛け、トドメを刺す!)」
そう考えた頬に薄布を貼った騎士は、左右にいる仲間二人に視線で合図を送る。
その意図を察した彼等は小さく首肯すると、攻撃するタイミングを計るべく身構える。
「―――今だ!」
アルクと騎士達の間にある距離が瞬く間に縮まって行き、そしてアルクが最後の一歩を踏み込んだ瞬間、騎士達は己の武器を振りかぶり、彼に向けて振り下ろさんとして―――
「―――グボアァッ・・・!?!?」
「・・・・・・えっ?」
―――気が付けば、体格の良い騎士が悲鳴を上げ、血を吐き出しながら、上空へと打ち上げられていた。
「(なん、だ・・・?いったい何が起こったんだ・・・!?)」
仲間の騎士が吹き飛ばされたことに一瞬呆けた表情になった頬に薄布を貼った騎士だったが、すぐにハッとして正気に戻った。
「(・・・・・・待て、あのガキは・・・あのガキは何処に消えた!?)」
何時の間にかアルクの姿が目の前から消えていた。その事に気付いた頬に薄布を貼った騎士は、彼の姿を探すべく周囲に視線を巡らせる。
―――そして見つけた。自身の背後で木刀を振り抜いた体勢となっているアルクの姿を。
「(このガキ、何時の間に後ろに・・・!?クソッ、このままではマズイ・・・!すぐに体勢を整え―――)」
頬に薄布を貼った騎士は何時の間に自身の背後にいたのかと驚き、反射的に振り向くと迎撃の態勢を取ろうとする。
「―――ガバハアァッ!?」
「―――はぁっ!?」
だが次の瞬間、黄金色の軌跡が視界の端を過ったかと思えば、今度は槍を手に持つ騎士が吹き飛んでいた。
「・・・・・・な、なんだこれは?何が起こったというのだ?」
あまりにも予想外過ぎる事態の連続に、頬に薄布を貼った騎士は思わず戸惑いの声を上げる。
呆然とした視線の先には二人の騎士が地面に倒れ伏し、その向こうには再び木刀を振り抜いた体勢となっているアルクの姿があった。
「――――――」
ゆっくりとアルクが振り返る。
エメラルドグリーンの瞳が、頬に薄布を貼った騎士へと向けられる。
その時だ。瞳の奥底で揺らめく黄金色の灯火を、彼が目にしたのは。
「・・・ッ!《スピードアップ》!《パワーアップ》!《フィジカルアップ》!」
それを目にした瞬間、頬に薄布を貼った騎士は背筋の粟立ちが更に強くなるのを感じて、反射的に強化系の魔技を発動していた。
〝『AGI』を上昇させる〝という効果の《スピードアップ》。
〝『STR』を上昇させる〝という効果の《パワーアップ》。
〝『VIT』を上昇させる〝という効果の《フィジカルアップ》。
それ等の効果により、己に肉体を可能な限り強化した頬に薄布を貼った騎士は、目の前の少年を全力で迎え撃つべく剣を構えた。
「(あの光・・・おそらくアレがあのガキの体を強化しているのだろう。でなければ、アイツ等がガキの一撃なんかでやられる筈がない・・・!)」
「ッ!!」
「来たか・・・!」
地面を蹴ったかと思えば、まるで瞬間移動でもしているかの様な速さでもって、一気に接近してくるアルク。
同時に振るわれる電光石火の如き木刀の一撃。その刀身は黄金色の輝きを放っており、その様はまるで光の刃を振るっているかの様であった。
「くぅっ!?」
そしてその一撃を、頬に薄布を貼った騎士は己が剣でもって受け止め、防いだ。
「速く、重い・・・!だが、捉えたぞ、ガキィィ!!」
自身の肉体を強化したお陰だろう。アルクの太刀筋を視界に捉える事ができたし、反応し、耐える事もできた。
その事に、頬に薄布を貼った騎士はニヤリとした笑みを浮かべる。
「平民風情が、よくも好き勝手やってくれたなぁ・・・!だが、それももう終わりだ!貴族である私に歯向かった罰だ。二度と立ち上がれないようにその四肢を切り飛ばし、森の中に吊るして、生きたまま獣の餌にしてくれるわぁ!!」
「ッ!」
そう叫んだ頬に薄布を貼った騎士は、ギチギチと音を立てながら己が剣と拮抗し、鍔迫り合いをしていたアルクの木刀を弾き飛ばし、即座に反撃に出た。
「《チャージスラスト》!《五連斬》!《スプラッシュスラッシュ》!!そらそらそらっ、どうしたどうしたぁ?先程までの勢いがないぞ、ガキィッ!」
目の前の騎士が突進しながら剣を突き出し、五連続の斬撃を舞うように振るい、気の斬擊を弾幕の様に撃ち放ってくる。
間隙も少なく、流れるように繰り出される戦技の連続攻撃は、まさに怒涛の猛攻とも言えるもの。これ程の攻撃を防いだり、躱したりできる人は早々いないだろう。
そしてそれは僕も例外じゃない。普段の僕であれば、おそらくこの猛攻に耐えきる事すらできずにやられてしまっていた事だろう。
けれど、今の僕には騎士が振るう剣の軌道が見えていたし、それを受け止める事ができるだけの力も得ていた。
勢いよく突き出された剣は、半身となり、右手を剣の腹に押し当てながら斜め前に出ることで躱した。ちなみに、剣の腹に片手を押し当てたのは剣の軌道を変える為ではなく、その反動を利用して自分の体を移動させる為だったりする。そっちの方が、剣の軌道を無理やり変えるよりも楽に躱せると思ったからだ。
続く五連続の斬撃は、体を回転させながら木刀で受け止め、流し、弾いた。木刀と剣がぶつかり合う度に甲高い音が鳴り響き、火花が散る。剣を振るう速度こそ速くはあったものの、そのどれもが大振りであり、タイミングよく木刀を合わせることはそう難しい事ではなかった。
最後に弾幕の様に放たれた気の斬擊は、放たれるよりも先に騎士の真横に移動することで、つまりは射線それ自体から退避することで躱した。これは以前フェルヌスさんから教わった話だが、基本的に遠距離攻撃というのはまっすぐ前にしか飛ばない。また狙いを定める関係上、意識が前方へと集中する必要がある。その為、真横や後ろは死角となるし、ある種の安全地帯となるのだと。
「くっ、この・・・!?何故だ、何故当たらない・・・!!」
自身の攻撃が防がれている事が気に入らないのか、騎士の表情は苦虫を噛み潰した様な、不愉快気な感じに歪む。
漏れる声も怒りに満ちており、その感情を反映するかのように、騎士の放つ殺気がより一層増し、振るわれる剣の速度も加速した。
それでも僕は、臆することなく騎士の攻撃を捌くことに集中し、いずれ来るであろうチャンスを伺う。
冷静に、的確に、視界だけでなく音や空気の動き、肌に突き刺さる様に感じる殺気を察知することで相手がどう動くのかを予測し、迫る刃を防ぎ、受け流し、躱していく。
「お、おのれぇぇ・・・!!ならば、これならどうだ!《ファイヤーボール》!!」
このまま剣を振り続けても埒が明かないと思ったのだろう。大きくバックステップを踏んで距離を離した騎士は、魔技を発動し、斜め下から投げる様に炎の球を飛ばして来た。
「《魔力刃》!ハァァァッ!」
それに対して僕は、木刀に備わっている特殊能力―――《魔力刃》という”魔力で構成された刃を展開する”魔技を発動。木刀の刃先に炎の様に揺らめく薄い水色掛かったエネルギーが纏われたのを確認した瞬間、両手で握り締めた木刀を上から下へと振り下ろし、騎士が放った炎の球を真っ二つに切り裂いた。
「ば、馬鹿な・・・魔法を切った、だと・・・!?」
ズパァァンッ!!という音を立てながら縦に割れた炎の球は、まるで霞のように散り散りとなって霧散し、消えていく。
それを目にした頬に薄布を貼った騎士は、驚愕の声を上げた。まさか魔法が斬られるとは思っていなかったのだろう。首筋に幾つもの冷や汗を流しながら、一瞬動きが止まった。
「そ、こだぁぁ!!《瞬連斬》!!」
「しまっ・・・!?ヌゥゥゥッ!!?」
その一瞬を狙って僕は攻勢に出た。
ダンッ、と力強く地面を踏み込むと同時に《瞬連斬》―――”高速の斬撃を相手に向けて連続で振るう”という戦技を発動。加えて、《魔力刃》を発動させたままの状態でもあったので、叩くのではなく切り裂くことを目的に、主に鎧の無い関節部分を狙って連続で木刀を振るう。
一撃目と二撃目は頬に薄布を貼った騎士が咄嗟に構えた剣によって防がれる。ほとんど反射的なものだったこともあってか、その表情はギョッとしていた。
三撃目と四撃目は体に当たりはしたが、しかしそこは丁度鎧に覆われていた部分であり、甲高い音を立てながら弾かれた。
五撃目と六撃目は左腕と右足を斬る事ができた。とはいえ、受けた傷は浅かったらしい。痛みに顔を顰めてはいたが、動かすことに支障はない感じだった。
そして、七撃目と八撃目。ここで僕の攻撃は止められた。体勢を立て直した頬に薄布を貼った騎士が、剣を振るって僕の木刀を弾いたからだ。
「何時までも、調子に乗るなぁぁ!!」
「・・・ッ!オォォォッ!!」
そこからは、一進一退の激しい攻防が繰り広げられた。時にお互いの武器をぶつけ合い、鍔迫り合いとなったり、時に攻撃を受け流し、躱して、体勢が崩れた瞬間に反撃に出たりなど。剣戟音を響かせ、幾つもの火花を散らしながら、僕達はお互いに一歩も引くことはしなかった。
何となく、引いた瞬間に負ける事になると本能的に分かっていたからだ。
「ハァァッ!《パワーブロー》!」
「グッ!?」
―――そして、何時までも続くかと思われたその戦いに終止符を打ったのは、僕が繰り出した一撃だった。
木刀ではなく拳。攻防の一瞬の隙を突いて、掻い潜るように頬に薄布を貼った騎士の懐へと潜り込んだ僕は、握り締めた右拳を彼の体に叩き込む。
その一撃は、騎士が身に纏っている鎧によって大したダメージを与えることは出来なかったが、それでもかなりの衝撃を与えることに成功し、かの騎士を怯ませた。
「《スマッシュキック》!」
「ンガッ!?」
続けて体を捻り、真上に放った《スマッシュキック》―――〝気を纏った蹴りを相手に向けて放つ〝という戦技でもって、騎士の両腕を蹴り上げる。
結果的にバンザイの体勢となった頬に薄布を貼った騎士は、両腕の痺れを感じてか顔を顰めつつ、その瞳に驚愕の色を浮かべていた。
「ここ、だぁぁぁ!!《ストライクパニッシャー》!!!」
「あ、があああぁぁぁっ!?」
そして隙だらけとなったその体に向けて、僕は《ストライクパニッシャー》―――〝強烈な突きの一撃を叩き込み、切っ先に集中させた気を爆発させる〝という戦技を放った。
それは以前、ここぞという時に叩き込むようにとフェルヌスさんから教わった、現時点の僕が放てる最高威力の技の一つだった。
「ぐぅっ、ガハッ・・・!く、そぉ・・・!」
その戦技による一撃を受けた頬に薄布を貼った騎士は、気の爆発の衝撃を受けて吹き飛ばされ、地面を転がっていく。
次第に転がる勢いが納まり、地面に倒れ伏した彼が浮かべていた表情は、悔し気に歪んだものであり、その瞳は隠しきれない動揺によって激しく揺れ動いていた。
「あのガキ、剣士じゃなかったのか・・・!拳や足技を使う剣士なんて聞いたことがないぞ・・・!?」
頬に薄布を貼った騎士は悪態を吐きながら、立ち上がろうと上半身を起こす。
その時、パラパラと鎧の外装が零れ落ちた事に彼は気付いた。
頬に薄布を貼った騎士が驚きに目を見開きながら、自身が身に着けている鎧を見ると、全体的に罅が入っており、亀裂が入っている箇所も複数あった。
あと一撃、強力な攻撃を食らおうものなら完全に破壊されてしまうだろう。その事を察した彼は、ギリリッ、と歯噛みした。
「ひ、ひぃっ・・・!?」
「うん?お前は・・・・・・」
・・・と、そこで隣から小さな悲鳴が聞こえた。
いったい誰だ?と頬に薄布を貼った騎士がそちらへと視線を向ければ、そこには顔面蒼白となって震え上がっている村長の娘の姿があった。
どうやら目の前で繰り広げられた戦いに怯えてしまい、腰を抜かしてしまっているらしい。
そんな彼女の姿を目にした彼は一瞬だけ眉間にシワを寄せたが、何かを思い付いた様にハッとすると、ニヤリと口元を吊り上げた。
「こっちに来い、お前!」
「きゃあッ!?あぐっ・・・!」
立ち上がった頬に薄布を貼った騎士は村長の娘に手を伸ばし、強引にその腕を掴むとそのまま力任せに引き寄せ、抱き抱えるようにして拘束する。
そして、その喉元に剣の刃先を添えると、頬に薄布を貼った騎士は下卑た笑みを浮かべながら言う。
「おい!この娘の命が惜しいのなら今すぐ武器を捨てろ!私の言うことに従え!!」
「は、放し、て・・・!」
「うるさい!黙っていろ、平民が!殺されたいのか!?」
「ひぅっ!?」
苦痛の声を上げながら、身じろぎして拘束から脱け出そうとする村長の娘だが、その首筋に当てられた剣に力が込められ、薄皮が切られる事で大人しくさせられる。
彼女が抵抗しなくなった事を見下ろしながら確認した頬に薄布を貼った騎士は、ニタリとした笑みを浮かべると、視線をアルクの方へと戻した。
「(貴族である私が下賤な平民風情に遅れを取ってしまったのは屈辱の極みだが・・・しかし、勝利の女神はまだ私に微笑んでいる!あのガキは青臭い正義感を掲げている奴だ。この娘を人質にすれば迂闊に手出しはしてこないだろう。その間にこの不利な状況をどうにか打開する方法を考えねば・・・!)」
今のアルクとまともに戦っても勝ち目はない。ならば、まともに戦わなければいい。
故に、頬に薄布を貼った騎士は村長の娘と言う人質を取ることで優位に立ち、そこから逆転の一手を打とうと考えた。
そして、その策は彼の思惑通りに上手く嵌っていた。
アルクは無言のまま木刀を構えているが、明らかに動揺している。表情こそ変わっていないが、その瞳はどうすればいいのだろうかと揺れていた。
「さあ、どうした、ガキ!この娘がどうなってもいいのか!?」
「くっ・・・!」
その様子を目にした頬に薄布を貼った騎士は内心でほくそ笑み、確信した。
この調子なら、彼は自分の要求を呑むであろう、と。
「・・・・・・・分かった。武器は捨てる!だから彼女をそれ以上傷つけるな!」
彼の思惑通りにアルクは木刀が手を放した。
カランカラン、と地面の上を転がる木刀。
それを目にした頬に薄布を貼った騎士は、満足そうに頷いた。
「く、くくくっ・・・!そうだ、それで良いのだ!下賤な平民が我々貴族に逆らおうとするなど、烏滸がましいにも程がある。貴様等は我々の命令に唯々諾々と従っていればいいのだ!」
勝利を確信した頬に薄布を貼った騎士は、剣の矛先をアルクへと向けると、その切っ先に魔力を集中させ始めた。
「そして、貴族に逆らった平民がどのような目に遭うのか、その身で知るといい!!〝炎よ!紅蓮の業火となりて、我が眼前の敵を焼き尽くし、その姿を消し炭へと変えよ!〝」
詠唱を始めると同時に、ボッ、と剣の切っ先に出現する小さな炎の球。それは刃を通して流れる魔力を吸収してどんどん大きく、グツグツと煮え滾る様に火力も増していき、最終的には頬に薄布を貼った騎士に迫る程の大きさとなった。
「さあ、死ねェ!《バーストフレイム》!!」
そして、頬に薄布を貼った騎士がそう叫んだ瞬間、彼の眼前に浮かんでいた巨大な火球は勢いよくアルクに向かって発射され―――
「―――させるかよ」
ザシュッ
「・・・はぇ?」
―――だがしかし、その軌道は大きく脇へと逸れた。
巨大な火球は、ゴウゴウッ、と音を立てながらアルクではなく、その横の木々に着弾したのだ。
火球の軌道が変わってしまったのを見た頬に薄布を貼った騎士は、何故?いったいどうして?と最初は疑問符を浮かべていたが、火球を発射する寸前に聞こえた鋭い音と、剣を持つ右腕の違和感からその理由を理解した。
「ぐ、ぐわあああっ!俺の腕が、腕に何かが突き刺さって・・・!?」
見れば、頬に薄布を貼った騎士の右腕を鋭く尖った黒い物体が貫通していた。
何時の間にこんな物が・・・!?と、彼は右腕に走る激痛に思わず顔を歪め、持っていた剣を取り落とす。
狼狽もしてはいたがしかし、その眼は自身の腕がこうなった原因を探るべく、キョロキョロと周囲へ向けられていた。
何故、頬に薄布を貼った騎士が頻りに周囲へと視線を向けているのかというと、その理由は自身の腕を貫いた黒い物体を放ったのがアルク以外の者であると彼は分かっていたからだ。
なにせ、ずっと集中して見ていたのだ。そのような素振りをすればすぐに分かる。
「クソッ・・・!?誰だ、誰がやりやがった・・・!?」
「うぐっ・・・!?」
頬に薄布を貼った騎士は第三の人物の襲撃を警戒して、村長の娘を拘束する左腕に更に力を加えつつ後退る。
彼としては彼女を盾にするつもりであったのだが、しかしその考えは次の瞬間に聞こえてきた声と、左腕に走った痛みによって崩れ去ってしまった。
「―――残念。お前のお探しの男は此処にいるぜ?」
「なっ・・・!ぎぃ、あっ・・・!?」
その言葉と共に何処からともなく飛来してきた鋭く尖った黒い物が、村長の娘に当たらないような軌道を通って、頬に薄布を貼った騎士の左腕を正確に貫いた。
その際に生じた衝撃によって、村長の娘は頬に薄布を貼った騎士の拘束から解き放たれたが、しかしバランスを崩して倒れそうになる。
「ひゃっ!?」
「そんでもって、この娘は頂いて行くぜ!あばよ、騎士様!」
「ま、待てっ・・・!」
だがその前に、何処からともなく現れた男―――Cランク冒険者オリバーの手によって受け止められ、抱え上げられた。
そして、彼はそのままクルリと体の向きを変えると、勢いよく走りだした。
瞬く間に遠ざかっていく背中。それを見て反射的に声を掛ける頬に薄布を貼った騎士だったが、それに対してオリバーは肩越しに振り返ると、挑発的な笑みを浮かべてみせた。
「おいおい、俺にだけ目を向けていていいのか?お前の相手はそっちの坊主だろう?」
「・・・ッ!!」
その言葉でハッと我に返った頬に薄布を貼った騎士は咄嗟に振り返る。
その視線の先では、既にアルクが地面に落としていた木刀を拾って騎士の下へと走り出したところであった。
「お、おおお、おおおおおーーーっ!!!」
村長の娘が頬に薄布を貼った騎士から離れ、オリバーによって助け出されたのを目にした瞬間、アルクはすぐに木刀を拾い上げ、駆け出していた。
ダンッ!と力強く地面を蹴り、加速して一気に距離を詰める。
そして木刀を右斜め下に構えた彼は、ある戦技を発動した。
「《雷刃剣・一ノ太刀―――断雷》ッ!!」
「―――ッ!?」
それは以前フェルヌスから教わった、現時点の彼が放てるもう一つの最高威力の技であった。
《雷神剣・一ノ太刀・断雷》とは、”雷属性に変質、変換した気を武器に纏わせ、超高速で振り抜く”という戦技だ。その威力は、アルクが少し前の戦闘時に放った《ストライクパニッシャー》にも劣らず、むしろ瞬間火力だけで言えば一段も二段も上だ。
・・・ただし、この技は発動する為にある程度の助走と距離を必要としており、その条件を満たしていない限り、そもそも発動しないという欠点があった。
だが、その条件は今し方満たされた。頬に薄布を貼った騎士が村長の娘を盾にして少しずつ後ろに下がって行ったことにより、技を発動する為に必要な距離が確保されたからだ。
「シ、ィィィ―――!」
「グフゥッ・・・!?」
「ィィィヤアアアアアアッッッ!!!」
「ぐ、お、おお、おおおおっ・・・!?!?」
バチチィッ、と激しく音を立てて帯電する木刀。それを袈裟切りに勢いよく振り上げたアルクは、思いっきり、力一杯、頬に薄布を貼った騎士の体に叩き付けた。
瞬間、ガオォンッ!!という轟音が響き渡り、同時に激しい稲妻も迸り、辺り一帯に衝撃波が広がる。
加えて、これまでの戦闘で罅が入っていたこともあってか、騎士の鎧は《雷神剣・一ノ太刀・断雷》の威力と衝撃に耐え切る事ができずに完全に砕け散った。
木刀の一撃をその身に直接受けてくの字に折れ曲がる、頬に薄布を貼った騎士の体。そしてアルクが木刀を振り抜いた瞬間、彼は悲鳴と血反吐を吐き出しながら吹き飛び、宙を舞った。
放物線の軌道を描いて吹き飛んで行く頬に薄布を貼った騎士。最終的に彼の体は、近くにそびえ立つように存在していた巨大な岩に叩き付けられた。
「ゴバァッ・・・!!?」
ズウゥンッ!と音を立ててぶつかり、めり込むように巨大な岩に嵌まる頬に薄布を貼った騎士の体。その際に、ブシャアッ、とかの騎士の全身から大量の血が吹き出し、巨大な岩を赤く染め上げる。
加えて、その時点でかの騎士の意識など、最早ありはしなかった。完全に脱力していた騎士の体は、ポタポタと滴り落ちる血と共にズルズルと滑り落ちていき、ドサリ、と地面に倒れ伏すのであった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・勝っ、た・・・なんとか、勝てた・・・・・・!」
血塗れとなって地面に崩れ落ちる騎士の身体。
それを目にした僕は荒い呼吸を繰り返しつつ、ホッと安堵の息を漏らす。
「・・・あ・・・・・・あれ・・・?」
同時に、体から漏れ出すように現れていた淡い黄金の燐光が消えた。強い疲労感が全身を襲い、力が抜けてその場にペタンと座り込んでしまう。
ポタリ、と汗が頬を伝って滴り落ち、瞼も下に降りそうになったが、それをなけなしの根性で堪えた。
正直、指の一本すら動かすのが辛い。こうして座り込んでいる体勢を維持しているのだって、半ば意地みたいなものだ。本音を言えば、もう寝転がってしまいたかった。
「凄いじゃねぇか、坊主。騎士三人相手に、たった一人で闘って勝っちまうなんてよ」
「・・・ッ!オリバーさん」
ザッ、と足音が鳴り、同時に後ろから男の声が掛けられる。
一瞬驚いて息を飲んだ僕は声が聞こえてきた方向に首を回して、声の主がオリバーさんであったことに胸を撫で下ろした。
「すぐに助けに行けなくて悪かった。ちょっと招かれざる急な来客があってな。そっちの対応に追われていたんだ」
「来客・・・?」
村長の娘さんを抱き抱えつつ、苦笑を浮かべながら申し訳ないと言いたげな様子でそう話すオリバーさんに、僕が不思議そうな表情を向けると、彼は「あっちを見ろ」と言いたげに顎先をとある方向へと向けた。
「あっち、ってなんの変哲もない森しかない・・・・・・ん?いや、何だろう、あれ?何かいる?」
その方向に視線を向けた僕は、最初は何もないと思っていたのだけれど、暗闇の中、何か違和感を感じた。
目を凝らしてジッと見つめてみると、所々で複数の人影が地面に倒れていたり、木に引っ掛かっているのが見えた。ついでに何か呻き声の様なものを上げている事にも。
何だろうと思って訝しんでいたその時、夜空に浮かぶ雲が動いて隠れていた月が顔を出した。そして月明かりが辺りを照らし出したことで、その人影の正体が明らかとなった。
それは至る所に傷を負い、ボロ雑巾の様な有様となっている真紅の全身鎧を身に纏った騎士達であった。
しかも、その数は一人や二人ではない。目算ではあるが、最低でも十人以上はいそうだった。
「え、え・・・?なぁにこれ・・・?」
「いやな。実はお前があの三人の騎士達と戦っている間に、戦闘音を聞きつけて他の騎士達もやって来ようとしていてな。そいつ等をどうにかする為に色々やってたんだわ」
数多く倒れ伏している騎士達の姿を目にして驚愕し、唖然呆然といった感じで呟いていた僕に、オリバーさんがそう答える。
詳しく話を聞くと、トラップを仕掛けたり、死角からの闇討ち不意討ち、あとはゲリラ戦術的なの(後日フェルヌスさんから教えてもらった)を行って、次々と無力化していったらしい。
話し終えた後で、「いやぁ、マジで大変だったわ。はっはっはっ!」と軽く笑ってはいたが・・・・・・いや、そんな、厄介な仕事を終えた的な軽いノリで言う事じゃないよね!?というかこの人、あれだけの数の騎士達を一人で全員倒してたっていうの!?・・・えっ、なにそれ凄い。
「大体十二、三人くらいか?それ以降、増援の気配もないし、坊主が倒した騎士三人も含めて、どうやらこの辺り一帯にいた騎士はこれで全部らしい。もう追撃の心配はしなくてもいいと思うぞ」
「あ、はい。そうなんですね・・・」
カラカラと笑うオリバーさんに、僕は引き攣り気味の苦笑を返す。
確かにこの周辺に僕達―――僕とオリバーさん、村長の娘さん以外の気配は感じない。もちろん、倒れ伏している騎士達の事は除いてだ。
オリバーさんの言う通り、これ以上の襲撃や増援はないと考えて良さそうだ。
「・・・・・・ん?」
ホッと息を吐こうとしたその時だった。視界の端で黒と赤の配色の光が夜闇を瞬いた事に気付いたのは。
光の発生源は、巨大な岩そのものであった。それから発せられる光は明滅を繰り返しながら徐々に輝きを増していき、最後に一際強く輝くと、巨大な岩の表面に幾つもの魔法陣が展開された。
「え、え・・・!?何これ・・・!?」
「魔法陣だと・・・!まさか、此処が例の魔物が封印された・・・!!」
突然の出来事に僕達はギョッと目を剥いた。
オリバーさんだけは即座に臨戦態勢に入って武器を構えたが、しかし次の瞬間展開されていた魔法陣が一斉に砕け散り、光の柱が立ち昇った。
次回の投稿は7/11を予定しております。




