第4章第10話 ~勇者を目指す少年 2~
「いや、放して!いやぁ!いやぁぁぁーーー!?」
「おい、無駄に暴れるんじゃない、平民が」
迫り来る騎士達に怯え、髪を引っ張られながらも両腕を振り回して抵抗しようとする村娘。
しかし、所詮は鍛えられていない女の細腕。騎士達の腕力に敵う筈もなく、その両手首は騎士の一人に容易く掴まれ、地面に押し付けられた。
更には地面に仰向けに倒れた村娘の体の上に別の騎士が馬乗りとなり、その口を片手で掴んで塞いだ。
「ん~っ!ん~~っ!!」
「くくくっ、さぁて、お楽しみの時間の始まりだ。・・・おい、ちゃんと押さえとけよ!」
「お、おい、いいのかよ、勝手に手を出して。お前、さっきイヴァール団長達に見咎められて、殴られたばかりじゃねぇか。舌の根も乾かない内にまた手を出したら、今度こそ殺されるぞ!?」
そう言ったのは、唯一村娘に手を出していなかった三人の騎士の内の一人だ。彼は困惑した様子を見せながら村娘を組み伏せている騎士達に声を掛ける。
だが、それに対して村娘に馬乗りとなっていた騎士は、被っていた兜を外し、下卑た笑みを浮かべながら答える。
その片頬は赤く腫れており、その上に一枚の薄布が貼られていた。
「はっ、問題ない。あの時は場所とタイミングが悪かったからだ。だけど、今は違う。捕えていた村人達は全員逃げ出した。私達がこうして探してはいるが、正直この碌に先が見えない暗い森の中を見つけるのは困難だ。良くて精々二、三人くらいしか見つけられないだろうよ。なら一人くらい、いなくなったとしても誰も気付けやしないさ」
その騎士は野営地にて攫ってきた村娘に手を出そうとしてイヴァールとバルディオスに見つかり、殴り飛ばされた騎士であった。
彼が村娘を見つけたのは偶然だった。暗闇の中で松明を持たずに、錯乱した様に走っているのを見て不振に思い、追い掛けてみようと思ったからだ。
そして、いざ捕まえてみれば、それは野営地にて自分が手を出そうとしていた村娘であった。
彼は内心でこの再会を、半ば運命的なものとして感じていた。
「これは是非とも、この娘を手籠めにしろという神の思し召しかもしれないな」と思った騎士は、村娘の胸元に手を伸ばすと、服を掴み、そのままビリリッ、と音を立てて一気に引き裂いた。
「やめろぉ!それ以上、その人に手を出すなぁ!!」
「あん?ガッ・・・!?」
「なんだ!?」
「子供!?」
そして、露わとなった服の下の肌を目にした騎士はその笑みを更に深め、そこへ向けて手を伸ばそうとした時―――突然、側頭部に強い衝撃を受けた。
「~~~ッ!このガキ、よくもっ・・・!?」
「・・・ッ!」
受けた衝撃によって一瞬体を仰け反らせた騎士だったが、しかし受けたダメージはそれほどではなかった。
すぐに体勢を立て直し、振り向いた騎士の視線の先には、十歳くらいの見た目の少年が木刀を振り抜いた体勢でそこにいた。
「オラァッ!!」
「ぐっ・・・!?りゃあっ!!」
「うおっ・・・!?」
腰に差していた鞘から剣を抜き、少年に向けて振るう騎士。
ブゥンッ、という音と共に迫り来るその刃を、少年はギリギリで回避する。そして、擦れ違い様に木刀を振るい、カウンターの一撃を叩き込んで来ようとするがしかし、それを騎士は村娘の体の上から飛び退き、転がることで紙一重で躱す。
「コイツッ・・・!気を付けろ、このガキ、意外と動きが速いぞ!」
「俺に任せろ!ゼリャァァァッ!!」
「あぐぅっ!?」
起き上がり、他の二人の仲間に警戒を促す騎士だったが、それよりも早く動いたのは少年の方だった。
素早く地面を蹴り、村娘の腕を押さえている騎士に肉迫すると、持っていた木刀を勢いのままに振るおうとする。
だがその一撃を、村娘を組み伏せるのに参加していなかった騎士が手に持っていた槍でもって受け止め、弾いた。
そのまま流れる様に少年に反撃しようとするがしかし、その前に少年は地面を蹴って後ろに跳び、攻撃範囲から逃れていた。
「この子供、もしや逃げた村人達の中にいた奴か?逃げていた途中でこの娘が逸れたことに気付いて探しにきたとか・・・そういうことか?」
地面に着地した後に木刀を構え直す少年。
それを目にした騎士達はそれぞれの武器を手に持ち、構えを取る。
少年の次の動きを警戒し、注視する様は、なるほど確かに騎士と呼ぶに相応しい技量がある事を思わせる。
その最中に、三人の騎士達の内の一人―――他二人に比べて体格が良く、片手に手斧を持った騎士が、もしかしてという風に呟く。
「いや、村人共の中にこのガキはいなかった。先程軽く戦った感じからして戦闘能力も高そうだ。ということは・・・はっ、そうかお前、私達の野営地を襲った奴等の一人だな。まさかガキもいるとはな」
だがそれを、頬に薄布を貼った騎士が否定する。
彼は野営地にて村娘に手を出そうとした際に他の村人達の顔も確認していた。故に、その中に目の前の少年はいなかったという確信があった。
「なら、この子供を尋問して、逃げた村人達が何処にいるのかを聞き出せば・・・」
「いや、おそらく無駄だろう。おそらく他の村人共は既に森を抜けている頃じゃないか?なあ?」
「・・・・・・」
薄ら笑いを浮かべながら頬に薄布を貼った騎士がそう問い掛けるも、少年は何も答えない。
だが、それが答えなのだろう。そう判断した頬に薄布を貼った騎士は少年の顔を指差す。
「あの顔を見ろ。無鉄砲で正義感の塊のような面をしている。おそらく、何らかの理由で一人逸れたこの娘を探していたが、私達に捕まっているところを見つけて助けようと飛び出してきた、というところだろう。まったく、青臭い正義感を振りかざして、まるで何処ぞの絵物語の英雄の様なことをするじゃあないか。―――だが、その無駄な正義感がお前の寿命を縮める事になる」
チャキリッ、と騎士は少年に向けて剣先を向ける。
「さあ、その愚かな行為の対価を、お前の命で払ってもらうぞ、ガキィ!!」
頬に薄布を貼った騎士はそう叫ぶと、鋭い踏み込みで前へと進むと同時にその手に持つ剣を振り上げ、そして次の瞬間にはそれを少年に向けて勢いよく振り下ろした。
「そらそらそらそらぁっ!!どうしたどうしたぁ!貴様の実力はその程度か、ガキィッ!!」
「ぐうぅっっ・・・!?」
連続で振るわれる騎士の剣を、僕は自身が持つ木刀で防ぎ、受け流していく。
三人の騎士達の実力は他の例に漏れず高いものであったが、しかしその中でも頭一つ分飛び抜けて高いのは、目の前で切り結んでいる騎士であった。
頬に薄布を貼っている騎士の一撃一撃はそう速いものではなく、十分に見切れる程度のものだが、しかし”重さ”という点においては、他二人の追随を許さない。一撃を受けるごとに、とても剣戟で出るとは思えない、ドゴンッ、という重低音が辺りに響く。
当然、その衝撃は凄まじいものがあり、まともに木刀で防いだ時には自身の両腕が痺れ、しばらくの間は思うように動かせなくなる程だ。故に、その騎士の攻撃だけはまともに防ぐ事はせずに受け流す事に注力していた。
「隙あり!」
「恨むなら愚かな自分を恨めよ、少年!」
「ッ・・・!はぁっ!だりゃあっ!」
意外だったのは、騎士達の連携が思っていた以上に上手かったことだ。
偉そうにしている頬に薄布を貼った騎士が、他二人の騎士達に命令を下しながら戦うのかと思っていたら、予想に反して彼等は話し合う事すらせず、まるで長年連れ添った間柄のようにお互いがお互いにどう動くのかを理解し、フォローし合いながら攻撃を繰り出してきていた。
「おっと・・・!なるほどな、アイツが言っていた通り、幼い見た目の割りに随分と強い。・・・なら、これは対処できるか?《オーバーライザー》!《スネークスラッシュ》!」
「ぐっ・・・!?」
今のだってそうだ。槍を持った騎士が自身の武器に|纏わせた魔力を刃の形へと変形させ、伸ばし、まるで鞭のように振り回して僕の動ける範囲を狭め、限定させる。
「こいつも食らっておけ。《岩衝撃》!」
「があっ・・・!?」
続いて、僕が立ち止まった瞬間を狙って、体格の良い騎士が地面に手斧の刃先を滑らせる様に這わせ、次の瞬間、斜め上に斬り上げると同時に大量の小石や砂やらを巻き上げ、僕に浴びせ掛けるように放ってきた。
「切り刻まれろ!《スプラッシュスラッシュ》!」
「ッッッ!?」
全身に小さな裂傷を刻まれながら吹き飛んでいく僕の体。
そこへ、更なる追撃とばかりに頬に薄布を貼った騎士が剣を振るい、進むにつれて分裂し、雨霰のような弾幕と化す気の斬擊を放ってきた。
回避と防御に専念する事で致命傷を避け、またある程度ダメージを抑えることもできていたが、しかしそれでも、僕の体は血に染まっていない所など無いというくらいに無数の傷を負う事となった。
「くっ・・・!だりゃあああーっ!!」
「はっ!下賤な平民にしてはいい太刀筋を見せるじゃないか!だがなぁ!!」
「あぐ、あぁあああーーーっ!?」
阿吽の呼吸の如く息の合ったその動きに、僕は嫌になるくらい翻弄されていた。
連携攻撃の最中に見つけた一瞬の隙を狙い、カウンターの一撃を叩き込もうとするも、それはあっさりと避けられてしまい、逆に強力な回転切りの一撃を食らってしまう。
その一撃を、木刀を前に出す事でなんとか防ぐ事に成功するが、しかし衝撃まではどうすることもできず、そのまま僕の体は勢いよく吹き飛ばされてしまった。
「ハァァァッ!」
「シィィッ!!」
「お、おおおぉぉぉっ!」
吹き飛ぶ僕を追い掛けて二人の騎士が迫る。
ギュンッ、と凄まじい勢いで接近してきた騎士達は、走りながらそれぞれが手に持つ武器を構えると、左右から挟み込むようにして振るってきた。
迫り来る二つの刃。その動きを目で追い、軌道を読んだ僕は、地面を蹴り、騎士達の武器を足場に跳ぶなどして、吹き飛ぶ軌道を変えつつ回避する。
「ッ、やぁぁぁあああーーーっ!!」
「うおっ・・・!?」
「あの状態から持ち直したのか!?―――だが、その程度ではなぁっ!」
吹き飛ぶ勢いが弱まった際に、ズザザザザッ、と地面の上を滑りながら着地した僕は、迫り来る三人の騎士達に向き直ると地面を強く蹴って駆け出し、反撃の連続攻撃を叩き込もうとするべく木刀を構える。
「遅い!弱い!ヌルい!無駄な足掻きをするんじゃない、この平民がぁぁぁっ!」
「ッ!なっ・・・!?」
―――だが僕の攻撃は、彼等の中で一番先頭にいた頬に薄布を貼った騎士によって止められてしまった。
騎士は左の手甲で僕の一撃を受け止めると、そのまま振り払うようにして弾いた。
その勢いは強く、また体が小さいがために体重が軽かったこともあり、弾かれた際に僕の体は体勢が崩れ、宙を舞ってしまう。
それを好機と見た頬に薄布を貼った騎士が、剣による強烈な刺突の一撃を繰り出してきた。
「死ねぇぇぇっ!!《チャージスラスト》!!」
ドッゴンッ!
「あ、ぐぅぅぅっ・・・!」
「なにっ・・・!?」
そしてその一撃は、僕の腹部を的確に突き―――刺さる事なく、重い激突音を響かせながら僕の体を勢いよく吹き飛ばした。
「がはっ・・・!」
「(せ、成功した・・・!フェルヌスさんに教わった防御系の戦技を、当たる直前で何とか発動できた・・・!)」
ゴロゴロと地面の上を転がり、脇腹の痛みに悶えつつ、口から少なくない血を吐き出しながらも、僕は心の中で安堵していた。
《集気硬法》。それが、僕がフェルヌスさんから教わった技の名前であった。
その内容は比較的シンプルで、”体の何処か一点に気を集中させ、その部分の肉体の頑強性を瞬間的に上昇させる”というもの。
極めれば、斬撃、打撃、刺突といった物理攻撃の悉くを、完全に防ぐ事ができるようになるらしく、フェルヌスさんの話では、彼女の知り合いの中には剣やら槍やらハンマーやらを生身で弾き返した人もいたらしい。・・・まあ、それは流石に冗談だと思うけど。
また、使い方次第では攻撃にも転用できるらしく、主に徒手空拳で闘う人とかが拳を硬化させて相手をぶん殴る、という風に使われることが多いらしい。
「(この技、実は扱いがそれなりに難しい技でもあるんだよね。攻撃されるタイミングに合わせてうまく発動できて本当に良かったよ)」
そんな色々な用途に応用できそうな便利そうな技にも唯一にして最大の欠点が存在していた。
それは効果時間が極短時間だけと短すぎる事だ。極めた人であっても持続時間は最大で十秒が限界。フェルヌスさんも使えるそうだが、彼女でも四秒までが限界だと言っていた。
彼女よりも錬度が劣る僕が扱おうものなら言わずもがな。出来て一秒未満が精々。だからこそ、使えるタイミングはかなり限られており、咄嗟の判断力が要求される状況下のみに限定されていた。
「(ぐっ・・・!でも、攻撃を完全に防ぐのは流石に無理だったみたいだ。この感じ・・・多分これ、肋骨に罅が入ってる・・・ッ!?)」
騎士の放った刺突攻撃は相当に強力な一撃だったらしい。おそらく、少しでも《集気硬法》の発動タイミングがズレていれば、そのまま貫かれて死んでいた可能性が高かっただろう。それを理解した僕は、激痛も相まって多量の冷や汗を流す。
「ちっ、手品のタネは分からんが、よくぞ私の攻撃を防いだものだ。褒めてやろうではないか、平民。おめでとう。お前はそこ等の愚民では成し遂げられない快挙を成し遂げた」
体を起こし、脇腹を押さえながら膝立ちの体勢となった僕に、パチパチパチ、と頬に薄布を貼った騎士が手を叩く。
だがその表情は、眼は、明らかにこちらを蔑んでいた。
「・・・・・・だが、それもここまでだ。お前の命は・・・いや、お前だけではない。お前も含めた村人共全員の命はここで終わる。お前達の努力など、足掻きなど、なんの意味もなさない。ただの無駄でしかない」
「ッ・・・無駄、だって?聞き捨てならないな、それは・・・!」
目の前に立つ騎士に、自分達のした事が―――掴まっていた村人達を助けた事が無駄だと言われた僕は、ギリッ、と歯を食い縛り、立ち上がった。
「ほう?まだやる気か、平民。いい加減諦めたらどうだ?その傷では、もう立つことすらキツイ筈だろう?」
「こと、わる・・・!僕は絶対に諦めない、屈しない・・・!絶対に皆を助ける、守ってみせる・・・!勇者に、英雄に憧れ、それに成ろうと目指した一人の人間としてっ・・・!!絶対に諦めて堪るもんかぁっ!!!」
騎士達を睨みつけ、口端から零れ出る血を滴らせながら叫ぶ。
地面の上を転がった際に落としてしまった木刀を拾い上げ、未だ戦う意思は衰えていないことを示すように構える。
脇腹に走る鋭い痛みで意識と集中力が途切れてしまいそうになるが、気合と根性でそれを保ち、なんとか持ち堪える。
そんな僕の様子を目にした頬に薄布を貼った騎士は、フンッと鼻を鳴らすと剣を握り直し、ヒュンッと剣の切っ先をこちらに向けた。
「平民風情が、そこまでの啖呵を私達相手に切るとは、本当に良い度胸だ。ならば教えてやろう。私達がどうしてお前達の行いが無駄だと言うのか、その理由をなぁ!」
所変わって、騎士ラディッシュとクーリィ達冒険者見習いが残った村。
その村では今、周辺を取り囲んでいた『紅の鷹騎士団』の騎士達による襲撃が行われていた。
「目につく物は打ち壊せ!焼き払え!我が身可愛さに身を隠した村人共を引きずり出し、皆殺しにせよ!その肉の一欠片、血の一滴に至るまで我等が主に捧げ、かの御方が抱く大望を成就する為の礎とするのだ!」
「オオオオーーーッ!ウオオオオーーーッ!!」
「オラァッ!もう一丁!オンドリァーッ!!」
「ヒヒヒッ!燃えろ!燃えろ燃えろ燃えろぉっ!早く出て来いよ平民共!出て来なければ焼け死ぬぞぉーっ!まあ、出て来たとしても俺達が殺してやるんだがなぁっ!」
「フンッ!・・・チッ、また空振りか、誰も居やしない。・・・おい、そっちには誰かいたか!」
「いや、ダメだ。こっちにも居ない。タンスや水瓶の中に隠れているかもと思ってそちらも探してみたが、影も形も見当たらない。おそらく何処かに集まって隠れているんだろうが、この村でそれが出来そうな場所となると・・・・・・」
怒声と罵声を交えながら、一度目の襲撃の際に燃え落ちずに残っていた村の家々を打ち壊して中に押し入ったり、火を放っていく騎士達。その中には、家屋の中に未だ残っていた金品を略奪する者達もいた。
その光景を、村の中に唯一存在していた教会の二階の木窓の隙間からこっそりと覗いていたクーリィは、冷や汗を流しながら引いていた。
「うわぁ・・・あの人達、かなり好き勝手にやってるよ。普通、あそこまで徹底的に壊すかなぁ。・・・というかさあ、聞いていた話と違うんだけど。確か、私達を封印から解いた魔物の撒き餌として使うつもりだから、村から逃げない限りはあの人達は手を出してこないって、ラディッシュさん達そう言ってたよね?ねぇ、どういう事なの、ラディッシュさん?」
「う、うぅん、その筈だったんだけど・・・」
目の前で行われている暴虐の数々に、思わずといった風に呆れたような呟きを口から零すクーリィ。
そのままツイッ、と隣で一緒に外の様子を見ている騎士ラディッシュに視線を向ければ、彼もまた当てが外れたと言いたげな、困ったような表情を浮かべていた。
「もしかして、封印から解いた魔物を誘導するだけなら別に生きていなくてもいいとか、そういう理由で襲い掛かって来たとか?」
「いやぁ、それはどうだろう。一族が保管している文献で見たことがあるんだけど、過去にも今の状況と似たような事をやった人達はいたんだ。で、その時に封印から解かれた魔物が、死体で溢れた町と、そこから逃げ出す人達、どちらを優先して向かったのかと言うと、後者だったそうなんだよ」
「だから『紅の鷹騎士団』の連中がわざわざまた襲ってくるなんて思ってもみなかったんだ」と言うラディッシュ。
しかも騎士達の動きを見た感じ、あれは完全に村人達を皆殺しにしようとしているようだと察した彼は、困惑した様子を見せていた。
そんな彼の様子を見たクーリィは、ふと思いついた事をポツリと呟いた
「・・・ねぇ、アイツ等がそれを知らないってことは考えなかったの?」
「・・・・・・・・・あっ」
言われて、ハッと気付いたように目を見開くラディッシュ。
どうやらその可能性を完全に失念していたらしい。
やっべぇ、という感じの表情を浮かべる彼にジト目を向けたクーリィは、ハァ・・・と溜め息を吐いた後に教会内部へと視線を向ける。
そこには、攫われずに残っていた村人達が身を寄せ合いながら震えており、中には涙を流しながら神に祈りを捧げている者もいた。
「まあ、怪我人の治療と身を隠す為に残っていた村人達を全員教会に集めていたおかげで、助かったけどさぁ・・・でも、この状況どうするの?正直、私達だけじゃあの人達に勝てる気しないんだけど」
不幸中の幸いだがしかし、という風に呟くクーリィに、ラディッシュはポリポリと頬を掻きつつ困ったような笑みを浮かべた。
「う~ん、そうだねぇ。一応オイラの考えとしては、交易都市から援軍が来ることになっているから、それが到着するまで待った方がいいと思ってたんだけど、でもそれは、連中が襲ってこないことを前提としていたからね。正直、このままじゃあ間に合わないかもしれない。それに、オイラ達が此処に隠れていることに連中が気付くのも時間の問題だろうし・・・と、ほら。言ってるそばから」
ラディッシュが、木窓から外を指差す。
その先には、打ち壊され、今にも燃え落ちようとしている家屋と家屋の間で向かい合い、話し合っている騎士達の姿があった。
「ちっ、村人共が一人も見当たらねぇ。村の外には出ていない筈だが、いったい何処に隠れやがったんだ」
「おい、あそこを見ろ。教会があるぞ。もしかしたら、あそこにいるんじゃないのか?」
「むっ?・・・・・・ふむ」
教会へと視線を向ける騎士達。
その様子を目にしたクーリィは、げっ!?と言わんばかりの表情を浮かべた。
「ちょ、こっちに気付いたよ!絶対来るよあれ!どうするの、ラディッシュさん!?」
「大丈夫、大丈夫。そんな慌てなくても問題ないよ、クーリィちゃん。いくら連中でも教会に手を出すなんて事、早々するわけがない。そんな事をしたら、教会から敵認定されて制裁を受ける事になるからね」
口に手を当てて焦る様子を見せるクーリィを宥めるようにラディッシュが声を掛ける。
教会―――『エクセシリア教』はこの大陸では広く知られた宗教組織であり、その活動のほとんどは生活に根差したものが多い。主に知られているのは怪我人や病気の治療、教育などであり、その恩恵を『ヴァーグレー大陸』に存在する約七割の国が受けている。
だからというべきか、教会を攻撃するという事は『エクセシリア教』と敵対するということ。つまりは、それを信仰している大陸に住んでいる者達の大半を敵に回すことと同義なのだ。
『エクセシリア教』の教義上破門されるという事はないと思われるが、しかし少なくとも、教会が担ってきた恩恵を受けることは今後しばらくの間は出来なくなるだろう。
だからこそラディッシュは、『紅の鷹騎士団』の騎士達が教会までをも破壊しようとしてくるとは思っていなかった。
「教会か・・・村人が身を隠すにはうってつけの場所だな。・・・よし。総員、射撃準備用意!魔法を撃てる者も横一列となって構えろ!」
「準備完了!何時でも撃てます、隊長!」
「よぅし、放てぇぇっ!!」
「了解!《クラッシュストライク》!」
「《パワーアロー》!」
「《トライデントスロー》!」
「《ファイアーボール》!」
「《アイスランス》!」
「《ウインドカッター》!」
「ねぇちょっと撃ってきたんだけど!?」
「あんれぇ~・・・?」
だがしかし、その考えとは裏腹に教会の正面に横一列に並んだ彼等は一切の躊躇なく教会に向けて次々に攻撃を放ってきた。
号令が下されるとほぼ同時に飛んで来る矢玉や投げ槍、魔法攻撃は、そのどれもが破壊力と貫通力に優れたモノであり、一般的な建材で作られている教会の壁など容易く砕き、貫くことだろう。
それを察したクーリィは、このままではヤバいと感じて慌てふためくがしかし、その一方でラディッシュだけは首を傾げつつも何故か落ち着いた様子を見せていた。
「―――《アースウォール》!」
両手を地面に着け、技名を叫ぶラディッシュ。
その瞬間、教会の周囲を囲む様に地面から巨大な土壁が迫り上がる様に出現した。
厚さ二十~三十cmはありそうなその土壁は、堅く、頑強で、次々に飛んで来る騎士達の攻撃の悉くを受け止め、弾き返した。
「ふぅ~・・・いやぁ、焦った焦った。まさか教会まで壊そうとしてくるとか・・・・・・もしかして連中、自分達の行ったことを、全部封印を解いた魔物の仕業にするつもりか?」
片手を地面に着けながら、もう片方の腕で額に滲む汗を拭うラディッシュ。
その隣にいたクーリィはというと、突然目の前に現れた巨大な土壁を見て驚きのあまり、あんぐりと大きく口を開けていた。
「な、なんだこれは・・・土で出来た壁?」
「これは・・・《アースウォール》!土属性の魔法で作られる防御壁です!」
「なに・・・?魔法だと?ではまさか、あの教会の中には魔法使いがいるということか!?」
「はい。しかも、建物一つを囲める程ともなれば、おそらくその者の実力は相当なものの筈。油断はできません!」
一方、ラディッシュが発動させた《アースウォール》によって攻撃を防がれた騎士達はというと、突然目の前に巨大な土壁が現れるという予想外の事態に兜の下で困惑した表情を浮かべていた。
《アースウォール》とは、名前の通り”目の前、または周囲の地面から土の壁を作り出す”という魔技だ。その強度は術者の力量によって変動し、高位の魔法使いともなれば鋼鉄並みの硬さにまでなったりする。また、熟練の者になればその形を好きなように変える事が出来るようになる技でもある。
その事を理解していた一部の騎士達は、「面倒な・・・」と言いたげな様子を見せた。
「だとしても、奴等を見逃す理由にはならん!我々の行いを目にした目撃者を残しておけば、後々我々と、我等の主にとって不穏の芽となるだろう。・・・故に!攻撃は続行する!!総員構え―――放てぇぇぇっ!!!」
だがそれも束の間、すぐに冷静さを取り戻した彼等は、再びの号令と共に一斉に攻撃を再開した。
ドドドドドドドドッ!!と轟音を響かせながら次々と土壁に着弾する騎士達の攻撃は―――しかし、そう易々とその分厚い壁を突破することはできない。
一部が欠けたり、吹き飛んだりする様子は見せているものの、しかしそのダメージは土壁の表面が、ズモモモモッと動き、補修することで元通りとなるからだ。
それを目にした騎士達は、まるで自動修復する強固な城壁を前にしているかのような感覚を覚え、その内の誰かが、「これじゃあまるでイタチごっこだ」と呟いた。
「凄い!凄いよ、ラディッシュさん!こんな事ができるなんて凄い!よぉーし、ここから反撃開始だぁー!!」
「・・・・・・」
目の前に現れた土壁―――ラディッシュの《アースウォール》が騎士達の攻撃を悉く防いでいるのを目にしたクーリィは、興奮した様子を見せる。
だがしかし、そんな彼女とは反対にラディッシュは何か考え込む様に悩ましげな表情を浮かべていた。
それに気付いたクーリィは、あれ?と首を傾げつつ彼に問い掛けた。
「どうしたの、ラディッシュさん?なんでそんな難しそうな顔をしているの?」
「いやぁ、それがさぁ・・・連中の攻撃が激し過ぎて、今オイラ、反撃の為のリソースを割くことができない状態なんだよねぇ・・・」
「り、りそーす・・・?えっと、つまり・・・どういうこと?」
「つまり・・・―――反撃したくてもできないんだよね、今」
「・・・は?・・・はあああぁぁぁっ!?」
次回の投稿は6/27を予定しております。




