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【改訂版】カオスゲート・サーガ ~大魔王と勇者の冒険譚~  作者: Kudo
第4章 ~迫り来る愚かなる者達~
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第4章第7話 ~大魔王とライファ辺境伯 後編~



 私達がソファに揃って座った瞬間、まるでタイミングを見計らっていたように、数人のメイドが「失礼致します」と入ってきた。

 おそらく、此処に来るまでにライファ辺境伯が用意するように命じていたのだろう。彼とモールテスの分のお茶、私のお茶のお代わり、それから新しいお茶菓子を、彼女達はテーブルの上に並べていく。

 そして一通りの作業が終わると、彼女達は一礼して部屋から出ていった。


「・・・・・・さて、私はまどろっこしいのが嫌いなので、前置きを省いて本題に入ろうと思う」


 カップを口に運んで一度喉を潤した後、最初に口を開いたのはライファ辺境伯であった。

 彼はカップをソーサーの上に置きながら真剣な表情を浮かべると、今回私を呼び出した理由を話し始めた。


「まずはフェルヌス殿をここに呼んだ理由についてだが、君が以前モールテスに頼んでいた例の―――エプーアの町の冒険者ギルドの内部調査の件について一通りの調査結果が出たので、それを教える為だ。・・・ちなみに、私が同席しているのは、今回の件にアルゴノブル王国(ウチの国)の貴族が関わっていると、モールテスから報告を受けたからでもある」


 そこまで言ったライファ辺境伯は、視線をモールテスへと向ける。


「詳しい話は・・・実を言うと、この件については私もまだ報告を聞いていなくてな。なので、調査を行い、情報を纏めていたモールテスに、今から説明してもらおうと思う。・・・では頼んだぞ、モールテス」


「はい。それではご説明させていただきます」


 モールテスは姿勢を正すと、静かに、淡々と説明を始めた。


「私がエプーアの町の冒険者ギルドへ素行及び内部調査の為の調査員を派遣したところ、数多くの不正や汚職があったことが確認されました。・・・主に行っていたのは、ギルドを運営する上で必要な重要書類の改ざんを始め、一つの依頼の報酬額が最低金額を下回っている事や、冒険者見習いの少年少女達に危険な依頼を受けさせて、その成功報酬の大半を奪い取る等といったものでしたが・・・・・・驚くべきことに、ギルドに所属していた者達―――ギルド職員、冒険者を含めた八割以上がそれに関わり、加担していたようなのです」


「八割以上だと・・・!それはもう、ほぼ全てではないか!?」


「はい。しかも、残りの二割も無関係というわけではなく、間接的に関わっていたようでして・・・・・・そちらは主にエプーアの町に存在する複数の商会との裏取引に関係するものであったそうです。そして、その裏取引なのですが、どうやら奴隷売買をしていることを見逃す見返りとして金銭を受け取る、といったことをしていたようなのです」


「む・・・?待て、どうして奴隷売買を見逃すことが裏取引となるのだ?あれはきちんとした資格と許可証さえあれば別に問題ないものの筈だろう?」


 どういう事だ?とライファ辺境伯が首を傾げた。

 どうして彼がそんな反応をしたのかと言うと、実はこの『アンリミト』という世界では、奴隷制度自体は違法だったり、裏稼業的なものではなかったりするからだ。

 奴隷の売買に関しては基本的に何処の国でも国営事業の一つとして行われており、奴隷商人という職業も、扱いとしては国家公務員的な立場となっている。

 ちなみに、 この世界の奴隷にはそれぞれ階級が存在しており、扱いが上の順から『契約奴隷』、『派遣奴隷』、『借金奴隷』、『犯罪奴隷』がある。

 『契約奴隷』とは、特殊な立場や境遇の者がなるもので、本人の意思か、もしくは奴隷商人が相応しい主だと判断した場合にのみ売買を行えるという、ある種特別な階級の奴隷だ。

 この階級に属している奴隷は、元王族や貴族であったり、何かしらの特殊な役職に就いていた者が大半であったりする。

 『派遣奴隷』とは、村などからの出稼ぎや働き先が無い者等が自身を身売りしてなるもので、この世界では一般的な階級の奴隷だ。

 あらゆる人物や店などに紹介され、派遣されて一定期間働かせるという、言うなれば仕事の斡旋に近い扱われ方をされており、本人の適正などが合えばそのまま奴隷を辞めることも出来たりする。

 『借金奴隷』とは、多額の借金をした者が返済出来なくなった場合になる階級の奴隷だ。扱いとしては派遣奴隷に近いが、しかしこちらの場合は、借金が完済されるまで自分の意思で奴隷を辞める事が出来ないという違いがある。

 なお、雇い主が借金額を支払う事でも完済されたことに出来るが、そんなことが行われるのは極稀の事案であったりする。

 『犯罪奴隷』とは、文字通り犯罪行為を行った者がなる階級の奴隷だ。軽犯罪者であれば罰金を支払うまで借金奴隷と同じ立場になるが、重犯罪者の場合は死ぬまで奴隷を辞めることが出来ない。

 また、重犯罪で奴隷となった者はその証明として、特殊な材料で作られた焼印を背中に押し当てられる。

 焼印には契約魔法の魔法陣が組み込まれており、主人の命令に逆らった場合に何らかの罰を与える呪いの効果を持ち、罰の内容は主人が決めることが出来たりする。

 これらの階級別に分けられた奴隷たちを、奴隷商人は適切に取り扱うことが義務付けられている。〝犯罪奴隷以上の階級の奴隷には最低限の生活の保障をしなければならない〝というのもその一つだ。

 なので、ライファ辺境伯には、どうしてエプーアの町の商会が奴隷売買をしていることを見逃してもらうために裏取引なんてことをしているのかが、全く分からなかったようなのだ。

 ・・・しかし、それはモールテスの次の言葉を聞くまでだった。


「ええ、そうですね。確かに、それ等二つがあれば奴隷売買をしても問題はありません。―――ですか、それ等二つを持たない非合法のものであれば、話は変わります」


「非合法の奴隷売買だと・・・!?では、まさか・・・!」


「はい。あの町の商会が売っていたのは『違法奴隷』です」


 『違法奴隷』とは、読んで字の如く法律によって売買が禁止されている奴隷のことである。主に、奴隷商人の資格を持っていない者が売買を行ったり、奴隷の階級を偽って売買した場合などに該当するのだが・・・中には、普通に暮らしていたところを攫われて、強制的に犯罪奴隷とされて売られてしまうといった事案もあったりする。


「どうやら、先程お話した冒険者見習いの少年少女達を、依頼を失敗し続けたことに対する責任を取らせるという理由で奴隷に、しかも重犯罪を犯した犯罪奴隷という名目で売っていたらしいのです。・・・派遣された調査員が、彼等彼女等の売られていった足取りを追ったそうですが、魔物に対しての囮に使われたり、とある研究機関に実験材料とされるなどの扱いを受けていたようです」


 そしてモールテスが語ったのは、少年少女達が四つの奴隷階級の内の最底辺である犯罪奴隷に強制的にさせられて売られてしまった、というものだった。

 その売られた先も最悪であり、「おそらくですが、彼等彼女等の生存は絶望的と言ってもいいでしょう」と話すモールテスに、ライファ辺境伯は愕然とした表情を浮かべていた。


「つ、つまり、エプーアの町の冒険者ギルドは、あろう事か商会と結託して罪のない子供達を売り飛ばしていたというのか!?」


「ええ、そのとおりです。なにより嘆かわしいのは、一番それを率先して行っていたのが、エプーアの町のギルドマスターであったという事です。同じくギルドを運営する立場の者としては、お恥ずかしい限りですよ、本当に」


 片手で頭を押さえるモールテス。その様はまるで、頭が痛いと言っているかのようであった。


「なんということだ・・・ッ!そうだ、『査問会』!犯罪行為を行っているというのなら、冒険者ギルドの査問会で裁ける筈だ!」


 と、そこでライファ辺境伯はハッとした顔になった。

 彼の言う『査問会』とは、犯罪行為やそうと疑わしき相手に対して取り調べを行い、懲罰などを与える事ができる、冒険者ギルドという組織に存在する機関の事だ。

 あそこなら、と声を上げたライファ辺境伯であったが、しかしそこでモールテスが首を横に振った。


「その事なのですが、残念ながら査問会が動く事は現状では難しいと言わざるを得ません」


「・・・?どういう事だ、ギルドマスター。もう既に犯罪行為が行われていることは判明しているんだろう?なのに、何故査問会が動けないんだ?」


 不思議そうに私が尋ねると、モールテスは顔を顰めながら答えた。


「どうやら、とある貴族がエプーアのギルドマスターの後ろ盾になっているようでして、その貴族の権力と財力による圧力によって、査問会はエプーアの町の冒険者ギルドに懲罰を与えるどころか、そもそも調査を行うことすら出来ない状態となっているようなのですよ」


「何?それは本当か?エプーアの町を含めた一帯を治めていたのは、確かバスクード伯爵だった筈・・・まさか、あの者が・・・?」


「それと、これは調査員からの報告なのですが、どうも査問会内部にその貴族の手の者と思われる者が入り込んでもいるようでして、末端はともかく、頭は既にその貴族の傀儡となっていると言っても過言ではないでしょう。実際、先程から話に出ていた調査員が査問会に調査の要請をしに行ったそうなのですが、その際に査問会に所属する者に命を狙われたそうなので」


「命を狙われたって、その調査員は大丈夫だったのか?襲われたんだろう?」


「ああ、ご心配なく。派遣した調査員はウチのギルドの中でも腕の立つ者でしてね。怪我を負うことなく無事に帰ってきましたよ」


 私は思わず気になって、襲われた調査員は無事なのかと尋ねると、モールテスは何でもないように軽く肩を竦めてみせた。

 ・・・まぁ、本人が問題ないと言うのであれば、私からはこれ以上言うつもりはない。飄々とした様子を見るに本当に問題無さそうだし。

 「そうなのか」と返した私は、その後でチラリと横目でライファ辺境伯の方を見た。

 彼は額に手を当てつつ考え事をしながら、ブツブツと呟いている様子だった。


「・・・・・・なぁ、ライファ辺境伯。冒険者ギルドを査問会で裁けないのなら、バスクード伯爵を法で裁くのはどうだ?犯罪に加担・・・いや、圧力を掛けているということからして、おそらくソイツが主導している立場なんじゃないのか?だったら・・・・・・」


 ライファ辺境伯に声を掛け、そう尋ねた私だったが、しかしその返答は難しいというものだった。


「・・・む?・・・いや、難しいな。相手は貴族位がそれなりに高い伯爵だ。しっかりとした証拠を揃えない限り、誰かに罪を擦り付けて尻尾切りしてしまうのがオチだろう。特に厄介なのはバスクード伯爵に従う貴族達だ。彼らの中には各方面に顔が効く者達が多数存在していてな。彼等が存在している限り、バスクード伯爵を国法で裁くなんてことは不可能だ。それどころか、逆にこちらが国家への反逆者として処罰されかねない」


 ライファ辺境伯はそう言うと、盛大に顔を顰めて深い溜め息を吐き出した。

 権力というものは、時に法律よりも強い力を持つことがある。

 今回がまさにそのいい例だと言えるだろう。例え犯罪行為が行われていて、その真実が明らかとなっていたとしても、犯罪を裁く機関が相手の手の内にあるのでは、幾らでも言い逃れが出来てしまえる。

 その事に一番歯痒そうにしていたのは、他でもないライファ辺境伯であったのだろう。悔しそうな表情を浮かべ、握り締められた拳が、内心の憤りを物語っていた。


「・・・だが、民も馬鹿ではない。基本的に冒険者になろうとする子供は、周辺の村々からやって来るか、もしくは孤児である場合が多い。その子供達が次々と奴隷として売られていくという異常事態が起こっているのであれば、何かがおかしいと気が付いて騒ぎ立てる者が少なからず出る筈・・・・・・!」


 そうなれば、疑いの目はエプーアの町の冒険者ギルドに、ひいてはバスクード伯爵へと向けられる筈だ。と、そう絞り出すように言うライファ辺境伯であったが、しかしそこでモールテスが眉尻を下げた困ったような表情を浮かべながら口を挟んだ。


「・・・残念ですが、ライファ辺境伯様。おそらくそれも難しいと思われます」


「な、なに?どういう事だ?」


「調査員が行った調査で判明したのですが、どうやら件の冒険者見習いの少年少女達はバスクード伯爵の治める領地からではなく、他所から―――派閥傘下の貴族が治める領地から集められたらしいのです」


 モールテスが言うには、調査員の調べによって、毎年一人か二人の子供がエプーアの町に連れて来られている事が分かったらしい。

 そして、その連れられてきた子供達の出身地を調べたところ、その殆どが、バスクード伯爵以外の貴族が治めている領地からであったそうだ。

 謂わば、親類縁者が存在しない孤独な環境の中に放り込まれるようなもの。確かにこれならば、モールテスの言う通り気付くのが難しいし、例え気付いたとしても、余所者だし自分達には関係ない、と見て見ぬ振りをされてしまう可能性が高い。バスクード伯爵に対する不信感や疑念を抱くことも難しいだろう。


「ぬぅぅぅ・・・ぬぅぅぅ・・・!」


「現状は打つ手無し、といったところでしょう。今は、かの者を裁ける機会が訪れることを待つ他ないと思われます。・・・ところで、フェルヌス様。話は変わるのですが、少々お伺いしたい事があるのですが、よろしいでしょうか?」


「・・・ん?」


 話を聞いたライファ辺境伯が悩ましげな表情を浮かべ、唸るような声を出す。

 ・・・と、そこでモールテスが私に話を振ってきた。


「現在、貴女様が面倒を見られているアルクという少年についてなのですが、彼もまた奴隷とされた少年少女達と同じ立場だったという、以前お話しされた内容にお間違いはないでしょうか?」


「ああ。本人が言っていたし、聞いた内容から推察するに間違いないと私は思っているが・・・何故その事を聞くんだ?」


 突然の質問に首を傾げながらも私がそう答えると、モールテスは真剣な顔で私の事を見つめてきた。


「・・・実はですね、調査員が纏めた報告書の中に、何故か彼の活動に関する記録がなかったのですよ。同じような境遇の者達の記録は存在していたというのに、です」


「・・・・・・なんだと?」


 アルクに関する記録がなかった、だって?

 予想すらしていなかったその言葉に、私はどういう事だと目で問い掛ける。


「私の元に届けられた調査報告書の中にはエプーアの町の冒険者達の活動記録もあったのですが、その中にはアルクと言う少年の記録が、それどころか彼が所属していたという記録すらなかったのです。まるで初めから彼と言う存在なんていなかったとでも言うかのように」


 そう言いながら、モールテスは自身が持つ調査報告書の一部を私に渡してきた。

 それはここ十数年間、エプーアの町の冒険者ギルドに冒険者見習いとして登録していた少年少女達の名前と活動記録がずらりと記載された書類だった。

 だがしかし、その中にはモールテスの言う通り、アルクの名前も、彼の活動記録すらも記載されていなかった。


「・・・・・・・・・」


「実は彼の様なケースは過去にも存在していたようなのです。経理の記録の中で、過去何度か収支と支出の計算が合わない時期が不定期に存在している事が分かったらしく、それに違和感を覚えた調査員が調べたところ、同時期に将来が有望視された子供がエプーアの町の冒険者ギルドにいたことが分かったそうです」


 その子供達に関する記録も、アルクと同じようにどこにも記載されていなかったそうだ。

 一応、調査員がその子供達の足取りを追おうとしてみたそうだが、依頼を受けて町を出て行ってから戻って来ておらず、行方が知れなくなっているらしい。

 その先の言葉は言わずもがなと言うべきか。その子供達がどのような末路を辿ったのか、容易に想像がついてしまった。

 一歩間違えれば・・・いいや、私という存在に偶然出会うことがなければ、行方知れずとなった子供達と同じ末路をアルクも辿っていたかもしれない。

 内心でそう考えた私は、ゾッと心胆を寒からしめる感覚を覚えたが・・・同時に、自分達を引き合わせてくれた偶然にも感謝した。








 その後、ライファ辺境伯とモールテスは今後も調査を続ける予定だと私に告げた。

 切っ掛けこそ、こちらが与えた情報からだったが、事態は最早、冒険者ギルドだけでは収まらない段階にまでなっていると判断したようだ。

 少なくとも、何故バスクード伯爵がそのような事に手を出し始めたのか、その理由が判明するまでの間はかの人物を泳がせておき、悪事の証拠となる物を集めつつ、機会が来るのを伺うつもりだと彼等は話していた。


「・・・おや?」


「む・・・?どうしたのだ、モールテスよ」


「いえ、少々気になる話し声が聞こえてきまして・・・・・・失礼ですが、少し席を外させていただきます」


 ふと、モールテスが横目で扉の方を見た。

 その様子が気になったのだろう。ライファ辺境伯が尋ねるがしかし、彼は私達にそう断りを入れると部屋から出て行ってしまった。


「(話し声、ねぇ?壁一枚くらいなら容易に音が聞き取れる私の優秀なケモ耳イヤーには、話し声なんてまったく聞こえてこないんだが・・・)」


 だが、私はそんなモールテスの行動を訝しんだ。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 今だって壁、というか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。いったい彼には何が聞こえていたというのか。そう疑問に思っていると、扉の向こうでモールテスが扉の手すりに手を掛ける音を耳で拾った。


「ライファ辺境伯様!緊急事態です!今すぐ騎士団を召集し、防衛戦の準備を行ってください!」


 部屋から出ていく時は静かに扉を開け閉めしていた先程とは打って変わって、ほとんどバンッ!という勢いで扉を開けて部屋の中へと入ってきたモールテスは、酷く焦った様子でライファ辺境伯にそう訴え出た。

 その突然の要請に、当然と言うべきか、ライファ辺境伯は戸惑う様子を見せた。


「ま、待て待て待て!?いきなりどうしたというのだ、モールテスよ!何故、防衛戦の準備などという話が出てくる!?」


「落ち着いている場合ではありません、ライファ辺境伯様!襲撃です!つい先程得た情報ですが、現在、ライファ領の北西部にある村が、他領の騎士団による襲撃を受けているそうです!」


「な、なんだとぉっ!?」


 ライファ辺境伯が驚きと共にソファから勢いよく立ち上がる。

 なんの脈絡もなく、いきなり自身が治めている領地が襲撃を受けている、などという話を聞けば驚いて当然だろう。同様に話を聞いていた私も、目を丸くして驚いたし。


「そ、それは本当か!?いったい何処の騎士団が襲撃を仕掛けてきたというのだ!?」


「サーポルベント侯爵家の『紅の鷹騎士団』だそうです」


「よりにもよって、武勇に名高いあの騎士団か!」


 いったい何処からそんな情報を得たのか、というそんな疑問を口にすることなく、何処のどいつが攻めてきたのかと問うライファ辺境伯に、モールテスは冷静さを保とうとしつつ、質問に答えていく。


「報告では、村は焼かれ、村人にもかなりの被害が出ているとのこと。しかも、一部の村人はその騎士団に連れ去られてしまったそうです。また現地では、偶々その地域の巡回を行っていたライファ騎士団所属の騎士二名と、依頼を受けて北西部にある村に向かっていたCランク冒険者一名、そして冒険者見習い七名が、残った村人達の治療を行っているとのことですが、村周辺は敵騎士団によって包囲されており、村人を連れての脱出は難しいとのこと。急ぎ援軍を求むという旨の要請が来ています」


「・・・援軍要請については分かった。防衛戦の準備に関してもな。モールテスよ。お前は、連中がこのままこの都市にまで攻め込んで来ると考えているのだな?」


「はい。『紅の鷹騎士団』はサーポルベント侯爵家に仕える騎士の中でも、精鋭中の精鋭が集められて作られた騎士団ですが、しかし、そうであるからこそ、人数はそう多くありません。・・・おそらく彼等は先発隊。村を制圧して拠点構築を行いつつ、本隊と合流してからこちらに攻め入る腹積もりなのでしょう」


「・・・そう言えば、私がこの都市にいない間にサーポルベント領の貴族が滞在していたという話を聞いていたな。その中には『紅の鷹騎士団』の騎士団長であるイヴァール・べムスンもいたとか。・・・・・・もしや、偵察の意味合いもあったのか?」


「確証はありませんが、おそらくは。私も当時は色々な対応に追われていたので頭が回らず、深く考えておりませんでしたが・・・今にして思えば、わざわざ半年もの間この都市に留まっていたのも、このライファ領の戦力が如何程か、探るためだったのかもしれません」


 そう語るモールテスの表情は、冒険者ギルドの仕事に忙殺されていたとはいえ、彼等の狙いに気付けなかったことを悔やんでいるようであった。


「今は後悔も反省も後回しだ。お前の言う通り、これから私は至急騎士団に召集を掛け、防衛戦の準備に当たらせる。もちろん、村にいる者達を救出する部隊も編成するつもりだ。・・・とはいえ、『紅の鷹騎士団』が相手では、並みの者では敵うまい。すまないが、モールテスよ。冒険者ギルドの方で連中と渡り合い、戦力になりそうな者を見繕ってくれぬか。報酬も相応の代金を払う」


「畏まりました。救出依頼という体で腕利きの冒険者を何人か集めておきましょう」


「うむ。頼んだぞ」


 そう言って、ライファ辺境伯の頼みを引き受けたモールテスは、了承するように頭を下げる。


「・・・それと、フェルヌス様。実は貴女様にもお伝えしなければならないことがあるのですか・・・・・・」


 と、そこでモールテスの視線が私へと向けられた。

 伝えなきゃいけないこととは、いったい何だろう?と首を傾げる私に、頭を上げた彼は、これは伝えても良いのだろうかと戸惑うような―――いや、これはどちらかと言えば、戦々恐々としているような感じか?―――若干落ち着かない様子でこう言った。


「その、ですね。先程の話に出ていた、依頼を受けて北西部にある村に向かっていた冒険者達の中に、貴女様が面倒を見ておられる二人の少年少女もいることが判明しまして・・・」


「―――は?え、少年少女って・・・もしかして、アルクとクーリィの事か?」


「・・・はい」


 コクリ、と頷くモールテスに、私は思わずポカンと口を開け、続いてサーッと、顔から血の気が引いていく感覚を覚えた。


「(・・・いや、いやいやいや、ちょっと待て!なんであの子達そんなとこにいんの!?町の外に出るとか聞いてないんだが!・・・いや待て、ワンチャン他人のそら似かもしれないという可能性も・・・!)」


 まさかの事態に一瞬思考が真っ白に染まるも、すぐにハッとして我を取り戻す。

 驚き、慌ててしまったがしかし、本当にあの二人が話題の中心となっている件の村にいるという確証はない。交易都市ライファにいる冒険者の数はそれなりに多い。もしかしたら似たような名前の別人という可能性もあるかもしれない。

 それに、二人はまだ冒険者見習いの子供だ。都市の外に出るには保護者となる者の同伴が必要な筈だし、勝手に外に出るなんて真似をすれば、外壁門に常駐している門番達が止めようともする筈だ。

 だから、きっと何かの間違いだろう。うん、そうだ。そうに違いない。

 そう思い、確認の為にモールテスに尋ねてみたのだが、しかし返答は「残念ながら・・・」というものであった。


「現在、この交易都市ライファにいる冒険者見習いの人数は、半年以上前にその大半がFランク、つまり十二才となり、冒険者見習いではなくなっています。例年通りなら、丁度同じ時期に近隣の村々から子供達が冒険者になろうとやってくるので数の変動はそんなに起こらないのですが・・・例の行方不明事件。あれのせいで、幾つかの村から人がいなくなりまして、当然やってくる筈だった子供達は来られず、その為減ってしまった冒険者見習いの人数は増えていません。・・・・・・今この都市にいる冒険者見習いは七名。それで全員であり、その中にはアルク君とクーリィ君も入っています」


「・・・なん・・・だと・・・・・・!」


「それに、保護者となる者につきましても、これは誰か特定の人物を指すものではありません。依頼で町の外に出る際も、条件を満たした者が監督役を務めれば問題ありません。・・・そして、冒険者見習いが今の時期に受けられる、町の外に出る依頼の数は限られております。北西部にある村に向かう依頼ともなれば、パルプィナの実の収穫依頼しかないでしょう。・・・ある意味、タイミングが悪かったとしか言えませんね」


「・・・なん、だとぉ・・・・・・!?」


「(それ私と一緒に行く予定だったやつぅ!つまりなにか?私以外の誰かと一緒に依頼を受けて行ったってこと?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんかそれムカつくなぁ)」


 どうしてかは自分でもよく分からないが、思わず腹立たしいと感じて、ピキッと額に青筋が浮かぶ。


「(とはいえ、何時までもこうして話をしているわけにもいかない。今は二人を助けるために動かないと!)」


 視線をベランダへと続く大窓に向ける。

 この部屋は領城内でもそこそこ高い場所にある。常人であれば、此処から落ちたら大怪我を負うことは間違いない。というか死ぬだろう。

 だが、私ならなんなく降りることができる。わざわざ入り口から出るよりも、あそこから出て行った方が早いし、幾らかはルートをショートカットできるだろう。

 そうと決まれば善は急げだ。私は早速行動に移すべく、ソファから立ち上がる。


「フェルヌス様?突然立ち上がられたようですが、いったいどうされましたか?」


 そんな私の行動を目にして不思議そうに、けれどなんとなく何をしようとしているのかを察したのか、モールテスが若干慌てた様子で声を掛けてきた。


「決まっているだろう。あの子達を助けに行く。私はあの子達の師匠だ。弟子がピンチになったのなら、助けるのは当たり前のことだろう?」


 そう言って私は踵を返し、ベランダへと続く大窓に向けて歩みを進める。


「お、お待ちください、フェルヌス様!貴女様がお強いことは重々承知しておりますが、ここはどうか我々にお任せください!全力でもって事に当たらせていただきますので、どうか、どうか・・・!」


「そう心配しなくてもいい。私は大魔王だぞ?相手が精鋭を集めた騎士団だろうが、遅れを取らんさ」


「いえ、私が心配しているのはそちらではなく・・・!あ、ちょっとお待ちを―――!!」


 何故か必死になって私を引き留めようとしてくるモールテスの制止の声を無視して大窓を開け放つ。

 そしてベランダの柵に足を掛けると、そのまま私は躊躇うことなく飛び降りた。








「ま、マズイマズイマズイ・・・!このままでは、下手をすれば周囲にとんでもない被害が出てしまうかもしれない・・・!?」


「お、おおぅ・・・どうしたのだ、モールテスよ。何をそんなに慌てているのだ・・・?」


 フェルヌスがベランダから飛び降りて姿を消した後、部屋に残された二人の内の一人であるモールテスは、酷く焦った様子を見せながらブツブツと呟いていた。

 その顔は先程までとは打って変わっていて、まるで追い詰められたかのような表情を浮かべ、幾つもの冷や汗を流していたのだ。

 その只ならない様子に、バゼルドーラは一体どうしたのだろうと思いつつ、心配げに声を掛ける。


「フェルヌス殿であれば大丈夫だろう。仮にも大魔王だぞ。『紅の鷹騎士団』に、それこそ団長であるイヴァール・べムスンにも負けることなどあるまいて」


「いえ、その点に関しては私も心配はしておりません。彼女の実力は相当なもの。おそらく『紅の鷹騎士団』など、あっという間に全員倒して悠々と戻ってくることでしょう。・・・故に、私が心配しているのは別の事なのです」


「・・・というと?」


「フェルヌス様は面倒を見ておられる子供達を、特にアルク君という少年の事を大事にしております。見方を変えれば、何処か執着しているとも言っていいくらいに。・・・・・・ですので、その彼が、かの騎士達によって痛め付けられるなどして怪我を負わされた、なんて事が起きれば、それを知った彼女がどのような行動に出るのか。それを考えると、恐ろしくて恐ろしくて堪らないのですよ・・・!」


 「例えば、周辺を火の海に変えたり、屍の山を築いたり、血の池を作って広げたり、なんてことを・・・!」と呟くと、モールテスはぶるりと身体を震わせた。

 恐怖を感じて顔を引き攣らせている様子から、本当に怖がっているのだと分かる。

 だがしかし、そこでバゼルドーラが、ちょっと待て、という感じに口を挟んだ。


「い、いやいやいや、いくらなんでもそれは考えすぎではないのか?話をしてみた感じでは随分と理性的な様子だったぞ。とてもそんな事をするような人物とは思えないのだが・・・・・・」


 バゼルドーラには、モールテスの話がいまいちピンとこなかった。

 可愛らしい見た目に絆されたのかと聞かれれば、違うとは言い切れないがしかし、終始落ち着いた雰囲気を纏っていた様子から、とてもそんな事をするような人物には思えなかったからだ。


「では、想像しやすい例えで言いましょう。ライファ辺境伯様には三人のお嬢様方がいらっしゃいますよね?そのお嬢様方が悪漢に襲われたと考えてみてください。その時、貴方様はどのような行動に出ますか?」


「決まっている。私の可愛い可愛い娘達に手を出したのだ。絶対に五体満足では済まさん。その輩に生きてきた事を後悔するような地獄を味合わせてくれるわ!!」


「・・・そういうことです」


 過剰な心配だろう、とモールテスを宥めようとするバゼルドーラであったがしかし、モールテスの問い掛けを耳にした瞬間、ノータイム且つほぼ脊髄反射並みの速度で彼はそう答えていた。

 眼光を鋭く光らせ、殺気混じりの威圧感を全身から発する様は、地獄の鬼すら裸足で逃げ出すかもと感じさせる程に恐ろしい。

 そんな彼の反応を見たモールテスは、「そうでしょう。貴方様ならそう思いますよね」といった感じに苦笑を浮かべながら、うんうんと何度も頷く様子を見せた。


「む、むぅぅ・・・なるほど、そうか。お前が危惧していたのはこういうことか。つまりお前は、彼女が怒り狂って暴走するのではないか、と考えているわけだな」


 自身が殊更愛している娘達の事を引き合いに出されたことで、そこでようやっと、モールテスが何を心配しているのかを察することができたバゼルドーラは、腑に落ちたように頷いた。

 自身ですらこのような反応を示すのだ。それに負けず劣らず、アルクという少年の事を大事にしているフェルヌスならば、激昂し、感情のままに暴れたとしてもなんら不思議ではない。

 そうモールテスに言えば、彼はコクリと頷いた。


「ええ、その通りです。彼女の持つ力は強大です。何気なく振るったそれですら、我々にとっては十分に脅威足り得る。ましてや、それが感情に任せて暴れようものなら、止める術など私は持ち合わせておりませんので」


 そこまで言ったモールテスは、一度話を区切り、「それに・・・」と言葉を続ける。


「そもそも。そもそもですよ、ライファ辺境伯様。考えてもみてください。〝大魔王〝なんて称号を持つ者が本当にまともな人物であると、本気でお思いですか?」


「・・・・・・・・・」


 その言葉を聞いたバゼルドーラは、つい「確かに・・・」と思ってしまった。

 少し前に本人も話していたが、バゼルドーラの知っている〝魔王〝を名乗る者達は、大抵が傍若無人だったり、自分勝手だったりする者達ばかりだ。そんな連中が仕出かした事で過去にどれ程の多大な被害や犠牲が出ていたか、()()()()()()()彼は十二分に良く知っていた。

 そして、フェルヌスはその上位互換とも言える〝大魔王〝である。会話は成立するし、常識的な行動をしてはいるがしかし、危険性という点では〝魔王〝を名乗る者達と変わらない・・・いいや、それ以上だと言えるだろう。

 能力の強弱にもよるが、〝魔王〝一人だけでも、国を滅ぼす事はできる。〝大魔王〝ともなれば、おそらく世界だって滅ぼせてしまえるかもしれない。

 その事実を改めて認識させられたバゼルドーラは、頬に一筋の冷や汗を流し、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「な、なぁ、モールテスよ。一応確認しておきたいのだが・・・もし彼女が暴れてしまった場合、穏便に事を済ませるような方法を、お前は何か知っていたりしないだろうか?」


 「出来るだけ領内に大きな被害を出したくはないのだが」と呟くバゼルドーラであったが、それに対するモールテスの返答は、「さあ?」と首を傾げ、肩を竦めるものであった。


「ご期待に添えず、申し訳ありませんが、残念ながら、私はそのような方法は存じ上げておりません。というより、もし知っていたのなら、こうも慌てたりしておりませんよ」


「・・・そうか。では、最早我々にできることは、彼女が感情任せに暴れてくれないことを祈るしかないというわけか。・・・・・・まるで天災だな。それも超特大級の」


「ええ、まさしくその通りかと。例えるなら、彼女は火山のようなものでしょう。普段は大人しく静かだけれど、ひとたび噴火すれば辺り一帯が火の海と化す大惨事となる、あの」


「ははは。なるほど、上手い例えじゃないかモールテス」


 モールテスの例えを聞いて、笑い声を上げるバゼルドーラ。

 それにつられるようにモールテスも笑う。

 だがしかし、二人の口元は盛大に引き攣っており、目元もハイライトが消えていた。ついでにその笑い声もよく聞けば、いっそ寒々しいくらいに酷く乾いたものだった。

 そうして笑いながら天を仰いだ二人は―――どちらともなく徐に笑い声を止めると、一瞬互いに顔を見合わせた後にがっくりと力無く項垂れ、「はぁぁぁ~~~・・・・・・」と、それはもう深くて長い溜め息を吐くのであった。





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