第4章第5話 ~村人救出作戦 会議中~
炎上する果物畑の中でバルディオスという騎士と遭遇し、戦闘を行い、最後にはマクレーさんに助けられた僕達は、その後交易都市ライファに戻る事なく、未だパルプィナの実が採れる村の中にいた。
僕達が村にいる理由は二つあって、まず一つ目の理由は、生き残っていた村人達の手当てをする為だ。
現在村に残っている村人は全体の三分の一ほどしかいないらしく、残りは抵抗した際に殺されたり、村を襲ってきた者達に連れ攫われてしまったらしい。
幸いと言うべきか、村で生き残っていた人達が負っていた怪我はどれも軽症のものばかりで、傷口を水で洗って綺麗にした後にできる限り清潔な布で止血するといった、簡単な処置で済ませる事ができた。
続いて二つ目の理由だが、どうやら今この村の周辺には、三~四人ずつに別れた騎士達が囲むように見張りをしているようなのだ。
それを確認したのは、Cランク冒険者で僕達の監督役として一緒に来てくれたオリバーさんだった。
彼が言うには、走り去ってしまった僕等―――僕とギタルを追う前に、僕等以外の子供達を安全だと思われる所に避難させようと一度村から離れようとしたらしいのだが、その際に街道を見張っている怪しい集団を見かけたそうなのだ。
その者達は騎士甲冑を身に纏っていたそうだが、その深紅に染まった色合いから、明らかにライファ領の騎士ではなかったらしい。
街道以外の安全だと思われる所も幾つか確認してみたそうだが、そこにも怪しい騎士集団が見張りに立っていたそうで、その為オリバーさんは仕方なく子供達を連れて村に戻って来る他なかったらしい。
その後、再度周辺を調査して、唯一見張りが存在していないのが、バルディオスの言っていた北西にある山道だけだったそうだ。
そうして今に至るわけなのだが、正直どうしたものかと僕達は頭を悩ませていた。
「・・・で?どうするよ、この状況。こうもあちこちに見張りがいたんじゃ、逃げたくても逃げられないぞ」
「ふぅむ・・・街道だけでなく、森との境目や草原地帯。山に入る獣道にまで配置しているとは、随分と用意周到な。・・・・・・これは村人が逃げて情報が漏れるのを防ぐ布陣だな。連中は我々を誰一人として生かしておかぬ腹積もりだろう」
逃がすつもりなどない欠片もない包囲網。その中で唯一空けられている穴は、怪しい集団の本陣がある場所という、明らかに罠だと分かる布陣。
仮に無理矢理突破しようとしても、まず間違いなく敵の方が数が多いだろうし、なにより此方には三分の一にまで減ってしまったとはいえ、それでも数十人もの怪我を負った村人達がいる。
彼等を置いて行きたくはないという気持ちはあるけれど、しかしそんな彼等を連れて村から脱出するなんてことが不可能だということは僕も分かっていた。
状況的に、これはもうハッキリ言って詰んでいるようなものである。
「ここまで徹底しているとなると、おそらく前々から計画していたんだろうな。・・・だが、アイツ等は何故、何の目的でこの村を襲ったんだ?此処にはアイツ等が求めるような物はない筈なんだが・・・?」
「・・・もしかしてパルプィナの実か?でも、それが目的なら焼いちまうわけないもんなぁ?」と呟きながら首を傾げるオリバーさん。
彼の言う通り、確かにこの村には襲撃者達が欲しがるようなものは一つもなかった。あるとすればパルプィナの実くらいだが、しかしそれは襲撃者達の手でその九割が焼き払われてしまっている。それを見れば、彼等の狙いがパルプィナの実ではない事は明白だ。
では、襲撃者達が村の目的は何なのか。色々と考えてはみたものの、皆目見当がつかなかった。
「・・・いや、もしかしたら連中は、求める物があってこの村を襲ったのではなく、そもそもこの村を襲うこと自体が目的だったのではなかろうか・・・」
と、そこでマクレーさんが、何処か確信あり気にそう言葉を呟いた。
それを耳にした僕達が、どういうことだ?と尋ねると、マクレーさんは自身のチョビ髭を弄りながら何故そう思ったのかを離し始めた。
「連中を従えている大本が、我等の主、ライファ辺境伯様に殊更恨みを抱いているからな。嫌がらせ目的で配下に指示を出して領内の村々を襲撃させる、なんてことを仕出かして来てもおかしくない」
「あの・・・そう言うってことは、彼等が何者か、その正体を知っているんですか?」
「うむ。・・・彼等は此処から北西の方角にある領地―――サーポルベント領を治める領主である、ザルヴィン・サーポルベント侯爵家に仕える『紅の鷹騎士団』の者達であろう。その騎士団の副団長であり、”ジルバ砦の紅蓮剣”の二つ名を持つバルディオス・ゼルがいたのだから間違いない。・・・・・・オリバー殿も内心では気付いていたのではないか?」
「まあ、な。あんな深紅色に染めた騎士甲冑を装備した連中なんて、俺の知る限り、この辺りじゃあアイツ等しかいないからな」
マクレーさんの問いにオリバーさんはそう言いながら頷いた。
『紅の鷹騎士団』とは、マクレーさんが言ったようにサーポルベント侯爵家に仕える騎士団の事であるらしい。そこに集まった騎士達は、一人一人が高い実力の持ち主ばかりだそうで、その総戦力は僕達が今いるこの国、アルゴノブル王国の中でも一、二を争うくらいに高く、有名を轟かせているという。
その騎士団団長は『イヴァール・べムスン』という人物であるらしく、彼は高い剣の腕と、一級品とも呼べる魔法の扱いで数々の戦場を勝利に導いてきた、所謂現代の英雄の一人として国内ではかなり名の知られた騎士であるらしい。
ちなみに、その騎士団の副団長であり、”ジルバ砦の紅蓮剣”の二つ名を持つバルディオス・ゼルという男は、イヴァール・べムスンには劣るものの、それでも『紅の鷹騎士団』の中では五本の指に入る程の実力の持ち主であるらしい。
そんな彼等の話を聞いた僕は思わず息を飲んだ。まさかそれ程までに有名な騎士団だとは思ってもみなかったからだ。
「だが、それならそれで余計に疑問に思う事がある。アンタが言うように嫌がらせが目的だとして、それでどうして、村一つを襲う為に国内で一、二を争うような屈強な騎士団を向かわせるんだ?普通に考えれば、盗賊とか山賊とかの破落戸を雇うだけでも十分だと思うんだが・・・・・・?」
「うぅむ・・・その点に関しては私も同意見だ。かの騎士団を動かすともなれば、都市攻略戦等が行われることを想定して然るべき。此処から交易都市ライファまでは二時間も掛からず到着する距離であることを考えれば、この村を都市を襲う為の橋頭保とする為に占領しようとしたのではないかとも推察できるのだが・・・しかし、それだと村を焼いた理由に説明がつかん。連中は軍事行動に必要な筈の食糧まで焼いてしまっている。略奪をせずに物資を焼くなど、占領する事を考えていれば、普通はしない筈である」
「それと簡単に退いた理由もだな。連中、暴れるだけ暴れたら、さっさと村から出て行きやがった。まるで”やるべき事はやった”と言わんばかりに。村を焼く以外に連中がやった事と言えば、村人の三分の一を攫っていった事だけで、残った村人は逃げられない様に監視付きとはいえ半ば放置。・・・何と言うか、あまりにも中途半端過ぎねぇか?」
「確かに・・・些か妙であるな。まるでこの村を襲いはしたが、別にこの村そのものが目的ではなかった様な、そんなチグハグさを感じるのである。・・・うぅむ、何かを見落としているのであるか?」
「むむむ・・・?」と悩ましげな声を上げるマクレーさん。
僕も含めた他の皆もまた、『紅の鷹騎士団』の目的が何なのか分からず、難しい顔をしながら困惑してしまっていた。
―――と、そこで、ギタルが「・・・そう言えば」と、何かを思い出すような感じで呟いた。
「・・・そう言えば、あの真っ赤な鎧の騎士が言ってたっけ。”生贄に使うのに必要な数は十分に確保した”って」
「なんだと・・・?」
その呟きを耳にしたマクレーさんとオリバーさんは、バッとギタルに顔を向けた。
「生贄・・・今、生贄と言ったのかね、少年?」
「う、うん」
「・・・なるほどな。連中がこの村を襲ったのは何らかの儀式を行う為だったってわけか」
二人の鋭い視線を受けたギタルは一瞬ビクッと肩を震わせたが、マクレーさんの問いにその通りだと返し、それを目にしたオリバーさんは納得する様に頷いた。
「しかし、そうなると連中は一体何の儀式をやろうとしてるんだ?俺は儀式とか、そういう魔法関係に詳しくないから分からないんだが・・・・・・」
「うぅむ・・・実を言うと、私もそう詳しくはない。なにせ、頭を使う様な事は昔っから苦手であるからなぁ・・・・・・ラディッシュよ、お前は何か知らんか?」
「あっ、オイラ、アイツ等がやろうとしている儀式について知ってますよ」
「そうか、知ってるか・・・知ってるぅ!?」
さらっと返された言葉に僕達は驚きの声を上げた。
「え、ラディッシュよ、本当に知っているのであるか?」
「ええ、先輩はお忘れかも知れませんけど、オイラ、これでも魔法使いですからね。儀式関係の基本的な知識はちゃんと持ってますよ」
「・・・・・・あぁ、そう言えば」
「ちょっ、本気で忘れてたんですか!?自己紹介した時に魔法使いだって言った筈なんですけど!」
「いやな、お前がウチの騎士団に入ってから魔法使ってるところを見たことなかったのでな。てっきり、カッコつけて自称しているだけかと・・・」
「それは先輩が、使う必要がなかったり、必要があっても使う暇がない場所にオイラを連れ回していたからですよ!・・・・・・まあ、そのおかげで、貧弱だった体にガッシリとした筋肉がついてくれたんで、その点は感謝してますけど」
そう言えばそうだったな、みたいな感じの反応をするマクレーさんに、ラディッシュさんが不満げに文句を口にする。
その言葉尻に鍛えてくれた事を感謝するような呟きを零してもいたが。
「んんっ!・・・あ~、二人とも、言い合いはそれくらいにしてもらっていいか?」
その二人のやり取りを見たオリバーさんが、呆れているような表情を浮かべつつ、咳払いをした後に、本題に入ろう、と口を開いた。
「それで、ラディッシュ。連中が行おうとしている儀式について教えてもらってもいいだろうか?」
「ええ、はい。アイツ等がやろうとしている生け贄を必要とする儀式についてですが、オイラの知る限りではだいぶ数が限られます」
「現状で可能性があるものは、大まかに分けて二つくらいですね」とラディッシュさんはそう前置きを置く。
「一つは〝異界から強力な存在を召喚する儀式〝。これは主に、悪魔等を召喚する際に用いられるものですね」
〝悪魔等を召喚〝。その言葉を聞いて僕が真っ先に思い出したのは、以前僕とクーリィが巻き込まれた事件―――通称『悪魔召喚事件』だ。
あの時クーリィは、パンデモニウム教団という悪魔を崇拝する者達に攫われ、危うく生け贄にされそうになっていた。
偶然その事を知った当時の僕は、クーリィを助け出そうと奮闘し、最終的にフェルヌスさんに助けてもらうことで事なきを得て、事件も解決した。
・・・だが、その時に感じた恐怖は今でも忘れられない。特に悪魔が呼び出され、魔方陣から姿を現した時の事は、思い返した瞬間に思わず体が震えだしてしまう程だ。
クーリィもまた当時の状況を思い出してしまったのだろう。顔色を若干青醒めさせており、それに気付いた近くにいたシェイナとキィナの双子の少女達が、慰めるように彼女の事を気遣っていた。
「・・・あの、ラディッシュさん。つまり、攫われた人達は、その異界から呼び出された存在への生け贄となって全員殺されてしまう、ということなんですか?」
それを尻目に、僕がラディッシュさんに尋ねてみると、「いえ、必ずしもそうなるわけじゃないです」と彼は答えた。
「呼び出される存在の趣味趣向によっては、死なずに済むこともあります。・・・・・・まあその場合、大抵は何か他の事を要求されるそうですが。・・・ちなみにこれは噂ですが、死んだ方がマシだったかもしれないと思うような要求をされることもあるとかないとか・・・」
ラディッシュさんが、恐ろしや、と怖がる様に体を震えさせるがしかし、その様子は本気で怖がっているわけではなく、何処かおどけているような感じだった。
おそらくは、場の空気を少しでも軽いものにしようと考えての演技だと思われる。
・・・まあ、その後でマクレーさんに「この状況でふざけるでないわ」と頭を叩かれていたが。
「イテテッ・・・まあ、そんな感じで、これに関しては必ず死ぬってわけじゃないです。さっきも言ったように呼び出される存在の趣味趣向によっては生きていられることもあります。―――けれど、今から言うもう一つの儀式はそうじゃない。まず間違いなく、生け贄となった人達が全員死ぬ・・・いいや、殺されてしまうことになります」
そんなラディッシュさんの纏う空気が、話の途中から一変する。
先程までのおちゃらけた雰囲気は完全に消え失せ、鋭さを感じさせる真剣な眼差しが僕達へと向けられる。
「連中が行おうとしていると思われるもう一つの儀式。それは、〝強大な力を持った魔物が封じられた封印を強引に解除する儀式〝です」
「む、む・・・?封印を、強引に解除する・・・?すまない、ラディッシュ。私にはそれがどういうものなのか、さっぱり分からないのであるが・・・」
「分からなくても無理ないですよ、先輩。なにせこの儀式は本来、オイラ達『封魔殿の一族』の間でしか語り継がれていない儀式ですからね」
「『封魔殿の一族』・・・?それって確か、世界各地に存在するダンジョンを管理、運営しているって言う、あの・・・?」
「おっ、オイラ達の一族の事を知っているとは博識ですね、オリバーさん。流石は将来を有望視されたCランク冒険者!」
笑みを浮かべながら、オリバーさんを大袈裟に褒め称えるラディッシュさん。
それに対してオリバーさんは、「茶化すな」と返しつつ、話の続きを促した。
「オリバーさんが言ったように、オイラ達『封魔殿の一族』は、世界各地に存在するダンジョンを管理、運営している一族です。ただ、その一族としての仕事―――というより使命ですね―――の中には、強大な力を持った魔物が封じられている封印を維持するというものもありまして、オイラがもう一つの儀式の事を知っていたのはそれが理由です」
「なるほど、それで・・・・・・だが、その一族の者であるアンタがどうして騎士なんてやってるんだ?確か『封魔殿の一族』は、ダンジョンの管理、運営に集中する為に、基本的に公の場に姿を表す事も、国政に関わる事もしないって俺は聞いていたんだが・・・」
「唯一の例外は冒険者ギルドだけだということも」ともオリバーさんが言うと、ラディッシュさんは感心するような目を向けた。
「本当にオイラ達の事について詳しいですねぇ。・・・ええ、まあ、確かにオイラ達一族は、ダンジョンに関わる事以外で表に出てくる事はないです。煩わしいというのもありますが・・・嘘かホントか、一族の使命は創造神様から任されたもの、とか言う言い伝えがありまして・・・それ故にというか、他の優先順位が高くないから、っていうのが主な理由ですね」
「・・・まあ、かなり昔の話なんで、そこら辺の伝わり方は、今じゃあ結構朧気なんですけどね」と最後の方でポツリと呟くラディッシュさん。
「・・・んで、オイラが騎士をやっているのは、そんな一族の使命が嫌になって逃げ出したからです」
「逃げ出したって、良いのかそれ?だって一族の使命なんだろ?」
「そこら辺は問題ないです。一族の皆も、嫌なら仕方がないよね~、みたいな感じで許してくれました。ダンジョンや封印関連で何かあったら連絡を寄越すように、っていう条件付きで」
「お前の一族意外と緩いな!?」
思わずといった様子で叫ぶオリバーさんに、ラディッシュさんは「だよねぇ、そう思うよねぇ」と苦笑いを浮かべた。
「・・・とまあ、オイラ達の一族に関しての詳しい話はまた次の機会があった時にするとして・・・話を戻しますが、『紅の鷹騎士団』がやろうとしていると思われるもう一つの儀式では、さっきも言ったように生け贄となった人達は全員、間違いなく殺されます。その血と肉でもって、封じられている強大な力を持った魔物を目覚めさせる為に」
ラディッシュさんが言うには、強大な力を持った魔物を封じている封印は、例えるなら安眠を強く促す眠り心地の良いベッドのようなモノであるらしい。
一度閉じ込めてしまえば、深い眠りに落ちて自分から出てこようとすることはまずないそうなのだが・・・・・・しかし、目覚める切っ掛けになるモノを封印のすぐ近くに用意すればその限りではないらしい。封印の力が対象を眠りに落とす方に注がれており、それ故に拘束力があまり強くないのも相まって、内側から強引に抉じ開けられてしまうのだそうだ。
そして、その目覚める切っ掛けになるモノは、大抵は動物の血肉―――正確にはその臭い―――である場合が多いらしい。
つまり『紅の鷹騎士団』は、攫った村人達を殺し、その時に生じる血と死肉の臭いでもって強大な力を持つ魔物を目覚めさせようとしている可能性がある、ということだろう。
―――だが、『紅の鷹騎士団』がやろうとしていると思われるそれ等二つの儀式は、飽く迄ラディッシュさんの予想であり、なんら確証があるわけではない。
仮にそれ等の儀式が成功したとしても、異界から呼び出した強力な存在や強大な力を持った魔物を制御できるかどうかも怪しいところだ。
実際、過去にパンデモニウム教団の信徒達が、自分達が呼び出した悪魔の手によってその姿を魔物へと変えられたのを、僕とクーリィは目撃している。その事を鑑みれば彼等が自滅する可能性も大いにあり得るだろう。
その事をラディッシュさんに伝えてみたら、彼は少し考えた後にこう答えた。
「・・・もしかしたら、最初から制御するつもりなんてないのかもしれません。先輩が言っていたように連中の目的が嫌がらせであるとすれば、異界から呼び出した強力な存在や強大な力を持った魔物を好き勝手に暴れさせるだけでも領内は十分に混乱しますからね」
「むしろ、可能性としてはそちらの方が高い」と呟くラディッシュさんの顔は険しい表情を浮かべていた。
「フゥム・・・どちらの儀式が成功したとしても、甚大な被害を受けることは間違いない、ということであるか」
「そんでもって、位置関係的に一番最初に被害を受ける可能性が高いのはこの村ってわけだ。中途半端に引いて村人達を残したのも、その呼び出したのを誘導する撒き餌として使う為だな、こりゃ。アイツ等もそれが分かってるから、手を出さずに監視だけに留めているってことか。・・・それが分かってんなら、さっさと安全だと思える所まで逃げればいいと思うんだが・・・・・・」
「それを、この村を包囲し、監視している騎士達が見逃す筈がない。オイラ達がこの村から脱出しようとするのを絶対に邪魔してくるでしょう。加えて負傷した大勢の村人達も連れてとなると、その成功率は一気に激減するし、少なくない数の死者が出ると思われます」
その言葉がラディッシュさんの口から出た後、僕達は皆一様に押し黙ってしまう。
彼の言う通り、怪我をした村人達を連れて逃げるというのは現実的ではない。だからといって、彼等を置いて自分達だけ先に逃げるというのも後々大きな問題になりかねないし、なにより心情的にできればやりたくない。
とはいえ、このままここに留まっていれば、遠からず殺される事は明白だった。それが『紅の鷹騎士団』か、異界から呼び出した強力な存在か、強大な力を持った魔物かは定かではないけれど、しかしどれであっても同じことだろう。
諦めにも似た感情が心を満たしかけ、知らず知らずのうちに拳を強く握り締めてしまう。
何か、何か他に方法はないのか。そんな風に頭の中で思考をグルグルとさせていると、ふいに隣にいたクーリィがポンと僕の肩を叩いた。
「ねぇ、逃げるのが無理なら、もういっその事、アイツ等がやろうとしている儀式を邪魔しに行くのはどうかな?」
唐突にそう言い出したクーリィに、僕を含めた全員が目を丸くして驚きの声を上げた。
「ぬ、ぬぅ・・・?儀式の邪魔をしに、であるか?」
「うん、そう。アイツ等がやろうとしている事って、なんかとんでもなく強いヤツを呼び出して、この辺りで暴れさせるっていうのなんだよね?だったら、そんなのが出てくる前に儀式を台無しにしちゃえば、どうにかなるんじゃないかな?」
「フム・・・・・・」
クーリィの提案を聞いたマクレーさんは、思わずといった様子で顎に手を当てて考え込む。
そして、ややあってから顔を上げると、「確かに、可能性はあるかもしれん」と呟いた。
それに驚いた様子を見せたのはオリバーさんだった。
「ッ、おいおい、本気かよアンタ。本気でこの嬢ちゃんが言った事をやるつもりか?やめとけよ。実現性のないガキの戯れ言だぜ、こんなのは。第一、邪魔をしに行くっつったって、いったい誰がそれをしに行くんだよ。まともな戦力がないこの村で唯一あの連中と戦えるのは、俺と、アンタと、アンタの後輩だけだ。たったそれだけの人数で突撃するとか、いくらなんでも無謀もいいとこだ」
子供の言う事なんて本気にするな、と言うオリバーさん。
それを聞いたクーリィは、最初はムッとした様子を見せたが、彼の話を聞いていくうちにその通りかもと思えるところがあったようで、反論しようとする様子は見せなかった。
「オリバー殿。貴殿が言うことはもっともであるが、しかし私は彼女の提案を分の悪い賭けだとは思わん。むしろ、勝機はありそうだと思うのである」
「はぁ!?本気で言っているのかよ、マクレーさんよぉ!?」
オリバーさんは信じられないとばかりに声を荒げる。
「確かに、普通に考えれば貴殿の言う通り無謀であると言える。だが、こと『紅の鷹騎士団』相手であれば・・・そして、それを率いているバルディオス相手であれば、そうとは言い切れないのである」
そんな彼に対して、マクレーさんは至極落ち着いた様子で静かに首肯した。
「『紅の鷹騎士団』は、この国に数多存在する騎士団の中でも、一際プライドが高い連中が多い騎士団である。同時に、強さに対しても誇りを持っている連中でもあり、強者相手には敬意を払う様子を見せたりするのである」
「・・・それがどうしたんだよ」
「つまり、それだけプライドと誇りが高い連中であれば、勝敗の結果に文句を言うことはしないのである。ましてや、強者同士の決闘ともなれば、なおさら」
「・・・おい、まさかアンタ、連中を率いているバルディオスとかいう奴に決闘を申し込むつもりなのか?勝てると思ってるのかよ?いや、そもそもそいつが決闘を受けてくれるかどうかも分からないんだぞ?」
その言葉に一瞬呆けた表情を浮かべたオリバーさんだったが、すぐにハッと我に返ると、今度は困惑の色を浮かべた。
それに対して、マクレーさんはフッと小さく笑みを浮かべてこう返した。
「―――勝てる見込みはある。そして奴ならば嬉々として受けるであろう。なにせ、バルディオスは噂に名高い戦闘狂である。せっかく強者と戦えるであろう機会を、みすみす自分から捨てるわけがない」
何処か確信めいたものを感じさせる言い方で、自信満々にそう断言するマクレーさん。
その様子を見たオリバーさんは、額に手を当てながら溜息を吐いた。
「その自信はいったい何処から来るんだか。騎士の矜持か、それとも武人特有の感性か・・・?」
「どちらかと言えば野生の勘とかじゃないかとオイラは思いますけどねぇ」
「そこ、聞こえているのである」
ボソボソと呟くオリバーさんとラディッシュさんに、マクレーさんはジトッとした目を向ける。
「まあ、いいのである。とどのつまり、私が言いたい事は、バルディオスは私との決闘を受けるだろう、という事。そして、その時に生じる隙を突いて、捕らわれている村人達を助け出す。生け贄がいなくなれば、儀式を行うことは不可能だからな。・・・それでだが、その助け出す役をオリバー殿、貴殿にやってもらいたい」
「あん?俺がか?」
「うむ。貴殿の噂は耳にしている。剣の腕前もそうだが、なにより斥候としても優秀だとか。その腕を見込んで是非とも頼みたい」
「・・・まあ、別にやっても構わないんだが、流石に俺一人だけじゃ手が足りねぇよ。せめてあと一人か、二人くらいは手伝いが欲しい」
マクレーさんの頼み事を了承するオリバーさんだったがしかし、同時に自分一人だけでは無理だとも彼は答えた。
「陣地に潜入して、攫われた村人達を助け出すのはできると思うが、問題はその後だ。正直言って俺一人だけじゃ、村人達を守りながら騎士団相手に逃げるなんてのは流石に無理だ。俺の希望としちゃあ、そこの兄ちゃんが手伝ってくれるとありがたいんだが」
「え?オイラですか?」
「言いたいことは分からんでもない。だが、すまないが、ラディッシュには万が一に備えてこの村の防衛を任せるつもりだ。こと守りに関しては、我等の騎士団の中でも随一だからな。任せるとしたら、こやつしかいないのである」
「せ、先輩がオイラを誉めた・・・!?そんな、あの『ライファ騎士団の鬼教官』とも呼ばれた先輩が・・・!?―――やべぇ、今日がオイラの命日になるかもしれねぇ・・・!」
「聞こえているのである、ラディッシュよ。そうか、お前は私の事をそんな風に呼んでいたのか。帰ったら覚悟するのである。普段の二倍の訓練メニューを味合わせてくれるわ」
「うひぃっ!?しまったつい心の声が・・・!い、いやあの、先輩をそんな風に呼んでいたのはオイラだけじゃ・・・・・・というか待って、訓練メニュー二倍って・・・じょ、冗談ですよね?それやったら、たぶんオイラ死んじゃいますよ・・・?」
「問題ないのである。もし死にかけたとしても、腕の良い治療士を呼んで即座に復活させるのである」
「それなんて無限地獄!?あ、あの、先輩?オイラ謝ります。謝りますから、もうちょっとだけまかりませんかねぇ?」
「―――よし、分かった。ならば三倍で勘弁してやるのである」
「ぎゃああああ増えたあああっ!?なんでぇぇっ!?」
「まけてくれないか、とか言うからである。貴様のそのヘタレ根性、叩き直してくれるわ」
ニヤリと笑うマクレーさんの顔を見て、頬に両手を当てながら悲鳴を上げるラディッシュさん。
そんな、まるで寸劇の様な二人のやり取りを見たオリバーさんは、「こいつ等、この状況でよくもまあ元気でいられるもんだ」と呆れ顔を浮かべていた。
「しかし、そうなると困ったな。この兄ちゃんが駄目となると、俺の手伝いをしてくれそうなのがいねぇ。村人の誰かを連れていくわけにもいかんし・・・・・・」
そう呟いて、頭を悩ませるオリバーさん。
確かに、このままでは彼の言う通り人手不足なのは間違いないだろう。攫われた村人達の救出にも支障が出るだろう。
「あの、それなら僕が行きます!僕にも手伝わせてください!!」
―――故に、だからこそ僕はそこで声を上げた。
何故そうしたかと言えば、当事者の一人として自分も何かできることをしたいと思っていたのもあるが・・・なによりも、目の前で困っている人達を放っておけない、見捨てたくない、助けられるのなら助けたいとも思っていたからだ。
今ここで動かなければ、間違いなく後悔することになる。
今ここで逃げ出したりしたら、たぶんもう僕は自分の夢を―――勇者になるという夢を目指し続ける事ができなくなってしまう。
そんな、恐怖にも、焦燥感にも似た想いが僕の胸の中で渦を巻く。
「い、いや、坊主。流石にお前を連れていくのは無理だ。いくらなんでも冒険者見習いのガキに危ない真似はさせらんねぇよ」
「そうであるぞ、少年。勇気と蛮勇は違う。ましてや君は実戦経験の無い子供。ここは私達に任せて大人しく待っているべきである」
僕の言葉に驚いた表情を浮かべたマクレーさんとオリバーさんは、こちらを見た後に揃って首を横に振った。
彼等の言葉は、おそらく彼等なりに気を使おうとしてのものだったのだろう。
しかし、それでも、と僕は引かなかった。
「お願いします、行かせてください!足を引っ張ったりはしません。やることも、助け出した村人達の誘導と護衛に徹します。邪魔にならないように行動しますから、だから・・・!」
「だから、そういう問題じゃねぇんだって・・・・・・」
頭を下げて必死に懇願する僕だったが、しかし二人は中々了承してくれない。
やはり、子供であるから駄目なのだろうか。自分の体がもっと大きければ、大人だったならと思わず歯噛みする。
「―――あの、俺からも頼みます。コイツを、アルクを連れて行ってやってください」
「え、ギタル・・・?」
そう悔しげに思っていた時だった。ギタルが僕の横に並び立ち、二人にそう言ったのは。
「たぶんコイツなら大丈夫だと思います。なにせコイツは、真っ赤な騎士甲冑を着た奴―――バルディオス、でしたっけ。そいつと闘り合って一度ブッ飛ばしてますから」
「なにっ・・・!?」
「おいおい、そいつはマジかよ・・・!?」
ギタルの言葉に驚き、目を見張るマクレーさんとオリバーさん。
二人の間にいたラディッシュさんも無言ではあったが、僕に向けるその視線は信じられないものを見るかのようなものだった。
「・・・そういえば、私が助けに入った時、バルディオスの奴が身に纏っていた騎士甲冑が妙にボロボロだったような・・・・・・」
「アンタがそう言うって事は、マジっぽいな。・・・しっかし、こんなちっこいガキが『紅の鷹騎士団』の副団長様をねぇ・・・・・・」
マクレーさんが果物畑でバルディオスと相対した時の事を思い出してか、ポツリとそうと呟く。
それを耳にしたオリバーさんは、腕組みをしながら細めた目を僕に向けた。
「・・・なるほどな、坊主に実力があることは理解した。だが、だからと言って俺は、お前を戦いの前線に立たせる気はねぇ。任せるとしたら、助け出した村人達の誘導だけだ」
「む、むぅ・・・!?オリバー殿、彼を連れていくつもりであるか!?まだ幼子だぞ。そのような危険な役目をさせるなど―――」
「今は人手が足りねぇんだ。少しでも戦力になるってんなら、使えるもんは使った方がいい。それに、冒険者見習いでまだ幼いガキだとしても、コイツも男だ。覚悟決めた男の意思を無下にするなんざ、俺はしたくねぇ」
「むぅぅ・・・!」
オリバーさんの言葉に反論しようとするマクレーさんであったが、彼が断固として譲らない姿勢を見せると、何も言い返せなくなったのか言葉を詰まらせる。
その様子を横目で見たオリバーさんは、苦笑しつつ小さく肩を竦めると、その顔を僕の方に向け直した。
「・・・で、どうだ坊主?お前はそれでも構わないか?」
「は、はい!ありがとうございます、オリバーさん!」
フッ、とした笑みを浮かべるオリバーさん。
そんな彼に僕は、感謝の意を示すように深く頭を下げるのであった。
「まったく、危ないと言うておるのに、どうして冒険者というのは自分から危険に飛び込もうとするのか・・・」
オリバーに感謝するように深く頭を下げるアルクの姿を目にしたマクレーは、やれやれといった感じの溜め息を吐いた。
「それが冒険者としての性分ってやつじゃないですかね?まあ、心配しなくても、援軍を寄越してもらえるよう頼むといったもしもの備えはしておいたので、そう過度に心配する必要はないと思いますよ?」
「それとこれとは話が別・・・―――待て。援軍を頼んだとは何の事であるか?というかこの状況で誰に、どうやって連絡したというのだ・・・!?」
マクレーは苦笑を浮かべながら軽口を叩くラディッシュに言葉を返そうとして―――しかしそこで、〝援軍〝という言葉を耳にして思わず、ちょっと待て、と声を上げた。
彼の反応は至極当然と言えるものだった。
なにせ今現在、この村は『紅の鷹騎士団』によって包囲されている状態なのだ。その状況で一体誰が、どうやって、包囲網から脱け出して援軍を呼びに行けるというのか。それができるであろう人物や方法など、マクレーには皆目検討がつかなかった。
「ああ、それは、オイラの持っている【念話】っていうスキルの能力によって、ですよ」
「【念話】?聞いた事があるのである。確か、〝他人と頭の中で話ができるようになる〝というものだった筈。・・・だが、話ができる距離や範囲は限られているとも聞いた事があるのである。大体が目で見える範囲だけだとか・・・・・・そんなのものでどうやって、援軍を呼ぶなんて事ができたのであるか?」
「あはは・・・まあ、一般的に知られている普通の【念話】であれば、先輩が言った通りで合ってます。でも、オイラの【念話】は特別製でしてね。『封魔殿の一族』同士であれば、距離なんて関係なく、何処にいようとも話をすることができるんですよ」
「なっ!?それは真であるか!では、お前が言った援軍を寄越してもらうという話は・・・!」
「はい、一族の者を経由してこの村の状況を伝えました。しかもタイミングが良い事に、丁度一族の者が領主様の所にいたらしくって、事態を知った領主様がすぐに援軍を派遣してくれるそうです」
「おお―――!」
「ただ、『紅の鷹騎士団』が相手となるとそれなりに準備をする必要があるらしくて、援軍の到着はどう急いでも明日の朝になるそうです」
「おおお・・・・・・それは・・・いや、援軍を寄越してもらえるだけありがたいと思わねば・・・しかし、それでは・・・・・・」
「ええ。連中もあまり長居はできない筈ですし、たぶんしようとも思ってないでしょう。おそらく儀式の決行は今夜。タイムリミットまでに援軍は間に合わないでしょうね」
「どちらにせよ、突撃せねばならんというわけであるか。・・・まあ、仕方があるまい。そういう事であれば、連中を平らげる勢いで存分に暴れてやろうぞ」
ラディッシュの話を聞き終えたマクレーは、小さく嘆息すると、覚悟を決めた表情を浮かべて顔を上げる。
その瞳には不安の色は最早なく、ただ戦う意志だけが強く宿っていた。
「・・・・・・」
「・・・むっ?どうしたであるか、ラディッシュよ。何やら考え込んでいるようだが、何か気になる事でもあるのであるか?」
―――と、そこでマクレーは、先程までと打って変わって黙り込み、何やら考え込んでいる様子のラディッシュの姿に気付いた。
不思議そうに首を傾げながら訊ねてみると、ラディッシュは「いや、その・・・」と躊躇いがちに口を開いた。
「実はですね、念話をしていた一族の者が話の最後に言っていた事が気になりまして・・・慌てたように、支離滅裂な感じでこう言ってたんですよ。―――こっちに大魔王が向かったとかなんとか」
「大、魔王・・・?いったい何を言っているのであるか、その者は・・・?」
「ですよねぇ、そう思いますよねぇ・・・」
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