第4章第4話 ~少年と深紅の騎士~
パルプィナの実が実る果物畑が炎に焼かれていく光景を目にしたギタルは、嘆くような、懇願するような言葉を呟いた後に、気付けばそこへ向かって走り出していた。
それは何かしらの考えがあってというものではなく、ただがむしゃらな、衝動的なものだった。
一応頭の中では、パルプィナの実を炎から守る方法が何かあるんじゃないか、とも考えてはいたがしかし、現実は非常だった。
彼が辿り着いた時点で既に炎は果物畑の三分の二を覆い尽くしており、その勢いも激しさを増して、最早人の手で消化できる範疇を越えていた。
それを目にしたギタルは荒い呼吸を繰り返しながら胸の内に絶望感を覚えたが―――しかし、諦めるということはしなかった。
せめて、まだ炎が回っていない所から無事な実だけでも手に入れようと考えた彼は、ゴクリと喉を慣らし、覚悟を決めた様な目をして、畑の中へと足を踏み入れた。
自分が焼け死んでしまうかもしれないという恐怖が無いわけではなかった。けれどそれ以上に、妹を想う兄としての感情の方が上回っていたのだ。
「どこだ・・・どこだ・・・どこだ・・・!」
壁の様に立てられている無数の柵の中をギタルは走る。
柵にはパルプィナのものと分かる三つ又の葉が生えた蔓草が絡まる様に生い茂っていたが、しかし彼がここまで見た中にはパルプィナの実はどこにも存在していなかった。
おそらくこの辺りは、既に収穫を殆ど終わらせた区画なのだろう。それを察したギタルは、自身の心の内に焦燥感が生まれるのを感じた。
「・・・ッ!見つけたっ!!」
そうして、無事な区画と炎に呑まれた区画の境目まで走った彼は、そこでようやくパルプィナの実を見つけた。
掌大の物がそれぞれ三つずつ。炎が燃え移ろうとしている本当にギリギリの所で実っていた。
「くっ・・・!ヤベェ、燃えちまう前に早く回収しないと・・・!!」
急いでパルプィナの実を回収しようと駆け寄り、膝立ちとなるギタル。
自身の道具袋の口を開き、その中にもぎ取ったパルプィナの実を次々と入れていく。
そして、全ての実を回収し終えた彼は、道具袋の口を閉じて立ち上がると、用事は終わったとばかりにその場から離れようとする。
―――だがその時、彼の耳にガシャリという音が聞こえた気がした。
何の音だろうと、ギタルが音が聞こえた方に視線を向ければ、そこには深紅色の騎士甲冑を着込み、槍を手に持った騎士と思われる者の姿があった。
「・・・あん?なんだ、まだ隠れていた奴がいたのか。しかもガキかぁ・・・あ~、確か生け贄に使うのに必要な数は十分確保したって団長は言ってたよな。これ以上連れて行くとなると余計な荷物になるだろうし・・・―――よし、殺すか」
「ッ!?」
バイザーが下ろされた兜を被ったままの状態で顔だけを動かしてギタルの姿を視界に収めた騎士は、彼を槍先で切り捨てようと横殴り気味に振るう。
それをギタルが躱せたのは、ほとんど運によるものが大きかった。
ほぼ反射的に、慌てて飛び退く事で薙ぎ払いを回避することに成功した彼だったが、しかしそこから先は動きが続かなかった。
足を縺れさせ、バランスを崩して尻餅をついてしまったのだ。
それを見た騎士は、兜の下でニヤリと笑みを浮かべると槍の矛先を下に―――つまりは、座り込んでいるギタルに向けた。
「今のをよく避けたな。だが、お前の運もここまでだ。あばよ、ガキ」
突き出される槍。
狙うはギタルの心臓。
当たれば間違いなく確殺の一突き。
自身に迫り来るそれが、その一突きが、自分に死を与えるものだとギタルは理解しながらも、しかし彼にはそれを防ぐ術も、回避する時間もありはしなかった。
死ぬ。
これは死ぬ。
間違いなく死ぬ。
そう悟ったギタルは、心の内では思わず喚きたくなる程のどうしようもない悔しさを覚えていた。
このまま何もできずに死ぬのか、と。せっかく妹を元気にすることができる物を手に入れたというのに、と。
―――なにより、妹の下に戻れずに死にたくはない、と。
「(くそっ、くそぅっ!こんな、こんな所で死んで堪るか!俺は絶対に生きて帰るんだ!!)」
心の中でそう叫びながら、槍が近付くに連れてゆっくりとなっていく視界の中を睨むように見詰めるギタル。
何か、何か騎士の一撃を防ぐ手段はないか!?・・・そう思いながら自身が生き残る術を探して、しかし見つける事ができずに絶望感を覚え始めたその時―――
「―――さっせるかぁぁぁ!!!」
―――突然現れた何者かによって、槍の一撃が弾き飛ばされた。
そして、それと同時に、ギタルの目の前には一人の少年が現れていた。
それは彼が知っている人物だった。
つい最近知り合ったばかりの、だがこれまでの短い旅の中で色々と話をした間柄の相手。
―――アルク、と。自己紹介でそう名乗っていた少年が今、自分の目の前で、まるで悪漢に立ち向かう勇者の如く、騎士の前に立ち塞がっていた。
「ギタル、無事!?怪我とかない!?」
「あ、ああ・・・その・・・俺は、大丈夫だ。怪我はない」
殺されそうになっていたギタルを助けるために急いで駆け付けた僕は、騎士の槍を木刀で弾いた後に彼に向かって無事かどうかの確認の声を掛ける。
最初は迫っていた命の危機が去ってすぐということもあってか、若干呆けた様子を見せていたギタルだったが、その後に少し戸惑いながらも彼は大丈夫だと答えた。
それを聞いた僕は、ホッと息を吐いて―――しかし、その目は騎士の一挙手一投足を見逃さないよう注視し、警戒していた。
「ああ゛ぁ゛!?またガキが増えやがった!しかも、俺の一撃を弾いただと?何だコイツは!?」
弾かれた槍を持ち直しつつ、苛立たしげな声を上げる騎士。ガチャッ、と音を立てながら槍を構えるその様子は、突如として現れた僕を警戒しているかの様だ。
そんな騎士の様子を見ながら僕は、何時でも相手が動いた時に即応できるように自身の武器である木刀を構え直す。
「ギタル、動ける?動けるなら皆のいる所に逃げてほしいんだけど・・・」
「・・・・・・悪い。腰が抜けちまって動けそうにねぇ。足も、今更ガクガクと震えてきやがった」
出来れば逃げて欲しい。そう思いながらギタルの方を振り向かずにそう言った僕だったが、しかし返された彼の言葉は申し訳なさそうなものだった。
どうやら命の危機と言う恐怖を覚えてしまったせいなのか、彼の体は全身が小刻みに震えて、思う様に動けない状態となっているらしい。
騎士に注意を向けつつ、ギタルの状態をを肩越しに視線だけ向けて確認した僕は、彼に対して何も言う事はしなかったが、その頬には大粒の冷や汗が流れていた
「・・・おい、俺を無視して何をごちゃごちゃと話してやがる。・・・まさか、逃げる算段でも考えてんのか?はっ!逃がすわけねぇだろ、ガキ共が!お前等の辿る末路は皆殺しにされるか、贄となるか、どちらか一つしかねぇんだよぉ!!」
―――と、そこで騎士が動いた。
嘲笑混じりの怒声を上げながら、力強い踏み込みと共に放たれる突き。渦を巻く様に回転しながら突き出されたその一撃は、僕とギタルの二人をまとめて貫かんとするかの如き勢いがあった。
「ッ!!」
それに対して添えるように木刀を当てた僕は、横に強く弾く事で軌道を逸らし、防ぐ。
「あ゛ぁ゛?ガキ風情が、いっちょまえに防ぎやがって・・・調子こいてんじゃねぇぞオラァ!!」
自身の攻撃が防がれた事に忌々しいとばかりに声を荒げる騎士。
―――その後に放たれた攻撃は、槍の穂先が複数ある様に見える程に早い連続突きだった。
ヒュヒュヒュヒュヒュッ!という風切り音を響かせながら迫り来る槍先。その速度は最早目で追い掛けるのが難しい程に速く、一撃一撃の重さは受けた瞬間に吹き飛ばされかねないと思える程。
僕がそれをギリギリのところで防ぎ、回避することが出来ていたのは、偏にフェルヌスさんに鍛えてもらっていたおかげだろう。
例え目で追い掛けきれなかったとしても、手足と体幹の動きから武器が振るわれる軌道を予測し、その線上に木刀を置く。
例え受けきれない攻撃であったとしても、武器同士を接触させた瞬間に身を捻り、円を描くよう木刀を振るい、相手の武器の勢いを殺さずに軌道を逸らし、流して弾く。
この二つは、どちらもフェルヌスさんから教わり、厭と言う程に体で覚えさせられた防御闘法だ。それ等によって、僕は騎士の攻撃を何とか凌ぐ事ができていた。
「くっ!?ギタル!」
「はっ?グエッ・・・!?」
とはいえ、その状態が何時までも続けられるわけではない。
何合目かの打ち合いの後に、このまま防ぎ続けるのも回避し続けるのも難しいと判断した僕は、隙を見つけて後ろに跳び退き、ついでにギタルの襟首も掴んで、一緒に射程外まで退避する。
「逃がさねえ!《飛翔槍》!」
攻撃が躱されたと瞬時に理解した騎士は、連続突きを中断し、自身の槍に橙色の気を流す。
バチリッ、と槍の柄から穂先までを橙色の気が静電気の様に迸り、纏われたのを確認した騎士は、次の瞬間には跳び上がり、上空から強襲する猛禽類の様に、僕達に向けて上から下への高速突きを放ってきた。
「ギタル、ごめんっ!!」
「ゲホッ、エホッ・・・!・・・あ?グブフゥッ・・・!?」
それが当たらんとした瞬間に、僕はギタルを蹴り飛ばし、彼を攻撃範囲から逃がすの同時に、その反動を利用して自身もまた反対側へと跳んで回避する。
「ガハッ・・・!?くそっ、痛ってぇな!オイコラ!なにいきなり人の事を蹴り飛ばしてくれてんだよ!」
「君を助ける為だったんだから仕方ないでしょ!それに僕は蹴る前に言ったよ。ごめんって」
「だからって蹴るこたぁないだろうが!顔が地面に擦れてめっちゃ痛ぇんだけど!?」
僕に蹴り飛ばされた事で騎士の攻撃を間一髪のところで避けきったギタルが、地面に倒れた後に上半身だけを起こして文句を言ってきた。
地面に倒れた際に聞こえて来た、ズザザザザッ!と擦れるような音と、顔の所々に出来た擦り傷を見るに、たぶん地面に顔を擦ってしまったのだろう。
それに対して、内心では少しだけ申し訳なく思いつつも口では謝ったじゃないかと返し、その間に再び木刀を構え直して目の前に立つ騎士を見据える。
「(この騎士、強い・・・!言動はともかく、その見た目はやっぱり伊達じゃない!)」
多少なりとも互いの武器を打ち合わせた事で、僕は自分と騎士との加我の実力差を測ることができていた。
身体能力、戦闘技能、戦場での駆け引き。どれを取っても騎士の方が上であり、戦況は明らかに僕の方が不利だと言えた。
そう認識していた僕だったが、しかし同時に、その騎士相手に自分がこうも渡り合えている現状に、自分自身でも驚いていた。
というのも、この世界の常識として大半の人間は冒険者と騎士、戦えばどちらが強いかと聞かれれば、後者を上げるということを僕は知っていたからだ。
実際、実力的にもそん所其処らの冒険者よりも騎士の方が上だし、稀に噂で騎士と戦って勝利したという冒険者の話を聞くことはあるが、そんなのは極一部だけだということも分かっていた。
つまりは、それだけ騎士というのは強いということ。そしてだからこそ、冒険者見習いでしかない筈の僕が、防御一辺倒であるとはいえ、目の前の騎士とほぼ互角の戦いをできている事が僕自身信じられないでいた。
「信じられねぇ、この攻撃も防ぎやがるのかよ・・・!?こいつ、本当にガキか・・・?まさか造精種・・・いや、髭がないから違うな。だとしたら、昔話に聞いたことがある小人族とか、そういう・・・?」
信じられないでいたのは騎士も同じであったらしい。地面に降り立った後に槍を構え直しながらも、僕の事を見ながら驚愕の声を漏らし、戸惑う様子を見せていた。
「ちっ・・・!このまま戦ってても埒が明きそうにねぇな。こうなりゃ、始末できる方から先に始末するか」
僕と戦い続けるのは分が悪いと判断したのだろう。視線を僕とは反対側―――つまりはギタルの方へと向けた騎士は、ジャリッと足を踏み鳴らしながらそちらへと足先を向ける。
「ッ!させるか!」
それを見た僕は、慌ててその動きを止める為に駆け出し、騎士に向けて木刀を横薙ぎに振るう。
だがそれは当然のように槍でもって防がれ、反撃の薙ぎ払いが振るわれた。
「オラァッ!!」
「くっ・・・!?ハアァァ!!」
「おっと、危ねぇな!」
ブオンッ、という音を立てながら迫るその攻撃を身を屈める事で躱し、懐ががら空きとなったのを目にして一歩踏み出し、兜と鎧の隙間―――喉元目掛けて木刀の突きを放つ。
しかし、それを後ろに下がる事で躱した騎士は、お返しとばかりに片手で持った槍で下から掬い上げるような鋭い突きを放ってきた。
「うぐぅっ!?・・・ッ!」
顔面目掛けて突き出されたその一撃を、咄嗟に木刀を盾にする事で防いだものの、しかし勢いまでは殺せず、僕の体はそのまま吹き飛ばされてしまう。
ズザザッ、と両足を地面に擦りながら着地する。―――その瞬間を狙って、槍を両手で持ち直した騎士が急接近してきた。
「ようやく隙を見せたな!なら、この技を食らって死んじまいなぁ!《瞬閃槍》ッ!!」
ボッ!と、橙色の気が稲妻の如く纏われた槍の穂先が一直線に僕に向かって放たれた。
軌道を読むに狙いは僕の心臓だろう。食らえば大怪我どころか確実に死ぬと分かる一撃。
「食らって、堪るかぁぁっ!」
その一撃を、木刀で受け止め、流し、更には右半身を前に出した半身の体勢となることで、ギリギリ、本当にギリギリの紙一重で躱すことに成功した。
「《水龍爪牙》ッ!ハァァァァアアアッ!!」
「何ィッ!?グボォッ!!?」
そして、受け流した勢いそのままに体をクルリと回転させ、騎士の胸元目掛けて木刀によるカウンター―――以前フェルヌスさんから教わった《水龍爪牙》―――〝相手の攻撃を受け流した後に強烈な斬撃もしくは刺突を放つ〝という戦技を食らわせた。
今回放ったのは刺突だったが、その威力は相手が突進してくる勢いも相まって倍増。見ただけでも頑強だと分かる騎士の鎧に大きな罅を入れる程のものとなった。
「ウオオオォォォォォッ・・・!?!?」
悲鳴にも似た叫び声を上げながら、壁の様に立てられた炎上する蔓草絡まる柵を次々と壊し、薙ぎ倒しつつ吹き飛んでいく騎士。
その姿が炎の中へと消えていくのを見送った僕は、止めていた息を吐き出しつつ「よし・・・!」と頷くと、ギタルに声を掛けた。
「ギタル!今のうちに皆のいる所まで逃げて!あと、できるなら助けも呼んできて!このままあの騎士と戦い続けるのは厳しいから!」
「・・・え?はっ?いや、何言ってんだよアルク。お前の言う騎士って、今さっきぶっ飛ばした奴の事だよな?あれで倒したんじゃないのか?」
「確かにある程度の手傷は負わせられたとは思う。けど、倒せたと言える程じゃない。たぶんまだ全然動ける筈だ。だから・・・!」
早く行くんだ、と戸惑う様子を見せるギタルにそう言おうとした時だった。視界の端で先程まで揺れ動いていた炎が膨れ上がる風船の様に膨張し、輝きを増したのは。
次第にそれは渦を巻き始め、火炎旋風のようになって空へと昇っていき―――パァンッ、という音を立てて、破裂した風船のように散々に飛び散った。
後に残ったのは、何もかもが焼け落ち、灰となり、炎も消えて一種の空白地帯と化した焼け野原と、その中心に一人佇む騎士の姿のみ。
その騎士が身に着けている鎧は先程の木刀の一撃を受けたからだろう、全体的に罅が走っており、また炎の熱で熱せられたからか、ジュウウウッ!と音を立てて赤熱し、所々で溶けかけている部分もあった。
だが、当の本人は痛みも熱も感じていないのかすこぶる元気そうな様子で、嬉しそうな、愉快そうな笑い声を上げていた。
「―――クハッ、クハハッ、クハハハハハハハッ!!いいねぇ、いいねぇ!これだから、血湧き肉踊る戦いは止められない!もっと、もっとだ、もっと見せろよガキィィィ!!次はどんな攻撃を、技を見せてくれるんだ?味合わせてくれるんだ?さあ、さあさあさあっ!限界まで絞り出せ、魂を輝かせろ!その命、尽き果てるまで、存分に闘り合おうじゃねぇかああああああああああああっっっ!!!」
「「ひぇっ・・・!?」」
兜のバイザーの隙間から獲物を狙うかの如き鋭い眼光を覗かせながら、狂ったように叫ぶする騎士。
その姿はまさに狂戦士と呼ぶに相応しいものであり、その体からは狂喜と狂気が入り交じったような、思わず怖気が走るような気迫が放たれていた。
そんな騎士の姿を見て、その気迫を受けた僕とギタルは、驚きと恐怖を覚えて揃って小さな悲鳴を上げた。まだ倒せてはいないとは思っていたが、まさかあれほどまでに元気で狂喜乱舞している状態になっているとは予想だにしていなかったからだ。
「オラッ、その手に持つ得物を構えろや!楽しい楽しい戦いの続きを始めるぞぉ!!」
そう言いながら、身に付けている物の中で唯一無事で原形を保っていた剣を、腰に差していた鞘から引き抜く騎士。
抜き放たれた剣は柄から刀身に至るまで真っ赤に染まっており、遠くからでも分かるくらいの熱気を放ち、周囲の光景を歪ませていた。
「いくぜぇ、ガキィィッ・・・!頼むから、早々に死んでくれるなよ・・・ッ!?」
湯気が出そうなくらいに熱を感じさせる吐息を吐き出し、爛々と輝く瞳を向けてくる騎士。
そしていざ、此方へと踏み込もうと片足を前に出して―――その瞬間、白刃の煌めきが騎士に襲い掛かった。
一筋の閃光が如き速さで騎士の右側面から迫り来る刃。それが槍の穂先だと僕が気付いた時には、既に騎士は回避行動に移っていた。
「なろっ・・・!?」
迫り来る刃を後ろへ跳ぶ事で躱した騎士は、反撃と言わんばかりに襲って来た相手に向けて、その手に持つ真っ赤に染まった剣を振るう。
その瞬間、刀身から炎が吹き出し、騎士の目の前の空間は一面炎に包まれ、焼き払われた。
「あっ・・・?今のを避けただと?」
・・・だが、それが襲撃者に当たる事はなかった。炎が鎮まり、消えた後にその場所へ目を向ければ、もうそこには誰の姿もなかったのだ。
一瞬焼失したのかとも思ったが、にしてはそれらしい痕跡がない。・・・ということは、どうやらあの一瞬の間に攻撃範囲から抜け出したのだろう。
そして、同じくその結論に達したのだろう。訝しげな様子を見せた騎士が襲撃者の姿を探して首を巡らせる。
―――と、その時。騎士の死角となっていた方向から物凄い速さで一本の槍が飛んで来た。
ゴウッ!!と音を立てながら飛んできたそれは、吸い込まれるように騎士の頭部へと向かって行き―――けれど、そのくらいの事は予想していたのだろう。騎士は慌てる事も驚く素振りも見せずに瞬時に剣を振り上げ、迎撃した。
ガキンッ!という甲高い音が鳴り響く。
騎士の剣によって切り払われ、弾かれた槍は、クルクルと回転しながら弧を描くように飛んで行き―――ハシッ、と掴まれる音と共に止まった。
槍を掴んだのは手甲に包まれた手であり、その手の主は僕達が知っている人物―――チョビ髭の騎士ことマクレーさんであった。
「―――その刀身から柄まで真っ赤に染まった剣・・・・・・やれやれ、まさかサーポルベント領にて名高い〝ジルバ砦の紅蓮剣〝こと、『バルディオス・ゼル』殿とこんな所で出会うとはな。まったく、運命とは数奇なものよ」
そう呟きながら、手に持った槍を軽く振り回し、その穂先をピタリと騎士―――バルディオスに向けるマクレーさん。
そんな彼に対して、バルディオスはまるで、面白い事になってきた、とでも言いたげな笑い声を上げながら、ゆっくりと剣を構えた。
「ハッ・・・!それはこちらのセリフだ。その顔、見覚えがあるぜ?アンタ、〝氷華槍〝のマクレー・ノーレッジだな。ク、ククク・・・!ライファ辺境伯に仕える騎士の中でも有名なアンタとは、何時か機会があれば闘り合いたいとは思っていたんだが・・・まさか、こんな気乗りしない任務中にそれが叶うなんてなぁ!!」
兜の下で獰猛な笑みを浮かべている事が容易に想像できる雰囲気を全身から放ちながら、今にもマクレーさんに向かって、斬り掛かろうとする体勢となるバルディオス。
一方、対峙しているマクレーさんは、冷静に槍を構えながら相手の出方を窺っていた。
二人の視線は互いに絡み合うようにして交差し、周囲の空気が次第に張り詰めていく。
そして、いざ二人が同時に動き出そうとした瞬間―――ピィィィーーーッ!!という笛の音が響き渡った。
「むっ?」
「あん?撤退の合図だと?ちっ、せっかく面白くなりそうだって時によぉ。・・・悪ぃな、〝氷華槍〝の。アンタと闘り合うのまた今度だ。・・・ああ、それと。追い掛けてくるってんなら、此処から北西にある山道に来いよ。俺達はそこで陣を張っているからなぁ!」
「待てぃ!」
笛の音を耳にしたバルディオスは、露骨に残念そうにそう言うと、身を翻して走り出す。
それを追いかけようとするマクレーさんであったが、しかし去り際に炎が放たれ、行く手を遮られてしまった。
最後に何処か期待するような声音で「来てくれるのを、心の底から待っているぜぇ・・・!!」というバルディオスの声が聞こえ、そしてその姿は炎の向こう側へと消えていくのであった。
次回の投稿は5/16を予定しております。




