第4章第2話 ~少年と少女と冒険者見習い達 2~
ギタル達と話をしている最中に突如として現れ、お前等の監督役を引き受けてやろうか?と言ってきた体格の良い男性冒険者。
その人物を目にした僕は、彼に誰何を問い掛けた。
「えっと、その・・・どちら様ですか?」
「おっと、悪い悪い。そういやまだ名乗っていなかったな。俺の名前はオリバー。Cランク冒険者のオリバーだ。よろしくな、坊主ども」
人好きのする、でも何処か男臭い笑顔を浮かべるオリバーと名乗った男性冒険者。
冒険者にとってランクとは、強さを表すものであり、同時に、如何に信用できる人物なのかを表すものでもあったりする。
その中でもCランクと言えば、冒険者の中ではそれなりの実力の持ち主である事を示すランクだ。
そんな人物が監督役を買って出てくれたことに、普通なら感謝した方がいいのかもしれない。
・・・がしかし、僕としては突然現れた見ず知らずの人にそれを頼むのは流石に遠慮したかった。
なにせ僕はエプーアの町にいた頃に、他の冒険者達に散々罵倒され、暴力を振るわれ、お金や物を奪われてきた。
その中にはCランクの冒険者もいたし。むしろ、その人達の方が率先して行ってすらいたのだ。
だからと言うべきか、僕はランクの高い低いでその人が信用できるとは思わない。人の善し悪しを決めたりしない。
ランクの高さとその人の人間性は別だと、今までの経験から学んでいたからだ。
故に、僕はオリバーという人物に対して警戒心を解くことをしなかったのだが、彼はそんな僕の様子を見て苦笑こそしていたものの、特に気分を害した様子を見せてはいなかった。
むしろ、なんだろう。なんだか、こう・・・微笑ましいものを見るような、生暖かい視線を向けてきていた。
「Cランクのオリバーって・・・まさか、あの〝浮遊刃〝のオリバーさん!?」
「うん?ああ、まあ、そう呼ばれる事もあるな。自分では名乗ったことはないけどな」
え、なんでそんな目で僕の事を見るの?と内心で不思議に思っていると、そこでギタルが声を上げた。まるで、憧れていた人物にまさかこんな所で出会えるなんて、といった感じに。
どうやら彼は、このオリバーという人物について詳しく知っているらしい。
「えっと、ちょっと聞きたいんだけど、君はこの人の事を知ってるの?」
「当ったり前だろう!〝浮遊刃〝のオリバーって言ったら、この交易都市ライファじゃ、『赤き炎槍』や『緑の烈風』に次いで名の知れた有名人だぞ!知らないわけがあるか!」
「そ、そうなんだ・・・」
ならば丁度いいとばかりに、オリバーという人物についてギタルに尋ねてみた僕だったが、興奮気味に語る彼の姿に、僕は若干引いた。
圧というか、熱量がなんかスゴい。火傷してしまいそうだと思う程だ。
「・・・その反応、どうやらよく分かってないな?よぉし、なら俺が、この人がどんだけ凄い人か教えてやろうじゃねぇか!」
ギタルはそう言うと、興奮冷めやらぬままにオリバーという冒険者について語り始めた。
〝浮遊刃〝のオリバー。その二つ名は自分の周りに数本の剣を浮かせて、それを意のままに操る姿からその名前が付けられたものらしい。
また、本人の剣の腕も相当なものであるそうで、まるで複数人の剣士がその場にいるような、そんな錯覚を抱かせる程に鋭い剣技を振るうそうだ。
なにより、彼を一躍有名にしたのは『渡り飛竜事件』と呼ばれるようになった一件だそうで、何処からか飛んできた渡り飛竜―――『ワイバーン』と呼ばれる竜種がライファ領内のとある村に降り立った際に単身戦い、見事仕留めてみせたことから、ライファ辺境泊より〝ドラゴンスレイヤー〝の称号も賜ったのだそうだ。
「どうだ、凄いだろう!」
「あ~・・・うん、そうだね。確かに凄いね」
まるで自分の事のように、えっへん、と胸を張るギタルに、僕は相槌を打って見せる。
・・・けれど、その視線は彼の横にいる、当の話題の人物に向けられていた。
自身の武勇伝を他人の口から聞かされている状況に、恥ずかしさか、もしくは居たたまれなさのようなものを感じているのだろうか?片手で覆うように自分の顔を隠してはいたが、頬と耳が赤くなっている様子は隠しきれていなかった。
「他にもオリバーさんが活躍した有名な話があってな!それは―――フグゥッ!?」
「は~い。いい加減ストップしようか、ギタル。話が進まないから」
まだまだギタルによる、オリバーという冒険者がこれまでどんな風に活躍してきたのか、という話が続くかと思われたがしかし、それはショーンの手がギタルの口を塞いだ事で強制的に止められた。
「ムグッ!ムググッ!?」
「いやぁ、ごめんね。こいつってば、オリバーさんに憧れててさぁ。冒険者になろうと思ったのも、憧れの人のようになりたいからって理由なんだよ。だからというか、本人を前にして、色々と箍が外れちゃったっぽい。今静かにさせるからちょっと待ってて。―――シェイナ、キィナ」
「うん」
「わかった」
ショーンに名前を呼ばれた双子の少女達が立ち上がる。
まず初めに動いたのはシェイナだった。彼女はシュバッ、と素早い動きでギタルの背後に立つと、彼の口を力ずくで大きく開かせる。
次に動いたのはキィナだった。彼女は自身のスカートに付いているポケットから何か丸い物を取り出すと、それをズボッ、とギタルの口の中に突っ込んだ。
「フムグゥッ!!?フガッ・・・ふがふが・・・・・・―――ガクッ」
反射的に口をモグモグと動かし、ゴクンと飲み込むギタル。
次の瞬間、彼の体は力が抜けていくように崩れ落ち、バタリとテーブルの上に突っ伏した。
「ちょっ、えっ?えっ!?」
「なんかこの人倒れたんだけど!何を食べさせたの?というか仲間じゃなかったの!?」
その光景を目にした僕とクーリィは、初めは何が起こったのか理解できず呆然としていたが、ギタルがテーブルの上に倒れ伏した際に響いた音で、ハッと正気を取り戻し、驚きの声を上げた。
僕達は俯せに倒れているギタルを前に「どうすればいいんだこれ!?」といった感じにワタワタと慌てて、右往左往する。
―――そこへ、ショーンが落ち着いた声音で話し掛けてきた。
「ああ、大丈夫大丈夫。慌てなくてもいいって。・・・ほら」
「ゴロ・・・ゴロゴロゴロ・・・ニャ~ン」
「・・・はっ?」
「・・・えっ?」
「まあまあ、落ち着いて」という風に言いながら、ギタルを指差すショーン。
彼に促されるままそちらに目を向けると、そこには先程までの苦しそうな表情とは打って変わり、気持ち良さそうに目を細め、喉を鳴らし、テーブルの上で転げ回っているギタルの姿があった。
「・・・えっと?」
「まあ、初めて見たらビックリするよね。さっきギタルに食べさせた丸い玉だけど、実はあれ、マタタビを混ぜ込んで作ったマタタビ団子なんだよ」
「・・・マタタビって、あの猫を酔っ払ったようにさせちゃう、あのマタタビ?」
「そう。そのマタタビ。・・・見た目からじゃ分かり辛いと思うんだけど、実はギタルって獣武種なんだよ。それも猫系部族の。だから、マタタビの匂いを嗅いだり口に含んだりすると効果抜群でさ、こんな感じにまんま猫っぽくなってしまうってわけ」
「うるさくなった時とかに一時的に黙らせる為に使ったりしているんだ」と話すショーン。
その説明を聞いた僕は戦慄も露に、「マジか、仲間相手なのに容赦ないなこの人」と思わず頬を引き攣らせた。
「まあ、時間が経てば自然に正気を取り戻すから放っておいていいよ。それよりも・・・・・・オリバーさん。貴方は本当に僕達の監督役をしてくれるんですか?」
「おう!?お、おう。そのつもりだったんだが・・・なにか、まずかったか?」
僕達と同様に先程の光景を見ていたのもあってか、オリバーさんは一瞬肩をビクッと竦めた。
それが驚きか恐怖かは僕には分からなかったが、しかしどことなくショーンに対して腰が引けている様子であった。
「いえいえ。貴方ほどの方が監督役をしてくれるのであれば、僕達としてはとてもありがたいです。・・・でも、不思議に思う部分もあるんですよ。どうしてCランク冒険者である貴方がわざわざ僕達の様な冒険者見習いの面倒を見てくれるのか、ってね」
スゥ・・・と、軽い雰囲気と口調こそそのままだったが、しかしその目は鋭くオリバーさんへと向けられていた。
「・・・あ~・・・・・・もしかして、何か裏があるんじゃないかって思ってるのか?」
オリバーさんは困ったように頭を掻き、その後に片手と首を横に振った。
「警戒する気持ちは分からんでもない・・・が、断言する。そんなもんはない!俺がお前等の監督役になろうと思ったのは、単純に俺が暇していたからだ」
「暇していた?Cランク冒険者の貴方が?」
オリバーさんの言葉にショーンは首を傾げる。
彼が疑問に思うのも当然だろう。一般的にCランクともなれば普通の冒険者よりも実力も信用も上だし、その分様々な依頼、それこそ指名依頼を受けることも多くなって引っ張り凧となるので早々暇になること等ない筈なのだ。
実際、フェルヌスさんもCランクになった時には冒険者ギルドに色んな依頼を頼まれていたし。・・・まあ、彼女の場合は僕の面倒を見ていたという事もあって、遠出する様な依頼はまず受けようとはしなかったが。
そんな僕達の疑問を察したのか、オリバーさんは苦笑しながら口を開いた。
「実は、ついこの間まで一緒に組んでいたパーティが解散する事になってな。Cランクっつっても、俺は自分の実力がどれくらいなのかは自覚しているし、一人で熟せる依頼もそう多くはなかったから、言うなれば開店休業状態だったんだよ」
「パーティが解散って、何かあったんですか?まさか、大怪我して冒険者活動が出来なくなってしまったとかですか?」
冒険者がパーティを解散する理由はいくつかある。その中で最も多いのは、大怪我によって冒険者活動が満足に出来なくなるというもの。大体はこの理由で冒険者を引退してしまう事が多く、それによってパーティが解散してしまうというのは良く聞く話だからだ。
見た感じでは、オリバーさんに怪我と思われるようなものは見受けられない。おそらく、怪我をしたのはパーティメンバーの方ではないだろうか。
そう思って僕が尋ねると、オリバーさんは否定する様に片手を横に振った。
「いやいや、違う違う。パーティが解散する事になった理由はそっちじゃない。その、なんだ、俺以外のパーティメンバーが結婚する事になってな。そんで、それを期にそいつ等が冒険者を引退するって事になってさ・・・・・・」
指で頬を掻きながら、気まずげにそう話すオリバーさん。
何でもオリバーさんが組んでいたパーティは、彼も含めた男二人、女一人の三人構成であったらしい。
オリバーさんとパーティを組んでいた男女二人は、元々同じ村出身の幼馴染の関係だったらしいのだが、冒険者活動を続けていく内に男女二人の関係が急接近し、恋仲となり、そして今から五日ほど前に夫婦の間柄となったそうだ。
それ自体はオリバーさんも喜ばしい事だと思ってはいるらしい。・・・のだがしかし、その表情は何処か複雑そうな感じのものを浮かべていた。
「・・・もしかしておじさん、結婚したその女性の事が好きだったの?」
「ぶふっ・・・!?」
その表情から何かを察したのだろう。クーリィがそう問い掛けるとオリバーさんは盛大に噴き出した。
どうやら図星であったらしい。彼は顔を真っ赤にしながら慌てていた。
「ななな、何を言って・・・!?」
「あ、顔が赤くなった。やっぱり好きだったんだ~!」
「うるせぇっ!ガキがマセたこと言ってんじゃねぇ!あと俺はまだ二十五だ!おじさんと呼ばれる歳じゃねぇよ!」
ニヤニヤと笑いながら揶揄おうとするクーリィに、オリバーは気恥ずかしさを誤魔化す様に怒鳴り返す。
そんな二人の姿を見ていた僕は、内心ではオリバーさんの話を聞いて「なるほど、そっちか」とパーティが解散した理由について納得していた。
実を言えば、冒険者が恋愛事でパーティを解散するという話は、怪我を負って満足に動けなくなってしまうという話と同じくらい良く聞く話だったりする。
・・・いや、むしろ、環境や状況によってはそちらの方が多いと言えるかもしれない。
何故なら、冒険者という職業が請け負う仕事は大抵が命の危険があるものが多い。そして、その危険を共に乗り越えた相手とは必然的に深い絆が生まれやすい。
加えて、冒険者の男女比率は男性九割、女性一割と偏っていて異性との出会いが少ないのも原因の一つとなっており、そのせいで一人の女性を巡って取り合いと言う名の争い事が起こるのはある意味必然であったし、珍しい事ではなかった。
「なるほど、そういう理由だったんですね。つまり、オリバーさんは今、失恋による傷心を癒やす為に開店休業状態になっていたと」
「おぉい、言い方!もうちょっと薄布に包んだ言い方をしてくれ!いやまあ、確かにちょっと良いなぁとは思っていたけど、別にそこまで惚れていた訳じゃ・・・!」
「でもさっき、結構本気で動揺してたよね?つまり、それだけ好きだったってことでしょ?」
「んぐぅっ・・・!?」
ショーンがそう言いながらオリバーさんに生暖かい目を向ける。
僕達もまた同じような目を向けていると、オリバーさんは反論しようとしてか何か言い訳のようなもの口走ろうとしたが、しかしそこでクーリィからの追加の口撃が放たれた。
そして、それがトドメとなったのだろう。オリバーさんは呻く様な声を上げた後、バタリとテーブルの上に突っ伏してしまった。
「―――さて、オリバーさんが僕達の監督役をやってくれる理由も分かったところで、僕としては問題ないとしてお願いしたいところだけど。・・・皆はどうかな?」
そうして、オリバーさんが撃沈したのを見計らったショーンは、話を本題に戻して僕達の顔を見回した。
「オイラは良いと思うよ~」
「私も問題ない。キィナもそう思うよね?」
「うん。私もシェイナと同じ考え」
「私も良いよ~!このおじさん、面白そうだし!」
「えっと、僕も大丈夫だけど・・・その、君達のリーダーには確認しなくてもいいの?まだ、正気に戻ってなさそうだけど・・・」
「ああ、大丈夫大丈夫。どうせこの人が監督役をやると言った時点でギタルの奴も、うんって頷くのは間違いないから」
そう言いながら、ギタルへと目を向けたショーンの口元には苦笑が浮かべられていた。
・・・まあ、確かに。あれだけ興奮していたのだから、普通に考えれば断るとは思えないよね。
「それじゃあ、僕達の監督役をお願いしますね、オリバーさん」
「よろしくね、おじさん!」
それからショーンはオリバーさんに向き直ると、先程とは違う意味合いの良い笑顔を浮かべた。
それに釣られるようにクーリィも、アハッといった感じの明るい笑みを向けて見せた。
「うぐぐぐぐっ・・・!クソッ、小生意気なガキ共めぇぇぇ・・・!!」
そんな二人にオリバーさんは、テーブルに突っ伏した状態から顔だけを上げて、上目遣いに悔し気な、恨みが篭っているような目を向けるのであった。
次回の投稿は5/2を予定しております。




