第3章第16話 ~大魔王と企む者達 4~
7月26日に文章内容の修正と一部変更をしました。
サーポルベント領。そこはアルゴノブル王国の南西に位置する地域であり、サーポルベント侯爵家が治める領地だ。
そしてかの領地の中心とも言える首都―――『スベルク』とよばれている町の奥にある、一見城と見間違う程にそびえ立つ大きな建物こそが、サーポルベント侯爵家が住む屋敷であった。
「只今帰りました、父上。長らくお待たせして申し訳ありません」
その屋敷のとある一室にて、一人の青年―――ランヴァルトが目の前にいる人物に頭を垂れていた。
ランヴァルトの目の前にいるのはそこそこ年を取った見た目の壮年の男性。名を『ザルヴィン・フォン・サーポルベント』と言い、サーポルベント侯爵家の現当主であり、先程ランヴァルトが口にした通り彼の父親であった。
顔形は厳格そうに見える相貌をしており、その口元には首元にまで届く程長い、白み掛かった金色の髭が伸びていた。
また、その背筋は年を思わせない程真っ直ぐに伸びていて、身に付けているゆったりとしたローブ風の衣服には華美な装飾が散りばめられ、裕福さを顕著に表している。
「いや・・・任務を達成し、よくぞ帰ってきた。―――して、ランヴァルトよ。我等の計画の進み具合は今どうなっているのだ?」
横幅の広いソファに座ってランヴァルトの帰還の挨拶を受けたザルヴィンは、己の髭を片手でゆっくりと撫でつつランヴァルトの労をねぎらい、その後で今現在彼等が進めている計画の進行状況を確認しようと尋ねる。
「はい。予定の大半はこの半年の間で既に完遂しており、一番の課題であった例の古文書に記された武具についても、先日手に入った魔物の素材を使う事で問題なく作れそうだと、鍛冶師達からは確認が取れております」
その問いに委細問題ないと答えるランヴァルト。
その口元には薄らとした笑みを浮かべており、そしてその瞳には野心に濡れた色を滲ませていた。
「ただ、完成までには少なくない時間が掛かるらしく、軽い見積もりでも一週間程掛かると彼等は話しておりましたが・・・・・・」
「よいよい。長らく待ったのだ、今更その程度の時間なぞ余裕で待てるわ・・・!」
ザルヴィンは「カカッ!」という笑い声を軽く出すと、目の前にあるテーブルの上に置かれていたワイングラスを手に取り、その中に注がれていた血の様に赤いワインをゴクリと飲み込んだ。
「思えば十五年前のあの日からここまで、随分と長い時が経ったものよ」
「十五年前と言うと・・・父上が昔から話されていたあの戦争の事ですか?確かこのサーポルベント領から南西の方角、マナリス山脈を越えた先にある獣武族達が統治している『ラタニア帝国』が侵攻してきたのだと伺っておりましたが・・・」
「うむ、そうだ。ラタニア帝国の奴らは、このアルゴノブル王国の南東の僻地にある場所―――『始まりの森』と呼ばれる豊富な資源がある場所を目指し、進行して来たのだ」
ザルヴィンは再びグイッとワインを飲む。
「あの場所へ向かうルートはいくつかあるが、その中で最も確実なのはこのサーポルベント領を通っていくルートだ。奴等はそのルートを通って軍勢を率いて来て、向こうと我が領地の間にある国境線へとやって来た。総勢五万人の獣武族。その大半は実力のない雑兵であり、我が領軍に所属する屈強な兵士達ならば簡単に蹴散らす事が可能ではあった。・・・が、流石に五万人もの軍勢を押し留められる程の数は、我が領軍にはおらなんだ。そしてワシは仕方なく周辺の他の領地を治めている貴族達と連絡を取り、連合軍を結成した」
「確か、貴族連合軍に集まった軍勢は約三万五千人。多少差は埋まったものの、それでも数の上では不利だったとか・・・」
「その通りだ、ランヴァルトよ。しかもその半分以上が何の訓練もしていない農民上がりの兵士ばかり。正直これでは勝てる戦も勝てはしないと、当時は頭を抱えたモノよ。だがそれも、常勝無敗たる我が領軍の活躍によって撃退する事が出来た。そして戦争が終わった後に、その活躍に見合った褒美を国王陛下から頂けるもの踏んでいたワシは―――そこで絶望を味わった」
そう語りつつ、当時の事を思い出したのか幾分か機嫌良さそうに笑うザルヴィン。
だがその表情は、次第に苦みを口にした様な顰め面へと変わっていく。
「国王陛下から褒美を頂いたのはワシではなく、あの男―――『バゼルドーラ・・フォン・ライファ』であった・・・!当時は男爵程度でしかなかった奴は、それを機に辺境伯の位を賜った。・・・・・・そこまでは良い。奴の活躍ぶりはワシも見ていたからな。・・・だが、その位と共に与えられた領地である王国南部の僻地・・・その地は我がサーポルベント家が元々所有していた領地の、その半分を切り取った場所であった!」
ギリッ・・・!とザルヴィンは歯軋りをする。
「もちろんワシはその事に対して国王陛下に抗議した・・・!土地を与えるのは良い。だが、それが何故サーポルベント領の領地を切り取る事になるのかと・・・!―――そして返された返答はこうであった。”貴様が治める領地の一部を返上して貰うからだ”とな・・・!!」
そこまで語った彼は、当時の事を思い出して苛立ちが最高潮に達したのか、ドンッ!と握り込んだ拳でテーブルを強く叩いた。
「何が”無駄な突撃を繰り返し、徒に率いていた軍勢を損耗させたから”だ・・・!短期決戦を挑まねば、敗北していたのは我々だったのだぞ・・・!!それなのに・・・それなのに・・・!」
「落ち着いて下さい、父上。それほどまでに激昂されるとお体に触りますよ?」
「フゥー・・・!フゥー・・・!―――あ、ああ・・・そうだな、ランヴァルトよ。すまないな、無様を晒した・・・・・・」
「いいえ。父上のお気持ちはこのランヴァルト、よく分かりますとも・・・!領地を奪われる。我等貴族にとってそれは、謂わば誇りを傷付けられる事に等しいもの。だからこそ私は、私達サーポルベント領の貴族は、父上の立てた計画に―――我等の領地を奪ったバゼルドーラ・ライファが治めているライファ領に攻め入る事に賛同したのですから」
そう言いながら、再び頭を垂れるランヴァルト。
俯く事で隠れた彼の表情は、その端整な顔立ちが歪んでしまう程に頬を引き攣らせ、笑みの形を浮かばせていた。
「―――失礼します、侯爵様。貴方の歌姫が只今参りました。この扉を開けてもよろしいでしょうか?」
そこへ突然、ノックの音が響いた。
音の出所は部屋の出入口である両開きの扉からであり、そしてその向こう側から若い女の声が聞こえて来た。
「おお、そなたか・・・!構わん。遠慮せずに入って来ると良い・・・!」
その声を聞いたザルヴィンは、先程まで怒りに染まっていたその形相を切り替える様に一変させ、情欲を感じさせる下卑た笑みへと変えた。
「―――それでは、失礼いたします」
ザルヴィンから入室の許可を貰った扉の向こうにいる人物はそう言うと、ゆっくりと両開きの扉を開けた。
「・・・・・・・・・」
そこにいたのは一人の美女。
その容姿を一言で表すのであれば、白一色。
腰まで届くほどの長い髪も、目の中の瞳も、瑞々しさを感じさせる肌も、身に付けているローブドレスも、その全てが真っ白な女性であった。
「おお、おお、よくぞ来た・・・!さあ、早くこちらに来なさい・・・!」
「・・・はい」
ザルヴィンは掌を上にして白い美女に此方へ来いと手招きをし、それを目にした彼女は静々と部屋の奥へと進む。
白い美女が近づくにつれてザルヴィンはその表情を好色爺の如くだらしのないモノへと変え、そして彼女の腰に手を廻すと抱き寄せて膝の上に乗せた。
「すまぬな、ランヴァルトよ。これから日課である楽しみの時間でな。以降の報告はまた後日にしてくれるか?」
「・・・・・・はい。分かりました、父上。それでは私はこれで失礼いたします」
あっちへ行けと言いたげに手を振るザルヴィン。
それを受けたランヴァルトは多少の間を空けた後に頷き、無表情のまま扉を通って部屋の外を出ていく。
「・・・さて、それでは今夜も楽しませてもらおうか。のう?」
その姿を横目で見ていたザルヴィンは、彼が扉を閉めるのを目にすると自身の膝の上にいる白い美女へと視線を移した。
「ふふ・・・そうですわね。それでは今夜も、貴方様に天国をお見せ致しましょう」
そしてザルヴィンの瞳にその姿を映される白い美女。
その表情は蠱惑的な、見る物を情欲に掻きたてられるような笑みを浮かべていた。
「女に溺れた耄碌爺が・・・!」
部屋を出た後で扉を閉める。その後でランヴァルトは呟く様に憎々しげに悪態を吐き、そしてその表情もまた同じように歪ませていた。
「まあいい・・・あの男が当主でいられるのも今回の事までだ。ライファ領を平定した後にでも、その座を降りてもらうからな」
ふんっ・・・!とランヴァルトは鼻を鳴らすと、その場から離れて歩き出す。
「だが、あの男の様子の変わりようは本当に不思議だ。昔はあれでも、誰に対しても厳格な性格であったというのに・・・・・・」
スタスタと廊下を歩くランヴァルトの胸中にはザルヴィンに対する苛立ちの感情が湧き上がっていた。
だが同時に何故そうなってしまったのかと疑問も覚える。
ザルヴィン・サーポルベントという男は、歴代のサーポルベント家の当主の中でも武勇に優れた人物だった。
武器の扱いも戦略戦術の扱いも、歴代最高峰だとうたわれていた人物だった。
それが何故、ああも見るに堪えない程女にだらしなくなってしまったのか?
「つい一年程前にあの女が来てからだ。あの女が来てからあの男は瞬く間に変わってしまった・・・」
今から一年程前、あの白い美女は突然このサーポルベント領に現れた。
その人物の容姿は一見すると麗しく美しい物であり、心地良ささえ感じさせる声音はいっそ清々しいまでの清廉さを感じさせるモノだった。
しかしそれらとは反対に肉付きの良い豊満な肉体と、常に浮かべている情欲を感じさせる蠱惑的な笑みがギャップを生み出し、男の性欲を無性に掻き立てるような妙な美しさを作り出してもいた。
「確かにあの女は美しい。私も今までの人生の中でもあれほどの女に出会った事は無かったからな・・・」
ランヴァルトが始めて彼女の姿を見た時は思わず目を奪われ、小一時間ほど意識が飛んでいた事を覚えている。
そしてだが、今のザルヴィンの状態もその時のランヴァルトと似た様なモノであるのだろう。
むしろ元の性格が厳格であった分、あれほどの美女を見たからこそ反動的に溺れているのかもしれない。
それでもその様は―――白い美女に対する接し方は、彼の妻であり既に故人となっている自身の母親には一度もしていなかったものだ。
それを考えると少々複雑な思いが無いとは言えない。
「まあ、その肢体をあの男が味わえるのもあと少しの間だけ。当主の座を降りた後には、彼女の体は私がたっぷりと楽しませてもらおう」
だがしかし、ランヴァルトもまた人の事は言えなかった。
今はザルヴィンがあの白い美女を独占してはいたが、彼が当主の座を降りた際には彼女を自身の妻にするつもりであった彼は、その時の光景を想像して情欲に濡れた笑みを浮かべる。
だがランヴァルトが白い美女の事を求めていたのは、別に彼女の体だけが理由ではなかった。それ以外にも目的があったのだ。
「それに、あの女の齎す物は素晴らしい物ばかりだ。特にあの女が持ってきた例の古文書。アレに記されていた武具の一つ一つは戦いを、戦争を一変させうる・・・!」
自室の前に辿り着き、その扉をガチャリと開けて中へと入ったランヴァルトは、部屋の奥に置かれていたベッドの、その横に置かれていた棚の引き出しを開ける。
そしてそこから取り出したのは、彼女が自分達の前に現れた時に献上してくれた物。
それは今から数百年も昔に運用された物であり、しかし今では伝説とされ、その大半が失われてしまっている数々の武具の作り方が記載された古ぼけた書物だった。
ランヴァルトが古文書と呼ぶそれには、一振りするだけで強力な魔法を放てる剣や、分厚く固い岩盤を一突きで貫く槍、更には杖を掲げるだけで百の魔技を同時に発動させることが出来る杖等といった、どれもこれも荒唐無稽な効果を持った武具に関しての詳細が記載されていた。
そしてその作り方も記載されていたのだが、しかし当然の様にそれほどまでの物を作るには材料もまたかなり希少なモノが必要となり、その内の一つだけでも今のランヴァルト達には用意する事は不可能であったのだ。
―――今日までは。
「古文書には武器だけではなく、防具についての記載もあった。その大半も、これまた材料集めの段階で不可能だと断じられる物ばかりであったが、しかしその内の幾つかは私達でも手に入れられる可能性のある物があった」
古文書を開き、ページを捲って目的の部分を開く。
そのページに書かれていたのは一つの絵。その形は中心部分に縦横に走る細かい線が入った、黄金に輝く大きな盾に見えるモノであった。
そして隣のページには、その武具に関する詳細な文章が書かれている様ではあったが、しかしその内容は所々で文字が擦れたり、インクが滲んでしまって読めなくなってしまっており、全てを解読するのは難しい状態であった。
「名前もまた掠れてしまって分からなくなってはいるが、この形状を考えればおそらくは盾である事に間違いはないだろう。そして読める範囲を見るだけでも相当に強力な物であることは間違いない・・・!これが手に入れば、私達サーポルベント家は文字通りの意味で無敵の存在に成れる事だろう・・・!くくくっ・・・!完成するのが待ち遠しいものだなぁ・・・!」
そう確信を抱くランヴァルトは、古文書から視線を外すと、虚空を見ながら己がその武具を身に付けた姿を想像して口元に笑みを浮かべた。
「・・・っと、いかんいかん。こんなことをしている場合ではなかった。早く鍛冶士達へこれを見せに行かねば・・・!」
その後で、ハッ・・・!としたランヴァルトは、懐に古文書を入れると、ガチャリと自室の扉を開けて廊下に出た。
そもそもどうして彼が自室に来て、仕舞っていた古文書を取り出したのかと言えば、それを武具を作る鍛冶師達の下へ持って行くためであった。
ザルヴィンに報告した時にも話していた、古文書に記されていた武具―――先程ランヴァルトが見ていたページに記されていた黄金に輝く盾を作る事が出来そうだという鍛冶師達の話。
材料となる件の魔物―――ムテキタートルの甲羅を半分に割り、外枠を鉄などで補強して取っ手を付ければ盾として十分に使えるとのことだが、実はそれだけでは伝説の武具としては完成しない事を、古文書をよく読んでいたランヴァルトは知っていた。
最後にして一番大事な加工。それを行う為には特殊な儀式を行う事が必要があり、その儀式の詳しい方法はこの古文書にしか記されていない。
「(幸いその部分に関しては劣化が少なくちゃんと読めるので、加工を行う分には問題ない。とはいえ、その行程はかなり多い。正直これをかなり読み込んでいる私でさえ、全てを覚えきれていないのだから相当だ)」
古文書に記されていた十以上もの行程。それを思い返し、己の胸中にほんの少しだけうんざりとした気分が出て来るのを感じたランヴァルトは、スタスタと屋敷の廊下を歩きながら声にならない溜め息を吐いた。
「おや?ランヴァルト様ではないですか。お帰りになられていたのですね」
「むっ・・・?貴様は・・・・・・」
そんな彼の下へ声が掛けられた。
声の出所は、ランヴァルトから見て廊下を少し行った先にある左右に分かれている道の曲がり角からであり、そこには頭から足元までの全身を灰色のフード付きマントで包んだ一人の年若い男がいた。
その身長は一八〇cm以上もある長身で、時折フードの下から覗かせる濡れた様な黒髪と、ほの暗い色を思わせる黒い瞳が、妙なミステリアスさを感じさせる。
その男の姿に見覚えのあったランヴァルトは、その人物が誰だったかを思い出そうとしながら口を開く。
「確か、彼女の従者の・・・・・・」
「はい。この屋敷にてお世話になっている主の従者である『シャズルハ』でございます」
ランヴァルトが名前を思い出す前に名を名乗る男。
その名前を耳にしたランヴァルトは、「そういえば・・・」と彼が何者であったかを思い出し、合点がいった様に頷いた。
「シャズルハ・・・・・・ああ、確かそう言う名前であったな。こんな所でどうしたのだ?」
「はい。実は我が主へ報告する事がありまして、それであの方を探しに館の中を歩いて回っていたのですが・・・・・・」
「なるほどな・・・お前の主人である彼女ならば、今頃我が父とお楽しみの最中であろう。報告に行くのならその後にした方が良いぞ」
「おや?そうでしたか。教えていただき感謝申し上げます、ランヴァルト様。ですが、こちらとしても急ぎの用件でして・・・・・・」
「そうか・・・精々父上の邪魔をして、その首を斬り飛ばされんように注意する事だな」
ランヴァルトに向けて頭を下げるシャズルハ。
それを見たランヴァルトはフンッと鼻を一つ鳴らすと、そのまま彼の隣を通り過ぎ、目的地である鍛冶師達がいる工房へと足を進ませるのであった。
「・・・・・・・・・」
自身の隣を通り過ぎ、廊下の曲がり角を曲がっていったランヴァルトの背中を見送ったシャズルハは、その後で無言のまま前を向くと、再び屋敷の廊下を歩き始める。
そしてしばらく歩いた後に、とある扉の前で立ち止まった。
そこは先程ランヴァルトが罵倒を零しながら退室した、サーポルベント家当主であるザルヴィンのいる部屋であった。
「失礼いたします」
ノックもせず、ただ一声だけ掛けて、ガチャリと扉を開けて部屋の中へと入るシャズルハ。
その行動は、一貴族の当主がいるであろう部屋に入るにしては些か以上に無礼だと言われる様なモノであり、本来ならば咎められてしかるべきモノだ。
だがしかし、今ならばそうはならない事をシャズルハは知っていた。
「『ホワイト』様。不肖このシャズルハ、ただ今帰還いたしました。私が傍を離れている間、生活にご不便等はありませんでしたでしょうか?」
部屋の中ほどまで進んだシャズルハは、その場で跪くと、目の前にいる人物に対して頭を下げた。
「―――お帰りなさい、シャズルハ。ええ、それについては大丈夫。私はこの領地を治める貴族家当主の寵愛を受けておりますからね。この家に仕えている屋敷の者達は皆、私に良く思われようと生活に不便が無い様取り計らってくれますから」
彼の声に応えたのはサーポルベント家当主であるザルヴィン―――ではなく、白い美女であった。
シャズルハにホワイトと呼ばれた彼女は、部屋に備え付けられていたソファに腰を下ろしており、その両手にはカップとソーサーを持ち、その中に淹れられていた紅茶をコクリコクリと飲んでいた。
「それで、例の件の進行状況はどうなっていますか?戻って来たという事は、一定の成果はあったのでしょう?」
そして、淹れられていた紅茶を飲み干したホワイトは、手に持つカップとソーサーをテーブルの上に置くと、シャズルハに顔を向けた。
「はっ・・・その事についてなのですが・・・・・・」
シャズルハは一度返事を返した後、彼女から命じられ、自身が請け負っていた任務についての報告をする為にその口を開いた。
「例の件―――”古に封じられた災厄の獣”ついてですが、施されていた封印の解除には成功し、その姿を現世に呼び出すことに成功しました」
「・・・!それは本当ですか?」
「はい。かの伝説に語られていた内容と、そしてそこから考察したホワイト様の予想は―――数多の生贄を用いる事で封印が解けるという予想は間違っていなかったようです」
「そう、そうなの。フフッ、アハハッ・・・!ありがとう、シャズルハ。それは最高の知らせよ・・・!これで私達はようやっと歩みを進めることが出来るわ・・・!」
シャズルハの報告を聞いたホワイトは、嬉しそうに、楽しそうに、歓喜の笑い声を上げ続けており、その様はいっそその場でダンスでも踊り始めかねない程の浮かれ様であった。
「フフッ、フフフッ・・・!その報告を聞けただけで、此処に来た甲斐があるというもの・・・!貴方にも感謝しないといけませんね。ねぇ、ザルヴィン・サーポルベント侯爵様?」
そう言いながらシャズルハのいる方向とは逆の方へと視線を向けるホワイト。
そこには一人の男性が―――サーポルベント家当主であるザルヴィンがだらしのないニヤけた笑みを浮かべながら床に大の字となって寝転がっており、時折ビクンビクンと跳ねる様に体を痙攣させていた。
また、半眼となっているその両目は、此処ではないどこか虚空を見つめており、よく見れば瞳の輪郭に沿うようにピンク色の光が纏われているのが見える。
もう一つ付け加えて言うなら、服を脱いだ形跡も見られない事からランヴァルトが想像していたような行為が行われていなかった事は明白だ。
そんな正気とは思えないザルヴィンの姿を目にしたホワイトは嘲笑うかの様な笑みを浮かべ、しかしその後でふと何か嫌な事を思い出したのか苦虫を噛み潰した様な表情となる。
「―――まあ、でも、唯一の誤算があるとすれば、封印解除の生贄にする者を、自領にいるであろう盗賊や犯罪者から出すのではなく、隣のライファ領に住んでいた領民から出したことですが・・・・・・」
「・・・?あれはホワイト様が出された指示ではなかったのですか?」
「違います。ええ、違いますとも・・・!そこに関しては、私は頑として首を横に振ります・・・!」
シャズルハからの問いに、ホワイトは首をフルフルと横に振る。
「確かに私はこのザルヴィンに〝魅了〝を掛けて、こちらにとって都合の良い傀儡に仕立てあげました。そして隣のライファ領にて活動していたパンデモニウム教団を利用するように誘導もしました。・・・ですが、私が生贄にしようと考えていたのは人々に害を成していたパンデモニウム教団の方であって、被害に遭っていた側であるライファ領の領民ではなかったのです。ライファ領の領主であるバゼルドーラ・ライファ辺境伯とは犬猿の関係だとは知っておりましたが、まさかあそこまで見境いの無い行動を取るとは・・・」
「まさか、便乗して彼等彼女等を拐って来るだなんて、思ってもみませんでした」とホワイトは呟きながら、ほんの少しだけその表情を曇らせた。
ホワイトの手によって〝魅了〝状態にされ、傀儡にされていたというのに、その状態であっても尚、己が怨敵と定めた相手であるバゼルドーラ・ライファに対して食って掛かろうとするとは、いったいどれだけ彼の事を憎く思っていたのだろうか。
というより、個人が憎ければその周りも憎いのかと、ザルヴィンの取った行動からそう推察したホワイトは、思わず溜息を吐いた。
「私達の行いは人類に反旗を翻しているに等しいものではあります。・・・しかし、最終的な結果はともかく、その過程で善良なる無辜の民を犠牲にするつもりはないのです。・・・というか、そんな事をすれば私達があの方に叱られてしまいます。それは、私達の望む所ではありませんから」
語りつつ顔を俯かせたホワイトは、その口元に薄っすらとした笑みを浮かべる。
しかし彼女が浮かべたその笑みは、悲しさや寂しさが混じっている様な、何処かぎこちなさを感じさせるモノであった。
「ホワイト様・・・」
「・・・・・・話が脱線しましたね。少々戻りましょうか」
ンンッ・・・!とホワイト咳払いをすると、俯かせていた顔を上げ、シャズルハへと視線を向ける。
「そういえば、封印を解いた災厄の獣がどうなったのか、それをまだ聞いていませんでしたね。利用出来そうであれば例の計画に使うつもりでいましたが・・・―――シャズルハ、それについて報告してくださいますか?」
「・・・・・・はっ」
気持ちを切り替えて報告の続きを聞こうとするホワイトの姿を見たシャズルハは、数瞬の間を空けた後で返事を返し、自身が見聞きした事を話し出した。
「封印が解かれ、現世に姿を現した彼の災厄の獣は、紫色の水晶の様な鱗に覆われた巨大なドラゴンの姿をしておりました。そしてそれは封印が解かれた直後、近くにいた者達―――生贄の護送の為に私と共に来ていた兵士達や、生贄にされた者達の遺体に襲い掛かり、その血肉を全て食らったのです」
「・・・!それは本当ですか?」
「はい。・・・幸いにも私はその場から多少離れていたので気付かれずに事なきを得ましたが、今思い返してみても身震いが起きる程に恐ろしいモノでした」
そう語るシャズルハは、その時の事を思い出したのか顔色を青く変色させ、額から大量の脂汗を流す。
「伝説の内容の中には、封印された災厄の獣は複数体存在するというものがありましたが、おそらくあれはその中でも一際強力な存在であったのではないかと。・・・そしてその後の事ですが、多くの人間の血肉を食らった災厄の獣は、新たな餌を求めてなのか東へと向かって飛び立ち、そして私もまたその行方を追って東へと向かいました」
「行方を追ってって・・・別に封印を解いた時点で戻って来ても良かったのですよ?貴方に出していた命令は、封印を解くことだけだったのですから」
「封印を解く前は、そのつもりでした。ですが解いた後で、あれは封印を解いてはいけなかったモノではないかと感じてしまった私は、衝動に駆られるまま後を追ってしまったのです。―――そして、その先で私はある驚くべき光景を目にしました」
「驚くべき光景・・・?」
「はい。それは、かの災厄の獣がとある人物の手によって討伐される光景でした・・・!」
「はっ・・・!?」
シャズルハの話を聞いて、信じられない!何それ!?という感じに驚いた様子を見せるホワイト。
しかしそのすぐ後に正気を取り戻すと、彼女はシャズルハに向けて「待った・・・!」と言いたげに掌を前に出した。
「―――待って、待ちなさい・・・!今貴方、何と言いました?災厄の獣が討伐されたと言いましたか・・・!?こ、これは本気で驚きましたね・・・!まさか、生真面目な性格であった貴方が冗談を言う様になるだなんて・・・!?男子三日会わざればなんとかという言葉もありますし、どうやら今回の事で私の想像を上回るくらいに成長したようですね・・・!?」
否、まだ完全には正気を取り戻してはいないようであった。
先程のシャズルハの報告を冗談の類いだと思い込もうとしたのか、ホワイトは「複数な気分ですけど、お母さんは嬉しいです・・・!」なんてセリフを呟きつつ、目尻を拭う動作をする。
「いえ、冗談等ではありませんよ、ホワイト様。本当に災厄の獣は討伐されました。この目でしっかりと見ましたから」
「そこは冗談にしておいてくださいよ!?というか、最後のはスルーですか!?」
「貴女様の寸劇に付き合っていたら、何時まで経っても話が進みませんからね」
「せ、成長したと思ったのは勘違いだった様ですね・・・!?生来の生真面目さが全く崩れていない・・・!」
「当たり前です。そう簡単に変わるわけがないでしょう」
だがそんなホワイトに対し、シャズルハは容赦なく現実を突き付けた。ついでに辛辣なツッコミも込みで。
「コホン・・・それで?さっきの話は何処までが本当なのですか?貴方の事だから嘘も冗談も言ってはいないのでしょうけど、あの災厄の獣を私達以外が討伐したなんて話は、とても信じられるものではありませんよ?」
「一から十までですよ、ホワイト様。・・・まあ、私が見たのは最後の最後、討伐される一瞬だけでしたが・・・」
「ならば、あなたの見たモノを私に見せてもらうとしましょう。こちらへ来てください、シャズルハ」
「畏まりました」
ホワイトは手招きし、それを見たシャズルハはスッと彼女の傍へと歩み寄る。
「それでは行きますよ?私の目を見ていいて下さいね。―――《追眼視》」
ホワイトは自身の瞳とシャズルハの瞳を真正面から合わせた後にそう呟き、その瞬間薄っすらとした青い光の膜が彼女の両の瞳を覆うように出現した。
ホワイトが発動させた《追眼視》とは、所謂他人が目にした映像を読み取る魔技であり、発動条件としては映像を読み取りたい人物と目を合わせる事。たったそれだけでその人物がこれまで見て来たモノを、たとえ本人が忘れた事ですらも読み取る事ができるようになる。
ただし、それで読み取ることが出来るのは飽く迄もその人物が目にした物に限り、思考や音声といったモノまでは読み取ることは出来ないのだが。
「・・・・・・!」
ホワイトの瞳を覆う薄っすらとした青い光の膜の内側に、まるでテレビ画面の様にシャズルハがその目で見て来た光景が映像として流れていく。
彼が生贄を使って災厄の獣を封印から解いた時の事を。
飛び立った災厄の獣を馬に乗って追跡し、とある広大な森の近くまでやって来た時の事を。
そしてそこで、何者かが放った真紅のエネルギー波によって、災厄の獣が跡形もなく消し飛ばされた時の事を。
「なる、ほど。確かに貴方の言う通り、災厄の獣は討伐された様ですね・・・・・・!」
映像を見終えたホワイトは、一度ゆっくりと瞼を閉じながら《追眼視》の発動を止め、それから数度パチパチと瞬きを繰り返す事で自身の視点を今現在のそれに戻した。
そして本当に災厄の獣が討伐されているのだということを理解した彼女は、頬を少し引き攣らせ、タラリと一筋の汗を流した。
「というか、何なんですかアレは・・・!?伝説の災厄の獣が消し飛ぶ程なんて、いったいどれだけ威力があったというのですか・・・!」
「最早一種の災害と言っても過言ではないですよ・・・!?」と半ばヒステリックに叫ぶホワイト。
その後で彼女は、軽く息を整えつつ頭を抱えながらシャズルハに問い掛けた。
「貴方が目にした災厄の獣を倒した人物・・・シャズルハ、アレは一体何者だと貴方は思いますか?」
「現段階では何とも・・・見た目は獣武種の少女だとは思いますが、しかし彼女の尻尾は獣武種のそれではありません。あの特異な見た目で考えられるとすれば、おそらく魔導種ではないかと・・・・・・」
「確信はありませんが・・・」と言葉を付け足すシャズルハに、「やはり貴方もそう思いますか」とホワイトもその考えに同意する様に頷いた。
「しかしこの大陸にいた魔導種は、今から数百年前に私達の手で全て大陸の端に追いやった筈ですが・・・何故今更・・・?」
「私には何とも・・・ですが、我々にとっては脅威となる存在であることは間違いないと思われます」
「そうですね・・・―――シャズルハ、貴方にお願いしたいことがあるのですが」
ホワイトは一瞬何かを考えるように目を細めると、その白い瞳をシャズルハへと向けた。
「お任せください。かの人物の情報を必ずや手に入れてご覧にいれてみせます」
だがしかし、彼女が何を言いたいのかを察したシャズルハが先に口を開き、頭を下げた。
「ふふ・・・相変わらず察しが良いですね。―――それともう一つ。私はそろそろここからお暇しようと思います」
「・・・・・・よろしいのですか?」
「ええ。私達がやらなければいけない事はすべて終わらせましたから」
「ですが、あの男からの依頼はどうなさるおつもりですか?未だ完遂しているとは言えませんが」
「依頼?・・・・・・ああ。確か、グレフェン王国のとある孤児院に住んでいる人物を殺害してほしいというモノでしたか」
シャズルハの言うあの男からの依頼。それが何かを察したホワイトは、はぁ・・・と溜息を吐いた。
「あの件に関してはこれ以上の干渉は不要です。確かに彼は私達の支援者の一人であり、その対価として出された依頼を受けはしました。―――ですがそもそも、私はあの男が出した依頼を好んではいませんでした」
ホワイトは腹立たしいと言いたげに、その瞳に剣呑とした色を滲ませる。
「そんなにご不満だったのですか?」
「当然でしょう!あの男は私達の思想を知っていながら、よりにもよってこの私に子供を殺せと言ってきたのですよ・・・!これが不満と言わず何と言うのですか!!」
フンッ!と鼻息荒く答えるホワイト。
そんな彼女の姿を見たシャズルハは、フッ・・・と小さな笑みを浮かべた。
「それで間接的に例の孤児院の経済状況を圧迫させ、教会にも圧力を掛けたのですね?その人物も含めた孤児院に暮らしていた者達をグレフェン王国から逃げ出させるために」
「・・・やはり貴方は察しが良すぎますね、シャズルハ。ええ。その通り。生活が苦しくなり、援助も協力も得られないとなれば、流石にその国にはいられませんからね。あの男の思惑も、要は目的の人物がグレフェン王国からいなくなれば良かったのですから。―――ただ、あの男が自身の配下に命じて孤児院への襲撃を行った事は予想外でしたが・・・」
「おそらくホワイト様のやり方を手緩いと思ったのか、それとも殺さなければ安心できなかったのか。どちらにしてもあの男は、見た目通りの小物だったという事でしょう。貴女様がお気になさられる必要はないかと」
「だとしても私は、無辜の民を、子供の命を平然と奪おうとする輩の言う事を、これ以上聞く気はありません。あの男とは今回限りで関係を切る事とします。・・・いいですね?」
「畏まりました、ホワイト様。・・・ですが、他の方々には何と?」
「彼女達には私から伝えましょう。・・・ですがまあ、多分話を聞けば私と同じ事を言うでしょうね。なにせ私と同じく彼女達もまた、あの方を―――勇者様を想う者達なのですから」
そうシャズルハに語るホワイトは、彼に向けて柔らかい、優しさを感じさせる笑みを見せた。
ストック分がなくなってしまったので今回はここまでです。
続きに関しましては、『悪の組織の女幹部になっちゃった』の執筆がある程度進み、且つこの作品の文章内容の修正を行ってからと考えております。
その為、次回の投稿時期は未定とさせていただきます。
それでは皆様またの機会に。




