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【改訂版】カオスゲート・サーガ ~大魔王と勇者の冒険譚~  作者: Kudo
第3章 ~大魔王と少年と少女と~
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第3章第8話 ~ゴンゾーの宿屋の悩み事 2~

2022年7月8日に内容を修正しました。



「まずは出汁―――ブイヨンと呼ばれている物を作る」


 『ゴンゾーの宿屋』の厨房室に店主のゴンゾーこと旦那さんを連れながら入った私は、まずはシチューを作る為に必要な材料の中で最も時間が掛かる”コンソメ”から作ることにした。

 ”コンソメ”とは元々はフランス語で「完成された」という意味の透明度が肝心のスープ料理であり、主に牛肉や鶏肉、魚、その他にも野菜等から取って作られる物だ。

 ちなみ、本格的に作る際は敢えて大きめの形のまま煮込むのだが、それは材料を小さく切り分けてしまうと荷崩れしてしまい、濁りの原因となってしまうからだ。

 まあ、今回は試作であり家庭料理的な物という事でそこら辺はあまり拘らず、宿屋に置いてあった料理に使われない鳥の骨や肉の切れ端、野菜の切れ端等を底が深めのザルに入れ、水の入った鍋に入れて行く。


「《プチファイア》っと」


 次に鍋の下にある(かまど)に火を点けるのだが、その際に私は 《プチファイア》という魔技を発動した。

 この《プチファイア》は【生活魔法】と呼ばれるスキルにて習得できる魔技で、この世界では広く知られ、極一般的に使われているモノでもあり、そして実を言うと、私がこの世界に来てから初めて取得したスキルと魔技でもあったりする。

 というのも、この【生活魔法】というのは『カオスゲート・オンライン』には存在していなかったスキルであったからだ。

 最初、この交易都市に来てから人々が所々で【生活魔法】を使っている光景を見た時は正直驚いた。なにせ一般人だと思われる人々が攻撃性が感じられず、威力も明らかになさそうな魔技を使っていたのだから。

 後に、交易都市ライファに存在する図書館で魔法関連の本を閲覧、確認した際にそのスキルの存在を知った私は、幾度も練習を繰り返すことでそのスキルを取得し、以来自分達の生活に役立てている。

 他にも《プチウォーター》や《プチウインド》と言ったモノもあったりするが、それはまたの機会に紹介するとしよう。


「よし。火が点いた」


 《プチファイア》で竈に置かれていた薪に火を点けた後、私は息を吹きかけて火力を調節しつつ鍋を煮込み始める。


「煮込んでいる最中に灰汁(アク)と油が浮き出てくるから、それを見えなくなるまで取り続けていく」


 自身の隣で見ている旦那さんにそう説明しながら、煮込む事で水面に浮かんできた灰汁と油をお玉で掬い取っていく。


「これを数時間かけて行う訳なんだけど、さすがにそこまで時間を掛ける訳にはいかないから、ちょっと裏技を使う」


 私は鍋の上に片手を(かざ)すと、《アクアコントロール》―――〝水流を操作する〝という魔技を発動する。

 すると、鍋の中の液体が徐々に円を描く様に弱めの渦を巻き始め、その中心に浮かんでいた灰汁や油等の濁りの原因となった物が集まり始める。しかもそれだけでなく、液体内に隠れていたモノも強制的且つ効率良く集まっていく。

 そしてそれ等を一つの水球に形作って鍋の中から取り出し、煮込んでいた肉片や野菜屑が入ったザルも取り出せば、傍目から見たら澄んでいる様に見えるブイヨンの出来上がりである。


「これでブイヨンは完成。続いてコンソメ作りに入る。まずは別の鍋に細かくみじん切りにした野菜とひき肉、卵白を鍋の中に入れてかき混ぜていく」


 そう言いながら私は、ブイヨンが入っている鍋とは別の鍋に牛ひき肉と幾つかの野菜を細かく切った物を入れ、更に卵白を入れてからへらを使ってかき混ぜる。

 ちなみに卵白を入れるのは、肉から出る灰汁を閉じ込める為であり、しっかりとかき混ぜ、練り込まないとスープが濁ってしまうからだ。

 ちなみに、卵白から分けた卵黄は後で食べるご飯のおかずとして使う為に醤油の入った箱に入れて漬けておく。なお、醤油は私のアイテムボックスに入っていたのを使っている。


「そしてある程度かき混ぜたら一度鍋を火から離して、さっき作ったブイヨンを少しずつ鍋の具材と混ぜ合わせながら入れて行く。そして全部入れ終わったら、再び煮込む」


 一度かき混ぜていた鍋を持ち上げて竈から調理テーブルに運んだ後、その鍋の中に少しずつブイヨンを入れていく。

 そして混ぜ合わせながらブイヨンを全て鍋の中に入れた後、その鍋を再び竈へと運び、火で熱して煮込んでいく。


「煮込んでいく内に卵白が固まり始めたら竈の火力を弱める。そしてスープが澄んで来たら具材を()す。その後は塩とかの調味料で味を調える」


 私はそう言いながら 《ファイアコントロール》―――〝炎を操作する〝という魔技を使って竈の火力を落とし、鍋の中のスープが澄んで来たのを確認すると、その鍋を再び調理テーブルに運ぶ。

 そして 《アクアコントロール》を発動してスープの中の不純物を取り除いた後、軽く摘まんだ塩をパラパラと振りかけた。


「これでコンソメスープの完成だ。―――味見をどうぞ、旦那さん」


 そうして完成したコンソメスープを味見用の小皿に入れた私は、それをコトリと旦那さんの前に置いた。








 『ゴンゾーの宿屋』の店主ゴンゾーは、フェルヌスの行っている料理の工程を羊皮紙のメモに書き記しながら驚愕を(あらわ)わにしていた。


「(なんて手際の良さだ・・・!この嬢ちゃん、素人じゃねぇな・・・!!それに料理に魔法を使うなんて冗談だろうと思ったが、予想以上に細かく操作して、しかも作っている(もん)が台無しにならない程度に調整しつ一定に出し続けるなんて芸当までしやがった・・・!俺が冒険者をやっていた頃に見たことのある魔法使い共でもここまで出来る奴なんて見たことねぇぞ。一体何者なんだ、この嬢ちゃんは・・・!?)」


 フェルヌスの流れる様な調理の手際の良さと芸術的とさえ思える魔法行使に頬を引き攣らせ、あんぐりと開いた口が塞がらない感覚を覚えるゴンゾー。

 彼が見た感じでは、フェルヌスの調理の腕は自身と同等かそれ以上と言った感じであり、とても家庭料理しか作ったことが無いとは到底思えないモノだった。

 それに加えて、魔法行使に関しても色々とおかしかった。普通、魔技を使って料理をしようなんて発想をする者はいない。何故なら一瞬の行使ならともかく、威力の調整をしつつそれを長時間維持できるようコントロールするなんて芸当は一般的にできることではなく、大抵は暴発させてしまうのがオチだからだ。

 だと言うのに、彼女は発動した魔技を見事に且つ繊細にコントロールしてみせた。それだけでなく、料理の完成度を一段も二段も引き上げてしまった。

 常識で考えたらあり得ない。しかし現実として目の前で行われてしまった光景に瞠目していたゴンゾーだったが、しかしその耳は一言一句も聞き逃してなるものかと集中し、その腕と指は軽やかに且つ的確に文字を書き連ねていた。

 そして行われていく工程を見て、話を聞いていく内に、徐々に彼は戦慄を覚え始めていった。


「(料理の前の下準備の段階で、これ程の手間が必要になるなんてな・・・今回は嬢ちゃんの魔法で幾分か短縮されたが、それが無かったらこのコンソメっていうスープを作るだけでどれだけの時間が必要になるのか・・・)」


 それに加え竈の燃料となる薪の金額の事も考えると考えるだけでも恐ろしいと思うゴンゾー。

 だがしかし、これが自身にとって新しい料理を作る切っ掛けなるだろうという確信も同時に得ていた彼は、両の瞳をギラギラと、まるで獲物を見据えている肉食動物のような鋭い視線をフェルヌスの手元へと向けていた。


「これでコンソメスープの完成だ。―――味見をどうぞ、旦那さん」


 そして、目の前にコトリと置かれたコンソメスープが少量入れられた味見用の小皿。

 それを見たゴンゾーは、またもや驚愕に目を剥いた。


「(な、なんて透き通った色をしてやがる!?スープの透明度が器の底が見える程だなんて、そんな料理聞いたことねぇぞ!これが家庭料理なんて絶対嘘だろ!?宮廷料理と言っても全然違和感がない代物だぞ、オイ!!)」


 ゴクリと生唾を飲み込みつつ小皿を手に持ったゴンゾーは、覚悟を決めてそれを口許へと運んだ。


「―――ッ!?」


「(―――な、何だ、コイツは!?)」


 そしてスープを口の中に入れた瞬間、ゴンゾーは自分の意識が飛んでしまうのではないかという程の衝撃を受けた。

 濃厚な肉と野菜の旨み。それが舌の上に乗った途端、爆発するかのように口の中全体に広がっていき、まるで力強い拳を顔面に食らったような妄想すら幻視した。


「(こ、これを宮廷料理なんて思っていた俺が馬鹿だった!コイツはそんなもんに収まらねぇ!スープと言う料理の終着点と言っても過言じゃねぇぞ、オイ!!)」


 そのスープの完成度が自身の想像を超えていたという事実にノックアウト寸前となるゴンゾー。

 最初にフェルヌスが話していたような家庭料理などとはとても思えないそれに、彼の上半身はフラフラと揺れていた。


「ただいま~!」


「今帰ったよ~!」


「アンタ達!頼まれて来た物を買ってきたよ!」


 ・・・と、そこへ買い物に出ていた自身の妻であるアレイシアと、フェルヌスの連れであるアルクとクーリィと言う少年少女の声が聞こえて来た。

 どうやら買い物を終えてが帰って来たようであり、彼女達は食事スペースから厨房室へと入って来た。


「フェルヌスさん。頼まれた物を買ってきました!」


「動物の乳は丁度ヤギの乳が売られていたからそれを買って来たよ。まあ、肉に関してはやっぱり時間帯が悪かったせいか、ちょっと品質の良くない鶏肉しか買えなかったけどね」


「一応必要な物は揃えられたけど、これで大丈夫?」


「ありがとう。品質に関しては最終的には煮込むわけだから大丈夫だ、問題ない。それより料理の下味になるコンソメスープが出来たから味見をしてみてくれ」


 買い物から帰って来た三人からシチューを作る為に必要な材料を受け取ってテーブルの上に置いた後、フェルヌスはコンソメスープの入った味見用の三つの小皿を彼女達の前に置いた。


「味見って・・・―――わあ!すっごく綺麗!」


「こいつは、たまげたねぇ・・・!これがスープなのかい?まるで宝石のようじゃないか!」


「匂いも良い・・・!美味しそう・・・!」


 小皿の底まで見える程に透き通っているコンソメスープを見て驚きの声を上げる三人。

 それから彼等はゆっくりと小皿を手に持つとそのまま口許へと運び、コクリと飲み込んだ。


「ふぁあ・・・・・・!?」


「美味しい・・・・・・!!」


「こ、これが、本当にスープかい・・・!?」


 コンソメスープを口に含み、飲み込んだ三人は、一瞬呆けたように押し黙った後にそれぞれ違った反応をしつつも感嘆の声を上げた。

 アルクは表情をふやけさせ、クーリィは喜色満面の笑みを浮かべ、アレイシアは驚愕に目を見開いて小皿を手元から落とした。


「ア、アンタ・・・・・・!」


「言うな。皆まで言わなくても分かるぞ、アレイシア」


 アレイシアの反応に、言いたいことは分かるという風に何度も頷くゴンゾー。

 その胸中は荒れに荒れ、あまりの美味しさに身悶えしそうになっているということが、彼には容易に察せられた。


「・・・・・・うん。まあ、こんなものか」


「「なん・・・だと・・・!?」」


 そんな二人の横では、丁度フェルヌスが自身が作ったコンソメスープの味見をしており、その出来栄えをまあまあだと自己評価していた。

 彼女がそう判断した理由は、『カオスゲート・オンライン』での経験と料理に関する自身の()()に基づき、それと比較したからなのだが、そんな事情など欠片も知る由もないゴンゾーとアレイシアからすれば、彼女のその発言は「これで・・・!?」と驚愕に値する物であった。


「これで、まあまあだと言うのか、彼女は・・・!?」


「ア、アンタ・・・アタシ達、とんでもない人にお願いしちまったんじゃないかい?」


 思わず化け物を見るような目でフェルヌスの事を見つつ、背を向けてボソボソと話すゴンゾーとアレイシア。

 その額と頬には幾筋もの冷や汗が流れる様子が見えていた。








「さて、と。それじゃあ材料も揃ったし、これから当初の目的だったシチューを作るぞ・・・!」


 コンソメスープが完成し、買い物に出ていたアルク達も材料を買って戻って来た後、これからシチュー作りを始めると私は皆に言う。

 アルク達が買ってきた物はそれぞれ、ポルテト(じゃが芋)キャロ(人参)ティマネ(玉ねぎ)、鶏肉、バゥタ(バター)フォロ(薄力粉)、ヤギの乳だ。調味料であるソォルト()ペルパル(胡椒)、食材を炒めるのに必要な食用油はこの店に元からあったので今回はそれを使うこととし、まず私は肉と野菜を切り分ける事から始めた。


ポルテト(ジャガイモ)』、『キャロ(人参)』、『ティマネ(ティマネ)』、『肉』、『ソルゥト()』、『ペルパル(胡椒)』『食用油』、『バゥタ(バター)』、『フォロ(薄力粉)』、『動物の乳』、『水』、『コンソメ』


「まずはポルテト(じゃが芋)キャロ(人参)ティマネ(玉ねぎ)の皮を剥いて一口大の大きさに切る。それから鳥肉も同じように切っていくんだが、ここで肉の脂身部分を出来るだけ取り除いた方が味が美味しくなる」


 皮を剥いた幾つもの野菜をまな板の上に置いて切り分け、同様に鳥肉も切り分けていく。


「次はフライパンに食用油を入れて熱し、鳥肉を焼く。火が通ったらソォルト()ペルパル(胡椒)を程好く掛けて焼き色が付くまで炒める。ちなみにソォルト()ペルパル(胡椒)をどれくらい入れるかは作る人の好みだ」


 続いて先程切り分けた鳥肉をフライパンで炒めていき、鳥肉に良い焼き色が付いてきたら鍋に入れ、更に先ほど切り分けた野菜と水、コンソメスープを入れていく。


「この鍋に入れた物を十分くらい煮込ませるんだが、その間にこれからシチューの代名詞と言えるホワイトソースを作るぞ」


 《アクアコントロール》でフライパンを一度綺麗に洗った後、バゥタ(バター)フォロ(薄力粉)を入れて熱し、溶けたのを確認したらヤギの乳を少しずつ加えて混ぜていく。


「これにソォルト()を加えてさらに煮込む。混ぜ続けていないとソースが焦げてしまうのと、強火すぎても焦げてしまうので、そこら辺は注意するように」


 そう説明していく内にフライパンの中のホワイトソースは徐々にトロトロになっていき、最終的にはドロドロとした感じのある白濁とした液体となった。

 それを見てもういいかなと判断した私は、完成したホワイトソースを鍋に入れ、かき混ぜる。


「これでシチューの完成だ。今回は試作なので私の好みでドロドロにしているけど、実際に旦那さんが作る時はお好みで調整してほしい」


 一口大の野菜や鳥肉が入った甘い匂いを放つ白いスープ。私はそれを厨房室にいる人数分用意した木皿に盛っていき、調理テーブルの上にコトリと置くのであった。








「これが『しちゅー』か・・・」


「白いスープなんて初めて見るねぇ・・・」


 緊張と、そして期待でゴクリと喉が鳴るゴンゾーとアレイシア。

 二人は自分達の前に出された『しちゅー』という料理を見て、冷や汗を流していた。


「(くそっ・・・!なんて良い匂いを出しやがるんだ、このスープはよぉぉ・・・!?匂いだけで、ここまで涎が溢れて来るとはなぁ・・・!!)」


「(それに見た目もとても綺麗に見える・・・!初めは白いスープなんてと思ったけど、スープの中から顔を覗かせる鳥肉や野菜の色が、ここまで映えるなんて・・・!?)」


 グキュルゥゥッ・・・!と自分達の腹の音が鳴るのを感じるゴンゾーとアレイシア。

 二人の胸の内には料理人として、美味しい物を求める一人の人間として、新たなる料理の開拓の為にも是非とも食べて味わってみたいという欲求が湧き上がり、心惹かれていたのだが―――


「(どんな味がするのか是非とも食べてみてぇ・・・!食べてみてぇんだが・・・・・・!)」


「(食べた後にアタシ等がどうなっちまうのか、それを想像すると怖くなって腕が動かない・・・!)」


 スプーンで掬って口元に運ぶだけ。たったそれだけの動作を彼等は行う事が出来なかった。

 彼等の腕を止めいていた原因は恐怖であり、目の前のこの料理を食べた瞬間に自分達がどうなってしまうのか、どんな反応をしてしまうのか、それを想像してしまって無意識に腕が止まってしまっていたのだ。

 正直に言えば、先程のコンソメスープだけでも自分達はかなりの衝撃を受けていた。これほどの完成度を感じさせる料理は今まで味わったことが無かったし、これだけでも十分に大会で優勝を狙えるレベルだと断言できる。

 だからこそ、そんな完成度の高いコンソメスープをわざわざ土台にして作り上げた『しちゅー』なんて食べてしまった日には、自分が自分で無くなってしまうかもしれない恐怖を感じていたのだ。

 思わずどうする?と互いにアイコンタクトにて相談してしまうゴンゾーとアレイシア。

 食べるか、食べないか。心の中で理性と欲求がせめぎ合い、苦悩と葛藤に(さいな)まれる二人であったが―――


「「いただきまーす!」」


「「――――ッ!!?」」


 自分達の左隣から聞こえて来た「いただきます」という声を聞いて、二人は目を見開く。

 思わず声が聞こえた方へと振り向けば、そこにはパクパクと美味しそうに自分達の分の『しちゅー』を食べているアルクとクーリィの姿があった。


「おいしぃー!やっぱりこれ美味しいですよ、フェルヌスさん!」


「このスープもだけど、野菜もお肉もスッゴク甘く感じる!何これ・・・!?」


「それはヤギ乳の甘さだろうな。私的には牛乳の方が馴染みがあるんだが、これもこれで悪くはないだろう?」


「うん!」


 『しちゅー』をスプーンで掬い、一喜一憂しながら食べるアルクとクーリィ。その二人の様子を見て頬を緩ませるフェルヌス。

 彼女達のそんな姿を見たゴンゾーとアレイシアは思わず呆然としてしまった。


「(子供達が美味しそうに食べている様子を見れば、本当に美味しい料理なのだという事は分かる。だが、彼等も俺達と同じようにコンソメスープを食べた時の衝撃を感じていたはずだ・・・!それなのに、平然と食べているその様子は怖がっているとは到底思えない。何故だ・・・!?)」


 その後にハッと意識を取り戻した後、内心で驚愕の嵐が吹き荒れるのを感じたゴンゾーだったが、そこでふと彼はアルクが料理を作り始める前に言っていたことを思い出した。


『だって、あの『始まりの森』で作ってくれた『しちゅー』とか『こーんすーぷ』とかは本当に美味しかったから。そんなものが作れるフェルヌスさんならどうにか出来るって、僕は信じてます・・・!』


 美味しかった。

 美味しかったと彼は言っていた。

 つまりあのアルクと言う少年は、『しちゅー』という料理を一度食べたことがあり、初めて食べる自分達と違って最初から美味しい料理だと分かっていたからこそ、恐怖を感じることなく口にすることが出来たのだろう。

 アルクの横にいる自分達と同じく『しちゅー』という料理を初めて食べるであろうクーリィと言う少女もまた、そんな彼につられて口に入れ、美味しいと実感したからこそ、ああも躊躇なく食べられているのだろう。


「ア、アンタ・・・!」


 自身の妻であるアレイシアの声が聞こえ、そちらに視線を向ける。

 こちらを見つめる据わった瞳。それは料理を食べる覚悟を決めた目であった。

 そして彼女のその目を見たゴンゾーも覚悟を決めた。そもそも彼女に今回の件を頼んだのは自分達の筈。それなのに途中で臆病風に吹かれて怖気ずくなんて、せっかく作ってくれた彼女に申し訳ないにも程がある。

 最早なるようになれ。毒を食らわば皿まで。そんな心境でゴンゾーは『しちゅー』をスプーンで掬って口許へ運び―――そして彼等は見た穏やかな、そして温かな風が吹いている草原を。


「(・・・何だ、ここは?)」


 周りを見渡せば耕された畑が連なる様に存在し、その畑に持っている鍬を振るう人影の姿も見えた。

 そんなどこか見覚えのある光景を目にしていたゴンゾーはふと自身の隣に一人の少女の姿があることに気付いた。

 その少女が自身の妻であるアレイシアだとゴンゾーはすぐに分かった。自身の記憶の中にある幼い頃の妻の姿に瓜二つであったからだ。

 彼女もまた、最初はは呆然とした様子で辺りを見回していたが、自身の隣にゴンゾーがいることに気付くと彼に向けて微笑みを見せた。


「(ああ、幸せってこんなところにあったんだなぁ・・・・・・)」


 その笑顔を見たゴンゾーは綺麗だと、可愛らしいと思い、同時に幸福感の様なモノも感じて―――そこで彼の意識は現実に戻ってきた。


「―――ハァッ!?・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!」


 息でも止まっていたのか、呼吸をするのが苦しく感じる。まるで水を求める様にゴンゾーは反射的に口をパクパクとさせる。


「・・・こんな、こんな素晴らしい料理があったなんて」


 彼の体は震えていた。だが、それは恐怖によってではなく言葉には出来ない感動によってだ。


「・・・・・・ッ!」


 片手で目元を覆う。その隙間からは一粒の滴が流れ落ちていくのが見えた。


「ヒック・・・ヒック・・・!うぅ・・・!?」


「え・・・!?い、一体どうしたんですか?女将さん?旦那さんも!?」


 アレイシアもまた泣いていた。それに気付いたアルクは困惑しつつ、慰めようと二人の背中を擦る。


「あ、ああ・・・すまない。ありがとう」


「い、いえ。それよりどうしたんですか?いきなり泣き出してビックリしましたよ」


「ご、ごめんなさいね。あまりの美味しさに感動しちゃって、つい涙が出ちまったんだよ・・・!」


 ポロポロと涙を流しながらアルクに礼を言うゴンゾーとアレイシア。

 横へと視線をずらせば「まさか料理を食べたら泣き出すなんて思いもしなかった」と言いたげな困惑の瞳を自分達に向けるフェルヌスの姿もあり、それに気付いた二人は彼女の手をガシッ!と掴んで握り締めた。


「嬢ちゃん!この料理を俺に、俺に作らせてくれ!俺はこの料理に自分の生涯を掛ける!」


「・・・う、うえぇ!?そ、そこまで深刻に考えなくていいから!旦那さんちょっと落ちつ―――」


「アンタ!アタシも手伝うよ!きっとこの素晴らしい料理を世の中に広く知らしめることが、アタシ達二人が神様から与えられた使命だったんだよ!」


「―――って、女将さんまで!?ちょ、まっ・・・!?」


「ああ、そうだなアレイシア!二人で協力してこの料理の素晴らしさを皆に教えてやるんだ!“幸せは此処にあったんだぞ”ってなぁ!!」


「え、ええぇぇっ・・・・・・!?」


 ゴウゴウと燃え盛るような熱気を纏い、気炎を上げるゴンゾーとアレイシア。

 そんな二人に挟まれる形となり、それぞれに両手を握られていたフェルヌスは、どうしてこうなった!?と言わんばかりにドン引きし、困惑気な声を上げた。


「(―――というか、まさかシチューを一口食べただけでこんな状況になるだなんて誰が予想できるかぁぁっ!!?)」


 今現在自身が陥っているこの奇妙な状況に対して内心でそう叫ぶフェルヌス。

 一応、自分が作った料理に何か変な物でも入れてしまったのかと心配に思い、《アイテム鑑定》―――”対象のアイテムの詳細を確認する”という特技で確認してもみたのだが、特に異物も異常も見受けられなかった。

 つまりそれは、二人は正常な状態のままであるということを示唆(しさ)しているわけなのだが。


「(それでこのブッ飛び具合というのは、少々どころではなく頭が痛いんだが!?)」


 最終的に互いに抱き合い、何かに陶酔するゴンゾーとアレイシア。

 その二人の姿を目にしたフェルヌスは、背筋に大量の冷や汗が流れるのを感じた。


「し、師匠・・・・・・!」


「ふぇ、フェルヌスさん。どうしましょう?」


 それは同じくその場にいたアルクとクーリィも同様であったらしく、二人は両の瞳を「え?なに?どうすればいいのこれ!?」とでも言いたげに困惑気味に揺らしていた。


「・・・・・・どうしようと言われても、どうしようもないだろう。私達に出来る事は、あの人達の暴走が止まることを祈るしかない」


 ・・・が、それに対してフェルヌスは明確な回答と言うか、対処の方法を持ってはいなかった。

 どうしようもないと首を横に降った彼女は、「むしろ逆に教えてほしいくらいだ」と小さく呟いた。


「そうと決まれば、まずはコンソメスープを作ることから覚えなければな!これを作れるようにならなきゃ『しちゅー』を作ることなんて出来はしないからな!」


「必要なものがあったらアタシに行っておくれよ、アンタ!町のあちこちを回って食材を集めてみせるよ!」


「おう!任せたぜ!―――クククッ・・・!よぉーし、腕が鳴るぜぇ・・・!」


 そんなフェルヌス達のことなんて露知らず、ゴンゾーは今後の活動方針を決め、そんな彼に手伝いなら任せてと言わんばかりにアレイシアは胸を張る。

 その様子はまるで狂信者か何かに類するようなそれ。異常なんてない筈なのに、吊り上がったような笑みを浮かべ、嬉々とした奇声を上げる二人の様は、フェルヌス達にはとても正常には見えなかった。






次回投稿は5/16です。

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