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【改訂版】カオスゲート・サーガ ~大魔王と勇者の冒険譚~  作者: Kudo
第3章 ~大魔王と少年と少女と~
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第3章第6話 ~特技について~

2022年7月8日に内容を修正しました。



「え~・・・、本日の修行は外が生憎の雨である為、予定を変更してこの部屋で座学を行います」


 『ゴンゾーの宿屋』の一室。部屋の中に備え付けられていた椅子やベッドに私とアルク、そしてクーリィの三人はそれぞれ腰掛けていた。

 本日もまた、毎日の日課となっている修行を行うつもりであった私達だったが、残念ながら今日の天気は曇色の空にザアザア降りの雨。これでは外でのトレーニングを行えないとなり、今回は私とアルクが取っている部屋にて座学が行われることとなったのである。


「さて、それでは本日の座学の内容だが、今回は『特技』についての話をしていきたいと思う」


 そう言った後で私は「特技について知っている者は挙手する様に」と言う。

 その言葉に真っ先に「はい!」と手を上げたのはクーリィであった。


「はい。クーリィ」


「はい!特技って言うのは、『技能スキル』で覚えられる技の事です!【裁縫(さいほう)】のスキルで覚えられる 《一筆縫い》とか、【料理】のスキルで覚えられる 《三枚下ろし》とか!」


「うん、その通り。良く知っているな、クーリィ」


「この程度なら私みたいな子供だって知っている事だよ!―――というか、これくらい知っておかないと、下手をしなくても間違いなく野たれ死ぬから・・・!」


 胸を張って答えて見せるクーリィ。だがその瞳には真剣味の色が強く出ていて、生きるためには必要な知識だと言わんばかりな様子であった。

 さらに言えば、彼女のそのセリフを聞き、その瞳を見たアルクもまた「確かに・・・!」と何度も頷きながら実感が籠ったような呟きを零していた。


「(本当、スッゴク実感が籠っている風に言うなぁ、この二人は・・・)」


 そんな二人の様子を見た私は、表では苦笑の表情を浮かべつつも、その内心は冷や汗を流しながら少々引いていたが。


「う、うぅんっ・・・あー・・・それじゃあ答えも出たことだし、これから技能スキルとそれによって覚えられる特技についての説明をしていくぞ」


 ともあれ、一旦場に漂っている空気を変えようと思った私は、軽く咳払いをした後で技能スキルと特技についての説明を始めた。


「技能スキルとは武具スキルや魔法スキルの枠に入らないスキル群の総称であり、それによって覚えられるモノの殆どは生活関係や生産関係が多い。それ以外にも踊りや歌などの芸術関係のモノも多く覚えられたりするし、中には戦闘に役立つ【格闘術】や話し合いを有利に進めるようになる【交渉術】等、色々とあったりする」


 技能スキルによって覚えられる特技の発動方法は、それぞれ存在している固有のモーションや詠唱を行う事で発動出来、中にはその二つを同時に行わないと発動出来ない特技もあったりする。また、発動の際に戦技と魔技のように(オーラ)魔力(マナ)を消費するという事はないが、一度発動するとすると一定時間の冷却時間(リキャストタイム)を必要としている。

 ただし、冷却時間(リキャストタイム)を必要とするのは任意発動(アクティブ)型のモノだけであり、常時発動(パッシブ)型は該当しないのもまた特徴と言えるが。


「まあ、要するに、色々なことが出来る様になるモノだと覚えておけばいいさ」


「そんな大雑把でいいのかなぁ・・・」


「ある意味間違っていないから良いんじゃない?」


 最終的にそう話をまとめて終わらせる。

 そんな私に対して思わずと言う様にアルクが小声でツッコミを入れ、その呟きを耳にしたクーリィが別に良いんじゃないか?と締めた。


「さてと、ここまで色々と説明したわけだが、ここで一例として実際に技能スキルによって作られた物を見せたいと思う」


 特技についての説明を終えた後、私はとあるモノをアイテムボックスから取り出した。


「わぁ~!クッキーだぁ!」


「凄い・・・!どれも美味しそう・・・!」


 私がアイテムボックスから取り出したのは、それぞれ十数枚のクッキーが乗せられた二枚の大皿であった。


「これは食べてもいいんですか」


「ああ。その為に用意したからな」


 アルクの問いに頷く私。

 ただその後で、「ただし・・・!」とも言葉を付け加えたが。


「この二つの大皿に乗せられたクッキーだが、それぞれ作った人物が違う。二人にはこれから、それぞれのクッキーを食べ比べて、どんな違いがあるのかを知ってもらう」


 私はそう言うと、両手に持つクッキーが乗せられている大皿二枚をテーブルの上に置き、その前に『A』『B』と書かれた札を置いた。


「『A』の札が置かれた方は、この宿屋の女将さんに頼んで作ってもらったクッキー。もう一つの『B』の札が置かれた方は、今回の為に私が作ったクッキーだ。ちなみに、何故わざわざこんな風に二つ用意したのかと言うと、実際に技能スキルがどの程度の影響を与えるのかという事と、スキルレベルの違いでどこまで差が生じるのかを分かり易くする為だ。・・・という事で二人共、まず最初は女将さんが作った『A』のクッキーから食べるんだぞ」


「はーい!」


「分かりました。フェルヌスさん」


 私の説明を聞き、分かったと返事をしたアルクとクーリィは『A』の大皿に手を伸ばし、そこに盛られているクッキーをそれぞれ一つずつ手に取って口へと運んだ。


「いただきま~す!・・・ん~!美味しい~!クッキーなんて今まで祝い事の行事があった時くらいしか食べたことがなかったけど、その頃の記憶にある物よりもこっちのクッキーの方が断然美味しい!」


 クッキーを食べた瞬間、思わずといった風に両手で頬を押さえるクーリィ。

 彼女のその口許はニッコリとした笑みの形を浮かべていた。


「うん、確かに美味しい!サクサクとした食感とほのかな甘みが口の中に広がっていくね!」


 クーリィに続くような形で食べたアルクも、クッキーの美味しさに目を開き、同じ様なニッコリとした笑みを浮かべる。


「ふむ・・・流石は女将さんだな。素朴な味わいの中に程好い甘さ。私が用意した材料でこうも食べやすい物を作るとは・・・!」


「・・・って、フェルヌスさんも食べるんですね」


 そして私もまた二人と同じ様に『A』の大皿のクッキーを手に取り、口へと運んでポリポリと(かじ)る。


「まあな。丁度良い機会だから、私も自分が作った物と他人が作った物とを比べてみようと思ってな。・・・私が食べちゃ駄目なのか?」


 私は眉尻を少しだけ下げ、普段の無表情に近い顔を悲しそうな表情を浮かべている風に変える。

 とはいえ、その内心は浮かべている表情ほど悲しみを覚えているわけではなかった。・・・いや、「食べちゃ駄目なのか?」という部分に関しては本音であることは間違いないのだが、どちらかと言えば悲しみよりも不満気な感情の方が比率が大きかった。


「うっ・・・!?いえいえ、そんな事は無いですよ・・・!」


 だが、そんな私の内心なんて(つゆ)とも知らないアルクは私の表情を見て思わず怯み、必死になって問題ないのだと首を横に振る。


「そうか・・・?」


「ええ、そうです・・・!」


「そうか・・・」


 私は下げていた眉尻を元に戻し、それを見たアルクは安堵感を覚えたのか音にならに息をホッと零した。


「さーてさてさて!お次は師匠の作ったクッキーだ!どーんなお味がするのかな~!」


 私とアルクの間に妙な空気が漂い始めていた部屋の中、そんなもんは知らないと言わんばかりにリズム良く弾むクーリィの声が響く。

 彼女のその表情は、ゴンゾーの宿屋の女将さんが作ったクッキーを食べれた事で幸せそうに弛んでおり、そして今度は私の作ったクッキーがどんな味なのかと、期待に胸を膨らませているようであった。


「・・・え!?」


 そして『B』の大皿のクッキーを手に持って口元に近づけた途端、クーリィはピタリと動きを止めて反射的に手に持つそれを遠ざけた。

 彼女がそんな反応をしたのは、おそらく己の嗅覚に暴力的とも言える香ばしさと濃厚な甘い匂いを感じて戸惑った故だろう。それを見た私は、まあ無理もないと思った。なにせ実際に作った側である私も彼女と同じような反応をしたからだ。

 正直言って、今回私が作ったクッキーは予想外に完成度が高いものと言わざるを得なかった。多分スキルによる影響やら補正やらによるものだとは思われるのだが、それにしても見た目や匂いだけでも既に美味しいという確信を抱けるような、そんなレベルのクッキーが出来上がったからだ。

 この場に出す前に一度試食もしてみたが、少なくとも私の記憶にある今まで食べた事のあるクッキーよりも一段も二段も上である感じがした。材料も作り方も『カオスゲート・オンライン』の時に作っていたモノと同様のそれだったというのに、ゲームだった頃は五感のトレースに制限があった事も付け加えたとしても、これが本当に自分の作った物なのかと思う程に美味しかったのだ。


「な、何これ・・・!?食べてすらいないのに、匂いだけでここまで美味しいと感じられるなんて生まれて初めてだよ!?怖い・・・でも、食べてみたい・・・!!」


 そんな代物を食べることになったクーリィは、このクッキーを食べたら自分はどうなってしまうのか?なんてことを考えていたのだろう。恐怖を感じているかのように戦慄しつつも、期待に胸が高鳴っているのか頬を赤く染め、内から湧き出る食欲に突き動かされる様に一度は遠ざけたクッキーを自らの口元へと近づけていく。

 無意識にプルプルと震える手を己が意思の力で必死に抑えながら動かし、そして覚悟を決めたようにカパリと口を開けた。








「はむ!・・・・・・・・・ふわぁぁ~・・・!!」


 サクリ、とクッキーを食べたその瞬間、気付いたらクーリィは黄金色に輝く広い広い麦畑の中にいた。

 辺り一面に数えきれない程に沢山実っている麦穂。太陽の光を反射して眩しい程に輝いているそれを目にしたクーリィは、「なんて綺麗な光景なんだろう」と思いながら麦畑の中を掻き分ける様に走る。

 そうしている内に段々と楽しい気分になっていった彼女は、波打つ麦畑の中でクルクルと回り始めて―――


「・・・・・・・・・―リィ・・・クーリィ!」


「・・・・・・は!?」


 そこで自身の名を呼ぶアルクの声を耳にして正気に戻った。

 目の前には自分の兄弟子であるアルクの顔。状況を見るに、どうやら彼はクーリィの両肩に手を乗せて、彼女の体を揺さぶっていた様であった。


「・・・あ、あれ?麦畑は?」


「む、麦畑?何の事かは分からないけど、本当に大丈夫なの、クーリィ?何か、クッキーを食べた時に意識が飛んでいたみたいだけど・・・」


 先程まで自身が見ていた黄金色に輝く一面の麦畑を探して、キョロキョロと視線を動かすクーリィ。

 その後で彼女は心配そうにこちらを見てくるアルクの言葉を聞いて、「そう言えば、師匠の作ったクッキーを食べたんだっけ・・・」とあの光景を見る前の自身の行動を思い出して呆然としながら呟いた。


「・・・・・・・・・」


 先程までのどこかに意識が飛んでいた状態よりはマシになったが、それでも未だ呆然としている様子のクーリィ。

 そんな心此処に非ずと言いたげな状態となってしまっている彼女へある人物が声を掛けた。


「大丈夫か、クーリィ?」


「・・・あっ、師匠」


 それは彼女の師匠であるフェルヌスであった。

 フェルヌスは膝を着いてクーリィと視線の高さを合わせると、彼女へ心配気な視線を向けた。


「・・・あのね、師匠」


「うん?」


「師匠の作ったクッキー、あまりに美味しすぎて、私、味が分からなかったの・・・!」


 フェルヌスのその視線を受けたクーリィは意を決したように口を開き、そして先程自身が食べたクッキーの感想を語り始めた。


「師匠の作ったクッキーって凄いんだね。鼻に香る香ばしさ。濃厚さを感じさせる甘い匂い。その匂いを嗅いだだけでも美味しいと確信を抱けてしまえるくらいの完成度。そして実際に口に入れた瞬間に思わず見た、黄金色に輝く麦畑の幻・・・!それはまるで天国にいる様な心地で、楽しくて楽しくて楽しくて・・・!私、ずぅっとそこに居たいと思えるような幸福感を感じていたの!ああ・・・こんな気持ち、生まれて、始めて・・・!!」


「ク、クーリィ?クーリィ!?な、何だ・・・?何か予想していた反応と違うんだが・・・!?落ち着け!正気に戻れクーリィ!?」


「私は十分に正気だよ師匠。ただ、師匠の作ったクッキーが美味しくて・・・美味しくて美味しくて美味しくて・・・!」


「ちょっ、怖い怖い怖い・・・!?」


 瞳孔が開いた様などこか逝っちゃってしまっている様な視線をフェルヌスへと向けながら、延々と自身が口にしたクッキーの感想を述べるクーリィ。

 まさしく壊れたレコードの様な状態となりながら、しかも詰め寄って来る彼女の様子を見たフェルヌスは、胸中に戦慄の感情が走るのを感じて思わず一歩後退る。


「私、今初めて分かった。本当の幸せって、ここにあったんだね?」


 ユラユラと体を左右に揺らし始めたクーリィは、テーブルの上、大皿に乗せられているフェルヌスの作ったクッキーを掴もうと手を伸ばす。

 その姿はまるで、どこぞのパニック映画にでも出てくる様な、生者を食らおうと求め彷徨うゾンビのそれに近いモノであった。


「頂戴?ねぇ、頂戴?私、師匠の作ったクッキーが食べたいの。もっと、もぉっと幸せになりたいの。だから、ね?お願いだから食べさせて?」


「ヒィッ!?お、おおお落ち着いてクーリィ・・・!?怖いよ!?今の君、滅茶苦茶怖いよ!?」


「そこをどいてアルク兄ぃ!クッキーが食べられないじゃないかぁ!」


「お、おおおっ・・・!?ちょっ!?す、凄っ!?凄い力だ!クーリィのどこにこんな力が!?」


「ああ・・・!食べたい。食べたい食べたい食べたい・・・!師匠の作ったクッキーが食べたいぃぃーーーっ!!!」





 最早状況はどこぞの猟奇的映画の展開の様なそれ。錯乱したような状態のクーリィを見たアルクはこれ以上彼女にクッキーを食べさせたらいけないと判断して、大皿に向けて手を伸ばす彼女の腕を掴んで動きを止めようとする。

 だが、彼女の予想以上に強い力によって止めることが出来ず、彼の体は床をズリズリと擦りながらどんどん押し込まれていく。


「む、むぅ・・・?お、おかしいな、今回作ったクッキーに変な効果は加えていなかった筈なんだが・・・?」


「考え込む前に止めるのを手伝ってください!フェルヌスさん!!」


「クッキーを・・・食ぅ~わぁ~せぇ~ろぉ~~~!!!」


「はぁ・・・やれやれ、しょうがない。ちょっと離れろ、アルク」


 一瞬ドン引きして、自分が作った物にヤバいモノでも入れていたか?と、頬に一筋の冷や汗を流しながら考え込もうとしたフェルヌスであったが、必死に助けを求めるアルクの声を聞くと、それは一度後回しにすることにしてクーリィに人差し指を向けた。


「とりあえず一回眠れ、クーリィ。―――《スタンショット》」


「ピギャッ!?」


 フェルヌスはダメージは無いが”相手を気絶(スタン)させる電撃を放つ”という【雷属性魔法】の魔技である 《スタンショット》を発動。己の片手にバチバチと迸る静電気が発生したのを確認した彼女は、アルクがその場から離れた瞬間にクーリィに向けて放った。


「ピギャッ!?」


 フェルヌスの人差し指の先から発射され、一直線に飛ぶ電撃。それを受けたクーリィは体を一瞬だけビクンッ!?と大きく震わせた後、バタリと音を立てながら床へと倒れた。


「ク、クッキー・・・を・・・・・・!?―――ガクッ・・・!」


 そして彼女は、テーブルに向けて手を伸ばしながら呟いたその言葉を最後に、意識を落として気絶するのであった。








「・・・・・・う、う~ん・・・ハッ!?・・・あ、あれ?私、何してたんだっけ・・・?」


 唐突に覚醒し、目を見開いたクーリィは思わず呆然としながらそう呟いた。

 辺りを見回して、どうやら自分はベッドに横になっている様だと理解した彼女はゆっくりと上半身を起こした。


「目が覚めたか、クーリィ?」


 体を起き上がらせ、ベッドの縁に座ったような体制となったクーリィの元へ、横合いから声が掛けられた。

 声が聞こえた方へと彼女が視線を向けると、その先には心配そうに自身を見る自分の師であるフェルヌスと、兄弟子であるアルクがいた。


「う、うん。大丈夫・・・いったい何があったんだっけ?ええっと・・・―――はっ!そうだ、クッキー!!」


 自身に声を掛けてきた人物がフェルヌスであると理解し、問題ないと返事をしたクーリィは、どうして自分がベッドで眠ってしまっていたのかを思い出そうと頭の中の記憶を掘り起こそうとして、そして目を覚ますまでは感じなかった口の中に残る甘みを感じて、自身がクッキーを食べていたことを思い出した。

 バッ!と勢いよくクッキーが乗せられた大皿が置かれていたテーブルへと視線を向けるクーリィであったが、しかし彼女が求めていた物はもうそこには存在しておらず、影も形もなく消え失せていた。


「あ、あああぁぁぁあああぁぁぁ・・・・・・!?」


 クッキーが盛られていた大皿が無くなっているという事実に気付いた途端、クーリィは心の底から落胆し、ガックリと両手両膝を床に着ける。そしてその後で、可愛らしい口から出ているとは思えない程の暗い怨嗟(えんさ)に塗れた嘆きの声を吐き出した。


「・・・・・・どうやらまだ正気に戻っていないようだな。もう一発 《スタンショット》を撃っておくか?」


「ま、待って!フェルヌスさん待って!?」


 そんな彼女の様子を見たフェルヌスは未だ事態は収束していないと判断したのか、バチバチと迸る静電気を片手に纏わせる。


 それを見たアルクは、ちょっと待った!?と両手を(かざ)して止めようとする。

 自身に迫る身の危険。だが現在のクーリィはそんな事よりも、自身が求めていたクッキーが無いという理不尽に対して嘆き、悲しんでいた。


「クッキーを・・・私のクッキーをどこにやったんですか、師匠!!」


「私のアイテムボックスの中だ」


「・・・・・・ちくしょう!!そんなところ(アイテムボックス)に仕舞われたら、取り出す事なんて不可能じゃないかっ・・・!!」


 そして衝動的に自分の師であるフェルヌスへとクッキーを何処にやったんだと吼え、それに対して返すように自身が欲してやまないクッキーの在処を彼女から聞かされたクーリィは、悔しそうに自身が先程まで寝ていたベッドをバスンバスンと叩いた。


「本当に大丈夫か、クーリィ?マルシャル院長から預かっている手前、君に何かあればあの人に色々と申し訳ないんだが・・・」


 フェルヌスはクーリィに向けてそう優しく声を掛ける。おそらく、クーリィのあまりの奇行っぷりに心の底から本当に心配していたのだろう。だがしかし、そんな彼女に対してクーリィは怒りの感情を込めた叫びを返した。


「だって・・・だってあんなに美味しいクッキーなんて・・・私、今までの人生の中で一度も出会った事がなかったんだよ!それを一度でも味わったのなら、もう一度・・・!もっと食べたいと思うのは当然の事でしょぉぉ!?なのに、それなのに・・・!!それを私から取り上げて、手の届かない所に仕舞うなんてぇ・・・!―――この鬼!悪魔!ひとでなしぃ!!」


「「え、えぇぇ・・・」」


 滝の様な涙を流しながら叫ぶクーリィ。

 それを見たフェルヌスとアルクは呆れが混ざった困惑した声を零した。


「うっ・・・!うっうっうっ・・・!!」


「ほ、本当におかしいな。こんな中毒症状が出る様な材料は使っていない筈なんだが・・・」


「ど、どうしましょう、フェルヌスさん・・・!」


 ベッドに顔を押しつけながら、くぐもった涙声を出すクーリィ。

 そんな彼女の姿を見たフェルヌスは、おかしいなぁ?と内心で首を傾げ、同じく見ていたアルクは、なんだかクーリィがスッゴク怖いんですけど!?と(おのの)いた。

 なんという混沌とした状況だろうか。最早この状況を変えるには一度時間を置くか、もしくは場の空気を一変させる何かか必要になるだろう。


「・・・・・・仕方ない。近所迷惑だし、もう一度気絶させて静かにさせるとしよう」


 そしてフェルヌスが選んだのは後者の方であった。

 彼女は再びバチバチと片手に静電気を帯電させ、クーリィに向かって人差し指を向けようとする。


「キシャアアァァァァッ!!」


「はっ!?ちょ、まっ・・・!き、キャアァァ!?」


 だが、その指を完全にクーリィへと向ける事はできなかった。その直前に、自身に危険が迫っていることを察知したクーリィが、そうはさせてなるものか!?という風に奇声を上げながらフェルヌスに向かって飛び掛かったからだ。

 まさか襲い掛かられるとは思っていなかったのだろう。フェルヌスは目を丸くして驚き、それによって体を硬直させた。


「クッキーを、クッキーを寄越せぇぇぇ!!」


「ふぁん!?ちょっ!こらっ・・・!お前はどこを触って!?・・・って胸を揉むんじゃない!服の中にも手をいれるなぁ・・・!」


「あ、あわわわわわ・・・・・・!?」


 クーリィの強襲によって床へと押し倒されるフェルヌス。

 彼女を床に押し倒すことに成功したクーリィは、そのまま「クッキーを出してくれるまでその体を弄りまくってやるわぁー!」と彼女の体の色々な所を触りまくる。

 首筋や脇腹、二の腕や太腿、胸にお尻などの様々な所を触り、擦り、揉みまくり、その度にフェルヌスは体中に走る擽ったいとも気持ち良いとも思えるそれを感じて思わず可愛らしい悲鳴を上げる。

 それを横から見ていたアルクは真っ赤に染まった顔を両手で押さえながら、でもそういった光景は男の子なのでやっぱり気になるのか、指の隙間から床の上で(もつ)れ合う二人の様子を覗いていた。


「ひぅん!?・・・もっ、本当に、やめっ・・・!?やぁんっ・・・!?」


「キシャァァ!キシャシャアァァァ!!」


 フェルヌスの体を(まさぐ)り続けるクーリィ。だが、そんなしつこいとも言える所業は何時までも続きはしなかった。


「ひっ、きゃぅん!?・・・・・・こ、この、いい加減にしやがれぇ!!《スタンショット》ォォ!!」


 何処かで何かがブチッと千切れる音が聞こえた気がした。

 その瞬間、フェルヌスは額に青筋を浮かべ、声を荒げながら《スタンショット》を発動。静電気を纏う片手の指先を自身の背後に抱きついているクーリィに向け、直進する電撃を放った。


「アバババババババッ!?」


 《スタンショット》を受け、体中に電流が流れるのを感じたクーリィは、フェルヌスから二歩、三歩と離れた後に床へバタリと倒れ伏した。


「し、しび、痺れ・・・!?」


 体中から焦げ臭い匂いを発しながら痙攣と身悶えを繰り返すクーリィであったが、しかし電流に体が慣れたせいなのか、先程とは違い彼女は意識は保てている様子であった。


「・・・・・・ま、まったく。いきなり何をしやがる、この糞ガキがぁ・・・!」


「あ、あわ、あわわわわわわわっ・・・・・・!?」


 ハァハァと乱れる呼吸を整えながらムクリとフェルヌスが立ち上がる。だがその表情はどこぞの鬼の如き形相となり、口調もまた荒々しいモノに変化していた。

 さらに言えば、その背中からは何かドス黒いオーラの様なモノが発せられているように感じられ、それを目にしたアルクは恐怖を感じたのか、その両足をガクガクと震わせていた。


「そんなに食いたいのなら、存分に食わせてやるぜ、クーリィィ・・・!た・だ・し、甘い甘~いクッキーではないがなぁ・・・!!」


 フェルヌスはそう言うと、床に倒れていたクーリィの体を抱き上げて椅子に座らせ、その後で自身のアイテムボックスからあるモノを取り出した。


「はっはぁ・・・!『地獄の超絶激辛麻婆』だ!こいつをお前に食わせてやるよ、クゥゥゥリィィィ・・・!!」


 それは赤かった。

 どこにも赤くない所なんてないと思えるような赤さであった。

 皿の上に盛られていたのはドロドロとした真っ赤な液体の中に、これまた調味料のせいなのか真っ赤な色に変色してしまった野菜と元は白かったと思われる四角い何かが入ったモノ。だが、一番驚愕すべきはその辛い匂いだ。立ち上っている湯気からも感じられるそれは、嗅ぐだけで目がとても痛くなるレベルだ。


「ひ、ひぃっ!?」


 こんな物を食べたら自分はどうなってしまうのか。

 目の前の物がどれ程の劇物なのかを理解したクーリィは、先程のフェルヌスの作ったクッキーを食べる時に感じた恐怖とはまた違う意味での恐怖を感じ、戦慄して体を震わせた。


「ほぉ~ら、クーリィ?大人しく口を開けろよぉ・・・!」


「ヒ、ヒィィィ!?!?や、止めて!それを近づけないで、師匠!?あ、謝る!謝るから!だからやめ・・・!?」


 ハイライトが消え、瞳孔が開き、薄ら寒い笑みを浮かべたフェルヌスは片手に持った『地獄の超絶激辛麻婆』を掬ったスプーンを、ゆっくりとクーリィへ近づけていく。

 それを見たクーリィは嫌々と首を横に振りながら「ごめんなさい!ごめんなさいぃぃっ!!」と何度も謝り続けるのだが、しかし彼女はその謝罪が聞こえていない様に―――否、聞こえてはいたが取り合おうとせずに更にスプーンを近づけていく。

 自身の謝罪が意味をなさない事を理解したクーリィは、最後の手段とばかりに涙目になりながら逃げ出そうとするのだが・・・しかし先程の《スタンショット》の効果がまだ続いていたらしく、体が痺れて思う様に動かせず、床を這いずることしかできないでいた。


「はい。ア~ンだぞ、クーリィィィ・・・!」


「むがぁっ!?ひゃめ・・・!ングッ!?」


 そうこうしている内にクーリィの目の前にフェルヌスがやって来た。彼女はおもむろにクーリィの顎を片手で包む様にガシリと掴むと、無理やりその口を開かせてスプーンを突っ込んだ。


「~~~~~~~~~~~~ッ!?」


 そしてその日、ゴンゾーの宿屋の一室から救いを求める様な、発狂でもしたかの様な少女の大きな悲鳴が響き渡ることとなった。

 尚、後日談となるが、この時の出来事をクーリィはあまり覚えてはいなかった。唯一覚えていたのは、最早壊滅的な料理と呼びたくはない何かと、怒り狂ったフェルヌスは死を覚悟しなければいけないと思えるほど物凄く恐ろしい存在になるという事。

 以降彼女は、出来るだけ自身の師であるフェルヌスを怒らせない様に意識するようになったという。






次回投稿は5/1です。

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