第3章第1話 ~弟子入りを望む少女 1~
2022年7月8日に内容を修正しました。
2023年2月23日に内容の一部変更をしました。
今、私の眼前には本日の朝食がテーブルの上に置かれていた。焼きたてのパン。色んな野菜が煮込まれて作られたスープ。そしてベーコンが混ぜ込まれたオムレツ。どれも暖かそうな湯気を立て、美味しそうな匂いを漂わせる。
私はそれ等に手を伸ばす。パンは食べやすい大きさに千切り、スープは木のスプーンを使って掬い、オムレツもまた木のスプーンで切り分けて次々と口の中に入れ、咀嚼し、飲み込んでいく。
パンはそこそこの固さがあって多少噛み辛く、感じられる素朴な味は悪くは無いのだが飲み込むには少し辛い。だがそれもスープで湿らせることで噛み切れる程度には柔らかくなり、また塩っ気のあるスープの味がその素朴な味をアクセントとして舌を楽しませる。
オムレツはしっかりと火が通っていて、そこそこ弾力のある硬さがあり、噛み締める度に卵の甘みとベーコンの塩辛さが感じられ、バランスの良い味わいが感じられた。
そうしてテーブルの上にある朝食を全て食べ終えた後、空となった皿の上へ木のスプーンを置いた私は、満腹感を覚えてホッと息を吐く。
今日のご飯も美味しゅうございました。と思いつつ、手を合わせて「ごちそうさま」と食後の挨拶をする。その後に窓の方へと視線を向け、窓の外に広がる透き通るような青空をボーッと眺める。
今日もこの世界での一日が始まるなぁと思いつつ、そうやって一心地着き―――って、おや?どうしたんだ、アルク。・・・え?私に客だって?
交易都市ライファの街中にある宿屋の一つである『ゴンゾーの宿屋』。現在その場所では、ある三人の人物による話し合い?が行われていた。
一人は私こと『フェルヌス・クディア』。『カオスゲート・オンライン』の元プレイヤーであり、”大魔王”の称号を持つ、見た目は肩に掛かる程の長さの銀髪に日に焼けた様な褐色の肌、少し吊り上った形の目に納められた紫色の瞳と頭頂部にある獣耳、鋭い刃物のような突起が先に付いた硬質感のある尻尾が特徴的な、十四、五歳程の『獣魔族』という種族の少女だ。
そんな私は今椅子に座りながら困ったように眉尻を下げ、ベルトを模すように腰に巻いた尻尾の尾先を気怠そうに左右に揺らしていた。その理由は、目の前で幼げな少女が見る者が見ればいっそ惚れ惚れする程それは見事な土下座をしていたからだ。
「お願いします!どうか私をお姉さんの弟子にしてくださいっ!」
この少女がこの場にいる三人の内の二人目、見た目八歳程の肩より少し長めの鮮やかな赤髪と綺麗な青い瞳が特徴的な少女―――『クーリィ』だ。交易都市ライファに存在する孤児院で暮らしている孤児であり、今から十日程前に起こった『悪魔召喚事件』と呼ばれるようになった事件で誘拐され、悪魔を呼び出す為のいけにえにされた被害者の一人でもある。
『悪魔召喚事件』とは、『パンデモニウム教団』と呼ばれる悪魔崇拝者達が、交易都市ライファにて悪魔と呼ばれる存在を召喚しようと、都市近隣での老若男女問わずの誘拐や、歳に向けての魔物誘引を行うなどの暗躍を行っていた事の総称の事だ。
まあ、その『パンデモニウム教団』の教徒達は、自分達が呼び出した悪魔の手によって魔物の姿に変えられ、最終的には現場に駆け付けた私の手によって悪魔共々殲滅されたのだが。
「あ~・・・えっと・・・・・・弟子になりたいとは、どういう・・・・・・」
なお、そんな彼女に土下座されている私はと言えば、内心では「なにこの状況?」とかなり困惑していた。というか、いったい何処で覚えたんだそんなのを。
頭痛が痛いと言いたげに眉間を揉み解しながらクーリィに問い掛けると、彼女はほんの少しだけ頭を上げて口を開いた。
「あの時の、『悪魔召喚事件』で戦っていたお姉さんの姿を、あんな恐ろしい悪魔を相手に一歩も引かないで、それどころか倒してしまう姿を見て、私は恰好良いって思いました・・・!あんな風に強くなりたいと思ったんです・・・!!だからお願いします!私を弟子にしてくださいっ!私は、私も強くなりたいんですっ・・・!!!」
「・・・・・・・・・」
綺麗な青い瞳をこちらに真っ直ぐ向けながらそう言った後、再び地面にこすり付ける様に再び頭を下げるクーリィ。そんな必死さすら感じられるクーリィの姿に私はどう答えようかと頭を悩ませる。
「えっと・・・あの・・・ふ、フェルヌスさん?クーリィ?」
そんな私達の間で、耳に掛かる程度の短い金髪とエメラルドグリーンの様に輝く瞳を持つ、見た目は十歳前後の少年が困り顔で「どうすればいいんだろう・・・!?」という風に戸惑い、右往左往していた。
彼の名は『アルク』。この場にいる三人の内の三人目であり、過去に色々あって現在は”フェルヌスの弟子”兼”冒険者見習い”となっているが、”勇者”となる事を夢見て日々奮闘している男の子だ。
尚、現在の彼の実力は私から見たらまだまだ弱いと言うレベルであり、この世界の人間から見たらそこそこの実力の持ち主と見られる程度であったりするが。
「君の私に弟子入りしたいという話だが―――」
「・・・ゴクリ」
「―――悪いが、断らせてもらう」
「え、えぇっ!?ど、どうして・・・!?」
そんな二人の姿を目にしながら、数分の間考える様に押し黙った後、私は自身の答えを彼女に返した。
「断る」と。
その私の答えを聞いたクーリィは、どうして!?と驚いたように言いながら、伏せていた上半身を跳ね起こした。
「どうしてって言われてもなぁ・・・強い奴なんて、私以外にも結構いるものだぞ?それこそ、私達が所属している冒険者ギルドにだってそこそこいるし、何ならギルドマスターであるモールテスもいる。人を育てるという点では彼の方が経験があるだろうから、師事をするとしたらそちらの方が遥かに良いと思うが?」
「そ、それは私も分かってます・・・!それを分かっている上でお姉さんに・・・!フェルヌスさんに師匠になって欲しいんです・・・!!」
「ん~・・・やっぱり断る」
「えぇ・・・!?」
「単純に、お前を弟子にする理由が私には無い」
「り、理由って・・・じゃ、じゃあ、そこにいるお兄ちゃんはどうなんですか!?」
「えっ、僕・・・!?」
クーリィの弟子入りを「理由が無いから」と断ると、それに対して彼女はアルクの事を指差しながら問い掛けて来た。
「お兄ちゃんはフェルヌスさんの弟子なんですよね・・・!?どうしてお兄ちゃんが良くて私はダメなんですか・・・!!」
「アルクと君とでは状況が違う。アルクの場合は私が保護者にならないと死ぬ可能性が高かったからこそ、弟子という体で面倒を見ているんだ。・・・だが、君は違う。君にはキチンと面倒を見てくれる保護者が、孤児院の院長やシスター達がいる。だからこそ、ワザワザ私が面倒を見る必要もないと判断したんだ」
アルクとクーリィでは過ごしている環境も、陥っている状況も違う。片や”勇者”を目指して旅立ち、その過程で信じて来た者達に騙され、裏切られて死に掛けていたアルク。片や親はいないものの、最低限の衣食住のある孤児院にて面倒を見てもらっているクーリィ。
私からすると、必要の度合いという観点で見れば必然的にアルクの方に天秤が傾くのだ。
「それに私は君の保護者ではない。その私が勝手にお前を弟子にするなんて事、出来る訳がないだろう」
私は溜め息と共にそう言葉を締め括り、「話はこれで終わりだ」と言いながら立ち上がり、玄関へと向かっていく。
「・・・・・・許可があればいいの?」
「・・・ん?」
その最中、ポツリとクーリィが呟いた。
彼女の呟きが聞こえた私は、頭上に疑問符を浮かべながら振り返る。
「つまり・・・私の保護者である院長先生の許可があれば、弟子入りしても良いの?」
「うん?ま、まあ、保護者の許可があればな」
両目に涙を滲ませながら、だがしっかりとこちらの事を見つめてくるクーリィ。
それを見た私は一瞬言葉を吃らせはしたものの、彼女の言葉に同意する様に頷いて見せた。
「分かった。・・・じゃあ、今から院長先生の所に行ってフェルヌスさんの弟子になる許可を貰って来る!許可が貰えたら絶対弟子にしてくださいね!!」
クーリィはそう言うと立ち上がり、『ゴンゾーの宿屋』を飛び出して行った。
その勢いは凄まじく、まさに疾風の如き速さであった。
「えっと・・・・・・どうするんですか、フェルヌスさん?彼女が本当に許可を貰って来たら弟子にするんですか?」
走り去って行くクーリィの姿を呆然と見送る事となった私達。
その後、先に正気を取り戻したアルクが、彼女を弟子にするのか?と私に問い掛けてきた。
「・・・ん?うん、まあ。一度口に出したことを引っ込めるつもりは無いよ。それに彼女との話でも出ていたが、私が彼女を弟子にする理由も無いけれど、弟子にしない理由もないんだ。彼女の保護者から許可が出されるのであれば、私に断る理由は無いさ。―――まあ、自分達が守り育てている子供に危険な事をさせる保護者なんて、そうそういるものでは無いがな」
アルクの問いに対してそう頷いて見せながら、しかし言葉の最後で「許可など貰える筈がないだろうがな」と言いたげな苦笑染みた笑みを浮かべた。
「許可を貰ってきました!」
「フェルヌスさん。クーリィの事をよろしくお願いしますね」
「・・・なん・・・だと・・・・・・!?」
―――まあその翌日に、自身の保護者である孤児院院長のマルシャルを連れながら、弟子入りの許可を貰って来たというクーリィの言葉を耳にして、「まさか本当に貰って来るなんて・・・!?」と愕然させられてしまうのであったが。
交易都市ライファの外に広がる草原地帯。その一角にある小高い丘の上で、私達は本日の修行を始めようとしていた。
「え~・・・、それでは今日の修行を始めたいと思います」
「はい!」
「はーい!」
修行開始の宣言を行う私の言葉に元気に返事を返すアルクとクーリィ。
ちなみにだが、今の私達の服装は全員が修行用に用意した長袖長ズボンのジャージだ。これは私の私のアイテムボックス―――と繋がっている倉庫―――に入っていたモノであり、単なる服装の一つとして私が昔作った代物だ。
とはいえ、剣等の刃物の一撃を受けても完全に防ぎきることが出来る防刃性能と高い自動HP回復及び自動MP回復効果が付与されているため、頑丈さという点ではそこらの衣服よりはあると断言できる代物であったりするが。
なお、色合いは私が白、アルクが緑、クーリィが赤である。
「さて・・・。それじゃあ、クーリィはこれを腕に着けて」
「これって、ベルト?」
「『突き落す愚者の腕輪』というアイテムだ。今日からこれを着けながら生活をしてもらう。もちろん修行の時もだ」
そう言ながら、見た目はベルト状の腕輪の形をしたアイテムを渡した。
これは『突き落す愚者の腕輪』と言い、着用者の全ステータスを半減させ、更に体重の二倍の重力が常にのしかかって来ると言う呪いが付与されているが、副次効果として成長率を二倍に上昇させる効果と”呪い”の状態異常耐性も上げる効果がある、アルクとの修行にも使用している代物である。
「これはある意味トレーニング器具的な扱いをしているアイテムでな。これを身に着けながら日常生活を送るだけでも相当体が鍛えられるんだ」
「へぇ、そっか。じゃあさっそく着けてみるね、師匠!」
クーリィはそう言いながら『突き落す愚者の腕輪』を腕に嵌め―――
「これでいい―――のふぎゅっ!?」
―――そして身に着けた瞬間、彼女の体はまるで上から何かに潰されるように、もしくは沈むように地面へと倒れた。
「お、重っ・・・重ォッ!?何これ?何これえぇ!?すっごく体が重いんだけど師匠!」
「それが『突き落す愚者の腕輪』の効果だ。まずは立ち上がる事から始めて、徐々に体を慣らして・・・って待て。師匠ってなんだ、師匠って」
「え?だって私を弟子にしてくれて鍛えてくれるんでしょ?だから師匠って呼んでいるんだけど」
「そこは、先生とかじゃないのか?」
「私的には師匠の方が良い!それに、冒険者ギルドでも個別に師事をしてくれる人の事は、師匠と呼ぶようにって言われているし」
「ああ、あれか・・・」
クーリィが言っているのは、冒険者ギルドのあるシステムの事だ。
別名『師弟制度』と呼ばれており、弟子となる人物が師となる人物に教えを乞い、鍛えてもらう代わりに、対価として師となる人物の身の回りの世話を行うというものだ。
この『師弟制度』は『カオスゲート・オンライン』の冒険者ギルドにも存在していたもので、これを行っている間は弟子となる人物のステータス成長速度は一定割合で上昇する様になり、また師となる人物が覚えているスキルや戦技、魔技、特技を修行を受ける過程で覚えることが出来るようにもなるというものであった。
ちなみに、対価として支払う内容は師となる人物によって様々であり、身の回りの世話をするというのが一般的だが、中には金銭を支払ったり、何かしらのメリットを提示する事で師事が受けられたりすることもある。
ただ時折、このシステムを利用した犯罪イベントが発生する事もあり、そのせいでお金や持ち物がほとんど奪われた、なんてプレイヤーもそこそこいたりしたが。
「だが、あれは対価が支払われることで成立するものだった筈だ。対価を貰っていない私がそう呼ばれる筋合いはないぞ」
「あれ?師匠は知らないの?『十神教』に属している教会関係者―――私みたいな教会が運営している孤児院に住んでいる子供とかもだけど―――を弟子に取った場合、師匠となった人は教会で販売されている『聖水』が無料で貰えるようになったりするんだよ?」
「む・・・そうなのか?」
クーリィの話を聞いた私は、片方の眉をピクリとさせつつ内心で軽い驚きを覚えていた。
私が何に驚いているかと言えば、それは今しがたクーリィが話した『エクセシリア教』が販売している『聖水』が無料提供されると言う部分にだったりする。
何故なら、ゲームであった『カオスゲート・オンライン』ではそんな設定があるなんて見たことも聞いた事もなかったからだ。
まず『エクセシリア教』とは、『アンリミト』という世界に存在する創造神『エクセシリア』を主神に、十の従属神を崇め、進行している宗教組織の事だ。
組織の内部構造としては、それぞれ火、水、風、土、雷、木、光、闇、生と死、時と空間を司る神々を信仰している派閥が存在しているが、しかし派閥同士で相争うということはなく、お互いを尊重する寛容さもある懐の深い組織である。
そしてその教会で販売されている『聖水』についてだが、まず『聖水』とは魔物を近寄らせない効果を持つ水の事だ。
完成度によって効果の強弱と販売価格が変動し、また販売している派閥によってその『聖水』に付与されている属性が異なり、その属性を苦手とする魔物にはより強い効果が発揮されるアイテムでもある
基本価格は一本十シル。日本円に換算すると一万円とそこそこ値が張るアイテムだが、魔物が蔓延るこの世界ではかなり重宝されている物。それを無料提供するなんて破格だと言っても過言ではない。
だが、だからと言って私はそれをありえないとは言い切ることができなかった。
というのも、私はゲームをプレイしていた頃に教会に属している人物を弟子に取ったことが無かったからであり、もしかしたら自分が知らなかっただけでそのようなシステムが実はあったりしたのかもしれないと思ったからだ。
「(・・・まあ、それが無料で手に入れられるとしても、昔ならともかく今の私にとって何の対価にもならないんだがなぁ。なにせ『聖水』を作る為に必要なアイテムである『神性石』を持っているから、その気になれば自作することが出来るわけだし・・・)」
とはいえ、『聖水』を自分の手で作る事ができる私にとっては何の得にもなりはしなかったが。
ちなみに、『神性石』とは神の力の欠片が込められたアイテムの事で、これを”透き通る程の綺麗な水”の中に浸らせると、その水が『聖水』へと変化する。
教会で販売している『聖水』も同じ方法で作られているので、私がこの『神性石』を所持している限り教会から無料で『聖水』を貰うというのはあまり意味をなさなず、さらに言えば倉庫の方にも結構な数の各属性が付与された『聖水』を溜めこんでいる為、私にとっては最早得になるどころか不良在庫が溜まってしまう損しかない。
「(一応『神性石』は教会が聖遺物と崇めている物の一つ。それで作られている『聖水』を無料提供するというのは、この世界の常識で考えれば、本来なら相当な得に成り得るし、対価として不足してる訳ではない。・・・とは言うものの、だからと言って私は欲しいとは思わないんだが)」
「まあ、この世界の技術力を確認する為に一つくらいは手に入れてみるのもありかもしれんな・・・」と内心でそう独り言ちつつ、私は目の前で未だ地面に倒れ伏しているクーリィへと視線を向ける。
「ぬ・・・!ぬぐぐぐぐ・・・っ!うりゃあぁぁっ!!」
丁度そこでは、クーリィが気合の入った声を上げながら勢いよく立ち上がってみせたところであった。
「う、うぐぐ・・・!?け、結構キツイ・・・!歩くだけでも一苦労だよ、これ・・・!」
「うん。その辛さはよく分かるよクーリィ。でも大丈夫。その内、体が段々慣れて来るからさ」
歯を食いしばり、全身に力を入れて直立した体勢を保とうとするクーリィ。
浮かべている表情は辛そうだという事がよく分かり、そんな彼女の様子を見たアルクが「自分も通った道だから」と助言していた。
「よし。それじゃあクーリィも立てたことだし、さっそく最初のメニューを始めるとしよう。まずはこの丘の周囲を走って回るランニングだ。ほら行くぞ、二人共」
「はい!フェルヌスさん!」
「は、は~い・・・!」
二人に修行を始めると言った後、私は後ろへと振り返るとそのまま駆け足で走り始める。
その背中を、アルクとクーリィの二人はそれぞれ返事をしながら追いかけるように走り始めるのであった。
次回投稿は4/6です。




