第2章第23話 ~騒乱を終えて~
2021年1月22日に文章内容の大幅修正と一部追加をしました。
2021年10月14日に文章の一部変更をしました。
交易都市ライファの北東にある墓地にてグベイザーとの戦いを終えてから一週間後。私は冒険者ギルドの二階にある客間のソファに腕を組み、足を組んで座っていた。
テーブルの上に置かれていた茶菓子を食べ、それからカップに入った紅茶を一口飲む。・・・が、ちょっと甘みが足りないと感じて眉尻を少し下げた私は、同じくテーブルの上に置かれていた器に入っていた蜂蜜をスプーンで掬い、紅茶に入れて掻き混ぜる。
それから再度紅茶を口に含み、今度は丁度良い甘さになったと口元に笑みを浮かべた私は、コトリとカップをソーサーの上に置くと目の前にいる人物へと視線を向けた。
私の向かい側には私と同じようにソファに座り、カップに入った紅茶を飲む冒険者ギルドのギルドマスターであるモールテスの姿があった。
時折茶菓子に手を伸ばし、口に運んでモソモソと食べている様子は年齢相応に落ち着き払っていると言えなくはない。・・・若干震えているカップに目を向けなければ、であったが。
そんな風に向かい合いながら無言で茶菓子を食べ、紅茶を飲むという状況の中、最初に口を開いたのは私であった。
「それで・・・パンデモニウム教団とか言う連中の調査の進展はどうなったんだ?」
「そうですねぇ・・・あの事件から今日で一週間が経過しましたが、どうにもその進み具合は著しいと言わざるを得ないでしょう」
「私の主観ですが、約半分ほどでしょうか・・・」と語るモールテスに、私は「・・・思ったよりも進んでいないんだな?」と小さく呟いた。
そもそも、どうして私がこの冒険者ギルドの客間でモールテスと対峙しているのかと言えば、それはパンデモニウム教団が起こした事件に関わった者として話を聞く為であった。
今から一週間前、グベイザーという”悪魔種”を倒した後、私はアルクと生贄としてパンデモニウム教団に攫われたクーリィを孤児院院長のマルシャルの下へと連れて行った。
クーリィの無事な姿を確認したマルシャルは、その後で安心したように涙を流しながら彼女の事を両腕で包む様にギュッと抱きしめ、彼女に抱き締められたクーリィは最初は困った様な、苦しそうな表情を浮かべていたが、しかしその後は安心感を覚えたからなのか、彼女もまた目尻に涙を浮かべながらマルシャルの事を抱き締め返していた。
それと交易都市ライファに向かっていた魔物の群れについてだが、私がグベイザーとの戦闘を終えた頃にはその半分以上が冒険者達や騎士達、門番の兵士達の手によって討伐されたらしい。
残った魔物達はマクレーとラディッシュの二人の騎士とその二人から話を聞いた他の騎士達が、北以外の外壁の見張り通路に置かれていた誘引魔香を発見、処分すると、何かに気付いた様にハッとして、逃げ帰る様に近くの森の中に帰って行ったという。
ついでに言えば、その時に誘引魔香を鍋で煮込んでいたパンデモニウム教団の信徒達を何人か捕まえたらしく、彼等の持ち物の中に誘引魔香の原材料となる『魔淫樹』の枝が発見されたことで、魔物を誘き寄せた犯人がパンデモニウム教団であったという事も分かったそうだ。
おそらく自分達の活動を邪魔されない為に一種の目晦ましとして使用したのだろう、というのがギルド側の見解らしいのだが、しかしそれを確認する事は難しいらしい。
なにせパンデモニウム教団の信徒達の大半は、幹部も含めたほぼ全員がグベイザーの 【眷属化】によってトロールへと変貌させられてしまい、最後には私の手によって討伐されてしまっているからだ。
・・・まあ、例え生きていたとしても人間としての自我が残っている筈が無かったので聞く事はできなかったと思うが。
一応アルクに倒されたり、騎士達に捕まった生き残りの信徒達が何人かいるが、彼等から手に入る情報はハッキリ言って期待できないらしい。
何故なら彼等は最近パンデモニウム教団に入ったばかりの下っ端も下っ端で、元は近くの山中に巣食っていた盗賊団の一員であったらしく、教団に入った理由も彼等が所属していた盗賊団がパンデモニウム教団のルベンディア司祭と名乗る男が率いる信徒達によって壊滅させられ、死か従順かを選択させられたかららしい。
「彼等が元々所属していたのは『闇夜の鷹』と呼ばれていた、この近辺では結構有名な盗賊団でした。中にはAランク冒険者にも匹敵する実力者も確認されておりましたが・・・まさかパンデモニウム教団に潰されていたとは・・・・・・」
「それが出来るだけの実力者がいたという事じゃないのか?」
「そう考えれば簡単なのでしょうが、少々納得できない部分もありまして・・・先程Aランク冒険者にも匹敵する実力者も確認されていると言ったと思いますが、その人物がいればおそらく『闇夜の鷹』が壊滅することはなかった筈なのです」
「・・・?なんだか、随分とそいつの肩を持つな。・・・・・・もしかして、知り合いなのか?」
「ええ、まあ・・・実はその人物はこの都市の冒険者ギルドに所属していた元Bランク冒険者でして・・・横柄な態度が酷く目立ち、他の冒険者や都市の住民への暴力行為や犯罪行為を何度も行っていた事から、今では犯罪者として追われる身となった男なのです。ですが、実力だけは目を見張るモノがありまして、ほんの数分だけですがSランク冒険者とも渡り合える程なのです」
「なるほどな・・・確かにそれほどの実力者がいれば、壊滅する事がなかっただろうというアンタの考えは納得出来る。・・・だが」
「ええ、実際に盗賊団が壊滅させられているという事は、おそらくその人物は戦わずに逃げたのでしょう。冒険者だった頃からそうでして、明らかに自分では敵わない相手に出会ったり、もしくは自分にとって不利な状況に陥ると、あの男は真っ先に逃げ出すのですよ。生き残った者達からも確認してみましたが、どうやらパンデモニウム教団の襲撃の際も彼等が襲い掛かる前に姿を消していたそうで、今では完全に行方が分からなくなっているそうです」
「なんというか、典型的な子悪党のみたいな奴だな、そいつ」
はぁ・・・と溜息を吐きながら語るモールテスに、私は思わずそんな感想を呟いた。
「それと、これも生き残りの彼等から聞き出した話なのですが、どうやらパンデモニウム教団はここ数ヶ月の間に起こっていた誘拐事件の首謀者でもあったらしく、どうやら何かしらの儀式に使う為に人々を攫っていたようなのです。・・・ですが、実は一つ不可解な点がありまして・・・・・・」
「不可解な点・・・?」
「ええ。どうもパンデモニウム教団の活動範囲が行方不明の被害があった範囲に比べると、思っていたよりも狭かったのですよ」
私の問いにモールテスは眉を顰めながらそう答える。
なんでも行方不明事件はライファ領のあらゆる場所で起こっていたそうなのだが、パンデモニウム教団が誘拐を行っていたのはそのごく一部の範囲のみ。交易都市ライファに来る前は乗っ取った村に潜伏していて、一応そこで生き残りの彼等は他の信徒達から何処何処を襲ったと言う話は聞いていたのだそうだ。・・・ただ、基本そこから遠出する事は無かったそうだが。
その理由は、パンデモニウム教団を率いていたルベンディア司祭という男がかなり慎重な人物で、自身も含めて隠密行動を信徒達に徹底して存在がバレる様なリスクを負う事を極力避けていたかららしい。都市内の入る際も地面に穴を掘って地下から侵入したらしく、墓地を潜伏場所にしていたのは偶々そこに出たからだそうだ。
そんな話を聞いた私は、モールテスが何を言いたいのか何となく分かった様な気がした。
「つまり、奴ら以外にも誘拐を行っていた連中がいるとアンタは考えているのか?」
「ええ、その通りです。・・・とはいえ、それも現在進行形で調査中ですがね」
仕事が増えてしょうがない、と肩を竦めるモールテス。
それを目にした私は「ふむ、なるほど」と納得した様な声を零し、その後でふと話題を変える様に一つの質問をした。
「それはそうと、ギルドマスター。アンタは今後、私をどう扱うつもりだ?」
「どう、とは?」
「惚けるな。アンタは私が大魔王という称号を持っていることを知っているだろうが」
「・・・・・・・・・」
スッと目を細め、誤魔化しは許さないと言いたげな視線をモールテスに向けた。
大魔王という存在は伝説上でしか知られていない存在だ。とはいえ、その立ち位置を考えるとはっきり言ってこの世界の人間にとっては敵同然だ。そんな人物が悪魔召喚の事件に関わっていたとなれば、裏で糸を引いていた人物と判断されてもおかしくはなく、最悪は自身に向けて討伐隊が編成される可能性があった。
まあ、もしそんな事になればそう簡単に負けてやるつもりなどなく、逆に全滅させてやろうと考えていたが。
「・・・その件についてなのですが、当ギルドでは貴女様の活躍を考慮して、現在のランクであるCからBランクへと昇格することに決定しました。本当はAランクにまで昇格させたかったのですが、規則によって一足跳びには上げることは叶わなかったもので・・・・・・」
「・・・なに?」
だが、返されたモールテスの答えは私の想定していたモノとは異なるものであった。
明らかに話をはぐらかそうとしている彼に、私は眉根を寄せつつ尋ねた。
「おい・・・一体何を考えているんだ、アンタは。私は大魔王だぞ?アンタ達からすれば私と言う存在は最大限の警戒をし、倒すべき戦力を集め、打倒しようと考えるのが普通じゃないのか?」
「確かに普通であればそう考えるべきでしょうし、貴女様が疑問に思うのは当然です。・・・ですが初めに言わせてもらいますが、私は貴女様が大魔王であるという事を世に広めるつもりはないのですよ」
モールテスはフッ・・・と小さく笑みを浮かべた。
「この町に大魔王がいると情報を広めた場合、何が起こるのか私にも分からない部分が多いのです。これは推測になりますが、おそらく話を聞いた多くの勇者や英雄、高名な戦士達がこの都市にやって来て貴女様を倒そうと戦いを挑もうとするでしょう。・・・ですがその余波でこの都市が、下手をしたらこのライファ領事態が滅んでしまうかもしれない。それは私が望んでいる未来ではないのです。―――それに、貴女様はこの町に来てから何一つ悪事を働いていないし、被害も与えてはいない。逆に都市の人々の為になる様な行動をしている。そんな人を、大魔王だからという理由だけで敵対しようとするなんて考えなしな事を私はするつもりはありませんよ。・・・・・・・・・あと、その情報を広めた私が貴女様の報復によって殺される可能性が高いので、それを避ける為というのもありますが。まだ死にたくはありませんし」
「いや、別に最後のセリフは言わなくても良かっただろう。というか、言わない方が良い話で終わっていただろう今の」
口元に薄らと笑みを浮かべながら、しかし真剣みを帯びた視線をこちらに向けるモールテス。・・・が、最後に付け足されたそのセリフに、私は思わずツッコミを入れずにはいられなかった。
いや、本当に最後のセリフが無ければいい話で終わっていたのに。
「まあ要するに、私は死にたくはないし、この都市を危険に晒したくはないという事です。・・・お分かりいただけましたか?」
苦笑いをしながらパチンと茶目っ気混じりにウインクするモールテスに、「おいおい」と言いたげな視線を向けた私であったが、内心では彼が話した起こりうる可能性の事を考察していた。
「(まあでも、ありえなくもない話だ。攻めて来るであろう勇者や英雄の実力がどれ程かは分からないが、そうなる可能性は確かにある。それに、やって来るのはそいつ等だけとは限らない。もしかしたらそれ以上に厄介な存在もやって来る可能性は捨てきれないからな。下手なリスクやトラブルを負う事を避けたいという考えは理解できる)」
ただ、報復云々に関しては否定をしたかった。
私から見れば現在のモールテスの立場は中立だ。この状態で彼が大魔王がいるという話を広めたとしても、別に恨みを抱くつもりはない。だってそれはこの世界の人間であれば、ある意味当然の行動であるからだ。
一応口止めをしてはいたが、正直それも時が経つにつれて意味をなさなくなるだろうな、とも私は思っていた。私が持ちうる力は強大だ。それを振るっていれば何時かはバレてしまうだろうからだ。
だというのに、彼は敢えてそれを言わないと口にした。死にたくない、都市を危険に晒したくないというのは嘘偽りのない本音ではあるだろうが、おそらくそれだけではないだろう。
「貸し一つ・・・というわけか。中々の策士だな、ギルドマスター。見た目通りの知略派か?」
「これでも若い頃は、自ら前線に出て戦う武闘派だったのですよ。今となっては懐かしい思い出ですがね」
ほっほっほっ、と朗らかに笑って見せるモールテス。
その背後にそろばんを片手に持った腹黒狸の姿を私は見た。
「まあそれに、貴女様の事を黙っていた方が我々にとってはメリットになります。強大な力を持つ大魔王が冒険者として活躍してくれる。これほど頼もしい戦力はそうありませんからね」
「この都市にいる間は、頼りにさせていただきますよ?」と言うモールテスに、「随分と強かだな、アンタは・・・」と感心するような溜め息を私は吐いた。
まあ、私としても、自身が面倒を見ているアルクがまだ独り立ち出来る程に育っていないということもあり、出来ればもう少しのんびりとした日常が送りたかったという理由もあったので、彼のその申し出はありがたいとも思っていたが。
「(とはいえ、もし敵対するということになったのなら、話は別だがな。・・・その際には情けや容赦など一切掛けるつもりなどない。徹底的に潰させてもらおう)」
私は表面上は笑みを浮かべていたが、その内心では結構物騒な事を考えていた。
「今後とも良い関係を築いていきましょう」と手を差し出すモールテス。私はそれに応えるように「お互いに損の無いように、な」と彼と握手を交わすのであった。
「あ、お帰りなさい、フェルヌスさん!」
「・・・アルク?なんだ、まだ依頼を受けていなかったのか?」
「その・・・ギルドマスターに話をしに行くって言ったフェルヌスさんの事が気になっちゃいまして・・・・・・」
モールテスとの話を終え、階段を降りて冒険者ギルドの一階へとやって来た私は、ギルド職員であるシャーラがいる受付カウンターの前にいたアルクの姿を見てちょっと驚いた。
話が長くなると思って先に依頼を受けておく様に言っておいたというのに、そうせずに自身を出迎えたのだから、私としては「やれやれ」といった感じの表情を浮かべるしかない。
「先に依頼に出ていても良いといったんだけどなぁ・・・」
「ふふ・・!良いじゃないですか、フェルヌスさん。それだけ慕われているという事ですよ?それに、フェルヌスさんの事を心配していたアルク君の様子は結構可愛かったですし」
「シャ、シャーラさん・・・!?」
「ほう?シャーラ。その辺の話を詳しく」
「フェルヌスさんまで・・・!?そ、そんなことは良いですから、早く依頼を受けて行きましょう・・・!」
シャーラの話に興味を持った私は詳しく聞かせて欲しいとスススッと彼女に近寄るのだが、しかしそれを恥ずかしがったアルクが私の背中を押して玄関まで誘導しようとする。
「分かった、分かったから・・・そう押さなくても・・・!」
「(シャーラ。後で話を聞かせてくれよ?)」
「行ってらっしゃい、二人共」
「(もちろんよ、フェルヌスさん。保護者は知る義務があるものね!)」
「うっ・・・!?なんか不穏な気配が・・・!!」
アルクに背中を押されながらシャーラへと視線を向ける。
私の視線を受けたシャーラは私の言いたいことを察して頷くと、グッと親指を立てて見せた。
そんな風にアイコンタクトで通じ合う私達の思念か何かを感じ取ったのか、アルクが「なんか、嫌な予感が・・・!?」と呟きながら体を一瞬身震いさせるのであった。




