第2章第21話 ~大魔王と悪魔 3~
2021年1月21日に文章内容の大幅修正と一部追加をしました。
2021年10月14日に文章の一部変更をしました。
「伯爵級、ねぇ・・・?」
グベイザーの言った”伯爵級の悪魔”と言う言葉を耳にした私は、思わず訝しげにそう呟いた。
何故そんな反応をしたのかと言えば、それは私がグベイザーと相対した時に《ステータス鑑定》でかの悪魔のステータスを確認していたからだ。
種族名:【悪魔種:モラクルス】
名前:【グベイザー】
性別:男性
称号:伯爵級悪魔
年齢:681歳
『HP』:10554/10554
『MP』:3946/4025
『SP』:4856/4856
『STR』:5572
『VIT』:4699
『AGI』:2301
『INT』:6674
『MND』:4321
『DEX』:2201
『LUK』:1001
グベイザーのステータスは今のアルクのステータスの約十倍程であり、今の彼ではまず間違いなく勝つ事が出来ない相手だ。
だからこそ、彼等が窮地に陥ってしまったという結果については特に不思議に思ってはいなかった。ある意味当然の結果だと言えるし、逆にそんな相手と戦っておきながら自身が到着するまで五体満足でいた事に思わず感心してしまうくらいだ。
・・・が、同時に疑問に思う事もあった。それはこのグベイザーという”悪魔種”の強さに関してだ。
”悪魔種”とは、物質的な肉体を持たない所謂精神生命体に属する種族であり、その姿は千差万別で、持ちうる力や能力も個体ごとに大きく異なっている。
そんな多種多様な姿を持つ”悪魔種”だが、一貫して共通していることがある。
それは強大なステータスを持っていること。下級の”悪魔種”であっても約千前後のステータス値を保有しており、強い個体にもなれば万単位は平然と保有している。また、”悪魔種”にはその強さの程を示す爵位と言うものが存在していて、下から順に男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵となっており、爵位が上がれば上がる程、保有するステータスも相応に高いと言うのが『カオスゲート・オンライン』では常識であった。
その中でも伯爵級と言えば、保有しているステータスは最低でも約一〇〇〇〇前後あって当然の存在なのであるが、しかしグベイザーという”悪魔種”はそれに届くどころか掠りもしておらず、実質的には男爵級に相当するステータスしかない。
なのに、称号ではしっかりと”伯爵級悪魔”という表示がされているのだ。初め、それを目にした時は「酷い階級詐欺もあったものだ」とつい思ってしまった。
「(それに加えて、どうやらあのグベイザーは自分と私の間にある実力差を本当に分かっていないのだろうな。でなければ、トロール達に私を襲い掛からせる様に指示を出す筈がない)」
こちらからすれば、トロール達はハッキリ言って足下にすら及ばない雑魚だ。その強さを感覚で例えるなら蟻んこ程度でしかない。
故に、自身に襲い掛かろうと群がって来た時も、まるで害虫でも駆除する様な感じでとっとと片付けようと思い、《フレイムブレイド》―――”手元に炎の剣を出現させ、周囲に火属性の斬撃を放つ”という魔技を、【無詠唱】―――”魔技の発動に必要な詠唱を全て省略し、技名を言わなくても魔技が発動可能になるが、その代り『MP』消費が二倍になる”という任意発動型スキルも併用して発動。トロール達に向けて炎の斬撃を飛ばしたのだ。
当然、トロール達の体は圧倒的なステータス差がある私の攻撃に耐えられるわけがなく、飛んできた炎の斬撃を受けた彼等の体は胴体から上下に両断され、斬り飛ばされた上半身はそのまま炎に呑まれて焼失した。
ちなみに、グベイザーの体が吹き飛んだのはこの時で、斬り飛ばされた上半身が完全に燃え尽きる前にかの悪魔の体に勢いよく直撃したからだ。
・・・まあ、私としては、まさか攻撃の余波程度でああも勢いよくグベイザーが吹き飛ぶとは思ってもみなかった。なのでつい、「うわぁ、マジか・・・」と言いたげな反応をしてしまったのだが。
「”悪魔種”の価値観って、確か弱肉強食のそれだった気がするんだが・・・・・・コイツ程度が伯爵級という事は、もしかしてこの世界の”悪魔種”って軒並み弱かったりするのか?」
”悪魔種”についての設定を思い出していた私は無意識にそう呟く。
「貴様ぁ!そのセリフは我を侮辱していると思っていいのだなぁ!!」
「おっと、聞こえてしまっていたか?」
「最初から最後まで全部聞こえていたわぁ!!」
だが、それをグベイザーは耳聡く聞き取っていたらしい。
私の呟きを挑発と受け取ったグベイザーは「今更遅いわぁぁ!!」と叫びながらこちらに向かって突撃を開始した。
「悪いが、お前の相手をするのは後回しだ。先にやらないといけない事があるからな。―――《プラントバインド》!」
「ヌゥッ!?」
両手の指の爪をジャキンッ!と伸ばし、硬質化させながらこちらへと飛び掛かろうとするグベイザー。
しかしそれを私は《プラントバインド》―――”周囲に存在する植物を大きくして相手を拘束する”という【木属性魔法】の魔技を発動して止めた。
地面から飛び出る様にして現れた人間の腕くらいの太さの蔦や蔓がグベイザーの体を拘束していく。
「こ、こんなモノォ・・・!我が火炎の息で焼き尽くして――――――ムグッ!?」
自身の体を拘束するその蔓蔦を何とかしようとしてか、グベイザーが大きく息を吸うと同時に口内に魔力を溜める。
それが、口から何かを吐き出すタイプの魔技を発動しようとしていると察した私は、しかしそうはさせじと蔓蔦をかの悪魔の突き出た口に絡みつかせ、強制的に閉ざして発動をキャンセルさせた。
「んぐっ!?んぐぐぐぐぐっ・・・!?」
「だから待てと言っているだろうが・・・・・・」
体中に蔓蔦を撒き付かせながら、なおも暴れるグベイザー。
それを目にした私は「やれやれ・・・」と呆れた様な息を吐きつつ、自身の後ろで倒れているアルクの下へと向かった。
「ほら、アルク。とっとと怪我を治すからこれを飲め」
「えっと・・・あの・・・これってポーションじゃ・・・さ、流石にこれを使うのはちょっと・・・・・・」
アルクが負っている怪我は体の外よりも中の方が酷い様子であったので、私はアイテムボックスから取り出した回復ポーションを飲ませようとする。
だが、何故かアルクはそれを飲む事を拒否しようとした。
おそらくは前に彼が言っていたポーションの値段に関係しているものと思われるが、しかしそんな事はどうでもいいと言わんばかりに私は彼の口へと無理矢理ポーション瓶を突っ込んだ。
「つべこべ言わずにさっさと飲む」
「むぐぅっ!?」
諦めたように「んぐんぐっ・・・!」とポーション液を飲んでいくアルク。
その効果はすぐに現れ、彼が負っていた怪我は見る見るうちに治っていった。
「ぷはぁっ!?・・・う、うぅ・・・・・・!怪我を治してくれるのは嬉しいし、ありがたいとは思うんですけど・・・でもこれで、また借金が増えちゃう・・・!」
怪我が治り、さっきまで全く動かすことが出来なかった体が思い通りに動かせるようになったアルクであったが、しかしその様子はあまり嬉しそうではない。
そんな彼の様子を目にして、その呟きを耳にした私は呆れたように溜め息を吐いた。
「あのなぁ・・・前にも言ったと思うが、別に返そうとしなくてもいいんだぞ?あの程度のポーションならそこらにある材料で作る事が出来るんだから」
「それについては僕も前に言ったと思いますけど、ポーションってかなり高価な薬なんですよ!?対価を払わないなんてこと、出来る筈がないですよ!」
「体で払えなんて言われたら、断る事すら難しいんですから!」と言うアルクに対し、やれやれと溜め息を吐きながら「気にする必要は無いというのに・・・」と呟く私であったが、それからふと何かを思いついたように次の言葉を口にした。
「じゃあ、そんなに言うのなら今ここで払ってもらおうか?」
「・・・え゛?」
その言葉にアルクは思わず体をビクつかせ、いったい自分は何をされるのだろうか・・・!?という感じに身構えた。
そんな彼の様子を目にした私は、「プッ・・・!」と笑ってしまうのを我慢する表情を浮かべながら彼に向けてこう言った。
「なに、そう難しい事をしてもらうつもりはないさ。ただ私があの悪魔を倒すまでの間、そこの少女を守る騎士役をやってもらうだけだ。―――ああいや、これはどっちかと言えば王子様役と言った方が正しいかな?」
「いや、あの・・・そんなのどっちでもいいと思うんですけど・・・?」
どっちの役柄がこの場には適切だろうか?とちょっと頭を悩ませる私に対し、そんなことで悩まなくてもとアルクがツッコミを入れる。
ちなみに、アルクの傍にいるクーリィも同意する様に頷いていた。
「というか、そんな事でいいんですか?一緒に戦えと言ってくれれば僕は戦いますよ?―――今ならあの悪魔を叩っ斬れると思いますから!」
アルクは近くに落ちていた木刀を拾うと、フンスッ!と鼻息荒く答える。
その手に持つ木刀の刃先に青白い光が纏われている様子を見るに、どうやら魔力の扱い方を覚えたらしい。今ならやれる!とでも言いたげな意気込みが見られた。
・・・まあ、内心では不安なのかその表情は若干強張っていたが。
そして、そんなアルクに対して私は「そんなことを頼むつもりはない」と言いたげに首を横に振った。
「その意気込みは買ってやりたいところだが、奴は君の手には余る相手だ、やめておけ」
「でも・・・それじゃあフェルヌスさんが一人で戦う事に・・・!」
「大丈夫だ。君も知っている通り、私は強いからな。あの程度の相手に負けはしないよ。・・・だから安心して待っているといい」
そう言いながら私はアルクの頭を優しく撫でる。それはまるで不安がる子供を安心させるような撫で方であり、それを受けたアルクは緊張で強張らせていた表情を少し緩めて「・・・うん」と頷いた。
「よし。―――うん?」
「―――ォォォッ・・・。ウゥゥオォォォオオオーーーッ!!!」
頷くアルクの様子を目にして口元を緩めた私であったが、ふとそこで野太い雄叫びとズドンッ!!という大きな音が自身の背後から響いて来たことに気付いた。
視線だけ後ろへ向けてみれば、どうやら爆発の発生源はあのグベイザーという悪魔を拘束していた地点かららしい。そこから煙が立ち昇っている事に気付いた私は、アルクの頭から手を離した。
「・・・ふむ。どうやら、あの”悪魔種”が拘束を解いたみたいだな。それじゃあ言って来る。そっちは頼んだぞ、アルク!」
そしてクルリと踵を返すと、グベイザーの元へと向かった。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!ど、どうだ!我の力を思い知ったかぁ!我の得意とする魔技ではなかったが、そんなモノでもこういう時には意外と役に立つものだなぁ!」
熱を持ち、所々が赤く染まっているそこそこの大きさのあるクレーターの中心。そこでグベイザーは「クハハハハハッ!」と高笑いを上げおり、その体の至る所には焼け焦げた跡や煤が付いていて、今も全身からジュウウ・・・!と音を立てつつ黒い煙を上げていた。
何故グベイザーがそんな状態になっているのかと言えば、それは体に巻き付いた蔓蔦を外す為に《ファイアボム》―――”範囲指定した場所を爆炎で吹き飛ばす”という【火属性魔法】の魔技を発動し、自身ごと爆炎で焼き払ったからだ。
その証拠に、周囲には焼け焦げたり、千切れてバラバラになった蔓蔦が散乱していた。
「ハハハ、ハハ、ハ・・・ハァ・・・・・・」
「(・・・だが、体に巻き付いた蔓とか蔦を外す為とは言え、自分ごと焼くのは少しヤバかったかもしれん。この体は魔力で作られた紛い物だから痛覚とかはあまり感じないが、それでも傷付いた体を修復する為に少なくない魔力を消費してしまった・・・・・・)」
笑い声を上げた後、内心でそう呟くグベイザー。
そう。”悪魔種”という種族は精神生命体であるという関係上この世界に留まる為には器となるモノが必要であり、それを彼等は自身の魔力でもって構成し、形作っている。
だが、その魔力は当然のように有限だ。器を維持する為にある程度の量は常に消費されているし、戦いになればそれ相応に、そして体が傷付けばその修復の為にも消費されてしまうのだ。
今回の様に全身火傷の状態ともなれば、かなりの量の魔力を修復に回すことになるし、それはグベイザーにとってはかなりの痛手と言えた。
保有している魔力が半分近く無くなった事に唸るグベイザーだったが、そこでザッと地面が擦れるような音を聞いた。
「これはまた、凄いあり様だなぁ・・・」
「・・・ムッ!?」
顔を上げれば、そこには自身の体を蔓蔦で拘束した下手人であるフェルヌスがいた。
彼女は周囲の状況を目にした事でグベイザーいったい何をしたのかを察したのだろう。「馬鹿なのかコイツは?」と言いたげな呆れた視線をかの悪魔へと向けていた。
「もしかして《ファイアボム》を使ったのか・・・?まさか、自分を拘束している蔓蔦を焼き切る為に自分ごと燃やしたって言うのか?呆れた・・・悪魔種なら他の手段もあっただろうに。―――馬鹿じゃないのか?」
というか、実際に声に出して言った。
「おのれぇ・・・!またもや我を馬鹿にしてくれたなぁ・・・!今度という今度はもう許さん!《ロックブレイド》ォォーーー!!」
自分でも馬鹿をやったとは思っていたグベイザーであったが、それを他人に指摘されるのはムカつくと、怒りで顔を真っ赤に染めながら両腕を地面へと突き入れ、《ロックブレイド》―――”地面から岩石の大剣を生み出す”という【土属性魔法】の魔技を発動し、ニm近くある二振りの岩石の大剣を抜き出してそれぞれの両手に握った。
「フンヌゥッ!!貴様のその体をグチャグチャの肉塊に粉砕してやるぅ!それだけではないぞ!肉塊となった貴様の体を、貴様の後ろにいるガキ共に食わせて、絶望の味と言うモノを教えてくれるわぁ!!」
「あっそう。まあ、出来るモノならやってみるといい。その思惑の全てを、ブッ潰して、ブッ壊して、ブッ殺してやるからなぁッ・・・!!」
ブオンッ・・・!と両手の岩石の大剣を振るいつつ、フェルヌス達を全員殺すと宣言するグベイザー。
対するフェルヌスも、やれるものならやってみろと応えながら後ろ腰に付けていた鞘からショートソードを抜き放ち、構えた。
「死ね!死ね、死ね、死ね死ね死ねぇっ・・・!!」
「・・・ッ!」
戦いの先手を取ったのはグベイザーであった。地面を強く蹴り、フェルヌスへと真っ向からの突撃をしたかの悪魔は、彼女に向けて両手に持つ二振りの岩石の大剣を交互に振り回していく。
一振りする毎にブォンブォンと風を切る音を響かせ、強風が巻き起こる。攻撃の余波により周りにあった墓石は粉々に砕かれ、勢い余って大剣が叩き付けられた大地には数mの裂け目が刻まれる。
そんな、常人が一発でも食らえば―――否、掠っただけでも即死するであろうその攻撃を、フェルヌスは右に左に、時には後ろへと跳んで躱し、またはショートソードで受けて弾くなどしていた。
その表情は平然としており、かなり余裕がある様子が伺えた。
「(ムゥゥッ・・・!この娘、やはり相当な実力の持ち主らしいなぁ・・・!我の攻撃が当たらないなぞ何時ぶりかぁ・・・!!)」
攻撃を仕掛けながらフェルヌスのその表情を目にしたグベイザーは額に冷や汗を流した。
今のグベイザーは最初とは違い、己とフェルヌスの間にある実力差をきちんと理解していた。それは皮肉にも、彼女に向けてけしかけたトロール達が瞬殺されたのを見たからであったが。
「(だがそれは最初だけよぉ・・・!貴様の力は我が魔眼の効力により、時間が経つにつれてドンドン弱くなっていくのだ・・・!)」
だが、グベイザーが浮かべている表情はどこか余裕の様なモノが感じられた。
その答えは怪しい光を放っているグベイザーの両目にあった。グベイザーは戦いながらとある魔技を発動していたのだ。
それは 《災厄の呪眼》という瞳を介して発動する魔技であり、その効果は一定時間毎に相手に〝呪い〝の状態異常を耐性を無視して付与し、各ステータスのどれか一つをランダムで低下させるというものだ。
最低でも発動の際に相手の体の何処か一部を視界内に納めなければならないという条件こそあるが、要は相手をただ見ていればいいだけの話であり、たったそれだけで相手は徐々に弱くなっていくのだ。
加えて魔力の消費する量も少ないので、現在残っているグベイザーの魔力でも数時間は余裕で発動し続ける事ができる。
これ程安易且つ便利で強力な技は早々ないだろう。だがしかし、そもそもどうやってグベイザーはそんな技を習得できたのだろうか?
その答えは、かの悪魔の半生が関係していた。
グベイザーは保有しているステータス値から予想できる通り、元々は男爵級の”悪魔種”であった。ステータスの低さ故に上位の”悪魔種”には見下され、馬鹿にされていた人生 (悪魔生?)を送っていたが、しかし呪いの才能に関しては”悪魔種”の中でも抜きん出たモノを持っており、その腕前は〝呪い〝の状態異常が掛かり難いとされている同じ種族の”悪魔種”に九割の確率で付与できる程だ。
だが、それが他の”悪魔種”に認められる事はなかった。”悪魔種”の基本的な価値観は弱肉強食だ。どれだけ才能と腕前を持っていたとしても、強くなければ認められる事はないのだ。
では強くなればいいだろうと思うかもしれないが、しかしそれをグベイザーの才能が許しはしなかった。
かの悪魔は呪いに関係する才能が過剰と言える程あったが、他の才能に関してはほんの一欠片程しかなかったのだ。
自身の才能がどういったモノなのかを理解したグベイザーは落胆した。強くなろうとする事はできる。だが、自身が満足できる強さを手に入れるまでには途方もない時間が掛かるし、それまでの間は長きに渡って見下され、馬鹿にされるのだと、そう思っていた。
そんな時だ。グベイザーが【呪術】のスキルレベルをカンストさせ、《災厄の呪眼》を習得したのは。
この魔技によって、グベイザーは自身よりも上位の”悪魔種”達を次々と下す事ができるようになり、そしてその果てに〝伯爵級〝の称号を得て今に至っているのだ。
「(勝てる、勝てるぞぉ・・・!これなら勝てるぅ!後数分見続ける事ができれば、この娘の力は見た目相応のモノにまで落ちるだろう。そうなれば、これまで我が屠ってきた強者達と同様になぶり殺しにしてくれるわぁ・・・!!)」
だからこそグベイザーは己の勝利を疑ってはいなかった。今はこちらの能力が劣っていても、時間が経てば立場が逆転すると思っていたからだ。
「(さあもっとだ、もっと弱くなれ・・・!)」
グベイザーが振るう二振りの岩石の大剣は基本上段からの振り下ろしばかりだが、時にはフェルヌスを逃がさないよう斜めや横にも振るわれる。
「(弱く・・・弱く・・・弱く・・・!)」
このまま攻め続けて押し切る。グベイザーはそう思いながら岩石の大剣を振るう速度を加速させる。
それは最早岩石の雨霰と呼んでも差し支えない程の剣檄であり、避ける隙間なんて端から見たら数cmも無いようにしか見えない。
「(弱く・・・弱、く・・・・・・?―――んん?何だ?何かおかしい。・・・まさか、この娘の力、全く下がっていない?)」
だからこそ、フェルヌスに攻撃が当たらない事がおかしかった。彼女の動きは先程までとほとんど変わってはいない。グベイザーの攻撃を時に前後左右に跳んで躱し、時にショートソードで受けて弾き続けている。
どころか、反応速度や体捌き、足の運びや剣を振るう速度は最初よりもかなり上がっていた。まるでグベイザーの動きに合わせる様に、だ。
その時点でフェルヌスの力が全く下がっていない事に気付いたグベイザーは驚愕し、動揺して「バカな・・・!?」と頬をひきつらせた。
そして当然それは剣の振りにも影響し、左右の大剣の動きに乱れが生じた。
「フッ・・・!」
「ヌゥッ!?」
それを好機と見たのか、今まではグベイザーの攻撃を防ぐだけであったフェルヌスがその体勢を攻めへと転じ始めた。
「ええい、なんと往生際の悪い・・・!?大人しく、無抵抗に斬られれば良いものを・・・!!」
「そう言われて、大人しく斬られてくれる奴などいるものか。―――ふん!」
「グオォォッ・・・!?」
ガガガキキキィンッ・・・!と甲高い音を響かせながらぶつかり合い、火花を散らす二振りの岩石の大剣と一振りのショートソード。
次第に形勢はグベイザーの方が不利になっていき、そして数十合目の鍔迫り合いの後に二振りの岩石の大剣はフェルヌスの力任せの一撃によって大きく弾かれた。
「先手は譲ってやった。今度はこちらの番だ。―――しっかりと受けてみせろよ?」
体勢を崩し、その体を後ろへと仰け反らせるグベイザー。
それを視界に納めながらショートソードを素早く構え直したフェルヌスは、一歩前に踏み出しつつ右手に持つそれを大きく振り被った。
「そらそらそらそらぁぁっ!!」
「ヌッ!グウッ!ゴッ!?ガハァッ!?」
先程までとは攻守が逆転した。
私が閃光の如き速さで右手に持つショートソードを振るい、それをグベイザーが盾の様に掲げた二振りの岩石の大剣でもって防ぐ。
だが、私の放つ一撃一撃はその華奢な腕からは想像もできない程力強く、グベイザーの体はその勢いと衝撃に押されるようにズルズルと地面の上を滑っていく。
「どうしたどうした!お前はその程度なのか、”悪魔種”!」
「グゥッ・・・!?な、何故だ。何故我の魔眼がぁ、《災厄の呪眼》が効いていないぃ!?」
ガキンッ!と剣と大剣を押し合い、鍔競り合う。
その際に、グベイザーは何故自分の魔眼が効かない!?と叫んだ。
「うん?・・・ああ、なるほど。さっきから何かの魔眼を発動していると思ったら、それだったのか。なに、お前のそれが私に効かなかったのは簡単な理由だ。持っているんだよ私も。お前と同じ魔眼をな」
私はそう言うと《災厄の呪眼》を発動し、怪しく輝かせた自身の瞳をグベイザーに見せた。
そう。私もまた、かの悪魔と同じ魔技を習得していたのだ。
「《災厄の呪眼》は確かに便利で強力な魔技だ。ステータスダウンの呪いを耐性を無視して相手に付与する事ができるんだからな。・・・だけど、欠点がないわけじゃない。それを含めた瞳を介して発動するタイプの魔技ってのは、同じ魔技を習得している者や似たような効果のモノとは互いに効果を打ち消し合うという現象を起こす。―――要は無効化してしまうんだよ」
これは『カオスゲート・オンライン』でも仕様として存在していた現象だ。
瞳を介して発動する魔技―――俗に魔眼とも呼ばれているそれ等は、大抵強力且つ厄介な効果を持っている事が多く、あの世界ではバランスを取る為に私が言ったような設定がされていたが、こうして無効化されているのを見るにどうやらその現象はこの世界でも同様に起こる事らしい。
「だから、お前の魔眼は私には効かない。残念だったな?」
「な、なん・・・だとぉ・・・!?」
口元に薄らとした笑みを浮かべながら私がそう語ると、まさか自分以外にも《災厄の呪眼》を習得している者がいるとは思っておらず、加えて魔眼にそんな欠点があるとも知らなかったのであろうグベイザーは、そんなバカな・・・!?と言いたげに瞠目し、驚きの声を上げた。
「だが、なるほどな・・・どうしてお前程度の奴が伯爵級なんて称号を持っているのか不思議だったんだが・・・その魔眼の力を使って他の伯爵級の”悪魔種”を倒して奪ったんだろうな。―――なあおい、実力に見会わない称号を得た時どんな気分になったんだ?」
「・・・ッ!?ええい、うるさい!我を舐めるでないわ!《旋風切り》!《大切断》!《ストームスラッシュ》ゥゥ!!」
「おぉっ!?」
鍔競り合いをしながら私が軽く煽る程度に挑発すると、存外グベイザーは煽り耐性が無かったらしい。一瞬息を飲んだ後に額に青筋を浮かべながら激昂したかの悪魔は、いい加減にしろと言いたげに私のショートソードを弾き飛ばすと、連続で三つの戦技を放ってきた。
”回転の勢いを加えた斬撃を対象に向けて放つ”という《旋風切り》。
”表皮や装甲が硬い相手を一撃で間断する”という《大切断》。
”連続で剣を振って複数の風属性の斬撃を飛ばす”という《ストームスラッシュ》。
それ等は一撃一撃が全て強力な技であり、グベイザーにとっても自慢の連続攻撃技―――いや、必殺技と言っていいものなのだろう。かの悪魔は引き攣る様な笑みを浮かべると「これならどうだぁっ!!」と声を上げた。
しかし、その三つの技を私は軽々と全て躱してみせた。
横薙ぎに放たれる右の大剣による《旋風か切り》をしゃがんで躱し、上段から振り下ろされる左の大剣による《大切断》をグベイザーの側面に回ることで避け、連続で飛ばされる《ストームスラッシュ》の風の斬撃は踊る様にステップを踏みながらテンポ良く回避し、直撃しそうなモノはショートソードで切り払うことで迎撃した。
「な、なにぃ・・・!?」
まさか自身の必殺技が全て回避されるとは思ってもいなかったのだろう。グベイザーは目の前の光景が信じられないと思わず呆然とし、その体を硬直させた。
「隙あり!」
「ヌフゥッ!?」
それを隙と見た私は斬り掛かる。
その攻撃に気付いたグベイザーは呆けていた状態から一瞬で正気を取り戻すと、両手に持つ二振りの岩石の大剣を交差させることで受け止め、何とか防いだ。
だが、衝撃までは抑えきれなかったようで、ズザザーーッ!と土煙を上げながら地面を滑っていった
「き、貴様ぁ・・・!本当に人か・・・!?下等種族である人なのかぁ!?」
「失敬な。どこからどう見ても人だろうが」
「ふざけるなぁ・・・!唯の人が今の技を躱せる訳がないぃ!!そんな事が出来るのは〝英雄〝と呼ばれている者達くらいのものだぁ・・・!」
攻撃を防いだ際に崩れてしまった体勢を立て直した後に泡を食った様に叫ぶグベイザー。
その様子から戦闘前には幾らかあった筈の余裕が欠片も無くなっている事が容易に伺えた。
「英雄ねぇ・・・私はそんな上等なもんじゃないんだが、なっと・・・!」
私はグベイザーの物言いに対して軽く否定の言葉を呟きながら、二撃三撃と岩石の大剣に向けてショートソードを振るっていく。
「しかし、まさか『連撃』が使えるとはな」
「グヌヌヌッ・・・!?な、なんだ、それは・・・!?」
「なんだって、お前が今やってみせた連続で戦技を発動するやつの事だよ」
投げ掛けられたグベイザーの問いに対し、私は剣と大剣を幾度も切り結ばせながらそう答える。
『連撃』というのは、『カオスゲート・オンライン』にも存在していたシステム―――ではなく、厳密にはプレイヤースキルに該当する挙動の事を差す言葉だ。
戦技や魔技、特技を問わず、大抵の技は使用した後に技後硬直という強制的に動きが止まってしまう現象が起こる様になっている。だが、その技後硬直が起こる前、発動した技が終わったすぐ後か、またはその途中で別の技を発動すると、動きが止まる事無く次の技を連続で発動する事ができるようになるのだ。
所謂”ずっとオレのターン”的なモノをイメージすれば比較的分かりやすいだろうか。完全に使いこなせる様になれば相手に反撃させる暇を与えずに一方的に攻撃する事ができる様になる事から、それは『連撃』と名付けられたのである。
そんな話を聞くだけでも凄そうだと思えるモノだが、しかし同時に使いこなすのがかなり難しいモノであったりもする。
「『連撃』は技と技を繋げるタイミングが結構シビアでな・・・私の知り合いの中でも使える奴はそういないんだ。だから”悪魔種”であるお前がそれを使える事に、私はこれでも結構驚いているんだぞ?」
私が知る限り『連撃』を使える人物は、知り合いや親交があった間柄の者で八人。一方的に知っているだけで五十人程度だろうか。
もしかしたら私が知らないだけで、他にも使える人物がいるのかもしれないが、例えそうだとしても、おそらく『カオスゲート・オンライン』のプレイヤー全体から見れば一割にすらも届いていないだろうと思っていた。
なにせ『連撃』には次の技を発動するタイミングもそうだが組み合わせにも相性と呼べるモノがあり、真逆の動きをする技は流石に発動させる事ができないし、そもそも環境や状況如何によっては使えないなんてこともあるのだ。
一応私もこの『連撃』を使う事ができるが、私が使えるのは幾つかの特定パターンのモノだけであり、常に使えると言えるのは一つか二つ程度だ。
だからこそ私は、実力は男爵級相当でありながらそれを使う事が出来ているグベイザーに驚いていたのだが。
「つまりぃ、それはぁ、やっぱり我を馬鹿にしているという事でいいのだろうなぁ、小娘ェェ・・・!!」
「・・・・・・いや、今のは純粋な褒め言葉だったんだが」
「まったくそうは聞こえんわぁ!!」
しかし、グベイザーはそれを馬鹿にしていると受け取ったらしい。かの悪魔は怒りの声を上げながら両手に持つ二振りの岩石の大剣を大きく振り被ると、それを私へ向けて振り下ろして来た。
その一撃を頭上に構えたショートソードで受け止めた私は、「本当の事なんだがな・・・」と困った様に眉尻を下げた。
「す、凄い・・・!なんて戦いなんだ・・・!?」
フェルヌス達が戦闘を行っている場所から距離にして十数m先、幾つもある墓石の中でも一際大きい慰霊碑と思われる物の影に隠れていたアルクは、そこから一人と一体の戦いを目にして驚きと感嘆の声を上げた。
どうして彼がそこにいるのかと言えば、それはフェルヌス達の戦いで発生する戦闘の余波から逃れる為であった。
なにせ一撃ごとに壊された墓石の残骸や土砂を巻き上げ、吹き飛ばされており、しかもその一部がアルク達の下にまで飛んで来ていたのだ。遮蔽物のない広場の様な場所にそのままいたら危ないので、丁度近くにあったその慰霊碑へとクーリィと共に向かい、盾代わりにして隠れたのである。
「(フェルヌスさんとあの悪魔の動きが早すぎる・・・!僕の目じゃ残像を追いかけるのがやっとだ・・・!)」
そうして物陰に隠れながらフェルヌス達の戦闘の様子を見ていたアルクであったが、しかし彼女達の動きはあまりにも早すぎて己の目では追う事が難しかった。
時に消えたり現れたり、幾つも腕がある様に見える程の速さで武器を振るう光景を目にした彼の頬にはタラリと一筋の冷や汗が流れる。
「凄い・・・凄い凄い凄い・・・!!あんな化け物を相手にあんなに戦えるなんて・・・」
そして、その戦いを見て感嘆の声を上げていたのはアルクだけではなかった。パンデモニウム教団によって悪魔の生贄にする為にこの場に連れて来られたクーリィという少女もまた、彼と同じく物陰に隠れながらフェルヌス達の戦闘を目にしていたのだ。
クーリィから見たフェルヌス達の戦いは、最早この世のモノとは思えない程の壮絶さが感じられる激しいモノであった。
悪魔が振るう岩を砕き地面を抉る大剣の一撃を、相対する少女は時に軽々と躱し、時に手に持つ剣でもって受け止める。逆に少女が光と見間違う程の速さの斬撃を放つと、相対する悪魔は大剣を盾の様に構えて防ぎ、弾いていく。
互いの武器による攻撃を躱し、防ぎ、鍔競り合う様は、まるでダンスでも踊っているかの様であり、それを目にしたクーリィはまるでどこかの英雄譚や神話なんかに出て来そうな光景だと思った。
・・・まあ、同時にその余波で破壊されていく周りの光景を目にして地獄の中にでもいるかのようだとも思ったりもしたが。
「(もしあの人みたいな力が私にもあれば、私だって・・・・・・!)」
クーリィは圧倒的とも言える力が振るわれている目の前の光景を前に、己の鼓動がドクンドクンと高鳴るのを感じていた。
自分も悪魔との戦いを繰り広げるあの獣耳の少女の様な力が欲しいと。理不尽に抗える様な力が欲しいと。そんな思いを抱きながら興奮で頬を赤く染めたクーリィは、一人と一体が繰り広げる戦いをジッと、唯々ジッと見つめていた。




