第2章第20話 ~大魔王と悪魔 2~
第19話に載せていた一部内容をこちらに移しました。
話は私がアルク達の目の前に到着する少し前に遡る。
冒険者ギルドにマルシャルという初老のシスターから、アルクがクーリィと言う少女を助けるためにパンデモニウム教団と言う犯罪組織が潜伏する場所へ向かったという話を聞いた私は、居ても経っても居られず、その二人を助けようと冒険者ギルドを飛び出した。そして大通りに出るとすぐに駆け出そうとして、ふと思い直して跳び上がり、立ち並ぶ屋根の上に跳び乗った。
ちなみに、何故私がそうしたのかと言えば、それは大通りの状態が理由であった。今の都市内の大通りは住民達が避難しようとしている最中であり、所々によっては渋滞の様な状態も起こっていたからだ。
・・・まあ、それだけでなく、屋根を伝って行く方が目的地に向かって真っ直ぐ直進できるからという理由もあるからだが。
「頼むから一人で無茶してくれるなよ、アルク・・・!」
都市内に立ち並ぶ家々の屋根の上を高速で駆け、屋根と屋根の間を軽々と飛び越えていく。
スイスイと途中にある障害物を乗り越えていく様は、傍から見れば現実で知られていたパルクールの様に見えた事だろう。
「見えた・・・!あそこが話にあった墓地か・・・ッ!」
そして、ものの十数秒で交易都市ライファの北の居住区にまでやって来た私は、屋根を蹴って上空へ高く跳び上がり、《鷹の目》―――”遠くのものを見る事が出来る様になる”という特技を発動させて、墓地があるという北東の方向に目を向けた。
「見つけた・・・ッ!?」
そして墓地内に存在する広場の様な場所で膝立ちの状態となっているアルクとその傍に一人の少女がいるのを目にした私は、彼等が見つかった事にホッと安堵の息を吐こうとして―――しかし、彼等が陥っている状況を理解した瞬間、顔を強張らせた。
何故ならアルク達の目の前にはトロールが立っていて、そのトロールが今にも彼等に拳を振り下ろそうとしているところだったからだ。
「チィッ・・・!?」
「(駄目だ、このままじゃ間に合わない・・・!)」
すぐにアルク達の下へ向かおうとした私であったが、しかしその為に必要な一動作をする為の時間がどうしても足りなかった。
このままアルク達が潰される様を見る羽目になるのかと苦虫を噛んだ様な表情を浮かべた私だったが、しかし次の瞬間に起こった光景を見て驚きに目を見張った。
何と、アルクがその手に持つ木刀でトロールの腕を斬り飛ばしたのだ。木刀の刃先に纏われた青白い光から察するに、おそらく魔力を流して木刀の特殊能力を発動させたのだろう。
「(修行を行っていた時には出来なかったそれをまさか実戦で、しかも土壇場で発動させるなんて!・・・・・・だけど良くやった、アルク!)」
その事に内心で驚きつつもアルクの事を褒めた私は、《空歩》―――”足下に気を集中させて一時的な足場にする”という戦技を発動し、同時に《瞬歩》―――”足裏から気を噴射させ、その勢いを利用して高速移動する”という戦技も発動して勢いよく宙を蹴り、右拳を握る。
「ハアァァァーーーッ!!《一閃》!」
そして《一閃》―――”閃光の如き斬撃、または打撃を対象に向けて放つ”という戦技を発動しつつ握り込んだ右拳をトロールの脳天目掛けて降り下ろし、その体を真っ二つに引き裂いた。
「おい、貴様等。私の身内をよくも酷い目に遭わせてくれたな。その首、狩られる覚悟出来ているんだろうな?」
そして場面はアルク達の前で仁王立ちをしている所に戻り、私は目の前にいる悪魔やトロール達に鋭い視線を向けた。
「フェ、フェルヌス、さん・・・!」
「どうやら、かなりギリギリだったようだな。無事・・・とは言えないようだが、とりあえず死んでいない様で何よりだ、アルク」
目の前の敵性存在に注意を払いつつ現場の状況に目を向け、そして自身の後ろで倒れているアルクの状態を目にした私はホッと安堵したように言う。
彼の体には打撲や打ち身といったモノが見られるものの、命に関わる様な大きな怪我を負っているわけではなさそうであったので安心したのだ。
とはいえ、体力は限界を迎えている様であり、自力で起き上がる事は難しそうであったが。
「今回の事件の主犯と思われるパンデモニウム教団の悪魔崇拝者共の姿が見えない事とか、何でトロールがこんなに大量にいるのかとか、色々と聞きたいことがあるけれどまず一つだけ聞かせてくれ。―――あの悪魔はパンデモニウム教団とか言う連中が召喚した悪魔か?」
「は、はいそうです・・・!ついでに言うと、あのトロール達は元パンデモニウム教団の信徒だった人達です・・・!」
「何・・・?」
目の前にいるトロール達が元は事件の首謀者たちであったという事をアルクから聞いた私は思わず眉を顰めた。
現場を一から見ていなかったのもあって、当初パンデモニウム教団の信徒達がいない理由がどこかに隠れているか、もしくは逃げ出したからではないかと考えていたのだが、それがまさか魔物の姿に変貌しているとは思ってもみなかった。
「(・・・・・・待てよ。魔物へと変貌する・・・というかさせられるという効果には覚えがある。確か、そう。【眷属化】と呼ばれるスキルがそうだったはずだ)」
だがそこで私は、脳裏にとある一つのスキルの事が思い浮かんだ。
【眷属化】とは、自らの下僕を生み出し、その下僕たちを意のままに操るスキルの事だ。このスキルは少々特殊で、三つ存在する発動条件のどれか一つが該当しなければ効果を発揮しないという特徴がある。
その条件とは、”眷属化する被対象者がスキル発動者と契約を行っている事”、”眷属化する被対象者がスキル発動者に屈服している事”、”被対象者がスキル発動者の配下である事”だ。
おそらく今回の場合は、スキル発動者である悪魔を崇拝しているという事が屈服している、もしくは配下であるという括りに入ったのだろう。
尚、今回はスキル発動者が悪魔という事で魔物の姿に変貌しているが、スキル発動者の種族が異なれば被対象者の変貌する姿もまた異なるのが【眷属化】の特徴だ。例えば悪魔とは正反対の存在とされる使徒が【眷属化】を発動すれば、その被対象者の姿が天使へと変貌したりするなどだ。
「(確か、『カオスゲート・オンライン』でも悪魔と呼ばれていた種族はデフォルトでそのスキルを所持していた筈だ。その辺はこの世界の悪魔も同じという事か。・・・パンデモニウム教団の目的が悪魔の力を借りる事というのはシャーラ達から聞いていたが、おそらくあの悪魔は力を与えると言いながら【眷属化】を発動したんだろうな。まあ、それで連中が魔物に変えられたというのは自業自得とも言えなくはないが、最早哀れとしか思えんな・・・)」
シャーラ達、そしてアルクから得た情報から、現場の状況をある程度理解した私は内心でそう呟きつつ、静かに溜息を吐いた。
そして同時に、アルクと生贄として連れ去られた少女がまだ眷属となっていない事にも安堵した。
なにせこの【眷属化】というスキルは、一度でも肉体が変貌してしまった場合、もう二度と元の姿に戻る事は出来なくなるという仕様になっていたからだ。
そうなってしまえば、さすがの私でもどうにかすることは不可能。【眷属化】の上書きという事であれば一応可能ではあるのだが、結局それは元に戻る訳ではなく別の何かになるという事であり、あまり意味がない。
故に私は、内心ではなんとか間に合う事が出来て心底ホッとしていた。
「女ぁ・・・貴様、一体何者だぁ?いったい何時の間に現れたのだぁ?それに頑強な肉体を持つはずのトロールをどうやってああも簡単に真っ二つにしたのだぁ?普通の人間にそんな事はできない筈だぞぅ?」
フェルヌスがアルク達の安否を確認しながら話をしていた時だった。彼女へ誰何の問い掛けをするグベイザーの声がその場に響いたのは。
最初こそ閃光と共に突如現れ、さらにはトロールを目の前で真っ二つにしたフェルヌスの姿に面食らってその目を白黒をさせていたグベイザーであったが、正気を取り戻した後は彼女に対し軽い警戒心を抱いていた。
「何者と言われてもな・・・・・・私はこの子の、アルクの保護者兼師匠だよ」
そして、かの悪魔から誰何という問いを投げかけられたフェルヌスはと言えば、まるで当然と言いたげにそう答えを返した。
その答えを聞いた悪魔は「ほう?」と呟きつつピクリと片眉を上げ、苦笑のようなモノを浮かべた。
「それはまた、面白そうな人物が来たものだなぁ。そこの小僧の強さは、その幼さにしては異常と呼べる程に強かったので一応気にはなっていたのだが・・・そうか、貴様が鍛えたからだったのか。―――ならば、それ程までに小僧を鍛えた師の実力が如何程のものか、大いに気になるところではあるなぁ」
クツクツと笑い始めるグベイザー。目元も笑みの形へと歪めたその表情は、フェルヌスの事を完全に嘗めきっているということが分かるものであった。
「(ふむ・・・小僧の師と名乗る目の前のこの女子を惨たらしく殺せば、どれだけ苦しめても諦めようとしていなかった小僧の心を折ることが出来るかもしれんぅ。そしてそれを見たあの幼い女子が”もう助からないんだ”と絶望の表情を浮かべるかもしれんなぁ)」
その内心では、フェルヌスの事を惨たらしく殺せばアルクとクーリィの絶望する顔が見られるかもしれないと、期待と楽しみに胸を膨らませていたグベイザーであったが、しかしそんな思考はフェルヌスが向けて来た視線によってぶった切られた。
「何を馬鹿なことを言っている。貴様は悪魔だろう?だったら、さっきの一撃を見て互いの実力差は分かっているはずだ」
「ウムン・・・?」
それはまるで呆れている様な、愚か者を見るかの様な見下した視線。
なんだか自身が予想していた反応と違うと首を傾げ、その視線に苛立ちを覚えたグベイザーであったが、しかし所詮強がりだと思ったのか、フンッと鼻を鳴らした後に嘲笑うように声を上げた。
「ああ、分かっているともぉ。貴様と我とではどちらが強いかと言えば・・・それは当然我の方よぉ!先程トロールの体を切り裂いたのも、所謂火事場の馬鹿力と言うやつであろうぅ?我は知っているぞ、そういうのは何度も出せるわけがないとぉ。・・・なればこそ、我が持つ圧倒的な力を持って蹂躙すれば、貴様が成す術もなく死ぬのは必定ぉ!―――だがしかし、最初から我が戦うのも風情が無い。まずはこいつらの相手をしてもらうとしようかぁ・・・!」
フェルヌスに対し自信満々にそう言ったグベイザーは、パチンと指を鳴らしつつ自身の後ろに待機していたトロール達に命じた。
全員でこの生意気な女子を殺せと。
『グウゥゥォォォオオオーーーッ!!』
「これだけの数のトロールを相手に、たった一人では多勢に無勢というものぉ・・・!さあ・・・蹂躙され、犯され、殺される貴様の姿を存分に見せてもらおうかぁ!!」
グベイザーの指示を受け、雄叫びを上げながらフェルヌスに向かって次々に突撃していくトロール達。その後ろ姿を目にしたグベイザーは周囲に響き渡る様な高笑いを上げた。
彼女はトロール達に対していったいどのような抵抗をするのだろうか。
始めは善戦出来ていても最後には数の暴力によって蹂躙されるのだろうか。
もしくはトロール達に捕まって彼等の玩具にでもされてしまうのだろうか。
フェルヌスが迎えるであろう結末を想像したグベイザーは自身の胸が酷く高鳴るのを感じて、「ああ・・・!楽しみだ!楽しみだ!」と上機嫌に、踊る様にその身をクルクルと回転させた。
そして、今まさにトロール達に襲われんとしているフェルヌスの姿を目にしようと、そちらに視線を向けようとして―――
「―――おぉらぁぁぁ!!」
「ガフゥッ!?」
自身の胸にとてつもない衝撃を感じた。
「グゥォォォオオオッ・・・!?!?」
勢いよく吹き飛んで行くグベイザー。その体は途中にあった墓石とぶつかってそれを破壊したり、何度も地面にバウンドしながらゴロゴロと転がって行く。
そしてかの悪魔の体がようやく止まったのは、墓地の端に存在し、その敷地を囲む鉄柵へとぶつかった時であった。
「ガッ!?・・・グ、グウゥゥゥッ・・・!」
ぶつかった衝撃でその形を大きく歪ませる鉄柵。それに寄りかかるグベイザーの体の各所からは、ジュウジュウと言った肉が焼けるような音が聞こえる。
というか、実際に焼けていた。グベイザーが音の発生源と思われる自身の胸の辺りを見てみれば、そこには表面が焦げ付き、焼け爛れた胸板があった。
「(い、いったい何が・・・・・・ん?)」
「・・・・・・・・・はっ?」
鉄柵を掴みながら立ち上がり、いったい何が起きたのかと自身が元いた場所へ視線を向けたグベイザーは、そこで無傷な状態で佇むフェルヌスの姿を見て、思わず呆けた声を出してしまった。
「(何故、何故トロール達に襲われていた筈のあの女子は無傷であそこに立っているのだぁ・・・?)」
頭の中にそんな疑問が浮かぶグベイザー。トロール達は自分の命令に従って確かにフェルヌスに襲い掛かった筈だった。それはこの目で見たから間違いないと思うのだが、しかしそのトロール達の姿がどこにも見当たらない。
一体何処へ行ったのかと周囲を見回したかの悪魔は、そこでようやくトロール達がどうなってしまったのかを知った。
「ば、馬鹿な・・・・・・!?」
フェルヌスの周りには、まるで展示物のように立ち尽くしているトロール達の下半身のみがあった。その断面を良く見れば熱を持っており、ジュウジュウという音を立てながら白い煙を立ち昇らせている。
その光景を目にしたグベイザーは「まるで何かに焼き切られた様だ」という感想を抱いた。
「あ、ありえん・・・!あり得る筈がないぃ・・・!?トロール達が一瞬で、しかも全て倒されただとぉ・・・!?あの女子は、我ら悪魔よりも圧倒的に格下で脆弱な下等種族のはずだぁ・・・!そんな奴が我の下僕を倒せるなどぉ・・・!?」
かの悪魔の瞳は理解不能の現象が起きたことに困惑し、傍目にも動揺していると分かるほど大きく揺れ動いていた。
如何に肉体の一部が欠損しても時間を掛ければ元のように再生し、頭を斬り飛ばすなどしてもすぐにくっつけさえすれば普通に繋がって活動を再開出来てしまえる程に高い再生能力を持っているトロールと言えど、流石に肉体への命令を出す頭を物理的に失ってしまえばその再生能力は停止するし、当然の様に死亡する。
しかしグベイザーは未だに眼前の光景が、トロール達が倒されたことが信じられないのか、頭を抱えて軽い現実逃避をしていた。
「チィッ・・・!一体何をした、小娘ぇ・・・!このような訳の分からない屈辱感など生まれて初めてだぁ・・・!―――決めたぞ!貴様は、この伯爵級の悪魔たる我自らの手であの世へ送ってくれるわぁぁぁっ!!!」
だが、それはほんの数秒間の間だけ。意識を現実に戻したグベイザーは舌打ちを一つした後、フェルヌスに向けて怒りの雄叫びを上げるのであった。




