第2章第19話 ~大魔王と悪魔 1~
2021年1月16日に文章内容の大幅修正と追加をしました。
2021年10月14日に文章の一部変更をしました。
オリバー達と外壁門で別れた後、都市内を駆けて目的地であった冒険者ギルドへと到着した私は、出入口の扉をガチャリと開けて中へ入ろうと一歩足を踏み出そうとしたのだが。
「はいそこ邪魔!退いて退いてーッ!」
「グ、フゥッ・・・!?」
その瞬間、何か硬い物が自身の額に当たったのを感じた。
痛みはない。痛みはないがしかし、当たった衝撃までは殺せない。
だからというか、私の体はその衝撃に押される様に後ろへと大きく仰け反ってしまった。
「い、いったい何が・・・!?」
目を白黒させつつ体幹と両足の筋肉を総動員して大きく仰け反っていた体を何とか立て直した私は、その後に目にしたギルド館内の様子に瞠目した。
「(魔物の群れの襲撃のせいで慌ただしくなっているという事は分かっていたが、まさかこれ程だとは・・・)」
冒険者ギルドの館内は喧騒に包まれていた。
目の前で多くの冒険者やギルド職員達が武器や防具、アイテム等が入った木箱を持ってあっちへ行ったりこっちへ行ったりをしており、飛び交う声は時折怒号に近い物が発せられている。
そんなピリピリとした緊張感に包まれている様子を目にした私は、このまま中に入っていいのだろうか?と思わず二の足を踏んでしまった。
「―――フェルヌスさん!?帰って来ていたんですね、丁度良かった!」
そんな私へと声を掛ける人物がいた。
その人物は冒険者ギルドの職員であるシャーラであった。
私の姿を目にした彼女は、まるで希望の光を見出したかのように瞳を輝かせながら受付カウンターを飛び越す様に勢いよく乗り越えてこちらへと駆け寄って来た。
冒険者ギルドの職員であるシャーラは、アルクという少年が冒険者ギルドから飛び出していく姿を目にした時、彼を手助けできない自分に悔しさを感じていた。
一人の子供を、親しい間柄にある人物をみすみす危険だと思われる場所に向かわせていいのか、と。
正直に言えば彼女は、自分が行けるのであれば行きたいとは思っていた。というのも、数年前までシャーラは一人の冒険者として活動していた時期があったからだ。
一時は”二つ名”で呼ばれるほどの実力者として名を馳せていたが、そんな彼女がどうして冒険者ギルドの職員として働いているのかと言うと、昔とある依頼を受けた際に冒険者としては再起不能レベルの大怪我を負ってしまったからであり、、それが原因で冒険者を引退したからであった。
一応今でもある程度は動けるという自負はあるが、しかし怪我の後遺症のせいで長時間の戦闘行為は難しく、診てもらった医者からも五分までが限界であり、それ以上動けばまず間違いなく死ぬだろうとも言われていた。
どうするべきかと頭を抱えて悩むシャーラ。アルクを助けるために自身の命を賭けるべきか。だが、例え手を貸した所で彼を、彼が助けようとしているクーリィという少女を助け出せるとは限らない。どころか、助け出す前に自身の命が先に果ててしまう可能性の方が高い。
であれば、自身の代わりに助けに行ってくれる人物を用意するべきだろうと考えるも、しかしそれができる人物は今この都市の冒険者ギルドには存在しない。
・・・いや、一応居るには居るのだ。アルクの保護者であり、Aランクの魔物であるビックメタルコングも討伐して見せたフェルヌスという冒険者が。彼女なら一も二もなく、一切の躊躇をせずにアルクを助けに行ってくれるだろう。・・・がしかし、彼女は今ギルドマスターのモールテスからの依頼を受けて交易都市ライファを離れていた。魔物の討伐依頼を十件前後受注させていたので、帰ってくるのはまだまだ先だろうと思っていた。
そう思っていたからこそ、自身の予想よりも早く件の人物が帰って来た事に彼女は、「なんてグッドタイミング!!」と内心で歓喜の声を上げた。
「・・・なるほど、大体の事情は分かった。では、私がアルクとそのクーリィという少女を助けに行こう」
出入口の扉付近にいるフェルヌスの下へと急ぎ駆け寄ったシャーラは、彼女にこれまでの経緯を話した。
話を聞いた後に頷いてすぐに助けに向かうと言うフェルヌスに、ホッと安堵の息を吐くシャーラであったが、しかし彼女は一番肝心なことを忘れていた。
「それで、アルクがいったい何処へ向かったのか聞いてもいいだろうか?」
「・・・・・・・・・え?」
そう。彼女はアルクが何処へ向かったのかを知らなかった。彼から孤児院で起こった事の経緯を聞いてはいたものの、飽く迄話を聞いただけであり、犯人の捜索などの具体的な対応をまだ行っていなかったのだ。
では今からそれを行えばいいだろうと思うかもしれないが、しかし現在この都市が陥っている状況がそれを行う事を難しくさせていた。
現在この交易都市ライファは魔物の襲撃を受けており、その対応に今この都市にいる四十五人の冒険者が当たっている。更に言えば、今この都市内では騎士達の誘導によって住民の避難も行われている為、例え人員が居たとしてもまともな情報を得ることは難しいと言わざるを得ない
「(うう・・・!?せ、せめて攫われたクーリィって子の居場所だけでも分かれば、アルク君の居場所も分かるかもしれないのに・・・!?)」
何とかなるかもしれないと思った矢先にに、新たに浮上した問題に頭を抱えてしまうシャーラ。ふりだしに戻ってしまったと感じた彼女が「うぐぐっ・・・!?」と呻き声の様なものを上げていたその時、唐突にガチャリと出入口の扉が開く音が聞こえて来た。
「・・・あの、すみません。少々よろしいでしょうか?」
「・・・?はい。えっと、貴女は?」
そこにいたのはシスター服を着た初老の女性であった。
彼女は扉を開けて冒険者ギルドの中へと入って来ると、シャーラに向けて頭を下げた。
「私はライード教会に所属している孤児院を運営している院長のマルシャルと申します。実はお願いしたい依頼があって冒険者ギルドに来たのですが・・・・・・」
「ライード教会所属の孤児院・・・?まさかそれってアルク君が話していた、あの・・・!?」
その女性が何者なのか。それを知ったシャーラは驚きの声を上げる。
彼女のその反応を目にした初老の女性―――マルシャルは「お察しの通りです」と言いたげに頷いた。
「えっと・・・もしかして攫われた女の子の捜索をご依頼しに来られたのですか?であれば申し訳ないのですが、現在此処の冒険者ギルドでは状況的にそのご依頼を受ける事は難しいのですが・・・」
「冒険者ギルドの現状については話を聞いていたので知ってはいるのですが・・・実は状況が変わりまして、私が出したいのは捜索依頼ではなく討伐依頼なのです」
「と、討伐・・・?え、えっと、いったい何があったんですか?」
「実はクーリィを攫った誘拐犯の仲間から聞き出したのですが、どうやら彼等はパンデモニウム教団に所属する者達だったみたいでして・・・」
「ぱ、パンデモニウム教団!?悪魔を崇拝しているテロ活動とか行っている、あの・・・!?」
マルシャルが出そうとしている依頼が捜索依頼ではなく討伐依頼だという事を聞いて、不思議そうに首を傾げていたシャーラであったが、その後に聞かされた誘拐犯の正体に驚きの声を上げた。
彼女の知る限りではあるが、パンデモニウム教団というのは相当にヤバい犯罪組織だ。彼等がこれまで様々な国で行ってきた各種犯罪行為やテロ活動は、そのどれもがもし成功していたら町の一つや二つ、下手したら国の一つくらい簡単に消し飛びかねないモノばかりであったからだ。
・・・まあ、”成功したら”という言葉から察せられる通り、幸いにもそれ等全ては各国に存在ずる騎士団や冒険者達の手によって未然に防がれてはいたが。
「はい。彼等はどうもこの都市の北東にある墓地に潜伏しているらしく、そこで悪魔召喚の儀式を行おうとしているらしいのです。・・・クーリィを攫ったのも、その生贄に使うつもりだったかららしく・・・」
「もう都市内に入り込んでいたんですか、アイツ等!?」
そんな連中がこのライファ領に、しかも既に交易都市ライファの中に入り込んで拠点を作っていたという事にシャーラは驚愕し、開いた口が塞がらないとばかりに声を上げた。
「なるほど・・・だとすれば、今起こっている魔物の群れの襲撃もそいつらの仕業によって起こっている可能性が高いな」
「ど、どういう事ですか、フェルヌスさん・・・!?」
「いやな?依頼を終えて都市に帰って来る途中、外壁門の所で妙にずっしとした感じの甘い匂いが感じられてな。何の匂いだろうかとそこの防衛に就いていた連中に聞いてみたら、その中の一人の騎士がそれは誘引魔香の匂いではないか、って言ってたんだよ。別れる時に探すとか言っていたから、もしかしたら今頃見つけているかも・・・・・・」
「誘引魔香って、世界中で使う事どころか持つ事すら禁止されてる違法物品じゃないですか・・・!?マジですかそれ・・・!?」
フェルヌスの話を聞いたシャーラは「なんてはた迷惑な奴等・・・!?」と頭を抱えながら呻き、その後ではたっと何かに気付いたように顔を上げた。
「・・・って、ちょっと待ってください。魔物の群れを誘き寄せたのがそいつ等の仕業って事は、もしかして・・・・・・」
「ええ、そうですね。これまで出た話から考えて、おそらく彼等が行おうとしている悪魔召喚の儀式の邪魔をさせない為なのでしょうね」
「先に言われた・・・!?」
シャーラが言おうとしている事を察してか、先に口にするマルシャル。その事になにやらショックを受けた様な反応をしたシャーラであったが、しかしその後で困ったように眉尻を下げた。
「しかし悪魔召喚の儀式ですか・・・これは相当ヤバいですね。悪魔を呼び出される前に急いで討伐隊を組まないと・・・って、ああそうだった!今はそうするだけの人員がいなかったんだっけ・・・!?」
あああ・・・!?と頭を抱えて呻くシャーラ。
そこでふと、そんな彼女の様子を目にしたフェルヌスがポツリと呟いた。
「いや、そこまで焦る程か・・・?」
「何言っているんですか、フェルヌスさん!悪魔って言うのはどいつもこいつも強力な個体ばっかりなんですよ!?召喚の儀式で何が呼び出されるかはランダムですが、呼び出された個体の中にはたった一体で国を落とした奴だっているんですよ!?」
その呟きに反応して、ガァーーッ!という感じでフェルヌスに詰め寄るシャーラ。そんな彼女にフェルヌスは「お、おぉう・・・」と一歩身を引いた。
「その通りですよ、フェルヌスさん。もしアルクさんがそんな悪魔を呼び出す瞬間に立ち会いでもしたらどうなることか・・・・・・」
「―――ちょっと待ってくれ。何故そこでアルクの名前が出る」
そして、そんなシャーラに追随する様にマルシャルが溜め息を吐きながら言うのだが、その瞬間スッと細まったフェルヌスの目が彼女へと向けられた。
「何故も何も、彼とは此処に辿り着く前に再びお会いしまして・・・その時に今冒険者ギルドが陥っている状況を教えて貰ったのです」
「あ、なるほど。だからさっき”話を聞いていたので知っている”って、言っていたんですね。なるほど、アルク君から話を聞いて・・・・・・待ってください。もしかしてその時、アルク君は貴女からパンデモニウム教団についての話を聞いてたりしていませんか・・・?」
「はい、その通りです。その話を聞いた彼は、”自分が助けに行く”と言って走り出しまして・・・おそらくは、例の教団がいる墓地に向かったものかと。・・・私も向かいたかったのですが、昔ならともかく今の私では無理が出来なくて・・・・・・」
「や、やっぱりぃ!?こ、こうしちゃいられない!何とか討伐隊の人員を見繕って急いで向かわせないと・・・!ああ、そうだ!フェルヌスさん、貴女もその討伐隊に加わって下さ―――っていない!?」
マルシャルの話を聞いて焦燥と悲鳴が混ざった様な声を上げたシャーラは、そのすぐ後に何とかしなければとブツブツ呟き始める。
それからふと、「そう言えば丁度手の空いている人がいた・・・!」とフェルヌスの存在を思い出して彼女の方へ視線を向けたのだが、しかしその場所にはもう誰もいなかった。
「い、いったい何処に・・・!?」と呟きながら見渡したシャーラは、そこでギィギィと音を鳴らしながら出入口の扉が揺れている光景が目に入った。
「し・・・師弟揃ってほんとにもおぉぉぉ」
おそらく話を聞いた瞬間にアルク達の事を助けに向かったのだろうと察したシャーラは、腹の底から湧き上がってくる様な心からの叫び声を上げるのであった。
「ヴォォォオオオッ!!」
「く、そっ・・・!?」
悪魔グベイザーの手によって姿が変貌した元パンデモニウム教団の信徒であり、現トロールとの戦闘を始めてから数分が経過した頃。僕はかなり追いつめられた状況に陥っていた。
僕が相手をしていたのは複数いるトロールの内の一体だけ。武器は持っておらず素手のみによる攻撃をして来るのだが、しかしその膂力は恐ろしく強く、偶然当たった墓石が跡形もなく粉々に砕かれた程だ。直撃なんかすれば自分の体も同じようにバラバラに砕ける事は間違いないだろう。
そもそも、どうしてトロール達は全員で襲い掛からずその内の一体だけが僕と戦っているのかと言えば、それは彼等の主である悪魔グベイザーが彼等にそう指示を出したからであった。”全員と戦わせたらすぐに終わってしまってつまらないだろうから”という理由でだ。
その事に関して僕は、感謝の言葉なんて欠片も言いたくはないが都合が良いとは思っていた。
なにせ、相手はBランク相当の魔物だ。全員と戦わされていたら数分と持たずに蹂躙されていただろう。現に今も相対するトロールの一体が振るう攻撃を躱したり、木刀で受け流すなどして何とか対応していたが、その一撃を凌ぐだけで体はふらつき、体力は削られていく。
一応防ぐばかりでなく反撃も行ってはいたのだが、しかし僕の攻撃はトロールにまともなダメージを与えることはできていなかった。トロールの体を打ち据えてその肉体を多少なりとも凹ませる事ができても、持ち前の再生能力でもってすぐに回復され、完全に元通りとなってしまうからだ。
ハッキリ言って攻撃しても意味がない。そもそも自身が持っている木刀は分類上は打撃武器―――所謂鈍器の類であるため、打撃に対する体制を持っているトロールとはあまりにも相性が悪かった。
「グフッ!グフォッ!グフォオオッ!」
「うっ・・・!くっ・・・!ぐうぅっ!?」
そんな、まさしく八方塞がりと言える状況の中で、しかし僕はその状況を打破する起死回生の隙を伺っていた。
「(トロールの攻撃を何とか凌げてはいる・・・けれど、これ以上戦い続けたら僕の体力の方が先に尽きてしまう・・・!そうなる前に何とかしてクーリィを助け出さないと・・・!!)」
トロールの振るう拳を躱し、受け流し続けながらも、その視線をチラチラとグベイザーとクーリィに向ける。
これ以上戦い続けたとしても意味はないと感じていた僕は、如何にかしてトロールの隙を突いてクーリィの下へ向かい、そしてグベイザーの手から彼女を助け出してからこの場を離脱しようと考えていた。
「ガアアァァァッ!」
「・・・!」
そしてそのチャンスは、そう間を置かずにやって来た。トロールがあまりにも攻撃が当たらない事に苛立ってか、上段からの大振りの一撃を放とうと腕を振り上げたのだ。
それを目にした僕は、ヒュッ・・・!と一呼吸しながらスライディングの要領でトロールの股下を掻い潜った。
「ハッ・・・!」
そして体を起こしながら地面を蹴って跳び上がり、目の前にいる悪魔に向けて木刀を構えた。
「む・・・?」
自身の下へと飛び掛かって来た僕の姿を目にしたグベイザーは、少々驚きつつもこちらに向けて人差し指を伸ばし、その指先に青白い光―――魔力を集めた。
「お前の相手はそこのトロールだろうが。身の程を弁えるがいい」
「お兄ちゃん危ない!!」
クーリィの悲鳴が上がると同時にグベイザーの指先から放たれる魔力で作られた弾丸。それは僕の眉間に向かって真っ直ぐに飛び―――しかしその一撃を僕は体を回転させることで躱して見せた。
「なに・・・!?」
「ハアァァァッ!!」
まさか躱されるとは思っていなかったのか、驚きに目を見張るグベイザー。そんな悪魔を他所に、僕は回転の勢いを利用しつつ木刀を振り被り、何処に一撃を叩き込むべきかと考えていた。
悪魔の強さを考えると、おそらく攻撃を当てたとしてもまともなダメージは期待できないだろう。であれば狙うべき場所を限定すべきだと考え、ある一点に向けて視線を集中させた。
「そこっ!」
僕が狙っていたのはクーリィの襟首を摘まんでいるグベイザーの指であった。彼女に当てない様に気を付けつつその指に向けて木刀を横薙ぎに振るい、打ち払い、弾き飛ばす。
その一撃を受けたグベイザーの指は、やはりと言うべきか全く傷ついてはいなかったが、しかし受けた衝撃まではどうにもできなかったらしく、クーリィの襟首から離れた。
「キャアッ・・・!?」
それにより、宙に浮いていた形であったクーリィの体が地面に向かって落ちて行く。
自身の体が重力に従って落ちていく感覚に恐怖を覚えたのだろう。クーリィは悲鳴を上げながら目を瞑る。
だが、クーリィの体が地面に激突する事は無かった。その寸前に僕が彼女の体をキャッチして、そのまま横抱きにしたからだ。
「逃がすか!《ウインドショット》!」
そのまま地面を蹴ってグベイザーやトロール達とは逆方向に跳び上がってこの場所から離脱しようとした僕だったが、しかしそうはさせじとグベイザーが妨害に動いた。
「しまっ・・・!ガハッ・・・!?」
「お兄ちゃん!?」
掌から放たれた風の弾丸は一直線にこちらへ向かって飛んで来て僕の背中に当たった。
その衝撃によって僕の体は仰け反り、勢いよく吹き飛ぶが、しかしその最中でも僕はクーリィの体を離さない様にしっかりとその腕の中に抱え込む。
「ガッ・・・!?グッ・・・!グハッ・・・!?」
僕の体は吹き飛びながら地面の上を何度もバウンドし、最終的にその先にあった大きな墓石にぶつかる事でようやく止まった。
「ガハッ・・・!?ゲホッ、ゲホッ・・・!ぐっ・・・!?まだ、まだぁ・・・!」
墓石にぶつかった衝撃で血反吐を吐く。
地面の上に転がり吐血混じりの咳を繰り返していた僕だったが、しかし何時までも寝てはいられないと抱えていたクーリィを下ろし、木刀を杖代わりにして立ち上がろうとする。
「―――うぐっ・・・!?」
しかし、その四肢は碌に力が入らずガクガクと震えていた。自身の体を起こす事こそできたものの立ち上がる事はできず、膝をガクリと地面に着ける。
「無様無様・・・!本当に滑稽だなぁ、小僧よぉ。我やトロール達とまともに戦う事が出来ない己の力不足を嘆き、小娘を助ける事の出来ない己が未熟さを悔しがり、そして自身へと迫り来る死に恐怖して怯えるお前のその感情は、思いは、我にとっては最高の御馳走だぞぉ・・・!」
グベイザーはそんな僕の様子を見て、無様だとおかしげに、高らかに笑った。
ケタケタと。ケタケタケタと。
悪魔は笑う。笑う、笑う、笑う。
「生物の恐怖や絶望といった負の感情を、我ら悪魔はエネルギーとして取り込む事が出来るぅ。お前達風に言うのなら食事に近いだろうぅ。その負の感情が振り切れていればいる程、我ら悪魔にとっては美味に感じるのだぁ。・・・だが、そんなものは我らが求めていることの副産物でしかないぃ!そもそも、我ら悪魔は破壊と殺戮を好む種族だぁ。戦いを挑んでくる相手を追い詰めることが、壊すことが、そしてその果てに殺すことが、何よりも大好きなのだぁ!要は無様に、愚かに、その心に恐怖と絶望を抱き、その魂を死と恐怖に染めたお前たち下等生物の顔を見下しながら殺すのが何よりも、勝利の美酒を味わうことよりも楽しいのだぁ!!」
一歩一歩こちらへと近づきながら、ニィィッと三日月の様に裂けた笑みを浮かべるグベイザー。その姿はまるで今にも倒れ伏しそうな僕の姿を見て、歓喜に体を振るわせている様にも見えた。
「諦め、ない・・・!諦める、もんかぁ・・・!」
そんな恐ろしいとしか感じられない、見る者に絶望感を覚えさせる笑みを目にした僕は、しかし未だ諦めるという選択肢を選んではいなかった。
今にも倒れてしまいそうな状態でありながら、しかしそれでも必ずクーリィを助けるのだと、ここで諦めたら何のために今まで修行を受けて来たんだと、そう奮起する。
「(僕は勇者に憧れていた。そんな存在になりたい思っていた。・・・でも、ここで諦めてしまったら、多分僕はもう二度と胸を張ってその名前を名乗る事が出来なくなる・・・!名ばかりの唯の愚か者に成り果てる・・・!だから、だから僕は・・・!!)」
「ぐ、ぁ、ぁぁああああああっ・・・!!負けて、堪る、もんかぁぁぁッ・・・!!」
一瞬ギリッと歯を食い縛った後に、気力を振り絞るように雄叫びを上げる。
限界だと思われていたその体を再び動かして立ち上がり、自身の背中にクーリィを庇う様に足を一歩前へと踏み出した。
「ウムン・・・!これは驚いたぁ・・・!これだけやられてもまだ諦めないとはぁ」
そんな僕の姿を目にしたグベイザーは思わずといった感じで感嘆の声を漏らした。
その目も驚きに見張っていたが、しかしそれはすぐに嘲りのそれへと変わった。
「だが、どうやらそれ以上体を動かす事はできない様だなぁ?どうした?その体は悔しさで振るえているのかぁ?」
「ぐっ・・・!?」
まるで馬鹿にでもするかの様にそう声を掛けてくるグベイザーに対し、僕は歯を食い縛るだけで何も言い返す事が出来なかった。何故ならグベイザーの言う通り、僕は自分の体をそれ以上動かすことが出来なかったからだ。
どうやら先程食らった 《ウインドショット》という風の弾丸の一撃が結構響いていたらしい。僕の体は立ち上がっただけで先程まで以上にガクガクと震え、激痛が全身を駆け巡っていた。
「クククッ・・・!苦しそうだなぁ、小僧よ。どぉれ、一思いに楽にしてやろうぅ」
その言葉の真意は慈悲のつもりか、それとも別の何かを求めてか。
・・・おそらく後者だろう。パチンとグベイザーが指を弾くと、それに応じる様にかの悪魔の後ろにいたトロールの一体が前に出て来た。
体の各所に打撲跡があることから、おそらくそのトロールは先程まで僕と戦っていた個体なのだろう。フンスッ、フンスッ・・・!と荒い鼻息を繰り返しながら、腕をグルグルと回している。
「さあ殺せ、トロールよ!その拳でもってそこの二人の体をグチャグチャに潰してしまえ!!」
「グフゥゥゥッ・・・!」
そしてグベイザーの指示を受けて僕とクーリィの前に立ったそのトロールは、グォンと片腕を振り上げると僕達に向けて勢いよく振り下ろしてきた。
「(―――死ぬのか、僕は)」
こちらに向かって振り下ろされるトロールの拳を目にした僕は、ただただ茫然とそんなことを思った。
このままでは自分達の体は潰され、原型も残さずバラバラとなるだろう。それは確定された未来であり、事実である。
―――だがしかし、それは何もしなければの話だ。
「(―――死にたくない。いいや、死ねない・・・!だって僕はまだ彼女を、クーリィを助けることが出来ていないんだから・・・!!)」
カッ・・・!と両の目を見開く。迫り来るトロールの拳に視線を向けながら何か打開策はないかと自身の記憶を探り―――そしてある記憶が脳裏に流れた。
それはある日の出来事。今自分が手にしている木刀をフェルヌスさんから受け取った日の記憶であった。
『アルク。今日からはこれを使って素振りをするように』
『えっと、コレは新しい木刀ですか?』
『そうだ。前に渡したやつはお前の力に耐え切れなくて壊れてしまったからな。今度はそれよりもっと頑丈なやつを用意した。これならそうそう壊れる事はない。・・・まあそれに、この木刀には特殊能力が備わっているから、もしもの時にはそれが役に立つかもしれないし』
『特殊能力、ですか?』
『ああ。この木刀には魔力を流すと 《魔力刃》という魔技を発動する能力を持っているんだ。《魔力刃》と言うのはその名の通り魔力で構成された刃を展開する技でな、流し込んだ魔力の量によってその鋭さが変化するんだ』
『魔力を・・・・・・えっと、どうやって流し込めばいいんですか?』
『うん?ああそうか、やり方が分からないのか。・・・そうだな、まずは魔力を感じる事から始めようか。やり方はだな―――』
「『―――まず初めに、自分の胸の中にゴウゴウと燃え盛る炎が入った球をイメージする』」
その時の事を思い出した僕は、記憶の中のフェルヌスさんの言葉に重ねる様に自身の口を動かし、呟く。
「『続いてその球から取り出した炎の一部を、腕を通して木刀まで水の様に流れていくイメージを思い浮かべて―――』」
それを初めて教わった時は上手く出来なかった。だけど、今なら出来る様な気がすると思った僕は、教わった通りのイメージをしつつ、全身に走る激痛を無視して体を動かす。
「『最後に、流したその炎が木刀の刃先を流れる様にイメージしながら―――目標に向かって剣を振る!!』」
そして、己の体を支えるために杖代わりにしていた木刀の柄を両手でギュッと握り直し、自分達に振り下ろされようとしていたトロールの腕に向けて振り上げ―――そしてその腕を斬り飛ばした。
「ガッ・・・?」
「あ・・・?―――ウゴッ!?」
切り飛ばされ、ポーンと宙を飛ぶトロールの腕。振り下ろそうとしていた己の腕が、肩から先まで斬り飛ばされたのを目にしたトロールは瞠目し、呆けた声を零す。
その後ろで、今か今かと僕達が潰れたトマトみたいになる様を楽しそうに待っていたグベイザーもまた「何が起こった?」と言いたげな声を零し、その後で頭上から落ちて来たトロールの腕の下敷きとなって呻き声を上げた。
「・・・・・・出来た。あの時教わった事が、今やっと・・・!」
そんな悪魔と魔物を尻目に、僕はただただ呆然と己が振り切った木刀に視線を向けていた。
木刀の刃先には炎の様に揺らめく薄い水色掛かったエネルギーが纏われている。それを目にした僕は思わず「多分これがフェルヌスさんの言っていた魔力なんだろう」と呟きながら、それが何であるかを理解した。
「(これが 《魔力刃》・・・!凄い・・・!これがあればトロールだけじゃない、あの悪魔だって倒せるかもしれない・・・!)」
ただの木刀の状態で殴っても全くと言っていい程ダメージを負っていなかったトロールの腕をああも簡単に斬り裂いたのだ。この 《魔力刃》さえあれば何とかなるかもしれないと僕がそう思うのは何ら不思議な事ではなかったし、精神力に関してもまだまだ余力であったので《魔力刃》を展開し続ける事は問題ないと思っていた。
「(・・・あ・・・れ・・・・・・?)」
問題があるとすれば、それは僕の肉体の方だったのだろう。なにせ先程の一撃を放つ前の時点から体にガタが来ていたし、本来ならもうまともに体を動かす事すら出来はしない状態だった。だというのに無理に体を動かしたのだ。バタリと力尽きた様に地面に倒れてしまうのは、最早必然だったと言えるだろう。
「(体が・・・体が、動かない・・・!?)」
早く起きなければと思いつつも、体全体がまるで鉛の様に―――いやそれ以上に重く感じてピクリとも動かせない。
僕は焦った。確かに直前まで迫っていたトロールの拳による圧死という未来を何とか回避する事に成功したが、しかしだからと言って危険が無くなったわけではない。腕を斬り飛ばしたトロールはまだ生きているし、その個体以外にも五体満足なのが複数存在している。
ついでに言えば、彼等の主であるグベイザーも―――今はトロールの腕の下敷きになっているが―――いるのだ。このままでは自分達が死んでしまう未来を変える可能性を掴む事すら不可能であり、だからこそ何か新しい打開策を模索しようとした僕だったが、しかしどうやらその時間は残されていないらしい。
「おのれ、おのれぇ・・・!?小僧が、甘く見ておったら調子に乗りおってぇ・・・!」
斬り飛ばされたトロールの腕の下敷きとなっていたグベイザーが起き上がり、僕に向けて怒りに染まった視線を向けていたからだ。
「もう遊びは止めだぁ!トロール共よ、そこのガキ共をぶち殺せぇぇッ!!」
周囲に響き渡る怒声混じりのグベイザーの号令。それを耳にした全てのトロール達は僕達を殺そうと動き出した。
『グゥゥオオオォォォーーーッ!!』
一斉に雄叫びを上げ、地面を踏みしめるトロール達。その度に地響きが鳴り、地面が揺れる。
「オオオォォォッ―――」
その動きに合わせて僕達の一番近くにいた隻腕のトロールも動きだした。
隻腕のトロールは自らの体の再生を後回しにして僕の目の前にまで近づくと、無事な方の腕を振り上げて拳を握り、そして彼の頭を叩き潰さんと振り下ろそうとして―――
「―――グギャァアアアアアアッ・・・!?!?」
「・・・・・・え?」
「・・・・・・ウムン?」
―――次の瞬間、黒と銀が交わったかのような色合いの一筋の閃光が走り、ズバッ!とトロールの体は真っ二つになった。
「おい、貴様等。私の身内をよくも酷い目に遭わせてくれたな。その首、狩られる覚悟出来ているんだろうな?」
「・・・あ・・・え・・・?フェルヌス、さん・・・?」
そして気が付けば、先程の閃光の正体であろう頭に獣耳を生やし、後ろ腰辺りから鋭い刃物のような突起が先に付いた黒い装甲の様な物に覆われた尻尾を生やした銀髪褐色肌の少女―――フェルヌスさんが僕達の事を守るかの様に仁王立ちしていた。




