第2章第16話 ~悪魔崇拝者~
2021年1月3日に文章内容の大幅修正をしました。
2021年1月4日に一部文章を修正をしました。
2021年1月16日に一部文章を修正をしました。
2021年10月14日に文章の一部変更をしました。
交易都市ライファの北東に存在する墓地。
本来その場所は、死んだ者の遺体を納める墓が多数存在しているだけの場所であったが、しかし今やその場所は『パンデモニウム教団』と呼ばれる悪魔を崇拝する宗教組織に所属する集団の隠れ家となっていた。
彼等は全員が黒いマントを羽織っており、それに付いているフードも目深に被って顔も覆い隠しているので、唯一露出しているのは口許の部分だけ。正直、それだけでは老若男女の違いは判別し辛い。
そんな彼等は墓地の中に存在するかなり開けた広場の様な場所で、リーダー格と思われる人物の指示を受けながら地面に白い粉の様な物を撒いていた。
「ふむ。魔方陣はだいぶ完成してきたな。これならば、あと三十分も経たずに作業は終わるだろう」
「我らの悲願がもうすぐ叶うのですね。『ルベンディア司祭』様!」
「ああ、ああ・・・!楽しみです・・・!楽しみです・・・!!遂に我らが崇め奉る悪魔に出会えるのですね・・・!!」
「まあまあ。落ち着きたまえ、君達。最後の最後まで油断してはいかんぞ?」
それはある魔方陣を描くための作業であり、あと少しでそれが完成するという段階になると、黒いフードマントを羽織った者達は口々に興奮した様な声を零していく。
だが、そんな彼等をリーダー格の人物が―――ルベンディア司祭と呼ばれた男が窘める。
「過去これまでの間、我らの同胞達は幾つもの計画を実行に移そうとして、しかしその直前で目的を果たせなくなる事が多かった。それは何故か分かるかね?」
ルベンディア司祭は左隣にいる自身が側近として扱っている信徒の一人に声を掛ける。
「はっ!それは当時のその同胞達が、自分達が活動しているという情報を隠匿していなかったからです!」
「そう、その通り!失敗した我らが同胞達は、隠れるという事をしなかった。悪魔の力さえあれば邪魔する者達など簡単に一蹴出来ると考えていたからだ。故にその同胞達は、いざ悪魔を呼び出そうとするその直前に敵対する者達に居場所を気取られ、倒されてしまった。―――だが、我々はその同胞達とは違う!我々は常に身を隠し、気配を殺し、存在を気取られないように気を付けていた。・・・・・・そうだな?」
簡潔に答えを語る信徒にルベンディア司祭は正解だと言うように頷き、続いて彼は右隣にいるもう一人の側近として扱っている信徒に声を掛ける。
「司祭様の仰る通りです!これまで我々は存在しているという事を匂わせない様にしてきました!少しでも我々の事を嗅ぎ付けた愚か者は、尽く土の下へと眠らせて来ましたとも!」
楽しそうに、嬉しそうに語るもう一人の側近の信徒。そしてそのセリフに続く様に、他の黒いフードマントを羽織った信徒達が「そうだ。その通りだ!」「我らの邪魔をする者には死を!」と同意する様に声を上げる。
それを耳にしたルベンディア司祭は己の頭に被っていたフードを勢いよく外すと、その下に隠されていた無数の傷跡がある厳つい顔を嬉しそうに、喜ばしい事だと言わんばかりの満面の笑みに変えた。
「素晴らしい!素晴らしいぞ、君達!それでこそ、それでこそパンデモニウム教団の信徒に相応しい!!―――そして喜びたまえ。君達のその献身によってこのライファ領を治める領主も、冒険者ギルドも、そして我らと敵対している彼女達すらも、誰一人として我らに気付く事は無かった!ありがとう。ありがとう!本当に君達のおかげだ。・・・・・・もう一度言わせてくれ。ありがとう!!」
バッと両腕を大きく振り払うように広げるルベンディア。
そんな彼の姿を見た教団に所属する面々は、皆嬉しそうに笑みを浮かべ、中には涙する者もいた。
「ルベンディア司祭様、ご報告が。〝例の者〝を捕らえに向かった者が戻って来たようです」
「むっ。そうか、遂に来たか!」
そんな中、墓地の外で見張りを担当していた信徒の一人がルベンディア司祭に来客が来た事を知らせる。
その信徒の後ろには彼と同じ黒いフードマントを羽織った男がおり、彼の肩には子供一人分は入りそうな大きさの袋が背負われていた。
「ご所望の品でございます、司祭様。どうぞ、ご確認を・・・」
男はそう言うと、自身が背負っていた袋を地面に下ろし、袋の口を縛っていた紐を緩めてその中身をルベンディア司祭に見せる。
そこには齢十もいかないであろう赤毛の少女―――クーリィが気を失って眠っている姿があった。
「おお・・・!おおぉぉ・・・!!これがあの男の言っていた娘か!素晴らしい・・・!素晴らしいぞ・・・!!君、よくぞ我等の計画に必要な、かの生贄を手に入れて来てくれた!これでようやく儀式を始める事ができる・・・!」
クーリィの姿を目にしたルベンディア司祭は、嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、彼女を運んできた男を労う。
だがそこで、彼の側近の信徒の一人が訝しげに呟いた。
「しかし、ルベンディア司祭様。本当にこのような娘が、我等が行おうとしている儀式の要となるのでしょうか?正直私には、あの男にかつがれたのではないかと思えてならないのですが・・・」
「ふむ・・・まあ、君の気持ちも、言いたいことも分からなくはない。実際私もあの男が信頼に足る人物かと聞かれたら、全然、まったく、これっぽっちも、この爪の先ほどにすらも思わないからな」
ルベンディア司祭は君の言い分も分かるとでも言いたげにその信徒に頷いて見せ、しかしその後に彼は「だが・・・」と言葉を続ける。
「だがしかし、その欲望だけは。自分の欲するモノをどんな手を使ってでも手に入れようとする、その強欲さだけは信用できる」
「まあ・・・確かに、ああも平然と他者を犠牲にし、食い物にし、いらないと思ったらゴミのように捨ててしまえる様な人間には、私もあの男以外には出会った事がありません。・・・パンデモニウム教団の信徒の一人である私が言うのもなんですが、いっそ尊敬の念すら抱けてしまえる程に鬼畜外道ですよ、あれは・・・」
そう答える側近の信徒の表情はフードに隠されて見えはしなかったが、しかし露出している口許の歪み具合を見るに、顰めっ面をしているであろうことは分かった。
「しかし、だからこそ不安に思うのです。あの男が我等をいらないモノと判断して切り捨てようとしているのではないかと・・・これは、私以外の他の信徒達も思っている事です」
側近の信徒のその言葉に、同意する様に周りにいた他の信徒達も頷く。
「ふむ・・・君達が不安に思うのは分からんでもないが―――それはない。断言しよう。今回我等が行おうとしている儀式が失敗するなんて事は、あの男も望んではいない。・・・いや、正確には、生贄にするこの娘が生きている事は、と言った方がいいのかもしれんな。なにせこの娘の存在は、あの男にとっては長年の間欲し続け、ようやく手に入れたモノを、全て、跡形もなく失わせる劇物のようなモノだからな」
そんな彼等の不安を一蹴するかの様に、「ありえない」と断言しながらルベンディア司祭はクーリィへと視線を向ける。
その瞳に滲ませた色は、儚い存在を憐れんでいるかの様なそれであった。
「・・・・・・ところで、君以外の者達はどうしたのだ?確か後二人、一緒に向かっていた筈だが?」
ふとそこで、「そう言えば・・・」という感じにルベンディア司祭は呟く。
その視線はクーリィから彼女を此処まで運んできた男へと向けられ、その周囲を見回したルベンディア司祭は訝しげな表情を浮かべた。
「その事なのですが・・・実は生贄を連れて来る際に一人の少年が我らの邪魔をしてきまして・・・」
「少年・・・?子供一人程度、君達だけでも何ら問題なく始末出来る筈だろう・・・?」
「それが・・・その少年は恐ろしく強く、私以外の二人は成す術もなく一撃でやられてしまったのです」
「なんと・・・!?」
男の報告を聞いたルベンディア司祭は驚きの声を上げ、傍で話を聞いていた他の信徒達も驚きを顕わにする。
「彼等は我ら教団の末端とはいえ、それなりに腕が立つ男達だった筈・・・その彼等が子供一人にやられるなど信じられん・・・!」
「だが、もしそれが事実だとすれば厄介なことになるぞ・・・!彼等は我らが同胞の証たる教団のコインを持っている。下手をすればその少年から我らの情報が漏れる可能性がある・・・!」
「おのれ・・・おのれぇ・・・!ようやく・・・ようやく儀式が始められるという時に、なんという失態をしてくれたのだ、お前達は!!」
「そ、その事につきましては、真に申し訳なく・・・!?」
せっかく今まで誰にも気付かれることなく計画を進められてきたと言うのに、その努力がまさかの身内の失態によって水泡に帰すとは思ってもいなかった信徒達は怒り、憤慨して男を責め立てる。
男の方も、パンデモニウム教団が行おうとしていた計画が自身の不手際によって台無しになるかもしれないという事を理解していた為、申し訳ないと土下座をする勢いで頭を下げた。
だが、それに待ったを掛ける者がいた。
「待て待て、君達。そう彼を、彼等を責めてあげるな」
「ルベンディア司祭様・・・!」
「彼等もまた我らの思想を、理想を理解してくれた同胞の一人。当然その正体がバレない様に注意を払う事を怠っていたわけがない」
それはルベンディア司祭であった。彼は土下座をしていた男の肩をポンと叩きながら、「生贄を連れて来る際も、細心の注意と確認を行っていた筈だ」と男を囲む信徒達に言う。
「その彼等がやられたとするならば、おそらくその少年の実力は彼等よりも上だったという事。年端もいかない子供がそれほどの実力を持っているなど、普通ならあり得ない。であれば、つまりそれは不幸な事故とも言えるだろう。そんな事故に遭った彼等を、どうして責められようか」
朗らかにそう語った彼は、男に向かって笑いかけながらその失態を許した。
自身が許されたのだという事を理解した男は、ルベンディア司祭の慈悲に感謝し、「おお・・・!おおぉぉぉ・・・!!」と涙を流した。
「承知いたしました、ルベンディア司祭様。・・・ですが、どう致しますか?おそらく我らの情報は既に騎士団や冒険者ギルドに知られている筈です。このままでは計画を邪魔される恐れが・・・」
「それは分かっている。予防策として魔物達を町へと誘導させての目くらましは行ったが、直に騎士団がやって来るだろう。まあ、一番厄介であり、脅威であったライファ辺境伯がいないという点に関しては幸いと言えるだろうがな」
「では・・・?」
「うむ。すぐに儀式を執り行うぞ。騎士団が何時来るか分からない為、行う予定だった手順の幾つかは省略する。―――すぐに準備せよ!」
「「「はっ!」」」
ルベンディア司祭が信徒達に向けて儀式を始めるよう指示を出し、彼の指示を聞いた信徒達は「ハッ!」と周囲に響くような返事をした後、まだ未完成であった魔方陣を完成させようと急ぎ始めるのであった。
「クーリィ!」
マルシャルさんとサジェットさんの二人と別れてから十数分後。僕は交易都市の北東にある墓地へと辿り着いていた。
墓地の一角にある広場の様に開けたその場所では、十数人の黒いフードマントを纏った者達が集まっており、その中の八人程が地面に描かれた薄らとした黒い光を放つ五角形の魔法陣を中心に円陣を組み、掌を合わせて何かを念じている様に唸っていた。
そしてその魔法陣の中央には攫われた少女―――クーリィが手足を縛られた状態で倒れていた。
「お前等、クーリィを放せ!」
彼等こそが、おそらくパンデモニウム教団の信徒達なのだろうと当たりを付けた僕は叫んだ。
その叫びで僕の存在に気付いたのであろう。彼等はこちらへと一斉に視線を向け、何者なのかと言うかのように首を傾げた。
「ふむ?子供が一人、か・・・もしかすると、君の仲間二人を倒したのはあの少年だったりするのかね?」
「は、はい。間違いありません!・・・ですが、まさか単身で追って来るとは思ってもおりませんでしたが」
「蛮勇というモノか・・・若い時にはありがちの青さだな・・・そこそこの力を持っていても、所詮は子供という事か」
その内の、無数の傷跡がある厳つい顔の男が自身の傍にいた男に問い掛ける。
その問いに対し男は、その通りだと頷きながら答えた。よく見ればその男は、孤児院の前でクーリィをさらおうと襲い掛かって来た三人の男達の内の一人であり、僕の目の前で彼女を攫っていった、あの男であった
「儀式の邪魔をされては敵わん。仕方がないから相手をしてやれ。―――ああ、それと油断はするなよ。あの少年は我らの同胞を打ち倒した者だからな。相応の相手と覚悟せよ」
「「「はっ!承知いたしました!」」」
男が頷く様子を目にした無数の傷跡がある厳つい顔の男は、やれやれと溜め息を吐く様にそう言った後に周囲にいる何人かの信徒達に指示を出す。
それに応じる様に指示を受けた信徒達は、それぞれに武器を構えて僕に襲いかかって来た。
「・・・ッ!クーリィは返してもらうぞ!」
それを見た僕もまた背負っていた布鞘から木刀を引き抜き、正面に構えながら駆け出した。
「我らの邪魔をするな、小僧!!」
「死ねぃ!!」
接近する僕に向けてその手に持つ武器を振り被ってくるパンデモニウム教団の信徒達。その彼等が振るってくる片手剣や短剣、手斧といった武器による攻撃をステップを踏んで回避した僕は、攻撃後の隙を見計らい、横向きに構えた木刀を勢いよく振るった。
「ふっ・・・!せいぃ、やっ!!」
「ごぼぉ!?」
「ガッ・・・!?な、なにぃ!?」
右から左への横薙ぎの一撃。それを受けた信徒達の大半が吹き飛んで行く。何人か耐えた者もいたが、しかしその者達も木刀を振るった際に発生した強風によって体勢を崩されたせいか、思わずといった風にたたらを踏んでいた。
「ふん!とりゃっ!」
「ギッ!?」
「ガァッ・・・!?」
そしてその隙を僕は見逃さず、比較的近くにいた信徒達に木刀による攻撃を数撃叩き込んでいく。
「おのれ、小癪な真似を・・・!はぁっ!」
先程の強風によって体勢を崩されていた者達の内、比較的早く体勢整え直した一人の信徒が両手剣をブンブンと振るいながら僕に襲いかかって来た。
それは酷く力任せであり、軌道も単調。―――だからこそ、非常に読みやすかった
「ふっ!せいっ!」
「グハッ・・・!なん、だと・・・!?」
こちらへと振り下ろされる両手剣。その刀身の側面を木刀で打ち払い、大きく脇へと逸らす。
そして地面に突き刺さり、それに驚いて体を硬直させた隙を突いて、信徒の鳩尾へと木刀の突きを入れ、その体を吹き飛ばした。
「な、何だこの糞ガキ・・・!?」
「速い・・・!!」
「いや、速いだけじゃない!意外に力も強いぞ、気を付けろ!」
武器を構え、僕の事を取り囲んでいた信徒達は、次々と自分達の仲間がやられていく事に驚き、困惑する様子を見せていた。
だが、負けるわけにはいかないとも思ったのだろう。再度自分達が手に持つ武器を強く握り締めると、僕に向かって飛び掛かって来た。
「せぇぇいやぁぁぁぁーーー!!」
その信徒達を、僕は木刀を振るう事で次々と薙ぎ倒していく。上から飛び掛かって来る者にはがら空きとなっているその胴を薙いで吹き飛ばし、横合いから剣を振り被って来た者にはその顎下を打ち上げ、背後から襲い掛かって来る者には横に一回転しながらその首筋に一撃を振るい、地面に叩きつけた
「(見える!彼等の動きが、武器が振るわれる軌道が手に取る様に分かる!)」
武器の構え方やその振るい方を見るに、パンデモニウム教団の信徒達は戦いに―――というより、相手を殺す事に慣れている様に感じられていた。
一切躊躇なく的確に急所を狙って来るその手腕は受ける側からすれば恐怖しかない。しかもそれが複数だ。例え腕が立つ者でも普通なら恐怖し、絶望感を覚えるところだろう。
しかし、実を言えば僕は今の状況にそれほど恐怖も絶望感も覚えてはいなかった。戦い始めの時こそ、武器を向けられ、命を狙われる事に対する恐怖心はあったが、今では若干の余裕すら感じられていた。
その理由は、襲い掛かって来る信徒達の動きが僕の目にはゆっくりと動いている様に見えていたからであり、同時に自分の体が彼等よりも早く動けていることに気付いたからであった。
加えて、自身の体がイメージ通りに、且つスムーズに動けているのも大きい。おそらくは、剣の型を一つの流れとなる様に意識して振るう修行と、フェルヌスさんと何度も行っていた模擬戦の成果によるものだろう。
約一ヶ月前の時点では戦う力なんて全く持っていなかったのに、それが今では武器を持った複数の手練れを相手に圧倒する事ができている。そんな状況に、僕は今初めて自分が強くなっているのだという事を実感する事ができた。
「はぁぁあああああーーー!!」
的確に相手の攻撃を躱し、防ぎ、流し、その際に出来た相手の隙を狙って強烈な一撃を次々叩き込んでいく。
その一撃を受けた信徒達は一人、また一人と呻き声や悲鳴を上げながら気絶し、バタバタと地面に倒れていった。
「ヒ、ヒィィ・・・!?」
「こ、こいつ、ガキの癖になんて強さだ・・・!?」
僕の振るう木刀の一撃を受けて地面に倒れた信徒達の内何人かはまだ意識を保ち、立ち上がる力を残してはいたが、僕の強さに驚愕し、恐れ慄いてか、一歩二歩と後退りを始める様子を見せていた。
「ふぅ・・・!―――さあ、次はどいつだ!」
恐怖心を覚えてか、攻撃の手を止めるパンデモニウム教団の信徒達。
対する僕はまだまだ元気いっぱい、戦意旺盛であり、木刀を構え直すと彼等に向けて「さっさと掛かって来い」という感じの挑発を行った。
「むぅ・・・あの少年、なかなかやるな・・・」
アルクの戦いぶりを見ていたルベンディア司祭は思わず感嘆の声を上げてしまった。
「(彼を襲うよう指示を出した信徒達の実力はパンデモニウム教団の中では下の方ではある。だが、それでも一般的な騎士程度は軽く捩じ伏せる事ができるくらいには強い筈なのだが・・・・・・)」
それを成人すらしていない少年がたった一人で、しかも無傷で全員を戦闘不能にするとは、とルベンディア司祭は無意識のうちに唸り声まで上げてしまう。
「どうやら彼等では荷が重かったようですね、ルベンディア司祭様。・・・如何致しますか?」
「なに、やるべきことは変わらない。今度は君達があの少年を潰しに行きなさい」
そんなルベンディア司祭の様子を後ろから見ていた信徒の一人は心配に思ったのだろう。どうするべきかと彼に尋ねてきたのだが、それに対するルベンディア司祭の答えは、先程出した指示と変わりないものだった。
「しかし、それでは貴方様の身を守る者が・・・」
「私はパンデモニウム教団の信徒の一人。それも司祭なのだぞ。戦闘の心得は当然ある。気にせず行きなさい」
「・・・ハッ!」
ルベンディア司祭の背後にいた五人の信徒達は、彼の指示にそう返事をすると頭まで被っていた黒いフードマントを脱ぎ去り、アルクに向かって突撃を開始した。
「おぉぉらぁぁぁっ!!」
「くっ!?」
最初に襲ってきたパンデモニウム教団の信徒達を倒した後に襲いかかって来たのは、身の丈ほどの大斧を持つ厳つい顔の大男であった。大男は勢いよく跳び上がると、両手で握り持つ大斧を僕に向けて叩きつけようと振り被って来る。
その動きを僕は捉えていたが、しかしその大斧の一撃を防ぐ事は難しいと判断した僕は後ろに跳び下がり、回避する。
「ハッ!それで躱したつもりか?甘ェんだよ!―――《土竜撃》!!」
だがそこで大男はニヤリと笑うと 戦技を発動し、振るっていた大斧をそのまま地面へと叩き付けた。
その瞬間大量の土砂が舞い上がり、同時に土や石の礫がこちらに向かって飛んで来る。それを目にした僕は驚きつつも、土や石の礫が飛んで来る範囲外に逃れようとさらに後ろへと跳んで下がる。
「死ねぇぇ・・・!!」
「・・・ッ!?」
攻撃範囲外に出たと思った瞬間、そこへ今度は鋭く尖った杭の様な槍を持つ細身の男が襲い掛かって来た。細身の男は僕が地面に着地する隙を狙ってか横合いから飛ぶように接近すると、右手に持つ槍をこちらに向けて突き出してきた。
それを目にした僕は一瞬息を飲んだが、しかしそのすぐ後に回避と反撃の動作を同時に行った。
自身に向けて突き出された杭の様な槍の柄を木刀を持っていない左手で掴むと、勢いに乗る様にして自らの体を回転させる。そしてその勢いを利用して右手に持つ木刀を横薙ぎに振るい、細身男の首筋へと叩き込もうとする。
「ヒヒッ!《スピンキック》!」
だが、その一撃を細身の男は突き出した槍を持つ腕を軸に体を回転させて回避する。そして 《スピンキック》という戦技を発動し、勢いのついた回転蹴りを僕に向けて放って来た。
「グッ・・・!?」
細身の男による一撃によって顎下を蹴り上げられ、宙に浮く僕の体。そこへ体勢を立て直す暇は与えないとでも言わんばかりに、二人の信徒達による更なる追撃が放たれた。
「シャアァァァッ!!」
一人は身体中に鎖を巻いた上半身裸の男。彼はブルリと両腕を震わせると僕の周りに向けて何本もの鎖を放ち、そして手元に残っていた二本の鎖をそれぞれ両手で掴むと、縦に横に、時には円を描くように振るい、僕の周囲に鎖の包囲網とでも言うべきモノを形成した。
「《蛇縛鞭》!フンッ・・・!!」
鎖の包囲網が出来上がったのを確認した上半身裸の男は、それまで動かしていた腕を止め、《蛇縛鞭》という戦技を発動しながら両手にそれぞれ持つ二本の鎖をグンッと大きく後ろに引っ張った。
その瞬間僕の周囲を渦巻く様に走っていた鎖は動きを変え、その包囲網を狭め始めた。
「串刺しとなりなさい!《蛇角投剣》!」
そこへもう一人の追撃者である露出の多い派手な衣装を身に纏った女が《蛇角投剣》という戦技を発動し、僕に向けて無数のナイフを放ってきた。
「・・・ッ!?はぁっ!」
戦技の効果が付与されてなのか、無数のナイフはジグザグとした軌道を描き、宙に走っている幾つもの鎖を避けながら僕に向かって飛んで来る。おそらくは鎖で身動きを封じてナイフで串刺しにしようとしたのだろう。その事を察した僕はクルリと体を一回転させると迫って来ていた鎖の一本を蹴って跳び、自身に向かって飛んで来るナイフも木刀を振るう事で弾き、叩き落としていく。
「それで逃げられると思ったか、ガキが!これでトドメだッ!!―――《風刃の一矢》!!」
「ッ!?」
そして鎖の包囲網から脱出した僕は安堵してホッと息を吐くのだが、しかしその瞬間を狙って襲ってきた五人の信徒達の最後の一人―――隻眼の男が両手に持つ弓矢を構え、弦を引いて《風刃の一矢》という戦技を発動して放って来た。
「こぉんのぉぉッ!!」
放たれた矢は風を纏い、渦を巻き、こちらに向かって高速で直進してくる。
「んぎぎぎぎぃっ・・・!てやぁっ!!」
「な、なにぃ・・・!?」
その一矢を、空中で体を捻らせ回転させた勢いを利用して振るった木刀で受け止めた。
ギャリギャリギャリッ!!と異音を立てながら火花を散らす木刀と矢の接触面。突き進もうとする矢の勢いは強く、受け止めた当初は押され気味であったが、しかしそれは気合を込めて木刀を振るう事で何とか受け流し、弾き飛ばす事ができた。
「まさか、俺の一撃をこんなガキが防いで見せるとはな・・・」
その光景を目にした隻眼の男は驚愕を顕わにする。
だけど、驚いていたのは僕も同じだった。正直、今の一撃を受け止めた段階で、この手に持つ木刀が壊れるんじゃないかと思っていたからだ。
なにせ、隻眼の男が放った 《風刃の一矢》の威力は本当に強力だった。弾き飛ばし、軌道を逸らした矢が幾つもの墓石を貫通し、粉砕して行ったのだから相当だ。
だけど、その一撃を受けた僕が持つ木刀は、穴が空く事も折れる事もなく、どころか掠り傷すら付いていない。呆れるほどの頑丈さであり、思わずいったい何で出来ているのか気になってしまう程だ。
「今度は、こっちの番だ!」
しかし、その思考は一旦脇に起きておくことにした。信徒達の攻撃を何とか防ぎ切り、体勢を整えながら地面に着地した僕は、眼前の敵であるパンデモニウム教団の信徒達に向かって駆け出した。
「いい度胸じゃねぇか!よし、死ねぇ!!《パワーブレイク》!!」
最初に僕が向かったのは身の丈ほどの大斧を持つ厳つい大男であった。木刀を脇に構えた僕は正面からその大男に突っ込んで行き、そんな僕の姿を目にした大男は叩き潰してやると言いたげに大斧を振り上げると、《パワーブレイク》という戦技を発動し、力を込めて振り下ろしてきた。
「ぬぇぇいぃっ!!」
「ふっ・・・!おおぉッ!」
「なに!?グオォッ!?」
バチバチと迸る橙色のエネルギー―――気が纏われた大斧の一撃。それが自身に当たる直前に半身となって回避し、そのまま大男の側頭部を木刀で打ち払ってその意識を刈り取った。
「《稲妻突き》ぃぃ!ヒャッハーッ!!」
木刀を振り払ったところを隙と見たのか、細身の男が《稲妻突き》という戦技を発動し、その手に持つ杭の様な槍をこちらに向けて突き出して来た。
「・・・ッ!はぁっ!」
「フヒッ!?―――ガポッ!?」
その一撃はまさしく名前の通り稲妻の如き速さと鋭さを持っていたが、しかしその一撃を僕は跳び上がって回避し、突き出された槍の上に左足を乗せると、右足を大きく振り被って細身の男の顔面を蹴り飛ばした。
「次っ!・・・ッ!?」
顔面に靴跡を残してバタリと倒れる細身の男。それを尻目にシュタッと地面に着地した僕は、次の相手を探そうと周囲に視線を向けようとしたが、その際に自身に向けて一本のナイフが迫って来ていることに気付き、木刀を振り上げて防いだ。
「まさか今のを防ぐなんて、ね。・・・だけど、これならどう?《アサシンスロー》!」
どうやら今の一撃を放ったのは信徒の一人である派手な衣装の女であったらしい。彼女は自身が投げたナイフが防がれたのを見て冷や汗をタラリと流し、しかしこれで終わりではないのだと《アサシンスロー》という戦技を発動しつつ、懐から取り出した六つの鋭い刃を持つ鉄製のブーメランを投げて来た。
高速回転するそれらは風を切り裂き、弧を描きながらこちらに向かって飛び、その途中でまるで周囲の景色に溶ける様に姿を消した。
「くっ・・・!?」
ヒュンヒュンヒュンと風切り音が聞こえるも、ブーメランの姿は見えない。これでは防ぐことは難しいと判断した僕は、回避する事を選んで頭上へと高く跳んだ。
その瞬間、足下から複数の風切り音が聞こえた。どうやら投げられたブーメランが先程まで僕が居た位置を通過したらしい。それを察した僕はホッと息を零した。
「掛かったわね!死になさい!」
だが、それは誘いであったらしい。こちらが安堵した瞬間を隙と捉えた派手な衣装の女は、腰に付けていた袋から両端に穴の空いた細長い木筒を取り出し、口元で構えた。そして空中にいる僕に狙いを定めると、フッ!と木筒に勢いよく息を吹き込み、細長い十数本の針を射出した。
「その針には食らえば十数秒で死に至る強力な毒が塗られているわ!存分に苦しみ抜いて死になさい!!」
確殺の確信を抱いてか、ニヤリとした笑みを浮かべる派手な衣装の女。
だがそれは、次の瞬間には脆くも崩れ去った。
「お・・・おぉりゃぁああっ!」
「な、なんですってぇ!?」
何故なら、その攻撃を僕が全て防いだからだ。
右手に持つ木刀を逆手に持ち替えてから一度後ろ越しに構えた後、思いっきり振り上げる事で強力な剣風を発生させ、僕に向かって飛んで来ていた十数本の毒塗りの針を全て吹き飛ばす。
そんな防ぎ方をされるとは予想していなかったのか、その光景を目にした派手な衣装の女は驚きで体を硬直させた。
「ふっ!」
その隙を僕は見逃さず、地面に着地した後にすぐ走り出して派手な衣装の女の下へと駆けた。
こちらの接近に気付き、反撃しようとナイフを構えた派手な衣装の女だったが、しかしその時には既に僕は彼女の懐に潜り込んでいた。
「は、あぁっ!!」
「しまっ・・・!?ゴポォッ!?」
反撃不可能な位置から派手な衣装の女の胴体に向けて木刀を振り上げる。
その一撃によって腹部を強かに打ち上げられた彼女の体は九の時に折れ曲がり、僕が木刀を振り払うとゴロゴロと地面の上を転がって行った。
そしてその一撃によって気絶したのか、転がった先で起き上がる事はなかった。
「子供ながらに何という腕前・・・!だが我が技の前には無意味同然・・・!―――シャァアアアッ!!」
「うわっ・・・!うわわっ・・・!?」
立て続けに同胞達がやられるのを見てか、頬に幾筋もの冷や汗を流す上半身裸の男。だが、そのすぐ後に戦意に溢れた奇声を上げると、左右三本ずつ、合計六本の鎖を両手に握ると鞭のように撓らせながら僕へと放ってきた。
「フハハハハッ!どうだ、蛇の如き動きをする我が鎖鞭の味は!手も足も出ないようだなぁ!」
「く、くそぉっ・・・!」
僕は上半身裸の男が繰り出してくる攻撃を紙一重で連続回避していくが、しかしそれ以上の事はできなかった。振るわれる鎖の軌道こそ見えてはいたものの、縦横無尽且つ複数同時に迫って来るそれ等に翻弄されていたからだ。
そんな僕を見て上半身裸の男は高笑いをする、そんな彼に対して僕は攻撃を回避しながら悔しそうに歯軋りするしかなかった。
「クククッ・・・!では、そろそろこの戦いを終わらせてやる。―――まずは、お前が持つそれを破壊してくれよう!!《ブレイクウィップ》!!」
そう叫ぶと同時に《ブレイクウィップ》という戦技を発動させた上半身裸の男は、両腕を円を描く様に振るい、縦横無尽に振るっていた鎖を僕の木刀に巻き着けた。
「このまま粉々に引き千切ってくれ・・・・・・ッ!?な、なんだ・・・!?ビクともしない、だとぉ!?」
そしてそのまま圧壊させようとしてかグイッと鎖を引っ張り、木刀をギチギチと締め上げる。
だが、見た目は完全に木で出来ていると思える物なのにまったく壊れる様子を見せない木刀に上半身裸の男が驚きに目を剥いた。しかも鎖から伝わってくる感覚から罅割れるどころか欠けてすらもいない事を察したのだろう。上半身裸の男はその驚愕の度合いをさらに増していった。
「な、なんだそれは・・・!?一体何で出来ている・・・!?」
「そんなことを聞かれても、これは貰い物だから、僕も良くは知りません、よっ・・・!!」
僕の木刀がいったい何で出来ているのか!?と上半身裸の男に問われた僕は、自分も良く知らないと答えつつその瞬間を好機と見て、手に持つ木刀を力いっぱいに引っ張った。
「ヌ、ヌゥゥゥォォオオオッ!?」
最初は「その小さな体のどこにそれだけの力が!?」といった感じの驚愕の表情を浮かべながら、ズザザザザッ・・・!と足元から土煙を上げつつ堪えていた上半身裸の男であったが、しかしもう一度、先程よりも強く僕グンッと木刀を引っ張った瞬間、彼の体は僕の下へと勢いよく引き寄せられた。
「せいっ!」
「グポォォォッ!?」
そして、上半身裸の男が自身の攻撃範囲内にまで近づいて来たのを確認した僕は、木刀を大きく振り被り、彼の腹部に向けて薙ぎ払いの一撃を放った。
「ふぅ・・・後は・・・・・・」
僕の一撃を受けて吹き飛んだ上半身裸の男の体は、その先にあった墓石にぶつかり、そのまま意識を失ったのか、ガクッと首を傾けた。
それを目にした僕は息を一つ吐くと、最後に残った隻眼の男へと視線を向けた。
「そ、そんな馬鹿な・・・!?ルベンディア司祭の側近たる俺達が・・・、こんな、こんなガキ一人に倒されるだなんて・・・!悪夢だ、これは悪夢なんだ・・・!!悪夢は、とっとと消えろぉぉーーっ!!!」
己の仲間達が次々とやられてしまった事が信じられないのか、隻眼の男は何度も嘘だと呟きながら首を横に振る。そして逆上してか、それとも錯乱してなのか、弓を構えた彼は何かを振り払う様に僕に向けて連続で矢を放ってきた。
「・・・ッ!」
「当たれ、当たれ・・・!当たれぇぇっ!!?」
隻眼の男は次から次へと矢の雨を降らせる。その狙いは軽くパニックになっていても正確であり、的確にこちらへと飛んで来る。
だがその攻撃を、僕は右に左にと駆け回って回避したり、木刀で弾くなどして防いだ。放たれる矢にフェイントや戦技等が混じっていれば流石に厳しかったし、何発かは当たっていただろうが、しかし幸いにと言うべきか、そういったモノが無かったため冷静に対処する事ができた。
「くそっ!くそぉっ!―――しまったッ!?矢がもう・・・!?」
最早嵐と言っても良い程に無数の矢を連続で放っていた隻眼の男であったが、しかしそれが何時までも続くわけがなかった。後ろ越しにある矢筒から次の矢を取ろうとした隻眼の男は、しかしそこで矢を全て撃ち尽くしてしまった事に気付いて体を硬直させてしまう。
「―――ッ!はあぁぁぁっ!」
「来るな、来るな来るな来るなぁっ!!―――ゴガァッ!?」
そして、その瞬間を僕は攻め時と判断した。
隻眼の男の下へ疾風の如き速さで接近した僕は、木刀を振り上げ、彼の顔面に向けて勢いよく振り下ろした。




