第2章第12話 ~大魔王の冒険者活動~
2020年12月15日に文章内容の修正と一部追加をしました。
2021年10月14日に文章の一部変更をしました。
交易都市ライファの南西にあるとある森。その森の名は『マシュマルの森』と言い、太陽の光を遮る程の鬱蒼とした草木が生い茂っている場所である。
そんな薄暗く、どこかジメジメとした湿った雰囲気を漂わせている森の中を、ある一匹の獣が走っていた。その形相は歯を剥き出しにし、目を血走らせており、まさに必死と呼ぶに相応しいもの。加えて四肢を動かすごとに荒い呼吸も繰り返しており、とても苦しそうに見える。
だがしかし、獣は地面を駆ける事を止めはしなかった。その様はまるで何かに追い立てられているかの様であった。
「・・・ッ!!」
地を駆け、木の枝や幹を蹴って跳んでいる最中、獣はふと前方に数匹のゴブリンの姿を見つけた。普段ならば手ごろな獲物だと喜んで襲い掛かっているのだが、しかし今の獣には彼等の相手をしている暇などない。獣は大地を強く踏み締め、跳躍し、ゴブリン達の頭上を大きく飛び越えた。
「ギャッ!?」
「ギャッギャッ!」
獣の姿を目にしたゴブリン達は驚き、騒ぎ立てるのだが、しかし地面に着地した獣はそんな彼等を無視して再び駆け出した。
「ギャギャッ!?」
「ギャーギャーギャッ・・・!?」
獣が数歩大地を駆けた時、先程まで獣の後ろで騒いでいたゴブリン達の声が途切れた。その途切れ方はまるで、何かがゴブリン達の声を途絶えさせたような感じであった。
「―――ッ!?」
その不自然な途切れ方を耳にした獣は己の背筋にゾワリと怖気が走るのを感じた。
―――来ている・・・!奴は自分を追って来ている・・・!?
そう感じた獣はハァハァと荒げる己の息や、バクバクと鳴り響く心臓の音を無視して、己の四肢にさらに力を込めて先程よりも一層早く森の中を駆けていく。
「ブヒブヒ・・・ブヒ?―――ブヒャァ!?」
「グルルルル!―――キャウン!?」
「ゴォォオオオオオオオオ―――グペッ!?」
その後も獣は駆けている途中で他の魔物の群れにも遭遇したが、ゴブリンの時と同じようにその魔物達の頭上を飛び越えたり、回り込むようにして通り過ぎた。
獣が遭遇したのは、それぞれフォレストオークやフォレストウルフ、マッドリザードといった、獣と同じくこの森に生息している魔物達だ。
かの魔物達は集団で生活し、協力して狩りを行う魔物達だ。一体一体の強さは獣からすれば容易に倒せてしまえる程度だが、しかし数が揃うと厄介さが増し、獣であっても倒すのに苦労する様になる連中でもある。
獣が森の中を駆けている際に出会った奴等は大体四、五匹ずつまとまって行動しており、その戦力はもし獣が襲い掛かったとしても手痛い反撃を受ける事は間違いないものだ。
しかし、そんな奴等ならば自らを追いかけて来る追手を如何にか出来るかもしれない。出来なくても逃げ切るまでの足止めにはなるだろうと獣は考えた。
故に、彼等の姿を見かけた時に敢えて目に見える距離にまで接近して通り過ぎたのだが、しかし獣が通り過ぎた直後にまたしても先程まで聞こえていた筈の彼等の声が途切れ、気配もまた掻き消えた。
「~~~~~~ッ!?」
奴等がどういう末路を辿ったのか、その事を今の途切れた断末魔から察した獣は、同時に件の追手が未だに己を見逃していない事も理解した。
「・・・ッ!・・・ッ!!」
獣は駆ける。その瞳を恐怖の色に染め上げながらも、しかし自身が知るたった一つの希望に縋って駆け続ける。
そして獣はようやく辿り着いた。目指していた希望の下へと。
獣の目の前にいたのは一匹の竜。その身は岩石の如き鱗に覆われ、見た目からしてとても固そうな印象を受ける。その四肢もずんぐりむっくりとしていて鈍重そうに見えるが、しかし同時に力強さも如実に感じさせる。
竜の名は『アースドラゴン』。
獣が住むこの『マシュマルの森』を支配する”主”と呼ばれる存在であった。
「グルルルル―――グォォォオオオオオオオッ!!」
己のテリトリーへと入って来た獣を目にしたアースドラゴンは吠える。
その咆哮はまるでさっさと出て行けと、これ以上近づくのであれば攻撃するぞ、と言っている様であった。
「―――ッ!!」
その咆哮を耳にした獣は一瞬怯んではいたがその意図を理解していた。獣としても自身より遥かに強いアースドラゴンのテリトリーにこれ以上入るつもりはなかった。
というよりも、獣としてはかの竜の目の前に来た時点で既に目的を果たしたも同然であったのだ。
「―――ッ!」
獣はアースドラゴンのテリトリーの一歩手前で止めていた四肢を再び動かす。その軌道はアースドラゴンを中心に大きく円を描くような形であり、かの竜のテリトリーに入らない様に気を付けながら駆け、脇へと逸れていく。
獣は思う。おそらくかの竜であれば、己の追手を如何にかする事が―――討ち倒す事が出来るだろうと。
なにせアースドラゴンの力は強大だ。その一歩は大地を隆起させ、その咆哮はあらゆるものを粉々にして見せるのだ。並大抵の輩では太刀打ち出来はしないし、少なくともこの森の中でかの竜とまともに相対する事ができる存在など獣は知らない。
故に、内心でほくそ笑み、己に迫っていた危機が去ったという安心感を得て、獣は焦燥と恐怖に塗れていた心を落ち着かせる。
だがそれは、次の瞬間に聞こえて来た咆哮によって一変した。
「ギャアアアァァァァァーーーッ・・・!?!?」
「―――ッ!?!?」
周囲一帯へと響き渡る悲鳴の様な咆哮。聞く者によってそれは、まるで断末魔の叫びにも聞こえるものであった。
それを耳にした獣は声もなく驚き、思わず立ち止まってしまい、その後でどうか聞き間違いであってほしいとばかりに獣は己の耳をピンと張り、周囲の音を拾おうと聞き耳を立てた。
一秒。
二秒。
十秒経っても聞こえないアースドラゴンの声。
―――否、それどころか風に吹かれて擦れる樹木の葉の音も、木の幹や地面を這いずりまわる虫の気配すら聞こえなくなっていた。
異様な程静まり返った森の中。聞こえて来るのは自身の荒い呼吸と、高鳴り鼓動する心臓の音だけ。そんな状況に、落ち着きかけていた獣の心は再び焦燥と恐怖のそれへと染まり始めた。先程までは比べ物にならない程に。
「―――ッ!?」
己の背後でガサリッ!という音が鳴った。
その音を耳にした獣は、ハッ・・・!として音がした方へと振り向いたのだが、しかしそれに気付いた時にはもう全てが遅かった。
銀色に輝く刃。それが眼前へと既に迫って来ていたのだ。
「―――ッ!?」
その刃の正体が、追手が手に持っていた剣と言う名の武器である事を理解した獣は、両目を驚きに見開きながらも体を動かした。
己の身を簡単に切り裂けるであろうその剣による斬撃を避ける事はもうできない。だが、致命傷を受ける事だけは避けようと。
しかし、迫り来る刃の閃きは獣の想像以上に遥かに速かった。
「―――ガ・・・ッ!」
風よりも早く、音すら超えて、光に迫る程の剣閃が振るわれて獣の首は両断された。
体から離れて宙を舞う獣の首。未だ意識の残るその瞳が真上から地面に崩れ落ちる己の体と剣を振り切った体勢の追手の姿を見下ろした。
そして、死の間際となってようやく獣は気付いたのだ。化け物からは絶対に逃げられなかったのだという事を。
「―――やれやれ、やっと追い付いた。いやに逃げ足が速かったからな、コイツは・・・」
先程自身が仕留めた魔物の死体を視界に納めながらそう言葉を零したのは、肩に掛かる程度の長さの銀髪と紫色の瞳、薄いチョコレート色の褐色肌を持つ少女こと私―――フェルヌスであった。
頭頂部にある獣耳はピルピルとまるで周囲を警戒しているかの様に動いており、また後ろ腰から生えている硬質的な輝きを放つ尻尾も何かあった時にすぐ反応して動ける様にユラユラと揺らいでいた。
「・・・さて、と。他に敵は・・・いない様だな」
周囲へと視線を向け、敵影も、その気配もないようだと判断した私は、ブン!とショートソードを一振りして刃に付着していた血糊を払い飛ばし、まだ付いていないかを確認した後に背中に背負っていた鞘へと納めた。
「しかし、まさか『ハイドタイガー』がこんな所にいるとはな・・・」
私は、地面に転がる首のない緑色と黒の縞模様の毛皮を持つ虎の体を見ながら呟く。
『ハイドタイガー』とは、恐ろしく隠密能力が高いAランクに相当する虎型の魔物のことだ。
足音を殺し、気配も潜め、更には 《擬色》と呼ばれる特技も使用して、己の体表の色を周囲の色に合わせて溶け込ませて獲物に襲い掛かる、といった暗殺者染みた狩りの仕方をすることから別名”暗殺虎”とも呼ばれており、もし遭遇する時があったら運が悪かったと諦める他ないと恐れられている。
そんな魔物をどうして私が追っていたのかと言えば、その理由はそう難しいものではない。
一言でいうのなら自身の修行の為。『フェルヌス・クディア』という今の己の肉体に慣れる為であった。
そもそもの話、私はこの世界で目覚めた時点から己の体に違和感を覚えていた。
その違和感とは感覚のズレだ。
これまで私は己の体を動かす際に理想とする動きをイメージしてから動いていた。だが、思い浮かべていたモノよりも実際の体の動きの方がかなり早く、目測を少し誤ったり、動作タイミングにズレが生じたりなどの弊害があったのだ。
そのズレは『始まりの森』で目覚めた時点から感じていて、魔物との戦闘時にも大なり小なり影響はあったのだが、、その時は身体能力に任せた力技によるゴリ押しで何とか出来た。
だが、今後もそれでどうにかなるとは思えない。そう考えた私はアルクと共に交易都市ライファに到着して以降ずっと今の己の体に慣れようとしていた。
アルクの修行をする時に自分も一緒に体を動かしたり、冒険者ギルドの雑用依頼を受けていたのもその一環であり、今この薄暗い森―――『マシュマルの森』の中にいるのもその為だ。
切っ掛けは少し前に冒険者ギルドのギルドマスターであるモールテスから頼まれた魔物の討伐依頼であり、最初は半ば渋々といった感じで受けたのだが、しかし依頼を熟していく内に「あれ?これって体に慣れるには丁度良いのでは?」と頭の中で閃きが走った。
なにせ、魔物との戦闘を繰り返していくうちに自身が感じていた感覚のズレがどんどん無くなっていくのを感じていたからだ。それも、トレーニングをしていた時よりも、だ。
それを実感した私は、その後も二度三度と魔物の討伐依頼を受けた。そして今回の四度目の討伐依頼で、私はようやく己の肉体を十全に扱えるようになったのである。
・・・とはいえ、このハイドタイガーを追いかけるのには多少苦労はしたのだが。
「最後の慣らしの相手には丁度良いと思って泳がせていたんだが、まさか疑似的な”トレイン”をするとは思わなかったなぁ・・・」
”トレイン”とはゲーム用語の一つで、大量の敵を引き連れて移動する行為の事を指す言葉だ。ゲームによってはレベル上げの為にわざと引き連れて、ある程度集まったら倒して経験値に変えるという事も出来るし、『カオスゲート・オンライン』でもスキルのレベル上げや戦技や魔技といった各種技の熟練度上げの為に行われていたりしていた。
だが、このトレインは使い方次第では最悪の使い方も出来てしまえる。
それは自分が引き連れていた大量の敵を他の人に擦り付ける事だ。
『カオスゲート・オンライン』のプレイヤーの中にもその行為を意図して行う者達―――プレイヤーキラーが存在しており、そこそこの数の一般プレイヤーが被害に遭う事があった。今回の場合は引き連れる役はハイドタイガーであり、それを追いかけるのは私といった形だが、やっていた事はまさにそれであった。逃げる最中に他の魔物の群れを見つけてはそちらへと向かい、頭上を飛び越えたり脇すれすれを通る等して、その魔物の群れが私の進路上の障害物となる様にしたのだ。
まさか魔物がそんな事をするだなんて・・・!?と初めは驚いたが、しかし次々と目の前に現れるのは自身よりも遥かに格下のモノばかり。これならば片手間且つ一撃で倒せると判断した私は、その手に持つショートソードでもって速やかに、且つ的確に両断して狩っていった。
最後にはアースドラゴンも現れたりしたが、私にとっては今まで狩った魔物達と変わらない格下の相手だ。戦いらしい戦いになるわけがなく、その首を斬撃一つで刎ねる事で戦闘は終了した。
「まあ・・・おかげで”切り札”とか、”奥の手”とか、”とっておき”とか、その他諸々が使える事が分かったし、ある意味結果オーライと言えるかな?」
ハイドタイガーの頭と胴体をアイテムボックスに仕舞い終わった私は大きく伸びをしながらそう呟くと、再び自身の獲物となる魔物を探しに森の中を歩き始めた。
「・・・そういえば、アルクは一人でちゃんとやれているかなぁ」
森の中の探索を行っている最中、ふと私はライファの町で雑用依頼を受けているであろうアルクの事が頭に浮かんだ。
今回私は、ライファの町に来てから初めてアルクとは別行動を取った。
ここ一ヶ月近くの間、アルクと一緒に雑用依頼を受けて来た私がどうして今回は彼と離れて行動しているのかと言うと、それは彼が最低限自衛できるだけの能力を手に入れたからであった。
種族名:【人間種:普人族】
名前:【アルク・■■■■■】
性別:男性
年齢:10歳
称号:■■■■、■■■■■、
状態:通常
『HP』:1012/1012
『MP』:136/136
『STA』:823/823
『STR』:864
『VIT』:841
『AGI』:799
『INT』:252
『MND』:334
『DEX』:545
『LUK』:5000(-5000)
一ヶ月近くの修行を行ったアルクのステータスは『STR』『VIT』『AGI』の平均的数値が八〇〇前後。それ以外の数値もトレーニングを始める前と比べればかなりの上昇を遂げていた。
だが、その上昇量は以前の話に出ていた『突き落す愚者の腕輪』の効果とアルクの持つスキルである『足掻くもの』と『目指す者』の効果で成長速度が数倍になっていると言えど、この成長速度は異常であり、驚嘆せずにはいられないモノだ。
しかも、ほとんど鍛えていない筈の『INT』と『MND』まで上昇していた事が、私の胸中に更なる驚愕と困惑の感情を渦巻かせた。
『INT』と『MND』は別名魔法ステータスとも呼ばれており、この二つのステータスは『カオスゲート・オンライン』では基本的に攻撃系と防御系の魔技を何度も繰り返し使用する事で上昇して行く仕様となっている。
それ以外にもいくつか方法があり、その一つが本を読む事。知識という情報を蓄える事でも『INT』と『MND』の二つのステータスを上昇させることが出来る。・・・が、その上昇量は極微量。正直魔技を何度も使用していく修行の方がかなり効率が良い筈なのだ。
確かにアルクは、これまで私と一緒にライファ図書館で本を読んではいたが、だとしてもあの上昇量を普通ではない。もしやこれも、例の黒く塗りつぶされているスキルが関係しているのか?と私は内心で思った。
「・・・ん?」
そこでふと、己の耳に草木の擦れる音が聞こえて来るのに気付いた。
「ブヒブヒッ!」
「ブヒッ!ブッヒブッヒ!」
「ブヒャー・・・!」
音が聞こえた方向へと視線を向ければ、そこには複数のオークが草木を掻き分けながら、私のいる所へ近づいて来ようとしているところであった。
「・・・やれやれ、またオークか。なんだ?ここら辺にはオークの巣でもあるのか?」
姿形、装備の質からフォレストオークだと判断した私は、またかと溜め息を吐きつつ背中に背負う鞘からショートソードを抜いた。
「ふん!」
「グボオオォォォ・・・・・」
そして先手必勝とばかりに、一番先頭に立っていたオークの向けてショートソードを振るい、その分厚い肉に覆われた首を斬り飛ばした。
「ブ、ブヒャ!?ブヒ!ブヒヒン、ブッヒィ!」
「ブ!?ブッフゥゥゥ・・・・・・!」
「ブゥヒィ・・・!グッグッグッ!!」
残るオークは三体。
仲間が突然やられたことに驚きつつもその下手人が私であることに気付いたのだろう。彼等は私のことを取り囲もうと行動し始める。
だが、その意思は統一されているとは言えなかった。一体目は仲間が速攻で殺された事に動揺して立ち竦み、隣にいる短剣を持った二体目のオークは「お前はあっちに、俺はこっちに行く」と言うようなハンドサイン染みた動作をして私から見て左に回り込み、指示を受けた棍棒を持った三体目のオークはそれに頷きながら私から右へと回り込んで来る。
「ブッヒャアアァァァァ!!」
「ブッヒィ・・・・・・!!」
結果的に三角形の様な形で私を取り囲んだオーク達。その内の左と右に回り込んだ二匹のオークがそれぞれの武器で彼女に向かって襲い掛かって来た。
だが、彼等のその動きは私にはとても遅く見えており、容易く対処できるものであった。
まず私が狙ったのは棍棒を振り上げて接近してくる右のオーク。がら空き状態のその胴体に向けてヤクザキックを放つ。
「ふん!」
「ブグッフゥゥゥ・・・・・・!?」
私の蹴りの一撃を受けたオークの腹はボコン!と足の形に凹み、大量の血反吐を吐きだしながら吹き飛んだ。
「ブヒィ!?」
私の左側で短剣を腰だめに構えながら突撃しようとしていたオークは、仲間のオークが唯の蹴りの一撃でやられたことに驚き立ち止まる。
「そらっ!」
「ブッ!・・・・・・ギィ・・・・・・・」
その隙を見逃さず、不用意に立ち止まったオークの首を右手に持ったショートソードを振るって切り飛ばす。
「ブキィィィヤァァァァ!!」
そして最後の一匹となったオークだが、仲間がすべて殺られたことに怖気づいて逃げるのかと思いきや、逆に私に向かって棍棒を片手に跳びかかって来た。
どうやら剣を振り抜いた私の体勢を隙と捉えたらしく、その様はまるで「今なら殺れる!」と雄叫びを上げているかの様であった。
「―――うるさい。無駄に騒ぐな」
「ブフゥ・・・・・・!?」
だが、そんなものは私にとって奇襲にすらならなかった。一歩分後退しながら振るわれる棍棒の軌道から外れた私はオークの顔面に向けて左拳の裏拳を叩き込む。
私の拳を受けたオークの顔面はそのほとんどを内側に陥没し、そして地面に仰向けとなってドタンと倒れた後はそのまま微動だにしなくなった。
「ま、こんなものか・・・さて、それじゃあさっさと血抜き処理を行うとしよう。ちゃっちゃとやらないと肉質が悪くなるからな」
戦闘を終えて一息吐き、ショートソードを力強く振ることで刃に付いた血糊を飛ばして背中の鞘に納めた私は、オークの死体に向けて【水魔法】の《液体操作》を発動して体内に残っている血を全て抜き取り、捨てて行く。
ついでにアイテムボックス内に入っている先程狩った他のオークの死体も血抜き作業を行い、再びアイテムボックスへと仕舞いなおしていく。
「一部は自分達用に取っといて、後は全部冒険者ギルドに納品するとしよう」
「オークの肉はそこそこ美味しいからな」と私は呟く。
実はオークという魔物の肉は、フェルヌスの言う通りそこそこ美味しいお肉として広く知られていたりする。肉厚は豊かで食べ応えがあり、焼くなどした際に流れ出てくる油は肉の味をより際立たせる程濃厚で、普通の家畜の豚の肉よりも一段か二段くらい上質な物だ。この世界の一般的な町や村の住人からすれば、ちょっと贅沢な御馳走として扱われる一品でもあったりする。
「これで最後・・・っと」
オークの死体の血抜きを全て終えた私は、フゥ・・・と溜め息を一つ吐き、それから唐突に己の掌をジッと見つめ始めた。
「それにしても、魔物とはいえあれだけ散々命を奪ってきたというのに、ここまで冷静なままというのは自分でも驚くものだな」
そう呟いた私の心はとても落ち着いていた。そこには命を奪ったことによる嫌悪感とか罪悪感とは存在せず、だからと言って自らが手に掛けた者達への謝罪のような気持ちなんてものも存在していない。
もしあるとすれば、それは自らに襲い掛かって来た愚か者共に対する蔑む気持ちくらいだろうか。・・・だが、流石にここまで全く動揺しないというのは、一般的な感性から見てもおかしいと感じてしまう。
可能性として考えられるとすれば、この世界に来る際に何者かに精神面を細工をされたか、もしくは弄られる以前に初めから自分はそういう人間だったのか。他にも色々と思いつくが所詮は憶測であり、現状ではその答えを出すことは出来ないし、私の周囲にはそれに答えてくれるであろう存在も居はしない。
だが私は、自身の今の状態はこの世界で生活していく上では適切だろうとも思っていた。この世界は私が暮らしていた近代のそれではなく、時系列的には中世頃の世界観だ。命の遣り取りなんて日常茶飯事とも言えるし、そんな中で現代の感性なんて持ったままであれば、例えアバタ―キャラの強靭な肉体を持っていたとしても、適応する前に死んでいた可能性は高かっただろう。
その点に関しては感謝するべきなのかとも思いはすれど、それでも元々あった感性が一部とはいえ無くなるというのは言葉に出せない気持ちが滲み出てくる。
「―――ッ!」
そうやって、つらつらと考えていると、突然ズシン!と大地に震動が走るのを感じた。
その震動は間隔を空けながら何度も起こり、それはさながら足音の様にも感じられた。
「グウウゥゥゥッ・・・!!」
今度は頭上から唸り声が聞こえてきた。頭上へとバッと視線を向ければ、そこには二つの瞳を赤く光らせた巨大な影が顔を覗かせていた。
「『ビッグメタルコング』!おいおい・・・一体何処から現れたんだ、コイツは・・・!」
『ビッグメタルコング』とは、全長十m程の巨体を持つ巨大ゴリラであり、その全身が鋼色の輝きを放つ皮膚に覆われているAランクの魔物である。皮膚の固さは見たままの通り物凄く頑強で、大抵の武器などすべて弾き返す程。また大抵の魔法攻撃にも耐性を持っており、弱点である雷属性以外は全くと言っていいほどダメージを通さない。力に関しても鉄塊程度ならば容易く粉々に砕けるくらいはあり、捕まったら最後、命は無いとも言われる程だ。
「グオォォォッ!!」
「・・・ッ!?」
突如現れたその巨体に驚いていた私であったが、ビッグメタルコングがその巨大な腕を振り下ろして来るのを見て、瞬時にバックステップをして回避する。
「なるほど、やる気満々という訳か・・・!なら丁度良い。お前には、私の手加減の練習相手になってもらうとしよう」
私は左半身を前にして半身となり、右手を胸に添え、左拳を握って前に出す。
「そこらの雑魚だと大抵は一撃で死んでしまうが、お前のその無駄に固い体なら私の力でしこたま殴っても早々死にはしないだろう。なに、安心しろ。もし死んだとしてもちゃんと生き返らせてやるからな!」
そして地面が陥没する程の力強い一歩を踏み出し、私は拳を振り上げながらビッグメタルコングに向かって飛び掛かった。




