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【改訂版】カオスゲート・サーガ ~大魔王と勇者の冒険譚~  作者: Kudo
第2章 ~大魔王と少年と交易都市~
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第2章第10話 ~図書館へ 2~

2020年12月3日に一部の文章の修正と追加をしました。

2021年9月30日に内容の一部変更をしました。



 先程のちょっとした騒動の後、私達はライファ図書館の職員である金髪三つ編みの女性―――此処で働いている司書の一人で『ミレアリーナ』というらしい―――に図書館内部を案内してもらう事になった。

 ライファ図書館の中は、此処に来た時にアルクが言っていた様に数多くの本棚が壁の如く立ち並んでいて、まるで迷路の様な作りとなっている。加えて、上下に昇り降りする階段が最低十箇所以上存在しているのも相まって、より複雑さを増している。

 だが、そんな場所で司書として働いているミレアリーナはと言えば、まるで慣れ親しんだ自分の庭の様に、こっちには色々な薬草に関する本が、ここから先の本棚は全部魔法に関する本が、といった風に何処に何の本があるのか分かっているようであった。

 ちなみに、そんな彼女がどうして男同士が絡み合う特定層向けの本を大量に運んでいたのかと言うと、本人から聞き出した話なのだが、どうやらあれ等の本は彼女と同じ趣味趣向を持つ同好の士が個人所有していた物であったらしい。なんでも、その同好の士の一部が諸事情によって泣く泣く手放さなくてはならなくなったらしく、処分をしてほしいと頼まれたのだそうだ。

 それで、何故それ等の本をライファ図書館へと持ち込んでいたのかと言えば、それはミレアリーナの事情が関係しているらしい。彼女はとある集合住宅の一室で暮らしているそうなのだが、その部屋の中はもう既にその手の本で一杯になってしまっていたらしく、とてもではないが同好の士から一時的に預かったその大量の本を置いておくスペースが無かったのだそうだ。

 その為、彼女は処分が終わるまでの一時的な保管場所として自身の職場であるライファ図書館に置いておこうと考え、一人でこっそり運んでいたらしい。

 まあ、彼女にとっての災難は、その本を運び込んだ時間帯が丁度私達がやって来た時間帯と重なってしまったことだろう。しかも、うっかり床へとバラバラに落としてしまって私達に見られてしまったのだから、色々と運の無い女性だ。


「そ、それで、どういった本をお探しなのでしょうか?ウチには一般的に広まっている童話から専門的な研究書まで、王国内に出回っている物なら一通り揃っていますけど・・・」


 頬をひきつらせながらこちらへと振り返るミレアリーナ。おそらくは図書館に関係ない物を持ち込んだ、という弱味を握られているとでも思っているのだろう。私としてはそんなつもりはなかったし、図書館内部を案内する代わりに先程の件を見なかった事にするという話もしていたので、敢えてそこはスルーしたが。

 ただ、ミレアリーナの言った「王国内に出回っている物なら一通り揃っている」というのにはちょっと目を丸くしてしまった。

 まさかそんなにあるとは思ってもみなかったからだ


「一通り、か?・・・えっと、一つ聞きたいんだが、ここは王都に近い町だったりするのか?」


「え?いえ、そんなわけないじゃないですか。此処は『アルゴノブル王国』の最南端にあるライファ辺境伯領ですよ?謂わば王国の端っこも端っこです」


 それほどまでにあるのなら、もしかして今私達がいるこのライファ領という領地はこの国の王都に近い位置にあるのではないかと思ったのだが、しかしそれは逆だとミレアリーナに否定された。

 彼女の話では、どうやら此処から王都までは馬車で向かうにしても片道一月は掛かるくらい遠いらしい。

 むしろ、国の首都とも言える王都からそんなに距離があるというのに、よくもまあ王国に出回っている本を一通り揃えられたものだと思うが、どうもその点についてはこのライファ図書館で館長を務めている人物による影響力と手腕が大きいらしい。

 なんでもその人は、十年ほど前までこの国の王宮で宰相として働いていた事があったそうで、色々な所に顔が利いたり、伝手があるらしく、それらを使ってこのライファ図書館に本を集めたのだそうだ。

ちなみに、何でそんな人物が此処で図書館の館長をやっているのかと言えば、宰相という職務に年老いていく体が段々とついていけなくなったので退職したのと、昔からの夢であった自分の図書館を作って運営したかったから、というのが理由らしい。

 このライファ図書館も元は王族が所有する別荘の一つだったらしいのだが、ここ数年はまともに管理出来ていなかった事もあり、そのまま朽ちさせてしまうよりかはと退職金と共に貰った物だそうだ。


「(最南端、か・・・この世界、というかこの大陸か?そのアルゴノブル王国とやらが大陸のどの位置にあるのかはまだ分からないが、大体の位置は知れた。後は地図に当たる物を見つけられれば、現在位置を割り出す事は出来るだろうな)」


 ミレアリーナから話を聞いて自分達の大体の現在位置を知れた私は、内心でそう呟きながら目を細めて幸先が良いなと小さな笑みを浮かべる。


「ふむ、なるほど。・・・それじゃあ、この世界の一般常識に関する本とアルゴノブル王国に関する本、それから魔物(モンスター)に関する本が読みたいんだが、そういったのはあるだろうか?あるのならそこへ案内してほしいんだが?」


 その後で私は、自分が読みたいと思っている本が何処にあるのか案内してほしいとミレアリーナに言う。


「へ?い、一般常識に関する本ですか・・・?え、えっと、確かそれとアルゴノブル王国に関する本なら二階東側の本棚に、最後の魔物に関する本は同じ階の西側の本棚にあった筈ですが・・・」


「そうか。では、案内を頼む。・・・ああ、それと。アルクも何か読みたい本があるんだったな」


「あ、はい。・・・あの、僕は英雄が活躍する様な物語の本が読みたいんですけど、それは何処にありますか?」


「それですと・・・確か一階北側の童話コーナーにあった筈です。一階南である此処から向かうとなると、階段を昇り降りして向かった方が近道になりますね。フェルヌスさんがお探しの本が納められている本棚もそちらに向かう途中にありますが・・・」


「ふむ。なら、途中まで一緒に行くとしよう。アルクもそれでいいだろうか?」


「はい。僕はそれで大丈夫です」


 ミレアリーナの話を聞いた後で途中まで一緒に行こうとアルクに言うと、彼も同じことを思っていたようで、問題ないという感じに頷いた。








 その後、私達はミレアリーナの案内を受けてそれぞれの目的の本がある本棚へと向かった。

 私達の前を進む彼女の足取りは軽快で、迷路のような図書館の中を迷い彷徨う事なく歩いていたが、正直、彼女の案内がなければ目的の本を見つけ出すのには相当な時間が掛かっていた事だろう。なにせこのライファ図書館という場所は、内部の構造が見た目以上に複雑怪奇となっていたからだ。

 加えて、図書館内部の空間の広さが建物の外観以上にあるのも厄介だった。ミレアリーナの話しでは、どうやら図書館の館長が何処からか持って来たアイテムを使ってライファ図書館内部の空間を拡張しているらしい。詳しく調べた事はないが、おそらく三~五倍くらいには広くなっているのではないか?とのことだ。

 ハッキリ言ってこれはもう迷路と言うか、最早迷宮(ダンジョン)に近い。違いがあるとすれば、魔物(モンスター)と罠の類があるかないかくらいではなかろうか。実際、この図書館に本を読もうとやって来て迷い、出られなくなって中で数日を過ごす人間が毎年三~四割くらいはいるとミレアリーナは話していた。


「え~と・・・あ、此処ですね。この本棚と、それからこっちから先に並んでいる本棚五つに、フェルヌスさんが探していた一般常識と王国に関する本が納められています。それと魔物に関する本ですが、あそこの端の様に掛かっている通路を歩いて行けば、それがある本棚の所に行けますよ。・・・あ、あと、もし迷ったら、壁や本棚の所々に設置してある魔方陣にこの石を当ててください」


 そうして、まず私が探している本がある場所へと私達を案内したミレアリーナは、どの本棚に何の本があるのかを教えてくれた後に、上着のポケットから透明感のある青い石を取り出した。


「もしかしてそれ、『魔石』か?」


 『魔石』とは魔力(マナ)が内包されている石のことだ。『カオスゲート・オンライン』でも存在していたアイテムであり、主に魔力(マナ)タンク、もしくはバッテリーとして扱われたり、杖等の武器に付けて属性攻撃の威力を上げるといった事に使われることが多い。

 そう魔石に関して私が知っている事を言うと、ミレアリーナはその通りだと頷いた。


「よく御存じですね。はい、そうです。これは魔石です。この石を魔方陣に当てれば、その中に込められている魔力(マナ)に反応して《シグナル》というのが発動し、私達司書にその人がいる場所を教えてくれるようになっています。なので、もし迷ってしまった時は遠慮なく使ってくださいね」


 ミレアリーナはそう言いながら魔石を渡した後、「それでは、今度はアルク君が探している本があるところに案内しますね」と言ってアルク共に一階北側にあるという童話コーナーへ向けて歩き始めた。

 この場を離れて行く二人を見送った私は、踵を返すと目的の本が納められている本棚に視線を向け、その中にあった数冊を手に取った。

 まずはこの世界についてだが、この世界の名前は『カオスゲート・オンライン』の舞台となった世界と同じ『アンリミト』と呼ばれているらしい。また、ゲームのソレと同じようにこの世界にも大陸が複数存在していることが分かった。・・・のだがしかし、その数が正確に幾つあるのかまでは私が目を通した本には書かれていなかった。

 現在把握できている大陸は、西にある中心が少し抉れたような半月型の形をしている『アルミティア大陸』。南東にある端に凸凹とした穴が空いた逆三角形の形をしている『パーパーグナ大陸』。北東にある円を描くように複数の山脈地帯が聳え立つ『ダグシュ大陸』。そしてその丁度真ん中にある確認されている大陸の中でも一際大きく楕円形の様な形をしている『ヴァーグレー大陸』の四つであり、私達が今いるのはその内の一つであるヴァーグレー大陸だ。この大陸には数多くの国家群が存在しているらしく、基本的には友好的な関係を築いている国が多いが、一部では敵対関係をとなっている所もあるらしい。

 アルゴノブル王国はその数ある国の一つであり、ヴァーグレー大陸の南東部に存在している周囲を複数の山岳地帯という天然の要塞に囲まれた場所だ。この国は建国以来他国から侵略されるような事なく繁栄して来たらしいのだが、しかしその逆に自分達が他国を侵略する様な事もしなかった―――否、出来なかったらしい。

 というのも、国の周囲を囲んでいる山岳地帯に多数の魔物(モンスター)が生息しているらしく、(ふもと)辺りにいるのは一般の兵士や下級の冒険者でも倒せる程度のそこまで強くない個体ばかりなのだそうだが、さらに奥、山岳地帯の頂上に向かえば向かう程強大な力を持った個体が出現する様になるらしい。

 記録を見る限りでは”竜種(ドラゴン)”や禍々しい巨像に遭遇したというモノまであり、相当な魔境なのだろうと思われる。それ故に、領土の拡大も建国以来一度も行われていないそうだ。

 続いてこの世界の日付や時間についてだが、アンリミトの時間の計り方は地球のそれと同じ一日は二十四時間、一月は約三十日、一年は三六五日となっている。

 ただし月の呼び方が地球のそれとは異なっており、一月から十二月まではそれぞれ、『創世の月』、『生誕の月』、『火の月』、『水の月』、『風の月』、『土の月』、『雷の月』、『木の月』、『光の月』、『闇の月』、『鎮魂の月』、『無の月』となっている。

 ちなみにこの名称についてだが、この『アンリミト』ではそれぞれに意味が存在しているらしく、まず『創世の月』については、アンリミトで創造神と呼ばれている『エクセシリア』が世界を創造された月であるとされ、その次の『生誕の月』は創造神によってあらゆる命が生み出された月であるとされている。それ以降の『火の月』から『闇の月』までは、『アンリミト』に存在する神々の事を表し、最後から二つ目の『鎮魂の月』はその年の間に亡くなった死者を弔い鎮める月とされ、最後の『無の月』は全てが無に還る事を意味し、同時に一年の終わりを表す月とされているそうだ。

 実はこの名称について、私は同じ内容のモノを『カオスゲート・オンライン』でも見たことがあった。

それは『アンリミト』の世界観に関する公式設定だ。内容に関してもほとんど同じであり、この事を知った私は「本当にこの世界は異世界なのか?」という疑問が強くなってしまった。

 唯一現状で確認されている違いと言えば、この世界にはAランク以上の魔物(モンスター)が滅多に確認されない事くらいだろうか。『カオスゲート・オンライン』でもそうだったが、この世界でも魔物(モンスター)のランクはその危険度によってランク付けがされており、F~SSSといった感じに上昇していく。

 その中でもAランク以上の魔物(モンスター)ともなると、Sランクは国が全力を挙げて対処をするレベルのそれであり、それより上のSSランクは複数の国が滅びてもおかしくなく、さらに上のSSSランクに関しては大陸存亡の危機、最悪の場合は世界が滅亡してしまうかもしれない、といった感じだ。

 『カオスゲート・オンライン』ではゲームという事もあってか結構な頻度で確認されていたし、討伐も行えてはいたが、しかしこの世界ではそのランクの魔物(モンスター)が出現する事は極めて稀であるらしく、その出現する感覚も大体百年から数百年単位でもある為、その存在を過去の資料や伝説として語り継がれてはいるが、実際に目にしたという者は長寿の種族以外にはいないらしい。


「・・・ん?」


 それ以降も私は本棚から取り出した数多くの本を二階の読書スペースで読み漁っていたのだが、そこでふと己の視界が段々と暗くなってきている事に気付いた。どうやら段々と日が落ちて来たらしい。近くにあったガラス窓に視線を向ければ、夕暮れ色を見せ始めた空が見えた。

 続いて反対方向に視線を向けてそこにあった置時計の時間を確認した私は、「ふむ・・・」と呟きながら顎に手を当てた。


「閉館までまだ時間があるようだし、あと幾つか読んだらアルクと合流するか・・・」


 事前にミレアリーナからライファ図書館の閉館時間が夕方の五時だと聞かされていた私は、とりあえずあと数冊読んだらアルクと合流しようと考えるのだった。








「はい。ここがご希望の童話コーナーです。この本棚には一般に広まっている物から、ちょっとマイナーなお話まで色々と揃えられていますので、多分貴方が探している本はこの辺にあると思いますよ?」


「ここが・・・」


 フェルヌスさんと別れ、ミレアリーナさんの案内で一階北側にある童話の本が集められた本棚の下へとやって来た僕は、目の前の本棚に納められている沢山の本を見上げながら呆けた声を漏らした。


「ありがとうございます、ミレアリーナさん」


「いえいえ。あ、そうだ。ついでに貴方の探している本を私が見つけてあげましょうか?」


 ある程度眺めた後、僕はここまで案内をしてくれたミレアリーナさんにお礼を言うのだが、彼女はそれを笑顔で受け取った後で「良い事を思いついた!」という感じにそう提案してきた。

 その言葉を耳にした僕は若干の驚きを覚え、戸惑いの表情を浮かべた。


「え?でも、忙しい筈ですよね?さっきも本を沢山抱えていたみたいですし・・・」


「大丈夫ですよ。アレは知人に処分してほしいと頼まれた物でして、一時的に置いておく為に運んでいた物ですから。後は適当に売るなり焼くなりすればいいだけので、大した手間はもう掛かりません」


「えっと・・・そうなんですか?」


「そうなんです」


 首を傾げる僕に対して、ミレアリーナさんはコクリと頷いて見せた。


「(嘘はついていません。そう、嘘は。ただ私が運んでいた本が超個人的な物であり、且つ未成年の子供にはちょぉっと見せられないくらいには過激な内容の本であると言っていないだけ。当然、その事をこの目の前にいる少年にわざわざ教える気はない。・・・というか、もしそれを教えたら、この少年の保護者の立ち位置にいるあのとんでもなく恐ろしい少女が黙っていないでしょうね)」


「・・・?」


 ただ、何故かその後で彼女はグリンッと顔を後ろに逸らしたが。ついでに言えば、なんだか顔色が少し青褪めている様に見えるのは気のせいだろうか?


「そ、それで、一体何の本をお探しなんですか?」


「えっと・・・それじゃあ、お言葉に甘えて。―――僕が探しているのは『ジャフタック英雄記』という本なんです」


「『ジャフタック英雄記』ですか?随分とまあ古い本をお探しなんですね?」


 ミレアリーナさんは後ろに逸らしていた顔を前へと戻すと、何の本を探しているのかと尋ねて来たのでそれに応える様に僕は自身が探している本の題名を教える。

 だが、その本の題名を聞いた彼女はちょっと目を丸くして驚く様子を見せた。


「古い、ですか?」


「ええ。『ジャフタック英雄記』と言えば、今から約三〇〇年くらい前に活躍していた人物のお話ですから。今ではそのお話が書かれた本が作られることも無くなって、知っている人もあまりいなくなってしまっているんですよ。確か此処にも一冊あったと思いますけど・・・・・・一体何処でそのお話を知ったんですか?」


 首を傾げながらそう尋ねてくるミレアリーナさん。それに対して僕は「生まれ故郷の村で聞かされてきたお話なんです」と答えた。


「僕の両親がその童話の本を持っていて、小さい頃はよく読み聞かせてもらっていたんです。色々あって、しばらく読む事ができなかったので、今日久しぶりに読もうかなって」


「なるほど、それで。―――ああ、あったあった!これがそうですよ!」


 僕と話をしながらミレアリーナさんは本棚に納められている本の列に指を這わせ、上から二列目辺りで『ジャフタック英雄記』を見つけた彼女は、それを僕に渡してくれた。


「あ、はい。ありがとうございます。―――って、結構ボロボロですね、これ・・・」


「ええ、まあ。なにせそれは実際に三〇〇年前に作られた数冊存在する原本の内の一冊らしいですからね。相応に経年劣化も激しいんですよ」


 受け取った本がどうしてボロボロであるのかの理由をミレアリーナさんから聞いた僕は「だからなんだ」と納得した様に頷いた。


「確か、書かれている文字もかなり掠れている部分があった筈ですけど、本当にこれで良かったんですか?」


「はい!ありがとうございます!」


「(―――うっ!?ショタっ子も意外と・・・・・・!)」


 僕はミレアリーナさんに笑顔でお礼を言うのだが、何故か僕の笑顔を目にした彼女は何故か口許を押さえ、体を若干震わせながら一歩後退った。

 それと、何やら呟いてもいたようだったが生憎それが僕の耳に届く事はなかった。


「さっそく読ませてもらいますね!」


 本の表紙に指を滑らせ、その題名を目にして段々と本を読みたいという欲求が強くなっていくのを感じていた僕は、テーブルと椅子が置かれている読書スペースへと向かった。


「よいっしょ、と・・・!」


 テーブルの上に本を乗せ、続いて自身の体も椅子の上に乗せる。そして座り心地を確かめた後で『ジャフタック英雄記』をゆっくりと開いた。

 物語の内容はある意味ではありふれたもので、主人公である『ジャフタック』という青年が、彼に付き従う八人のお姫様と共に数々の冒険と戦いを繰り広げるお話だ。

 時には伝説に語られる魔物や魔王と戦ったり、時にはダンジョンに入って数多くの金銀財宝を見つけたり、その他にも様々な活躍をしていく事で彼等の名は知らぬ者がいない程に有名になっていく。

 特に一番手に汗握るのは、物語の最後に書かれている光輝く後光を放つ白いドラゴンとの戦いの場面だ。白いドラゴンの攻撃は凄まじく、余波だけでも大地は裂かれ、海は割れ、幾つもの国が滅ぼされていく。それ程までに恐ろしい存在に、ジャフタックは仲間達と共に七日間にも続く戦いを繰り広げ、最後には『風隕石』と呼ばれる物に自分事その白いドラゴンを封じることで戦いを終わらせた。

 後に世界中の人々は、己を犠牲にして見事強大な力を持つドラゴンを封印してみせたジャフタックという青年を〝勇者〝と称え、感謝と羨望と崇拝の祈りを捧げ、崇めるようになっていったのである。


「ふうぅぅ・・・う~ん!はぁ・・・!―――うん。久しぶりに読んだけど、やっぱりジャフタックのお話は面白いなぁ。この手に汗握る感じが良いんだよねぇ。・・・小さい頃に父さんと母さんに読んでもらったきりだったから所々忘れていた部分もあったけど・・・懐かしいなぁ」


 そうして、最後まで物語を読み終えた僕は、満足げな息を吐きながら『ジャフタック英雄記』をパタリと閉じ、凝り固まった体を解す様に大きく背伸びをして、その後でポツリという感じに呟いた。

 僕にとってこの『ジャフタック英雄記』という本は、言うなれば原点に当たる物であった。この物語を何度も繰り返し読んでいたからこそ、僕は英雄という存在に、そして勇者という存在に憧れを持ち、同時に自身も彼等の様になりたいと思ったのだ。

 だからこそその思いを、抱いた夢を思い出した僕の胸に去来したのは郷愁であった。

 今よりも幼い頃に両親に読み聞かせられた物語。それを自身の目で読んだ事で故郷の村で過ごしていた日々を思い出した僕は、懐かしさが込み上げて来るのを感じていた。


「村の皆、元気にしてるかなぁ・・・」


 不意に、といった感じに僕は近くにあったガラス窓に視線を向ける。

 その先にある空の色は夕暮れ色に染まり、次第に夜の色へと染まり始めるところだった。








「・・・・・・やっばい。私、新しい扉を開きそうかも・・・!まさか幼気(いたいけ)な少年の横顔がこうも(そそ)るものだったなんて、思いもよらなかったわ・・・!」


 そんなアルクの様子を本棚の物陰に隠れるようにして伺う影が一つ。

 その正体はライファ図書館の司書であるミレアリーナであった。

 彼女は天井をぼうっと見つめているアルクの姿をキラーン!と鋭く光らせるその両目で捉えながら、口の端からボタボタと涎をこぼしつつ、ハァ・・・ハァ・・・!と荒い呼吸を繰り返していた。

 その姿はまるで―――というか、まず間違いなく不審者とか変質者と呼ばれそうなものであった。


「ああ、ああ・・・!創作意欲が滾る!滾るわ~!その横顔頂きよ、アルク君!良い、良いわ、これは良い!傑作が出来る予感がヒシヒシと感じられる!」


 懐からペンとメモ帳を取り出したミレアリーナは、シュバッ、シュババッ!と猛烈な勢いで何かの文章を書いていく。加えてスケッチもしているらしく、メモ帳のとある一(ページ)には何処か遠くをぼうっと見つめる精巧なアルクの横顔が描かれていた。


「アルク君の一見少女の様な容姿と、フランツ様のお姿を掛け合わせれば・・・・・・イケる、イケるわ!これなら、今度同好の士の間で開かれる予定の『薔薇園(ばらぞの)の会 (ポロリもあるよ)』で優勝を狙えるかもしれない!」


 更にミレアリーナはアルクの絵の向かい側に、切れ長の目を持つガッシリとした体型の半裸の男性を描いていく。

 その目線は見下ろす形でアルクへと向けられており、また彼の(あご)の下に添えられた男性の指は、まるで撫でる様に、もしくはクイッと上を向かせている様に描かれていた。

 というか、ミレアリーナの言うポロリとはいったい何なのだろうか?彼女の趣味趣向から考えると・・・・・・ナニ、だろうか?

 ちなみにこれは余談だが、先程ミレアリーナがフランツと呼びながら描いていた半裸の男性は、彼女が書いている創作物に出てくる登場人物である。

 飽く迄架空の存在であり、現実には存在していない。・・・が、実はモデルとなった人物はおり、それは彼女の知り合いであったりするのだが、それについての詳細はまた別の機会に語る事とする。


「・・・ありがとう、アルク君。貴方がくれたこの好機、有効に使わせてもらうわ!ぐふ、ぐふふ、ぐふふふふふ・・・!」


 空想し、妄想し、頬を蒸気させながらだらしのない笑みを浮かべるミレアリーナ。


「―――ほほう?何やら面白そうな事を呟いているじゃないか、司書さん。ちょっとその件について私とお話してもらいたいんだが・・・・・・よろしいだろうか?」


「・・・・・・ぐふ?」


 そんな彼女の肩を、ガシリ・・・!と唐突に何者かが掴んだ。

 え、いったい何?と彼女が振り向けば―――


「アルクの方はどうしているかなぁ、と様子を見に来れば・・・司書さんアンタ、いったい何をしているのかな?」


―――そこには、薄らとした笑みを浮かべるフェルヌスの姿があった。しかもその目はまったくと言っていい程笑っていない。ミレアリーナに向けられているその視線は、まるで汚物でも見るかの様に冷ややかだ。


「え、えぇ~とぉ・・・そのぉ・・・創作活動、的な?」


 ミレアリーナは顔中どころか全身の至る所から、ブワッと大量の冷や汗が噴き出るのを感じ、嫌な予感を覚えて顔色を青くさせた。そして頬をヒクヒクと引きつらせながら、この状況をなんとか好転させようと言い訳しようとするのだが。


「なるほどなるほど?まあ、そういうのは個人の趣味趣向の問題だから、そこに関してはとやかく言う気はない・・・が、本人の許可を得ずに、しかも未成年の子供をその創作活動の対象にしようとするのは、流石に駄目だと思うぞ?」


 しかし、それをフェルヌスが一刀両断にぶった斬った。


「ちょ、ちょっと待って・・・!待ってくださいぃ!?ほんの、ほんの出来心だったんですぅぅ!お願いします、許してください!どうかご慈悲を、ご慈悲をぉぉ・・・!?」


 嫌々と首を横に振るミレアリーナに対し、フェルヌスは一際深い笑みを浮かべると、肩を掴む手はそのままにズルズルと彼女の体を引き摺り始めた。


「なに、私も鬼じゃない。あちらで待っている人の説教を受ければ、今回は目を瞑ろう」


「・・・へ?あちら?」


 自分をいったい何処に運ぼうとしているのか。フェルヌスに促され、自分達が向かっている先にミレアリーナが目を向ければ、そこにはゆったりとしたローブを羽織った髭の長い老人が立っていた。


「か、かかか館長ォォォーーーッ!?」


 その人物はこの図書館の管理者であり、ミレアリーナの雇い主でもあるライファ図書館館長であった。

 彼の姿は一見すると物静かに悠々と構えている様にも見える。しかし、よく見ればその額には幾つか青筋が浮かんでいるのが見え、さらには「ゴゴゴゴゴ・・・!?」という威圧感(プレッシャー)の様なモノが遠くからでも感じられた。


「あれ、何で!?今日一日は用事があって帰って来れない筈じゃ・・・!?」


「なんでもその用事が予定より早く終わったらしい。それで帰ってみれば、なんか子供に妙な熱い視線を送るアンタの姿を見かけたそうだ。・・・・・・そして思ったらしい。もしや彼女は子供に欲情する変態だったのか、と」


「ギャアアァァァッ!見られてたァァァッ!?っていうか誰が変態かァッ!?いや、確かに目覚めかけていたけどもォッ!」


「・・・あと、アンタがこの図書館に持ち込んだ本についても話を聞きたいと言っていたぞ?・・・・・・なにウチの図書館に関係ない私物を持ち込んでいるんだ、と」


「ギャアアァァァッ!そっちもバレてたァァァッ!?ごめんなさい!置くとこに困っていたんですゥゥッ!?」


 自分の職場の上司に自らの行動の一部始終を見られ、しかも密かにこっそりと行おうとしていた事までバレてしまっていると理解したミレアリーナは、思わずといった感じでツッコミ入れたり、悲鳴混じりの謝罪をしたりする。


「まあ、なんだ。存分に説教を受けてくるといい。知り合ったよしみだし、骨ぐらいは拾っておいてやる」


「ふぇ、フェルヌスさん・・・!」


「・・・というわけで、はい」


「・・・・・・え?」


 そう言いながら引き摺って運んでいたミレアリーナを流れる様に館長に手渡すフェルヌス。

 ミレアリーナを受け取った館長はその襟首をグワシッ!と掴むと、その細く見える腕の何処にそんな力があるのかと思えるくらいに軽々と彼女の体を持ち上げた。

 その姿はまるで、後ろ首を掴まれて持ち上げられた猫の様であった。


「ちょっ、待って・・・!待ってください館長ォ!ちょっと、そうちょっと沸き上がってくる創作意欲が抑えきれなかっただけなんですゥゥゥ!・・・・・・え?君、前にやらかした時もそれ言っていたよねって?・・・い、いやぁ・・・そのぉ・・・・・・というか、今向かっている先ってもしかして『説教部屋』ですか!?前にあそこに連れていかれた時は一時間の説教を、しかも正座で受けてしばらく足がバカになったんですよ!?あれを再びなんて勘弁して―――え?今度はその腐りかけている性根を叩き直すつもりだから三時間はやる?・・・・・・やめてください!?壊れます!それ私の足がマジで壊れちゃいますからァァァ!!?」


 そう泣き叫びながらじたばたと手足を振り回すミレアリーナであったが、しかし彼女の襟首を掴む館長の腕はまったく揺るがない。

 そんな館長が向かっていた先は、ミレアリーナが言っていたように『説教部屋』という立て札が掛けられた扉。その扉をキィィとと開けた館長は、部屋の中にミレアリーナ共々入ると後ろ手でバタンと扉を閉じた。

 そしてその後、図書館内に「アァーーーッ!?」という甲高い悲鳴が響き渡るのであった。






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