第2章第8話 ~少年の修行~
2020年11月28日に文章構成及び内容の修正をしました。
2021年9月30日に内容の一部変更をしました。
地平線の向こうから太陽が昇り始める頃。徐々に多くの人々が目をさまし、今日も一日仕事を頑張ろうと準備を行っているであろう時間帯に僕は目を覚ました。
「・・・う、うぅん・・・・・・」
部屋の木窓の隙間から漏れる朝日の光が自身の顔に降り注いでいるのを感じ、片手で目元を擦った後でゆっくりを目を開ける。
「(もう朝・・・?起きないと・・・・・・というか、僕は何時の間に寝たんだっけ?)」
ボーッとした頭で自身がベッドの横になっていることを認識し、ふわぁと欠伸をしながら昨日あった出来事を思い出そうとした。
「(確か昨日は、冒険者ギルドで依頼を受けて・・・・・・ああ、そうだ。依頼を終えた後に疲れて体が動かせなくなったから、フェルヌスさんに背負って運んでもらったんだっけ・・・?)」
そして最終的に宿屋まで運んでもらった後で自身がベッドへとダイブした事を思い出した僕は、おそらくそのまま寝入ってしまったのだろうと推測した。
「(・・・とりあえず朝になったわけだし、そろそろ起きよう)」
今に至るまでの経緯を思い出した僕は起きようと思い、体を動かそうとする。
「―――うん?」
だが、何故か体を起き上がらせることが出来なかった。どうやら何かが自身の体の上に乗っている様であり、そのせいで自身の動きが阻害されているらしい。
一体何が乗っているんだろうと思った僕は、頭だけを上げて自身の体の上にあるモノを見る。
「・・・んん?」
そしてそこにあったモノを見て、疑問の声を上げた。
自身の体の上に乗っていたのは人の腕。見た感じ細身である事からおそらく女性のモノだろう。
「・・・・・・まさか」
そして肌の色が褐色のそれであることに気付いた僕は、まさかと思いつつ、そっとその腕の主がいるであろう場所―――自身の左隣へと目を向けた。
「スゥ・・・スゥ・・・」
「・・・・・・ッ!?」
そしてそこには予想通りの光景があった。
僕の恩人であり、昨日から師と仰ぎ始めた人物であるフェルヌスさんが自身に寄り添う様に寝ていたのだ。
「ちょっ・・・!なんで・・・!?」
目の前でスヤスヤと穏やかな寝息を立てながら眠るフェルヌスさんの姿を目にした僕は、驚きの声を上げながら思わず彼女から離れようとした。
・・・がしかし、動けない。上半身を少しだけ離す事はできたが、それ以上下がる事ができなかった。どうやら何かが自分の足に絡まっているらしい。そう理解した僕は足元を確認しようとそっと掛け布を捲り、そこでフェルヌスさんの褐色肌の足が重なる様に、絡まる様に僕の足を挟んでいる光景を目にした。
これが原因で自分が動けなくなっているのだと理解した僕は何とか彼女の足を外そうと試みるのだが、しかし緩く力が籠もっていない様に見える見た目に反してその足は中々外れない。どころか、微動だにしない。
「お、起きてください、フェルヌスさん!起きて、離してくださいぃぃ・・・!!」
「むぅー・・・・・・!」
「うぇっ!?」
自身では外す事は不可能だと判断した僕は、フェルヌスさんに起きて貰おうと彼女に声を掛けつつその体を前後に揺する。・・・が、しかし当のフェルヌスさんは一向に起きる気配を見せず、それどころか寝ぼけながら僕の体をがっしりと掴むと自身の胸元へグイッと引き込んだ。
「む、ふふふ、ふふふふふ・・・・・・!」
「・・・ッ!?・・・ッ!?!?」
自身の頭が彼女の胸元に押しつけられていると察した僕は、顔全体に感じられる柔らかい感触に頬を赤く染める。
だがそれは最初だけ、次第にその赤身は呼吸が出来ない事による息苦しさのそれに変わっていった。
「ぶはっ!?は、離し、離して・・・!というか、いい加減起きて下さい、フェルヌスさぁーん・・・!!!」
「かゆ・・・うま・・・・・・」
なんとかフェルヌスさんの胸元から顔を離した僕は大きな声を上げるが、何度声を掛けても彼女は一向に目を覚まさない。
身を捩じらせ、何とか彼女の腕の中から脱出しようともするが、しかしその細身からは考えられない力によって押さえ込まれたまま抜け出す事が出来ない。
「も、もう本当に・・・!本当に起きてください、お願いしますぅぅっ!!」
「んむむむむ・・・・・・?」
その後もフェルヌスさんの腕の中から逃れようと奮闘する僕であったが、しかし「お腹空いた」と彼女が呟き、グゥ・・・とお腹を鳴らしながら起きるその時まで、自力での脱出は叶う事はなかったのだった。
「うぅぅぅっ・・・!フェルヌスさん。お願いですから、僕のベッドに潜り込むのはやめてください・・・!ビックリしますから・・・!!」
「あ~・・・まあ、すまない、な。一応善処はするが、私自身も意図してやってる訳じゃなくてな・・・本当に気が付いたらって感じだから、絶対にしないとはどうしても約束出来ないんだが・・・・・・」
交易都市ライファの東大通り。そこを歩く二つの人影。片方は肩までの長さの銀髪を持ち、日に焼けた様な褐色肌を持つ少女―――フェルヌス・クディアこと私だ。まだ眠気が残っているせいか、つい大きな欠伸をしてしまうが、その足はスタスタと人通りの少ない大通りを軽快に歩いている。
もう片方は短い金髪にエメラルドグリーンの瞳を持つ少年―――アルクだ。彼の足取りは私とは対照的に少し重く、その両手は真っ赤に染まっている自身の顔を覆っていた。
「う、うぅぅ~~~・・・!」
「というか、野営していた時も同じベッドで寝ていただろうに。今更、恥ずかしがらなくても・・・・・・」
「そ、それは、僕が慰められていた時の夜とか、一昨日に貴女が寝惚けて僕のベッドに入ってきた時だけだったでしょう・・・!?」
「なんだ、気付いていなかったのか?あの後も、私は君の寝ているベッドに潜り込んでいたんだぞ?」
「―――えっ?」
「えっ、それ初耳なんですけど!?」と驚くアルク。それに対して私は「君が起きるより先に抜け出していたからな!」と言う。
事実私は、これまで何度もアルクの寝ているベッドに潜り込んでいた。『始まりの森』にいた時もそうだし、この交易都市に来て以降もだ。どうも無意識的にというか寝ぼけてというか、そんな感じでアルクのベッドに潜り込んでいる感じだ。
ただ、それは先程私が口にした様に、私自身が意図して行っていたわけではなかった。自分の事でありながら他人事のように言っているが、実際にそうとしか言えない。どうやら自分の中にある何かが彼に惹かれているらしいのだ。その何かがどういったモノなのかや理由までは私自身もよく分かっていないが。
もちろんその事に気付いた後、彼が眠るベッドに潜り込まない様に気を付けようとしたが、しかし今に至るまでそれが出来た例がなかった。精々、彼が目を覚ます前に起きて離れるのが関の山だった。
そんな、まさかの真実を知ったアルクは思わずといった風に呻いた。
「どうりで、毎朝起きた時に良い匂いがすると思った・・・!」
「・・・と、そうこうしている内に東門に着いたぞ、アルク。呻いてないで早く行こう」
「誰のせいでそうなっていると思ってるんですか・・・!?」
両手をブンブンと振り回しながらガォー!と吼えるアルク。それは傍から見たら可愛らしく思えるものであり、全く怖くはなかったが。
「おはよう、門番さん。すまないが、通っても良いだろうか?」
そんな彼の姿を見て苦笑を浮かべた後、私は東門で佇む門番の兵士に声を掛けた。
「・・・ん?ああ、おはようさん。構わないが、身分証を見せて貰っても・・・・・・って、おや?もしかして、君達は昨日の・・・?」
私に声を掛けられた門番の兵士はこちらに振り返ると、おそらく門を通る人に何時も言っているのであろうセリフを口にしようとして、「おや?」と首を傾げた。
「うん?・・・もしかして、あの時の門番の兵士か・・・?」
その反応を見た私も一瞬不思議そうに首を傾げたが、その顔を目にして、彼がこの交易都市ライファに入る時に話をした人の良い兵士であることに気付き、「ああ・・・」という感じに呟いた。
「新しい身分証は手に入ったのかい?あっと、そういえば自己紹介をしていなかったな。俺の名前はサジェット。この都市の門番を主にやっているサジェットって言うんだ。よろしくな!」
「フェルヌスだ。身分証の件だが、冒険者ギルドで発行して貰った。はい、これ。それと短期身分証も返しておくよ」
「どうも。・・・よし。確認したぞ」
私から冒険者カードと短期身分証受け取り、確認した門番の兵士―――サジェットは、冒険者カードの方だけをこちらに返し、その後で私の後ろにいるアルクへと視線を向けた。
「坊主も久しぶりだな。あの時の目が虚ろになって消沈した様子が気になってたんだが、元気だったか?」
「は、はい・・・!フェルヌスさんのおかげでなんとか。・・・それと、その、一昨日の事は色々とご迷惑をおかけしました・・・!」
サジェットに声を掛けられたアルクはペコリと頭を下げて謝り、それを見た彼は気にするなと言いたげにカラカラと笑う。
「それはあの偽物の冒険者カードの話か?おいおい、アレについては坊主には何の落ち度もないだろうが。どっちかって言うと、坊主に偽物を渡した馬鹿野郎の方が悪い。―――なあ、坊主。もし、またその馬鹿野郎を見かけたら俺に言いに来いよ?全力でしょっ引いてやるからな!」
ニヒルに笑いながらそう言うサジェット。だが、その目は真剣そのもので全く笑ってはいなかった。
「えと、その・・・その時はよろしくお願いします」
「おう!任せとけ!」
フハハ!と笑うサジェットにアルクは再び頭を下げる。
そんな二人を見ていた私は内心でふと思った。
「(・・・偽物の冒険者カードをアルクに渡したのが冒険者ギルドだと知ったら、この人はどういう反応をするんだろうか?)」
おそらくアルクも私と同じことを考えたのだろう。彼は何とも言えない顔を浮かべていた。
「そんで、お二人さんは何様で町の外に行くのか聞いても良いか?・・・あ、別にこれは仕事としてじゃなくて、俺個人の疑問なんだが」
「うん?まあ、別に言っても構わないが・・・なに、そう難しい話じゃない。この子の面倒を私が見ることになったんだが、本人から強くなりたいという希望があってな。修行をする為にあの小高い丘辺りまで行こうと思っているんだ」
「修行って・・・嬢ちゃんが、か?どうにも俺には、未成年のアンタが強い様には見えないんだが・・・・・・」
東門から先にある草原。その一角にある小高い丘を指差しながら私が言うと、サジェットは訝しむ様にジロジロと私の容姿を見る。
「はっ・・・!こう見えて、私は結構やるんだぞ?故郷で私に勝てる相手なんて早々いなかったからな。―――というか、未成年ってなんだ?この国での未成年が何歳かは知らないが、私はこれでも二〇歳を越えているんだが・・・・・・」
「「嘘ォ!?」」
その視線に挑発的な笑みを浮かべながら自分の年齢が二〇歳を越えていると言うと、その言葉を耳にしたサジェットと、あと何故かアルクまでもが驚き、「本当に二〇歳なのか!?」と言いたげな表情を浮かべながら叫んだ。
「じょ、嬢ちゃん、そんな見た目で既に成人しているだなんて・・・!詐欺にも程があるだろう!?」
「おい。詐欺とはなんだ、詐欺とは」
「ご、ごめんなさい、フェルヌスさん・・・僕、自分よりちょっとだけ年上の人かと思っていました・・・!」
「ん?あれ?アルクには言っていなかったっけ?・・・というか、別に謝らなくても」
ワナワナと口元を押さえながら叫ぶサジェットと、申し訳なさそうに謝るアルク。そんな二人に対して私は困った様な表情を浮かべた。
おそらく二人が私の事を成人した人物であると思わなかったのは、私の容姿―――幼いとも思える見た目のせいだろう。フェルヌス・クディアこと今の私の外見年齢は一見すると十三、四歳くらいだが、それは飽く迄私の持つ日本人としての視点と常識からすればだ。目の前の二人の反応から推察するに、どうやらこの世界の住人にとってはもう少し幼く見えるらしい。
それを理解した私は、「なんだかなぁ・・・」と苦笑を浮かべるのであった。
東門でのやり取りを終えた後、私達は門の外にある小高い丘へとやって来た。その小高い丘は町の外に広がっている草原地帯を軽く見渡せるくらいの高さがあり、もし魔物が襲い掛かって来ようともすぐに気付くことが出来る立地だ。また、その頂上には十数本の木々が乱立して生えており、太陽の光を和らげる日傘として使えそうなほど青々とした枝葉が広がっていた。
「それではこれより、強くなる為の修行を開始する!」
「はい、よろしくお願いします!」
その小高い丘の上で修行を始めると言った私の言葉にアルクは元気よく返事をする。ただし、その服装は何時ものそれではなく、まさしく運動着と呼べるような緑色のジャージを着ていたが。
「うん。元気があってよろしい」
その彼を見ていた私の格好もまた何時ものそれではなく、彼が着ているのと色違いの白色のジャージを着ていた。
何故私達がそんな物を着ているのかと言えば、それは現在私達がいるこの草原地帯という立地が関係していた。
ゴンゾーの宿屋の女将さんから聞いた話だが、どうやらこの草原地帯に生えている草は意外に長く伸びる様で、特に夏場の今は胸の高さにまで草が伸びるらしい。加えて、それなりの硬さもある為、素肌を晒しているとその草先がチクチクと刺さり、知らず知らずのうちに幾つもの切り傷が出来ることもあるという。
私達がジャージを着ているのはその対策だ。まあ、一応修行を始める前に小高い丘周辺の草を足首より低く刈り取っているので、無駄に怪我をしない為の予防策のようなものだが。
ちなみに、どうして私がジャージなんて物を持っていたのかと言うと、以前『カオスゲート・オンライン』で売りに出すつもりで作った事があったからだ。
私が作ったジャージは見た目以上に頑丈で、剣等の刃物の一撃を受けても完全に防ぎきることが出来る防刃性能と、高い自動HP回復及び自動MP回復効果が付与されている。作った当初はこれだけの性能と付与効果があればそこそこ売れるだろうと思っていた。・・・のだが、実際には予想とは裏腹に全く売れなかった。
後に知った事だが、その理由はデザイン的な問題であり―――というか、ハッキリ言ってダサいと思われていたらしい。同時期にジャージよりも付与されている効果の数が少ない半袖短パンの体操服とか、一部の人が推奨する様なスパッツとかブルマとかも一緒に売りに出してはいたが、そっちは十分に売れていたので単に需要が無かったという事なのだろう。
・・・とまあ、以上が私達がジャージを着ている理由である。
「さて、それじゃあ修行を始める前に君にはまずこれを着けてもらおうか」
私はアイテムボックスの入口である黒い穴を出現させると、そこからベルト状の輪っかを取り出してアルクへと渡した。
「これは?」
「それは『突き落す愚者の腕輪』と呼ばれるアイテムで、私のいた所では修行の為に良く使用されていた物だ」
私がアルクに渡したのは、『突き落す愚者の腕輪』という『カオスゲート・オンライン』においてキャラ育成用としてプレイヤーの間で愛用されていた装備アイテムだ。
見た目何の変哲もないベルトの腕輪だと侮るなかれ。これにはある”呪い”が付与されており、その効果は装備者の全能力を半分にまで低下させ、更には半減した身体能力の二倍の重さが常に掛かってくるというものだ。
戦闘等では全く使えないデメリットしかない効果だが、しかし『突き落す愚者の腕輪』に掛けられた呪いの効果はそれだけではない。・・・というか、それだけであれば合い様なんてされるわけがない。
副次的な効果として装備者のステータス上昇率を二倍にするという効果があり、また呪いの状態異常耐性も上げることができるという、ある意味一石二鳥的なアイテムなのである。
「そんなアイテムなんですね、これ。よぉーし・・・」
『突き落す愚者の腕輪』の説明を私から聞いたアルクは、渡されたそれを自分の腕に嵌めた。
「うぐぅ!か、体が重く・・・・・・!?」
その途端急に体の力が抜けていくのを感じ、続いて頭上から重圧も感じたのだろう。思わずという風に彼は片膝を着いた。
その様子から、おそらく常に体全体に力を入れておかないとすぐにでも体が崩れ落ち兼ねないのだろう。アルクは「ぐぎぎっ・・・!?」と歯を食いしばりながら立ち上がろうとする。
「ふんっ・・・!!」
それから数分が経過した後、アルクはしっかと両足を地面に着けて立ち上がった。
ただまあ、どうやら『突き落す愚者の腕輪』の効果が結構な負荷となっているらしく、その顔には大量の冷や汗がダラダラと流れていたが。
「最初は今日から一週間の間、それを着けながら午前中は筋力トレーニングを行い、午後にはギルドの雑用依頼を受けて仕事をしつつ体を動かしていく。・・・まあ、要するに本格的な修行を始める前の体力作りだな。最低でも日常動作レベルを難なくこなせるようになれば、次の段階に修行を進めるつもりだ。・・・あっ、ちなみに私も同じものを着けて一緒に修行するからな」
アルクが『突き落す愚者の腕輪』を装備し、なんとか立ち上がったのを確認した私は、自身にも『突き落す愚者の腕輪』を身に付けながら今後の方針を伝える。
ちなみに、修行を始める前の時点で私は自身が装備していた『反転の首飾り』は既に外していたりする。呪いの効果を反転させる『反転の首飾り』を付けていると『突き落す愚者の腕輪』の効果も反転してしまう為、全然修行にならないからだ。
「最初は腕立て伏せを行う。アルクは最初だから、三〇回やったら終了で。この後もまだ体を動かすから、体力は残しておかないといけないからな。用意はいいか、アルク」
「だ、大丈夫です・・・!」
「よし。それでは、始めるぞ。―――腕立て伏せ開始!一、二、三、四・・・!」
「い、いぃち・・・!にぃ・・・!さん・・・!しぃ・・・!」
地面に両手をついて腕をまっすぐ伸ばし、両足もまたまっすぐに伸ばして、その体制のまま腕の曲げ伸ばしを行う。
私は声を上げながら二、三秒間に一回といった速さで機敏に体を動かし、その隣でアルクが「うぐぐぅっ・・・!」という感じに歯を食いしばりながら腕に力を込める。
「―――、四九七、四九八、四九九、、五〇〇!」
「―――にじゅぅ、ごぉ・・・!にじゅぅう、ろくぅ・・・!にじゅぅう、しちぃ・・・!」
「頑張れ、アルク。もう少しだぞ!」
「は、はぁい・・・!にじゅぅう、はぁちぃ・・・!にじゅう、きゅうぅ・・・!さ、さんじゅぅ、う・・・!―――ぐふっ・・・!」
そうして腕立て伏せを開始してから三十分後。先に腕立て伏せ五〇〇回を終えた私は、アルクを応援する。
私の応援を受けたアルクは顔を真っ赤にしながら腕を動かし、そして三十回目の腕立て伏せを終えた後には力尽きたように地面に倒れた。
呼吸はゼェゼェと息苦しそう繰り返し、その小さな口からは「おおぉぉぉ・・・・・・!」という呻き声の様なモノも漏れ出していた。
「まあ最初だし、こんなものか」
アルクの様子を見ていた私は、「当然だろうな」と思った。
なにせ『突き落す愚者の腕輪』の負荷も掛かっているのだ。普通のトレーニングよりも疲労は溜まりやすいだろう。同じものを装備している私も同等の負荷は感じているが、私の場合は慣れがある分ほとんど疲れは感じていない。『カオスゲート・オンライン』をプレイしていた頃に自身のステータス値を上げる為によくこのトレーニング方法を行っていたし、また『突き落す愚者の腕輪』を装備しながら複数の魔物と戦闘を行うなんて無茶な事もしていた事があったからだ。
「(アルクがこのトレーニングを行うのは今日が初めてだしな。あまり無茶は出来ないし、しばらくは今のともう一つで終わりとするか・・・)」
アルクの様子を見ていた私は、流石に十歳の子供にこのトレーニングはキツかったかもしれないと思いつつ、当初考えていたトレーニングメニューの大半をアルクが鳴れるまでは大幅削減する事に決めた。
「よし、今から十分ほど休憩しよう。その後に次のトレーニングを行うぞ」
「は、はいぃ・・・・・・」
私の言葉に返事をするアルクであったが、しかしその声はやはりというか、疲労による震えが混じっていた。
「今度は丘の周りを走っていくぞ!これも最初だから、今日は十週走ったらお終いだ!」
「わ、分かりました・・・!」
十分の休憩の後に小高い丘の麓に降りた私達は、地面を蹴って足を動かし、丘の周りを走り始めた。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・!」
「ほら、頑張れ!あともう少しだぞ、アルク!」
「ハァ・・・ハァ・・・!は、はいぃぃ・・・・・・!」
力無く腕を振り、荒い息を吐きだしながら走る続けるアルク。始めはそこそこの速さで走っていた彼であったが、今やその速さは普段歩いている速度のそれとそう変わりがなくなっていた。
私はそんな彼と横並びとなりながら足を動かしていたのだが、その動きはもう走ると言うよりウォーキングと言っていいものだった。
身体能力の差を考えればアルクの事を簡単に追い抜いて周回遅れにすることもできたが、しかし今回の目的は彼を鍛えることだ。故に私は、アルクの様子を見ながら一緒に丘の周りを十週する事にしたのである。
・・・とはいえ、ただ歩くだけでは自身のトレーニングにならないので、この時だけ『突き落す愚者の腕輪』を二つ装備して、負荷をさらに倍にしていたが。
「はい、十週!お疲れ様、アルク」
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・!―――グフッ・・・!?」
そうして走り始めてから一時間が経過した頃。ようやく十週分走り終えたアルクは力尽きた様に倒れ、大の字となって地面の上に転がった。
「良く頑張ったな、アルク。ほら、水だ」
「ハァ・・・ハァ・・・あ、ありがとう、ございます・・・」
水の入ったコップを差し出すと、アルクは疲労で怠くなっていた体を何とか起き上がらせて受け取り、中の水をゴクゴクと飲む。
「やはり小さいころから冒険者として活動していたせいか、年齢や体格に比べて体力はある方だな。君ぐらいの年の子にとって本来この量のトレーニングは結構ハードワークの筈なんだが、まさかやり遂げてしまうとは・・・・・・」
アルクの十歳と言う年齢と体格、保有しているステータス値、それと初日という事も考慮して敢えてトレーニングメニューを大幅削減したが、それでも最後までやり切れるとは思っていなかった。『突き落す愚者の腕輪』の呪いの効果による負荷もあるので、精々半分くらいできればいい方だろうと私は思っていたのだ。
だけどアルクはやり遂げた。やり切ってみせた。
それは十分に称賛に値する事だと言えた。
「あ、ありがとうございます・・・!」
これまでエプーアの町で罵倒されたり、バカにされる様な事を言われてきたアルクにとってそんな私の感想は思いの他嬉しく思えたのだろう。彼はどこか口元に笑みを浮かべて照れ臭そうにしていた。
「さて、それじゃあこの後は軽いマッサージをして体を解すぞ。これを行っておかないと明日は筋肉痛になって動けなくなってしまうからな。それと柔軟の後は早めの昼食を取って、一時間くらい寝てから冒険者ギルドに依頼を受けに行くぞ」
「・・・え?寝るんですか?」
「一度休憩を挟まないと体力が持たないぞ。依頼を受けている最中に寝落ちでもするつもりか?」
こんなに日が高いのに?と言いたげな顔になるアルクに、私は苦笑をしながら「しっかり休むのも修行の内だ」と言う。
「ほら、アルク。マッサージをするからこっちにおいで」
「えっと・・・ま、まっさーじ?」
アイテムボックスから幾つかの毛皮を繋ぎ合わせた厚手の敷物を取り出して小高い丘の上に広げた私は、その上に座って「こっちにおいで」とアルクに手招きをし、それを目にした彼は戸惑いつつも誘われるがままに近づき、敷物の上で俯せになった。
「ふっふっふっ・・・!それじゃあ行くぞ、アルク!私のマッサージの腕前、篤と味わうがいい!」
「え・・・!?ちょっ、フェルヌスさん!?」
私は含み笑いをしながら両手の指をワキワキとさせ、俯せになっているアルクへと手を伸ばす。
それに何か嫌な予感を覚えたのか、視線だけをこちらに向けたアルクは頬を赤く染めつつ顔色を青くさせながら敷物の上を張って逃げようとするが、しかしそうはさせじと私はアルクの襟首を掴むと、自らの下へと引き寄せた。
「ふぇ、フェルヌスさん!?本当に何をする気なんですか!?」
「言っただろう、マッサージだと」
「いやだから、そのまっさーじって何ですか!?」
「マッサージと言うのは皮膚や筋肉を擦ったり、揉んだり叩いたりすることで凝り固まった筋肉を解す事を言うんだ。新陳代謝を良くして機能を回復させる治療行為とも言うが」
「そ、それは分かりましたが、でも何かフェルヌスさんの手の動きが滅茶苦茶怪しいんですけど!?ほ、本当にまっさーじというのなんですか!?」
「ん?んー・・・まあ、これを機にアルクの体の事を詳しく知っておこうと思ってな。なに、安心するといい。私はこれでも《按摩》という特技を習得しているからな。気持ち良さは保障するぞ?」
ニッと笑みを浮かべながら言う。
実際、私が言った言葉に嘘はなかった。純粋にアルクの体の事を―――筋肉の付き方や骨格などを知りたいと思っていたのだ。
ちなみに《按摩》とは、揉み、擦り、指圧等を含めたマッサージ技術を投合した『特技』の事だ。極めればツボを押したり揉み擦るだけで相手に極上の快楽を与えたり、言葉に出来ない激痛を与えたりすることも出来る様になる。
・・・まあ、私はそこまで極めていないので、精々普通のマッサージよりも気持ちよく感じられる程度なのだが。
「あの・・・!その・・・!?」
肩越しに私へと視線を向けるアルクの瞳は不安と若干の恐怖に揺れている。
それを目にした私は、ゾクリという感覚と高揚感の様なものを感じて、「ふふ、ふふふふ・・・!」と傍から見たら怪しい笑みを浮かべていた。
「ふむ、そうだな。こういう時はあのお決まりのセリフを言うべきかな?―――なに、安心するといい。天井のシミを数えている間に事は済む」
「いや此処天井とかないんですけどォォーー!?」
「さあ行くぞ!―――《按摩》―――発動ォ!」
「ちょ、ちょっと待っ・・・!あ、アーーーッ!?」
グワッ!と伸ばされる私の手。
それを目にしたアルクは、目尻にブワッと涙を浮かべるのであった。
「うぅ・・・!ひ、酷い目に遭った・・・!」
「ほう?本当に酷い目だったのか?ふやけた表情を浮かべながら、ふわぁぁぁ~~・・・!なんて、気持ち良さそうな声を上げていたのに?」
「うっ・・・!?そ、それは・・・」
トレーニング後のマッサージを終えた後、私とアルクの二人は小高い丘の頂上にある木々の下に広げた毛皮の敷物の上で昼食を取っていた。
私達が食べているのはゴンゾーの宿屋名物『スタミナ弁当』と言い、肉汁溢れる大量の肉が挟まれたサンドイッチと塩気とほんの少しの甘酸っぱさが感じられる野菜炒めの様な物が入った弁当だ。彩りもそうだが肉と野菜、味のバランスがきちんと考えられたそれは、ある意味舌が肥えている私でも十分に美味しいと思える物であり、私の隣に座るアルクもそれを口にしてキラキラと目を輝かせていた。
・・・まあ、私の顔を見ると頬を赤く染めながら恥ずかしそうに視線を逸らしていたが。どうやら私のマッサージを受けている時に思わずイイ声を出してしまった事を恥ずかしがっているらしい。
私としては、ふやけた―――と言うかあれはもう蕩けたと言ってもいい―――表情を浮かべるアルクの姿を見て可愛らしいと思っていたのだが。
「はむ、はむはむ・・・!もぐもぐ・・・んぐっ!ぷは~・・・!あぁ、美味しかった!」
そんなことを考えている間に、どうやらアルクが最後のサンドイッチの一欠片を食べ終えたようだ。彼は満腹だと言いたげにお腹を擦っていた。
「ん・・・ふわぁ・・・」
その後、満腹感からか次第に眠気が襲って来たようで、アルクは大きな欠伸をした後に目元を擦った。
「眠くなったのか?・・・まあ、こんな暖かな日差しを浴びれば、眠気が出て来るのも不思議じゃないか」
燦々と大地を照らす太陽の光。それが木々に生い茂る青葉に幾分か遮られる事によって木漏れ日と化し、ほのかに暖かな光となってその下にいた私達に降り注ぐ。それは私達には程良い暖かさに感じられ、特にアルクは午前のトレーニングとマッサージ、そして昼食を食べ終えた満腹感もあってか、意識のほとんど眠りに落ち始めており、うつらうつらとしていた。
「・・・スゥ・・・スゥ・・・・・・」
そしてついに我慢できなくなったのだろう。ポスリと敷物の上に横になったアルクは目を瞑り、穏やかな寝息を立て始めた。
「・・・・・・寝たか」
穏やかな表情で眠るアルクの顔を、私は優しい眼差しで見つめる。
「ああ、そうだ。良い機会だから、色々と後回しにしてきた彼のステータスをちゃんと確認してみるか・・・」
そこで、そう言えばという感じにふと思った私は、自身のアイテムボックスの中からとあるアイテムを取り出した。
それは黒い棒の先に丸いガラスレンズが付いた、所謂虫眼鏡のような物であった。
私が取り出したそれは『鑑定メガネ』という物であり、鑑定した対象のあらゆる能力を調べるという効果を持つアイテムだ。ステータスは当然、保有しているスキルや習得している各種技、更には隠蔽効果すらも無効化して調べることができる優れものである。
・・・ただし、その高性能故に使用回数に限界があり、一定数使用すると壊れてしまう便利だけど使い捨て前提のアイテムであったりする。
そして、それを取り出したのはアルクの持つ桁外れな『LUK』値の原因を調べる為であった。
他のステータス値が全て二桁であるのに、それだけが何故か四桁の五〇〇〇。その高さの理由を、最初私は何かしらの装備品やアイテムなどによってステータス値を上昇させているかとも思った。だが、彼の持ち物の中にそういった物は存在しておらず、ならば彼の取得している何かしらのスキルが原因なんじゃないかと考えた私は、『鑑定メガネ』を使おうと思ったのだ。
「どれどれ・・・」
私は『鑑定メガネ』をアルクに向けると、そのガラスレンズを覗き込み、レンズの裏側に映し出された彼の情報に目を通した。
種族名:【人間種:普人族】
名前:【アルク・■■■■■】
性別:男性
年齢:10歳
称号:■■■■、■■■■■、
状態:通常
『HP』:17/17
『MP』:8/8
『SP』:96/96
『STR』:14(50)
『VIT』:23(525)
『AGI』:51(143)
『INT』:11(55)
『MND』:10(322)
『DEX』:35
『LUK』:1(5000)
・武具スキル
短剣LV1、投擲LV2
・魔法スキル
火属性魔法LV1、水属性魔法LV1、風属性魔法LV1、雷属性魔法LV1、光属性魔法LV1、
・技能スキル
裁縫LV2、料理LV1、建築LV1、掃除LV2、魔力操作LV1、危険感知LV4、気配探知LV4、直感LV10、回避LV4、索敵LV3、歩行術LV2、防御術LV1、状態異常耐性LV6、隠密LV3、
・特殊スキル
■■■■LV―、■■■■■LV―、足掻くものLV―、超幸悪運LV―、大魔王の弟子LV―(NEW)、
「これがアルクのステータス・・・そして、この中で『LUK』に関係ありそうなのは、おそらくこの『超幸悪運』と呼ばれる特殊スキルだろうな」
私はそのスキルをタップし、スキルの詳細を表示する。
『超幸悪運』
スキル所持者に五千の幸運値を与える。このスキル所持者は外因的な要因で死ぬことは無くなり、たとえ命の危機に陥ったとしても、効果が幸運から悪運に反転して何らかの災厄的事象が周囲に発生し、結果として必ず生還できる。このスキルは別名運命のスキルとも呼ばれている。
「うわぁ・・・・・・なにこの理不尽スキル」
そのスキルの詳細を見た私は、盛大にドン引きした。
このスキルについて敢えて簡潔に言うのであれば、所持者に高い幸運値を与えるスキルであり、”ある意味では絶対に負けることがなくなる”スキルだという事だ。
私はこんな効果を持つスキルが存在する事を知らなかった。もし『カオスゲート・オンライン』にこのスキルがあったのなら、まず間違いなくゲームバランスが崩壊していた事だろうし、多くのプレイヤーがそのスキルを求めて大騒ぎしていた筈だ。
故にこそ、『超幸悪運』なんてスキルを所持していたアルクに私は戦慄し、だからこそ彼は今まで生き残って来られたのかと思わず納得してしまった。




