第1章第14話 ~討滅の大魔王~
「もう出し惜しみをする気はない・・・!全力で滅ぼし尽くす!―――《バニシングドライブ》ッ!!」
エビルモークドラゴンへ向かって駆ける最中、俺はある一つの戦技を発動した。
その瞬間、俺の背中から血の様に濃い赤に染まった気が勢いよく吹き出し、まるで一対の翼の様な見た目になった。
それと同時に自身が身に纏っていた防具に入っていた幾筋もの紫色のライン―――『ブラッドライン』が深紅に染まり、バチバチバチと赤雷を迸らせ始める。
俺が発動した《バニシングドライブ》という戦技は、”三分間だけ『STR』、『INT』、『AGI』のステータス値を三倍にまで上昇させ、さらに全ての攻撃に防御貫通効果が付与される”という技であり、効果内容を聞く限りではハッキリ言ってぶっ飛んでいるという言葉が出て来るくらいに強力なものだ。
・・・だが、これ程までに強い効果を持つのであればその反動も当然の様に大きい。事実、この技は使用後に三時間のリキャストタイムが発生し、またその間は『STR』『INT』『AGI』のステータス値が十分の一にまで低下するというデメリットが存在している。
しかし、実を言えばそのデメリットは、俺にとってはデメリット足り得なかったりする。
それは何故かと言えば、《バニシングドライブ》のデメリットによって低下するのは飽く迄素のステータス値のみであり、俺の装備している『カースドシリーズ』と『反転の首飾り』の効果によって上昇しているステータス分はその対象に入っていないからだ。
故に、デメリットなど実質無いと言っても等しく、敢えて挙げるとすれば三時間という長いリキャストタイムくらいなものなのだが―――
「(・・・ッ!ぐぅっ・・・!?なんって負荷だ、強化系の技を使った時の比じゃないなコレは・・・!!)」
―――しかし、俺は今そのデメリットとは別の理由で顔を顰めていた。
それは《バニシングドライブ》を発動した瞬間から感じている予想外の―――いや、ある意味では予想していた全身の痛みによってだ。
足を一歩踏み出すだけで身体中の骨がギシギシと軋み、腕を一振りするだけで筋肉がブチブチと千切れていくような感覚を覚える。更には元々の設定にはない筈の『HP』の減少というデメリットも確認された。
そうなる理由については、何となくだが分かってはいた。強化系の技を使った時もそうだったが、おそらく力のコントロールがきちんとできていない所為で自身の体に過剰な負荷が掛かっているからだろう。
思わず「クソが・・・!!」と悪態を吐き捨てたが、しかしだからと言って発動した《バニシングドライブ》を解除するつもりはなかった。あのクソトカゲを速攻で滅ぼし尽くす為にはどうしてもこの戦技による効果が必要だったからだ。
普段の私ならば、そんなデメリットがある技を使う事は基本しないだろう。・・・だが今の俺は、アルクを狙うというふざけた真似をしてくれたクソトカゲを滅ぼす為なら手段を選ぶつもりなど無かった。
「・・・ッ!!」
自分と敵として認識したクソトカゲ、そして守るべき対象であるアルク以外は全て些末事だと切り捨て、思考の殆どを攻撃的なそれへと傾けた俺は、《バニシングドライブ》によって爆発的に強化された身体能力でもって大地を駆ける速度を更に加速させた。
「ギャアアアァァァーーーッ!!」
接近してくる俺の姿を目にしたクソトカゲは「これ以上近寄らせてなるものか・・・!」とでも言いたげな威嚇の咆哮を上げると、俺に向けて口から炎を吐き出した。
だがそれは《ダークフレイムブレス》ではなかった。おそらく先程俺が防いだのを見て効果が無いと判断し、別の技を放とうと考えたのだろう。
まるでレーザーの様に収束させた形と属性から考えるに、おそらく《バーナーブレス》―――”対象に向けて収束させた火属性のブレスを発射する”という魔技だと思われる。
「《封魔剣》!」
一直線に放たれた燃え盛る赤い熱線。間にある無数の木々を焼き、吹き飛ばしながら迫って来たそれを、俺は両手で握った黒霧纏う斧槍を上段から振り下ろし、真っ二つに切り裂きながら掻き消した。
「ガァァッ・・・!?ギャアアアァァァーーーッ!」
自身の放った《バーナーブレス》が防がれた事に、クソトカゲは一瞬驚きに目を見張ったが、しかしすぐさま正気に戻ると体を横に回転させ、薙ぎ払う様に自身の尻尾を振るってきた。
「遅いっ・・・!」
しかしその動きは、今の異常なほど強化されている俺にはまるで止まっている様に見えていた。
一歩、二歩と全力の踏み込みでクソトカゲの足下にまで急接近した俺は、三歩目で大きく跳び上がり、無防備に曝け出されている腹部に向かって斧槍を振るう。
「おぉらっ!コイツを食らえぇぇっ!《ギガインパクト》ォォーーーッ!!」
「グボォォォオオオオオッ!?!?」
赤雷迸る真っ赤な気が纏われた斧槍の矛先を、クソトカゲの体に向けて勢いよくぶつける。
その瞬間、ドゴォォォオオオンッ!!というとても重い音が辺りに響き渡り、同時にまるで高威力の爆発でも起こったかの様な衝撃波も発生し、クソトカゲの体は九の時に折れ曲がりながら斜め上へと吹き飛んでいく。
「まだ、まだだ・・・!まだ終わりじゃねぇぞぉおおおーーーっ!!」
そして吹き飛んだクソトカゲを追いかける為に、俺も《空歩》を発動して何度も宙を蹴って跳躍し、加えて勢いよく体を回転させる。
「《九頭連撃》!!」
そして【鈍器】スキルで習得できる技の中でも最高威力を誇る《九頭連撃》―――”対象に超高速の九連撃を打ち込む”という戦技を発動し、矛先に赤雷迸る真っ赤な気がギュルギュルと回転する様に絡みついた斧槍を両手で握り締め、回転する勢いも加えた全力の連続攻撃をクソトカゲに向けて放った。
「ギャァァァオオォォォッ!?!?」
《バニシングドライブ》によって強化された恐るべき威力の、ほぼ同時連続攻撃を受けたクソトカゲの体は、両の翼が圧し折れ、手足の爪は叩き斬られ、紫水晶のような鱗が粉々になるまで砕かれていく。
そして、体が壊されていく痛みが全身に走るのを感じたからだろう、クソトカゲが身を捩りながら悲鳴を上げた。
「うるっせぇんだよ!少し黙ってろ!!―――《パワーブロー》ォォ!!」
「ギィッ・・・!?」
その悲鳴を至近距離で聞く羽目になった俺は顔を顰めると、うるさいと言いながら黙らせる為の更なる追撃として《パワーブロー》―――”気を集中させた拳で対象を殴る”という戦技を発動し、クソトカゲの頭を力いっぱい殴って地面へと叩き落とした。
「ガッ、アァァッ・・・・・・!?」
翼を折られた事により飛行手段を失い、そのまま成す術もなく地面に激突するクソトカゲ。
その衝撃で肺の中にある空気を全て吐き出したのだろう、一瞬苦しそうな表情を浮かべていた。
「ギィィ、アアァァァッ・・・!!!」
だがしかし、流石は数多存在する魔物の中でも最強の名を欲しいままにしている竜種であると言うべきか、そう容易くやられたりなどしなかった。
「ガアァァッ・・・!」
手ひどい痛手を負いながらも仰向けの体勢で地面の上に寝転がったまま、直上にいる俺に向けて口から”対象に向けて火属性の大きな火球を放つ”という魔技である《フレアショット》と、両手足の指の間から”収束させた重力波を対象に向けて放つ”という【闇属性魔法】の魔技である《ダークバスター》を同時発動し、連続的に放ってきた。
「しゃらくさいっ・・・!―――《オーバーライザー》!《スゥゥラァァッシュ》ッ!!」
それを目にした俺は、《オーバーライザー》―――”手持ちの武器に魔力で作った刀身を纏わせて攻撃範囲を広げる”という魔技を発動し、そのすぐ後に発動した《スラッシュ》でもって自身に迫り来る全ての攻撃を切り裂き、薙ぎ払った。
「グルゥッ・・・!」
自らが放った攻撃が全て迎撃されてしまった事にクソトカゲは意気消沈―――することなく、「掛かったな・・・!」とでも言いたげに喉を鳴らした。
「グウウウゥゥゥーーー・・・!!」
どうやらクソトカゲの本命は、何時の間にやら自身の体の前に展開し、形成していた直径十mもの闇色の球体であったらしい。
今まさにクソトカゲが放とうとしているのは《暗黒波動砲》―――”闇属性のエネルギーに変換した魔力を繰り返し圧縮し、球体に形成して半径数百mを消し飛ばす程の凄まじい破壊力を持った魔力砲弾として放つ”という魔技であり、その一撃を食らえば今の俺であっても大ダメージを受けることは間違いないだろう。
「ギュゥゥオオオオォォォッ!!!」
魔力砲弾を顔の前にまで運んだクソトカゲは、眼前にあるそれに向けて咆哮を放ち、それを直に受けた魔力砲弾は一瞬その形を撓ませた後、物凄い勢いで俺に向かって発射された。
「ギャァハァァァッ・・・!」
《暗黒波動砲》を発射した後で遠目でも分かるくらいにニンマリと浮かべるクソトカゲ。
その笑みは、まるで「勝ったな・・・!」とでも言いたげなそれであった。
「まったく、往生際の悪い奴だな・・・!」
そんなクソトカゲの様子を上空から地上へ向けて落下しながら見ていた俺は、自身に向けて放たれた魔力砲弾を前にその表情を面倒臭いと言いたげなものへと歪ませ、溜め息を吐きながら斧槍を構えた。
「(・・・あの魔力砲弾を《封魔剣》で掻き消す事はできないな。あの技の効果は武器に纏われた霧に接触した場合でしか発動しないし、ああもエネルギーが圧縮されているとなれば、掻き消す前に逆にこちらが吹き飛ばされるのがオチだ。
・・・防ぐのもダメだろうな。おそらくぶつかった瞬間に飲み込まれてダメージを受ける事になるだろう。
・・・それから回避する事も難しそうだ。あの勢いだと、《空歩》で移動する前に当たってしまうのが目に見えている)」
自身に迫り来る《暗黒波動砲》を視界に収めた俺は、その威力と弾速がどれくらいなのかを考察した上で、この状況を打破する為の方法を考える。
「(掻き消すのもダメ、防ぐのもダメ、回避も間に合わないとくれば・・・残された選択肢はあと一つ。―――真正面から叩き切ればいい!)」
そして、一つの結論を導き出した俺は、両手で握った斧槍を大きく振り被り―――
「《大・切・断》!!」
―――”表皮や装甲が硬い相手を一撃で間断する”という戦技である《大切断》を発動。闇色の魔力砲弾を叩き斬るべく、斧槍を横薙ぎに勢いよく振るった。
「はぁぁぁあああっ・・・!」
衝突し、激しく火花を飛び散らせる闇色の魔力砲弾と、赤雷が如き気を迸らせる斧槍。
何時までも続くかと思われたその一瞬の鍔迫り合いは―――しかし、終わりもまた一瞬であった。
「ぶった斬れろぉぉぉっ!!」
俺が斧槍持つ腕に更に力を込めた瞬間、斧槍の斧刃が魔力砲弾の表面に減り込み、そこを基点にして魔力砲弾が上下に真っ二つとなったからだ。
「・・・ガァッ!?」
「ふぅぅぅ・・・!まったく、面倒臭い事をしやがって・・・!」
《暗黒破壊砲》が真っ二つにバッサリと切り裂かれ、形状が維持できなくなって霞の如く消えていく光景を目にしたクソトカゲが、その両目を驚きに見開く。
それを尻目に俺は地面に着地するのだが、しかしその場所はクソトカゲがいる地点からだいぶ離れた場所であった。
おそらく、先程の魔力砲弾との鍔迫り合いの時に俺の体が多少なりとも押し込まれてしまった事で元いた位置からズレてしまったのだろう。
その事を理解した俺は「やれやれ・・・」と溜め息を一つ吐き―――
「さて、そろそろこの戦いの幕を引こうじゃないか。なぁ、クソトカゲ・・・!」
―――次の攻撃で戦いを終わらせようと決めて、クソトカゲに向けて斧槍を構え直した。
エビルモークドラゴンが体を起こし、体勢を整えようとしていた時、その頃には既にフェルヌスが再度の突撃をしようと構えたところであった。
「―――《必中》・・・《アクセルアップ》・・・《渾身の一撃》!」
左足を前にして両足を前後に肩幅程開き、両手で握る斧槍の矛先を下に向ける構えを取った彼女は、続いて更なる自身の強化を求めてか、発動中の《バニシングドライブ》に重ね掛けする様に複数の強化系の技を発動する。
それぞれ〝一撃のみ必ず目標に当てる〝という戦技である《必中》と〝『AGI』を上昇させる〝という魔技である《アクセルアップ》、そしてそして先程から何度も発動していた《渾身の一撃》だ。
ブシッ・・・!ブシャァアアッ・・・!!
「―――ぐぅぅっ・・・!?」
だが次の瞬間、突然彼女の全身から決して少なくない量の血飛沫が噴き出し、宙を舞った。
よく見ればフェルヌスの体には至る所に裂傷が出来ており、その痛みを感じてなのか、彼女は若干顔を俯かせて歯噛みする様子を見せていた。
「グルルッ・・・」
いったい何が起こったというのか?その答えをエビルモークドラゴンは何となくだが察していた。
おそらく強化系の技を重ねて発動したのが原因だろう。自身が扱いきれる分以上のエネルギーを―――気と魔力を身に纏った事で体が耐えきれなくなったのだ。
言うなれば自爆であり、それに気付いたエビルモークドラゴンはフェルヌスの事を嘲笑おうとした。
「・・・ッ!!」
「グゥッ・・・!?」
だが、できなかった。自身を睨み付ける、狂おしいと思える程の憤怒と憎悪と殺意が込められたフェルヌスの目を見た瞬間、強烈な怖気が全身に走ったからだ。
気圧され、思わず自身の体を硬直させるエビルモークドラゴン。
―――そしてその隙を、フェルヌスは見逃さなかった。
「・・・お、オォォオオオオーーーッ!!!」
全身血濡れの状態のまま、地面を陥没させる程の力強い一歩を踏み出すフェルヌス。
そして次の瞬間にはエビルモークドラゴンに向かって小細工無しの、真っすぐ真正面からの突撃を敢行。一呼吸するよりも早くかのドラゴンに急接近した彼女は、斧槍を突き入れると同時に自身が習得している技の中でも最高威力のモノを放った。
「―――《覇王槍滅波ァァ》ーーーッッッ!!」
フェルヌスが放った《覇王槍滅波》とは、”槍の矛先に収束及び凝縮させた気を砲撃として相手に放つ”という戦技だ。その威力は【斧】スキルの中でも最高威力を誇っている技の一つである《ギガインパクト》に匹敵しており、しかも強化系の技によって徹底的なまでに強化されたその一撃は、いっそ怖気が走る程に暴力的であると言えた。
「グウゥゥッ・・・!?」
これまで散々フェルヌスの攻撃を食らってきたことでズタボロの状態となってしまっている今の自分がそんな攻撃を受けようものなら、まず間違いなく耐え切れずに死ぬだろう。そう判断したエビルモークドラゴンは、彼女が突き出した斧槍の矛先から放たれた赤雷迸る深紅の砲撃を何とかして防ごうとある技を発動した。
それは《アルテマシールド》―――”あらゆる攻撃の威力を大幅に軽減させる防御壁を自分の目の前に展開する”という魔技だ。魔力の消費が激しい技ではあるが、これならばフェルヌスが放った一撃を防ぎきる事は可能だろうとエビルモークドラゴンは考えた。
「むッ・・・!?」
エビルモークドラゴンの目の前に出現する緑の色彩を帯びた半透明の障壁。それが深紅の砲撃を受け止めた瞬間、ガキィィィンッ!!という甲高い衝突音が鳴り響く。
それを目にしたフェルヌスが眉を顰め、驚きと苛立ちが混じった様な声を漏らした。
「グルル・・・!」
逆にエビルモークドラゴンは安堵の息を吐いた。自身を滅ぼしかねない攻撃を防ぐことが出来たのだ。そういう反応になるのは当然だろう。
そしてその後で、反撃の準備をする為に口腔内に魔力を溜めようと―――
―――ピキリッ・・・!
「・・・・・・グアッ?」
そこで嫌な音が響いた。
思わず「えっ・・・?」という顔をしたエビルモークドラゴンが、音が聞こえた方向―――今も目の前で展開している緑の色彩の障壁へと視線を向ければ、そこには幾つもの罅が入っており、しかもその罅はパキパキパキッ・・・!という音を立てながらどんどん広がって今にも壊れようとしていた。
「邪魔、だぁぁーーーっ!!」
「―――ッ!?」
エビルモークドラゴンに誤算があったとすれば、それはフェルヌスが発動した《バニシングドライブ》に”全ての攻撃に防御貫通効果が付与される”という効果があるのを知らなかった事だろう。
フェルヌスが声を上げると同時に、《アルテマシールド》はパキィィィィン!!とガラスが割れた時のような音を響かせながら粉々に砕け散り、そして止められていた赤雷迸る深紅の砲撃はその進撃を再開して、エビルモークドラゴンに激突した。
「おおぉぉぉらぁぁぁあああああーーーっ!!!」
「グゥォォオオオーーーッ!?!?」
ガガガガギギギギッ!!という凄まじい音を立てながらエビルモークドラゴンの体を削り、破壊し、吹き飛ばそうとする赤雷迸る深紅の砲撃。継続的に発生するダメージにより激痛を感じたかのドラゴンは、泡を食ったように身悶えながら悲鳴を上げる。
しかし、そのすぐ後にこのまま食らい続けたらマズイと思ったのだろう。エビルモークドラゴンは、この状況から抜け出す為に口腔内に溜めていた魔力を魔技へと変換、ブレスとして放とうとする。
狙いは赤雷迸る深紅の砲撃。それを吹き飛ばそうと―――よしんば出来なかったとしても一時的にでも拮抗できればと考えての行動だ。
「させるかぁぁーっ!!」
「グゥアッ・・・!?」
だがしかし、それよりも先にフェルヌスが動いた。
驚くべきことに彼女は、背中から噴出している深紅の気の勢いをさらに増大させ、それを推進力に自身が放った深紅の砲撃の中を突き進んで来たのだ。
予想だにしない方法で自らの下に接近して来たフェルヌスの姿を目にしたエビルモークドラゴンは、瞠目し、思わず体を硬直させた。
「出血大サービスだ。トドメにコイツも食らっていけ!―――《禍津邪血刃》!!」
フェルヌスが技名を叫ぶ。
その瞬間、彼女が右手に持つ斧槍の矛先から赤雷迸る黒くて長いエネルギー状の刃が展開された。
「はぁあああーーっ!!!」
それを一振りした後に脇に構えたフェルヌスは、背中から噴出している深紅の気の勢いを再び増大させてエビルモークドラゴンの胸元目掛けて飛び、そこへ黒いエネルギー状の刃を突き刺した。
「グルゥァァアアアーーーッ!?!?」
次の瞬間、黒いエネルギー状の刃は形を崩してエビルモークドラゴンの体の中へと流れ込み、かのドラゴンの体内を侵食し、蹂躙し、破壊し始めた。
筋肉がボコボコと膨張と隆起を繰り返し、その急激な変化に耐えきれなかった鱗もまたバキバキと壊れ、弾け飛んでいく。更にはその変化によって肉と皮膚もグチャグチャと音を立てながら裂けていき、そこから大量の紫色の血液もダラダラと流れ落ち始めた。
「(よし、完全に決まった!これで・・・!)」
クソトカゲの体内に刃を形成していた黒いエネルギーを流し込んだ俺は内心でほくそ笑んだ。
先程俺が発動し、エビルモークドラゴンに突き刺した《禍津邪血刃》という技は、〝武器に展開した破壊の力が込められた黒いエネルギー状の刃を対象に突き刺し、その力を体の内側に注ぎ込んで破壊していき、最後には爆発させる〝という戦技だ。
えげつなさという点では俺が数多く習得している技の中でも十本の指に入る程のものだが、しかしエビルモークドラゴンという敵と認識した相手を確実に滅ぼす為には最適な技であると言えた。
「・・・ガ、アァ・・・グゥ、ァアア・・・・・・!」
自身の体が強制的に変形させられ、それによって生じる激痛を感じてか全身を震わせるクソトカゲ。
肉体を覆っていた頑強な鱗は至る所が罅割れ、その隙間からは薄っすらとした赤い光が漏れ出ており、次第にその色は濃くなっていき、溢れ出るように噴出し始めている。
「ギィッ・・・!ガギィッ・・・!?」
おそらく、もう限界が近いのだろう。体内を駆け巡っていたエネルギーが膨れ上がり、そして遂に許容量の限界を迎えたクソトカゲの体は爆発を―――しなかった。
「―――ガァアアアァァァーーーッッ!!!」
「な・・・にぃ・・・!?」
苦しげに、しかし力強い咆哮を上げるクソトカゲ。
それに対して俺は驚愕の視線を向けた。
「んな、バカな・・・!どうして爆発しない!?・・・ッ!コレは・・・!?」
どうしてクソトカゲの体は爆発をしなかったのか?その答えを探してクソトカゲの体を見回した俺は、その体表面に花を模した様な白い紋様が浮かんでいる事に気付いた。
「(この紋様・・・まさか、《薄命の守り》か・・・!?コイツ、『HP』が完全に無くなる直前にアレを発動してたってのか・・・!?)」
《薄命の守り》とは〝一定時間の間『HP』が一のまま固定され、変動しなくなる〝という魔技だ。要はこの技が発動中はどんなに攻撃を受けたとしても『HP』が一の状態のまま減らなくなる技なのだが、しかしこの技には唯一の欠点があった。
それは『HP』が満タンの状態であったとしても強制的に一にされてしまう点だ。しかもこの技は効果が切れた後も減った分の『HP』が元に戻るという事はない。
それ故に使い所がかなり限られている技なのであるが、しかしそれをこの状況で、死ぬ一歩手前の状態であったクソトカゲが発動したというのがこの上なく厄介であった。
分かりやすく言えば、今のクソトカゲは技の効果が切れるまでの間は無敵に近い状態になっているという事だ。
腐っても竜種ということなのだろう。その体は既に満身創痍―――あと一撃でも攻撃が当たれば死ぬというのに、種族特有の異様な頑丈さは健在であるらしい。
・・・トドメを刺したと思っていた俺からすれば、この状況は盛大な肩透かし感を覚えるものでしかなかったが。
「グルゥァアアアッッ!!」
「なにっ!?―――うぐっ・・・!?」
その時だった。クソトカゲが自身の右腕を動かして俺の体を鷲掴んだのは。
完全に不意を突かれた形であった。一瞬とは言え呆然としてしまっていた事もそうだが、何より《禍津邪血刃》によって体を内側から破壊されまくった筈のクソトカゲが、まだ自身の体を動かす事が出来るとは思っていなかった。だからこそ俺は避ける事が出来なかったのだ。
唯一右腕だけは拘束を免れたが、しかし体を掴まれた際に持っていた斧槍を落としてしまった。
「グハァァァ・・・!!」
クソトカゲは俺の体を拘束した右手を自身の眼前に持ってくると、自分の口をゆっくりと開いていく。
その口腔内には膨大な魔力が収束し、圧縮されていた。どうやら俺に向けてブレスを発射するつもりであるらしい。
「(クソトカゲが放とうとしているのは《バーナーブレス》か?―――いや、違うな。溜められている魔力の量がそれを発動するのに必要な分より明らかに多い。たぶんそれ以上のやつをぶっ放すつもりなんだろうが・・・・・・ヤバいな・・・今の俺の『HP』はかなり減ってしまっている。そんな状態でコイツのブレスを受けたりしたら体が持たないぞ・・・!)」
《バニシングドライブ》を発動した時に発生した『HP』の減少という予想外のデメリットもそうだが、その後の強化系の技を発動した際に起こった大量出血によって今の俺の『HP』は十分の一以下にまで下がってしまっている。そんな状態でクソトカゲの強力なブレスを受けたら確実に死ぬだろう。
そう思った俺は、自身の頬に一筋の冷や汗を流して―――しかし、そこでクソトカゲの目を見た瞬間、先程まで以上に瞳孔が縦に細くなるのを感じた。
「・・・!」
クソトカゲの目は笑っていた。俺の事をニヤニヤと嘲笑っていた。
おそらく散々自身を苦しめた相手の生殺与奪の権利を手にしていることが嬉しくて、楽しくて、そして面白くて仕方がないのだろう。
それはあたかもマウントを取った相手の首をゆっくりと絞めるが如く。
「――――――」
そんなクソトカゲの表情を目にした俺は、一瞬自分の思考が真っ白になるのを感じて―――次の瞬間、俺は唯一拘束されていなかった右手で拳を握っていた。
その時、俺が頭の中で思い浮かべていたのはたった一つだけだった。
それは自分の命が脅かされている事に対する恐怖でもなければ、このままでは守るべき存在であるアルクを守る事ができないという悔しさでもなかった。
―――”このニヤついている顔を思いっきりぶん殴る”。そんな怒りだけだった。
「―――殺す」
拳を構えた右腕に膨大な量の気を込めていく。
腕全体が深紅に染まり、赤雷が迸る程に。
力のコントロールとか自分の体に掛かる負荷とか、そんなまどろっこしい事はもう考えない。唯々全力で、思いの限り振るった拳をクソトカゲにぶち込めればそれでいい。
距離に関しては問題ない。これだけ近いのなら十分に射程距離内だ。
唯一の懸念があるとすればそれはアルクの事だが・・・幸いにも彼は俺の遥か後方にいる。俺が今から放つ攻撃に巻き込まれる事はないだろう。
そう思った俺は右腕を後ろへと大きく振り被り―――
「ガァアアアアアァァァーーーッッ!!!」
「―――《轟覇閃滅拳》!!」
―――クソトカゲがブレスを放つのと同時に、右拳を全力で前へと振るった。
「・・・グルァッ!?」
「―――お、おおぉぉぉ・・・!!」
クソトカゲが放ったのは黒いレーザーの様なブレスだった。その色と周囲の空間を歪ませる現象を見るに、おそらく《グラビティブレス》―――”接触したモノを超重力でもって圧し潰す闇属性のブレスを相手に向けて放つ”という魔技だろう。竜種が放てるブレスの中でも最強技の一つと呼ばれているものであり、闇属性に対する耐性を持っていなければ掠っただけでも即死するという恐ろしい技だ。
対する俺が放ったのは、《轟覇閃滅拳》―――”拳を含めた腕全体を気で覆い、対象に超強力な打撃を食らわせ、その後に気の砲撃を放つ”という戦技であり、威力に関しては《ギガインパクト》や《覇王槍滅波》と同等のものを誇る強力な技だ。
激突するブレスと拳。ぶつかった瞬間にガガガガガガガッ!!という凄まじい衝突音が発生して辺りに響き渡る。
互いに押し合い、削り合い―――そして、その果てに最終的に打ち勝ったのは俺の拳だった。
「おおぉぉぉおおおーーーっ!!」
雄叫びを上げながら真っ赤に染まった右腕を振り切った俺は、クソトカゲが放った《グラビティブレス》を殴り散らし、そのまま右拳の先から赤雷迸る深紅の砲撃を放った。
フェルヌスが放った《轟覇閃滅拳》を受けたエビルモークドラゴンであったが、実はその時点ではまだかのドラゴンは死んではいなかった。
それは《薄命の守り》の効果がまだ続いていたからだったのだが、しかし何時までもその効果が続くわけではない。残った時間はもう僅かであり、効果が切れれば今も受け続けている赤雷迸る深紅の砲撃によって自分が死ぬことをエビルモークドラゴンは悟っていた。
「グッ、グゥゥウウウッ・・・!!?」
だからこそエビルモークドラゴンは《薄命の守り》の効果が消えてしまう前に、散々自身の体に傷を付けたフェルヌスを殺そうと考えた。
己が右手で拘束している彼女に向けて、己が左手の爪を伸ばし始めるエビルモークドラゴン。
・・・だが、その動きは酷く緩慢だった。
それもその筈、なにせエビルモークドラゴンの体はフェルヌスが放った技である《禍津邪血刃》によって既に死んでもおかしくない程ボロボロになっていたからだ。
特に酷いのは強制的な肉体の変形によって生じた筋肉の断裂と神経系の切断だ。それにより、今のエビルモークドラゴンは肉体の一部―――首から上と両腕しか動かせなくなっており、またそれらも満足に動かせるとは言えない状態となっていた。
その状態でもなおフェルヌスに向けて己が左手の爪を突き刺そうと動かすのは、そうしなければ自身が生き残る事ができないという事を理解していたからだろう。
「グファァッ・・・・・・!!?」
エビルモークドラゴンは荒い呼吸を繰り返しながら、フェルヌスの細い首に左手の爪を近づける。
あとは突き立てるだけ。そう思ったエビルモークドラゴンは、己が勝利を確信して―――しかし、かのドラゴンが成し得た奮闘はそこまでであった。
「ぐっ・・・!いい加減・・・滅びやがれ、クソトカゲェェェーーーッ!!!」
「・・・ッ!?」
遂にエビルモークドラゴンの左手の爪がフェルヌスの首へと突き刺さろうとしたその瞬間、彼女が雄叫びを上げた。
それに呼応する様に彼女の右拳の先から放たれていた赤雷迸る深紅の砲撃の出力が増大し、範囲も拡大されて、エビルモークドラゴンの全身を飲み込んでいく。
「ガアァァァアアァァァッ・・・・・・!?」
それはまさに深紅の光の濁流と呼べるものであった。
それにより、フェルヌスへと伸ばされていたエビルモークドラゴンの左手は押し戻され、さらには上半身までもが仰け反って行く。
「ガォゴゥォオオッ・・・・・・!?」
その感覚に戸惑いを覚えながらも、流されまいと必死に体勢を保とうとするエビルモークドラゴンであったが、しかしその瞬間、パキィンッ・・・!という音が鳴り響いた。
それは《薄命の守り》の効果が切れ、花を模した様な白い紋様が砕け散った際に出る音であり―――その瞬間エビルモークドラゴンの『HP』はゼロとなった。
「ガッ・・・ハァ・・・ッ!?」
深紅の光の濁流に流される様にエビルモークドラゴンの肉体がボロボロと崩壊を始める。
最初に手足の感覚が消え、そして加速度的に肉体全体の感覚が無くなっていき、更には自身の体から離れた肉片が数秒と経たずに焼け焦げた燃えカスの様なモノへと変貌し、最後には欠片も残さず消滅した。
その光景を目にしたエビルモークドラゴンは恐怖を覚え、悲鳴を上げようとした。
だが、その時には既に首から下の肉体は消滅しており、その口からは最早空気が漏れた様な音しか出せなくなっていた。
「・・・ッ!・・・・・・ッ!?」
自分は一体何を間違えたのか?
自分が手を出した存在がどのようなモノだったのか?
エビルモークドラゴンはその答えを最後まで知ることなく、その意識は肉体と共に深紅の光の濁流の中へと消えていくのであった。




