第1章第11話 ~邪なる嘲笑する竜 前編~
「―――グゥォォォオオオオオオッ!!!」
「―――なっ、なにっ!?なにごと!?」
ドシャァァァアアアンッ!!という何か重いものが地面に落ちる音。それと同時に鳴り響く重低音気味な咆哮を耳にした僕は、驚きの声を上げながら周囲を見渡した。
目の前には僕に背中を向けて立つフェルヌスさんがいて、その周りに乱立していた森の木々は所々が折れて地面に倒れている様子が見える。そして、その奥には大きな熊が荒い息を立てながら立ち上がろうとしている様子が見え、上を見上げれば青く輝く大空が・・・・・・・・・?
「・・・・・・熊?」
そこで、何かおかしいモノが自分の視界に入った気がして、視線を真っ直ぐ前へと戻した。
「ガルルルルルッ!?」
そこには血の色のように赤く染まった毛皮を持つ自身と比べるまでもなく遥かに大きい熊が、喉から唸り声を出しながら身を起こそうとしている光景があった。
「・・・ブ、ブブ、ブブブラッドグリズリー!?な、なんで!?」
「むっ?正気に戻ったのか、アルク」
その大熊の正体がブラッドグリズリーであることを理解した僕は、「どうしてここに!?」と慌てふためく。
そんな僕の様子に気付いたのだろう。ブラッドグリズリーへと鋭い視線を向けていたフェルヌスさんは肩越しに視線だけをこちらに向けた。
「フ、フェルヌスさん!?一体何が起こったんですか!?」
おそらく事情を知っているであろうフェルヌスさんに問い掛けると、彼女は困ったように眉尻を下げた。
「あ~・・・まあ、何て言うか・・・敢えて言うのなら、空から降ってきたと言うべきかな・・・アレが」
「・・・・・・はぇっ!?」
最初、彼女の言葉を聞いた時は、何が空から降って来たのだろうか?と思った僕だったが、その後すぐに空から降って来たのがブラッドグリズリーだったのだという事に気付いて、思わず変な声を出してしまった。
いや本当に、空から森の主が降って来るなんて、わけが分からなかった。
「グゥゥウウウッ・・・!」
「はぁ・・・話していた直後にご登場って、フラグの回収が早すぎやしないか・・・?」
対峙し、睨み合うブラッドグリズリーとフェルヌスさん。
前者は歯を剥き出しにして口の端から涎をダラダラと零しており、対する後者の姿は堂々としていて全くと言っていいほど臆していない。
「・・・あ、あれ・・・?あのブラッドグリズリー、もしかして怪我をしているのか・・・?」
そんな光景をすぐ傍で見ることになった僕は、そこでブラッドグリズリーの様子がおかしい事に気付いた。
よく見てみれば、ブラッドグリズリーの体には至る所に大小様々な傷が存在し、そこから魔物特有の紫色の血を拭き出している。それだけではない。呼吸もまるで全力疾走でもしたかの様に荒々しく肩を上下させており、どうやら体力も相当に消耗しているらしかった。
「あの、フェルヌスさん。あのブラッドグリズリー、かなりの大怪我を負っている様に見えるんですが・・・・・・」
「ああ、分かっている。おそらく何かと戦った事で出来た傷だろうな」
「な、何かって・・・!?」
「決まっているだろう。さっき教えた、目の前のブラッドグリズリーより強い奴だよ」
フェルヌスさんがそう己の見解を語った瞬間、僕達の頭上を巨大な影が覆い被さった。
「ギャァァオオオオーーーッ!!」
気弱な者なら聞いただけで恐怖に身を竦ませ、そのままショック死してもおかしくない咆哮を周囲に轟かせたその影は、背中から伸びている一対の大きな翼をバッサバッサと繰り返し羽ばたかせ、僕達の頭上を通り過ぎた後に悠々と旋回してから地面へと降り立った。
「そんな・・・まさか・・・・・・!?」
僕はその姿を目にした時、驚きに目を見開いて絶句した。
まず目についたのは、体全体を覆う紫色の水晶の様な輝きを放つ鱗。よく見ると、鱗の色自体は夜よりも真っ黒な色合いをしており、鱗と鱗の隙間から紫色の光が漏れる様に輝いている。鱗が水晶の様に見えていたのも、どうやらそれが理由らしかった。
続いて目にしたのは逞しそうな両腕両足。手足の指はそれぞれ三本ずつあり、その指先から伸びた爪は向こう側が透けて見えそうな透明感と紫色の輝きを放っており、まるで本物の紫水晶の様に見える。
そこまで見た僕は、今度は先程まで羽ばたかせていた背中から伸びている一対の大きな両翼に視線を向ける。翼の外側は体全体のそれと同じ紫色の水晶の様に輝く鱗がびっしりと張り巡らされており、その内側は見た感じではツルツルとした印象を受ける薄紫色の飛膜が存在している。
その下へと視線を動かせば、そこにはユラユラと揺れ動く太くて長い、一定間隔毎に何らかの紋様が刻まれた金色のリングが嵌められた尻尾が生えているのが見える。
最後に視線を上へと向けてそれの顔を確認する。キョロキョロと周囲の様子を伺う様に動く黄金色に輝く大きな瞳。瞳孔を広げたり細めたりを繰り返す様子はまるで爬虫類のそれ。前に突き出る様に伸びた口のその中に並んでいる鋭い歯は硬質的な輝きを放っていて、どんなモノでも噛み砕けそうな印象を受ける。
そして額から伸びている剣に似た形をした角。それは手足の爪と同じく紫色の水晶の如き輝きを放っており、時折バチバチと紫電が走っている様子も見えた。
「嘘、でしょ・・・・・・!?」
思わず驚嘆の声が漏れる。
細部こそ自身の知るモノとは違ってはいるが、しかしその数々の特徴が、その存在の正体を現していた。
それはまさしく、英雄譚や物語などで多くの人々に恐れられ、時に崇められる存在として語られる伝説上の生物―――『ドラゴン』であった。
全長およそ三十m程の紫色の水晶の様な鱗を持つドラゴン。そんなのが姿を現した時、私は反射的に《ステータス鑑定》を発動してそれの能力を確認した。
種族名:【竜種:エビルモークドラゴン】
名前:【-】
性別:不明
称号:邪神の僕
状態:通常
『HP』:1500000/1500000
『MP』:50000/50000
『SP』:48000/50000
『STR』:30000
『VIT』:50000
『AGI』:20000
『INT』:30000
『MND』:50000
『DEX』:20000
『LUK』:-
『エビルモークドラゴン』・・・邪なる嘲笑する竜、と読むのだろうか。まるで物語の悪役にでも出てきそうな名前だ。
性別欄の不明と言う表記。これは別に性別が無いという訳ではなく、男性女性どちらにもなれるという意味だ。主に精神生命体や雌雄同体の生物などがこれに該当する。
ステータスに関しては、そのほぼ全てが一万の値を軽く超え、『VIT』と『MND』が五万と物理・魔法防御力に関しては並みの魔物を超えているし、『HP』も嫌になる程に高い。
・・・何故か『LUK』だけ表記なし状態ではあったが、そちらはあまり気にする必要はないと私は判断する。
「(こいつのステータスは・・・!?)」
ただ、それ以上に気になっていることがあった。
それはエビルモークドラゴンのステータス数値の異常性だ。エビルモークドラゴンのステータス数値は一見整合性の取れていて何も問題が無いかのように見える。だが、その整合性がとれているという事自体が異常なのだ。
私が知る限り、整合性の取れたステータス数値を持つ存在はかなり限定される。『カオスゲート・オンライン』での一個体の持つステータスの数値は鍛えることによって上昇するという仕様になっており、その上昇量も鍛え方によって変動する為、必然的にステータスの数値は整合性の取れないバラバラなものになり、綺麗に揃えることはまず不可能だ。それは今私がいるこの世界でも同じであるらしく、これまで見て来た魔物達のステータス値を見ればそれが分かる。
つまりそれは、ステータス数値の整合性が取れている存在というのは自然には発生しないということなるのだが・・・・・・逆に言えばそれは、自然発生以外―――誰かの手によって作られ、生み出された存在であれば、ステータス値の整合性を取ることができるということになる。
そんな存在は、私が知る限りでは一つだけ―――『創造されしモノ』と呼ばれる存在だけだ。
『創造されしモノ』というのは、主に自立型魔法兵器や自立型戦闘兵器、人造生命体や合成生命体などが例として挙げられ、これ等の存在は制作した時にはステータス数値の整合性を取る事が出来る。
・・・まあ、経験を積んだりすると必然的にステータス数値の変動が起こる事になるので、整合性を取る事が出来るのは生み出した直後だけなのだが。
ただし、自立型魔法兵器だけは非生命体であるので、手を加えなければステータス値の変動が起こることはない。
それを踏まえた上でだが、私達の前に現れたエビルモークドラゴンの見た目は傍目から見れば生命体であり、またかのドラゴンに対して唸り声を上げて敵意を示しているブラッドグリズリーの状態から察するに、おそらく一度は戦闘を行っていたのだろうと思われる。
そうであればその分のステータス値の変動が起こる筈なのだが、しかしエビルモークドラゴンのステータス値は整合性が取れたまま。生命体でありながらステータス値の変動が起きないという矛盾は普通はあり得ない。
―――あり得る筈がないのだが、しかしこれと同じ事例を持つ存在を私は知っていた。
「まさかアイツは、『レイドボス』なのか・・・!?」
『レイドボス』。それは『カオスゲート・オンライン』にて運営側が主催するイベント専用の存在として作成し、実装した強力なボスであり、生命体でありながら一切のステータス数値の変動が起こらない事から、別名”完成されたモノ”とも呼ばれていた存在だ。その強さはBランクからSSSランクまで様々であり、その数は私がこの世界に来るまでには百種類ほど存在が確認されていた。
そんな彼等レイドボスには、唯一共通している部分があった。
それは『邪神の僕』と呼ばれる称号を持っている事だ。
『カオスゲート・オンライン』でのレイドボスの設定は、ゲームの舞台世界である『アンリミト』を滅ぼそうとする邪神が生み出した尖兵であり、”あらゆるモノに滅びを与える怪物”として『アンリミト』の世界各地に放たれた、全てを破壊する事を目的とした破壊者だ。
その設定から戦闘能力は一般的な魔物より強いのは間違いなく、何よりも『邪神の僕』という称号で得られる同名の常時発動型のスキルによる効果が厄介で、それにより例え同等のポテンシャルを持つ存在が戦いを挑んだとしても、まともな戦いになることなく確実に負ける事になる。
ブラッドグリズリーの体が傷だらけであるのに対し、エビルモークドラゴンの体が無傷であるのもおそらくそのスキルのせいだろうと、私は推察した。
「ギャァアアオオォォォーーーッ!!」
「グルッ・・・!?」
「「―――ッ!?」」
ブラッドグリズリーと私、アルクに向けてエビルモークドラゴンの咆哮が放たれる。それは周囲の空気を振動させ、衝撃波を発生させて、嵐だと思えてしまえる程の強烈な突風となって私達を吹き飛ばさんと迫った。
「ぐっ・・・!?」
「う、うわぁぁあああーっ!?!?」
「アルク・・・!?」
私は咄嗟に両腕を眼前で交差させ、地にしっかりと足を着けて踏ん張る事で何とか吹き飛ばされることを防いだが、しかし私の後ろにいたアルクはその強烈な衝撃に堪え切れなかったらしい。その体が宙に浮かび、今にも吹き飛ばされようとしていた。
「ぐっ・・・!無事か、アルク!?」
「うぷっ・・・!?は、はい。フェルヌスさんのおかげで、何とか・・・!」
それを寸での所で私が回収してそのまま胸元に抱え込み、上から覆い被さる様にして地面に伏せさせる。
「グルゥゥッ・・・!」
その一方で、私達と同様にエビルモークドラゴンの咆哮とそれによって発生した衝撃波を受けたブラッドグリズリーは、しかしその体をまったく小揺るぎもさせていなかった。
「ガァァアアアアアーーーッ!!」
牙を剥き出しにし、エビルモークドラゴンに負けじと力強い咆哮を上げるブラッドグリズリー。まるで「その喧嘩買ったァ!!」と言わんばかりに吠えた大熊は、エビルモークドラゴンに向かって突撃を開始した。
「ガァァアアアアーーーッ!」
ブラッドグリズリーはエビルモークドラゴンにある程度の距離にまで接近すると、地面を強く蹴って跳躍する。そして、両腕をかのドラゴンに向けて思いっきり振るったその瞬間、両の爪先から紫色の血の刃が放たれた。
橙色のエネルギーをバチバチと迸らせるそれは、物凄い速さで直進して飛んでいくとエビルモークドラゴンに直撃し、連続して爆発を引き起こした。
ブラッドグリズリーが放ったのは《榴爆血刃》―――”爆発寸前の状態まで気を付与した己の血を相手に向かって刃として放ち、接触した瞬間に大爆発を起こす”という戦技だ。その威力は恐ろしいほど高く、エビルモークドラゴンがいた場所を中心に小さなキノコ雲が形成される程だった。
「グルルルルゥッ・・・・・・」
目の前に立ち上る煙の柱を見据えるブラッドグリズリー。
その内心では、己の持つ技の中でも一際威力の高いモノを放ったのだからあのドラゴンもこれで終わりだろうと思っていた。
自身の攻撃を幾度食らっても平気な顔をしていた奴であっても、流石にこの技であれば死なずとも結構な手傷を負っている筈だと、ドヤ顔のようなものを浮かべていたブラッドグリズリーであったが、しかしその考えは煙の中から出て来たエビルモークドラゴンの尻尾によって覆されてしまう。
「グゥ、オオゥッ!!」
「ガァッ!?」
ブラッドグリズリーに向けて勢いよく横薙ぎに振るわれる尻尾。それを目にしたブラッドグリズリーは驚きの声を上げながらも反射的に真上に跳ぶ事でその攻撃を避ける。
「グフゥゥゥッ・・・!」
「ギャッ・・・!?」
しかし、それはエビルモークドラゴンによって誘導されたものであった。
ブラッドグリズリーが真上に跳んだ瞬間、立ち昇っていた煙の中からエビルモークドラゴンが飛び出し、一目散にブラッドグリズリーの下へ突撃してその体を両手で包む様にガッシリと掴んだ。
「グッフッフッフッフッ・・・!」
「グッ、グウゥッ・・・!?」
ガッシリと体を掴まれたブラッドグリズリーは何とかかのドラゴンの手の内から抜け出そうとするが、しかしどれだけ力を込めても、身を捩じらせても、ほんの少しも体を動かすことが出来ない。
焦りを見せるブラッドグリズリー。かの魔物のそんな必死な様子を、エビルモークドラゴンは嘲笑う様な笑い声を出しながら見ていた。
まるで「無駄、無駄、無駄!」と馬鹿にしているように笑うその姿は、邪なる嘲笑する竜という名前の通りだと思えるものがあった。
「グ、グウゥゥゥッ!?」
そんなエビルモークドラゴンの嘲笑う様子を見たブラッドグリズリーは、自身が馬鹿にされていることを理解してかその表情を憤怒の形相へと変え、「一泡吹かせてやる・・・!」とでも言いたげに大きく口を開けた。
「スゥゥゥーーーッ・・・!―――ッ、ガァァァアアアアアアアアーーーッ!!!」
大きく息を吸い、その過程で口内に迸る橙色のエネルギーを溜めたブラッドグリズリーは、一度口を閉じて一拍間を置いた後、大声と共にエネルギー状の光線を放った。
放たれた光線は進むにつれて膨張、拡大し、その大きさはエビルモークドラゴンの頭を飲み込まんとする程となる。
ブラッドグリズリーが放ったのは、《破壊咆哮砲》―――”大量の気を体内に一旦貯め込んで圧縮し、咆哮と共に相手に向かって放つ”という戦技だ。見た目は単純な技だが、その威力は注ぎ込んだ『SP』―――つまりは気の量によって変動し、最大で五倍程にまで膨れ上がる。
とはいえ、此処に来るまでにかなり消耗していたこともあってか、注ぎ込めた気は多くなく、精々二倍までが限界だったが、それでも威力自体は山を一つ消し飛ばすくらいはあるので十分と言えた。
「・・・・・・グフッ・・・!グフフフフフッ・・・!」
「―――ッ!?」
「バァアアアーッ・・・!」
「ガ、ガアァッ・・・!?!?」
・・・・・・そう、十分の筈だと思っていたのだ。かすり傷一つ付いていないエビルモークドラゴンの顔を見るまでは。
《破壊咆哮砲》を食らったエビルモークドラゴンの頭部は、シュウシュウ・・・!と湯気こそ立ててはいたが、当のドラゴンは全く熱がる様子も痛がる様子も見せていない。まるでダメージなんて受けてないと言わんばかりに平然としていた。
当然、それを見て驚愕の表情を浮かべるブラッドグリズリーだったが、しかし何時までも驚いている暇はかの大熊にはなかった。
「グフッ・・・!コォォォオオオーーーッ・・・!―――ガァァァアアアアアアアーーーッ!!!」
「ギィッ、ガァァァアアアーーーッ・・・!?!?」
今度はこちらの番とばかりに、エビルモークドラゴンが口を開けて大きく息を吸い、次の瞬間には大火力の黒い炎をブラッドグリズリーに向けて放ったからだ。
その炎に体を炙られる事となったブラッドグリズリーは、悲鳴を上げながら自分の体が焼かれ、ボロボロと崩れていく感覚を覚えながらもなんとか脱出しようとする。
しかし、同じく黒い炎に晒されている筈なのに消失せず、どころか熱せられている様子も無いエビルモークドラゴンの両手に完全に固定されいて、全く動かすことができない。
熱い、苦しい、助けて。・・・そう言っているかのような悲鳴を上げながら身を捩じらせていたブラッドグリズリーは、結局そのまま、抵抗空しく黒い炎によって全身を焼き尽くされてしまった。
後に残ったのはブラッドグリズリーだった黒い燃えカスだけ。自身の両手の中にある残骸を目にしたエビルモークドラゴンは、手を放してそれを地面に放り捨てると、実に満足げな笑みを浮かべながら、グシャリと踏み潰した。
「むぅ・・・予想してはいたが、まさかああも一方的な展開になるとはな・・・」
エビルモークドラゴンとブラッドグリズリーが繰り広げる戦いを地面に伏せながら観察していた私は、その結末を目にして眉を顰めた。
「(正直言って、ブラッドグリズリーだけなら目の前に現れた障害として躊躇なく排除する事ができた。・・・だがそこに、エビルモークドラゴンとか言う”私の知らないレイドボス”が現れた事で躊躇せざるを得なかった)」
『カオスゲート・オンライン』をプレイしていた頃、私はそのゲームに登場するほぼ全ての魔物と戦っており、攻撃方法やそのパターン、個体ごとの耐性や弱点などもその時に知り得ていた。
唯一戦った事が無いのは、『カオスゲート・オンライン』が開始されてから二年の間に起こっていたイベント用のレイドボスだけだが、一応それ等に関する情報も、攻略サイトや動画等で確認していたという記録が自身の頭の中にあった。
しかし、その中にはエビルモークドラゴンというレイドボスの情報は存在していなかった。故に、ステータス値を見る限りではSSランク相当である事は分かっても、どんな戦い方をしてくるのかはまるで分からなかったので、最初は軽く一当てして戦闘能力がどれ程か探ろうと考えていたのだが、その役を望外にブラッドグリズリーが担ってくれた。
結果としては敗北であったが、しかしその健闘ぶりのおかげでエビルモークドラゴンの強さをある程度測ることができた。
一番注意するべきはあの黒い炎だろう。弱っていたとはいえ、ああも簡単にブラッドグリズリーを消し炭にする程の火力は脅威と言えたが、まあ装備の効果によってステータスが上昇している今の私ならアレくらいはどうとでもなるだろう。
問題は、どうやってあのドラゴンにダメージを与えるか、だが・・・・・・。
「グッフッフッフッフッフッ・・・!」
とはいえ、相手はそう悠長に考えさせてくれないらしい。
ブラッドグリズリーを始末したエビルモークドラゴンが私達の方へと振り向いてその姿を視界に捉えると、愉悦に浸った様な笑い声を出しながらゆっくりと近づいてきた。
「フェ・・・フェルヌス、さん・・・!?」
「ん・・・?アルク・・・?」
チッ・・・!と舌打ちしつつ伏せていた状態から立ち上がった私であったが、そこでアルクに声を掛けられた。
いったいどうしたのだろう、と一度そちらへと視線を向ければ、そこにはエビルモークドラゴンに対して恐怖を覚えてしまってか、両目からポロポロと涙を流し、上下の歯をカチカチカチと鳴らしつつ、体をガタガタと震わせているアルクの姿があった。
「あ、あんなの、勝てるわけ、ない・・・!一緒に・・・一緒に逃げましょう、フェルヌスさん・・・!ここにいたら危ない・・・!!」
ここにいたら駄目だと、あれから逃げようと涙ながらに訴えてくるアルクに、私はほんの少しだけ両目を驚きに見開いた。
アルクがエビルモークドラゴンに恐怖を覚えるというのは、まあ無理もないだろうと私は思っていた。なにせ相手はアルクよりも遥かに、圧倒的に強い存在だ。むしろその反応は当然と言えたし、言動を見る限りでは、その本心では脇目も振らずに今すぐ逃げ出したいと思っている筈だろう。
だが、彼はそうしなかった。心底怯えている状態でありながら、逃げるのであれば私も一緒だと、そう言ってきたのだ。
そんな彼の姿を目にした私は一瞬呆気に取られ―――次の瞬間には「ふっ・・・」と口元に笑みを浮かべた。
「大丈夫だ、アルク。アイツは私が倒す。だから君は、ここで安心して待っているといい」
そして、震える彼の頭にそっと手を置いて優しく撫でた後、私は足を一歩前へ踏み出すと、こちらに嘲るような笑みを浮かべて見せているエビルモークドラゴンに鋭い眼光を向けた。




