第捌話
「あーもうっ! 思い出しただけでムカつく! あんなヒョロヒョロ野郎に一発で気絶させられるなんて! しかもボクはほぼ無傷! いつでもやれるってか? ム・カ・つ・く!!」
「……………………」
「……………………」
翌日。
ノエルは当たり前のようにグレン達と顔を合わせていた。
あの後一頻り笑っていきなり気を失ったシエルに、グレン達はどう対処しようか迷ったのだ。どうやらシエルが本物の喰屍鬼であることは事実なのでとっとと退治した方が世のためではある。だがその肉体はノエルの物であり、シエルはノエルのもう一つの人格であるという話しが本当だとすると、それはそれで手の出しようがなくなる。
ノエル自身は何もしておらず、下手に手を出すとグレン達が殺人罪の指名手配を負うハメになる。
しかたなく気絶したノエル(シエル?)を抱えて下山し、ギルドの受付嬢に預けたのだ。もちろんシエルのことは伏せて「転んで頭を打った」と言うことにした。
そして今朝方、ノエルは何事もなかったかのようにグレンとカレンの宿に顔を出したのだ。
「もう最悪! 気付いたら救護室って、ボクは貧血で倒れた子供か!」
ちなみにさっきからノエルがわめき散らしているのには理由がある。
グレンが隠していた酒瓶を何かのジュースと勘違いして一気飲みしてしまったのだ。
「今度会ったらタダじゃおかないんだからあの変態!」
ちなみにどういうわけか、ノエルは酒が回るたびに饒舌になるらしく、顔を真っ赤にして明らかに酔っ払ってはいるものの呂律はしっかりしている。ある意味すげえ。
「……………………」
そして酒を取られたグレンは手持ち無沙汰にノエルの愚痴に付き合っていた。話はほとんど右から左に聞き流してはいるものの、ノエルの様子だけはしっかりと観察していた。
そして分かったことは、どうやらシエルが表に出てきている時の記憶が、彼女にはないらしい、と言うことだ。
「よう」
「……ん? 何?」
酒瓶を逆さにして最後の一滴まで飲み干そうとするノエルに、グレンは何となく声を掛ける。
「お前、喰屍鬼が憎いんだよな」
「当たり前じゃない。あんな奴ら、とっとと滅べ」
心なしか口が悪くなっている。
「自分の手で始末を付けたいか?」
「まあね」
「そうか」
頷くグレン。
「んー? どうしたのよグレン。なーんか今日は大人しいね」
「そうか?」
「そうだよ。何か言い切らないってか、何て言うか……あー分かんない。あ、そうか。何か隠してるみたいだよ」
「……………………」
意外と鋭い。
「あ、やっぱり何か隠してる」
「そう見えるか」
「うん、見える見える」
しきりに頷くグレン。そして何を思ったかこう切り出した。
「実はドゥから決闘を申し込まれた」
「ボフッ!?」
盛大にツバを飛ばすノエル。カレンでさえ、グレンが何を言い出したのかと目を剥いている。
「汚ねーな!」
「何でそんな大事なこと黙ってんのさ!?」
「話しは最後まで聞け」
ゴンとノエルの脳天に拳を振り落とす。
酔って痛覚が鈍っているのか、以前のように床をのた打ち回ることはなかった。
「場所はアカシアの共同墓地。来週の紅蓮月の夜にやる。向こうが勝てば俺達が喰われる。俺達が勝てばあいつを捕縛できる」
「で、受けたの?」
「当たり前だ」
至極当然のように頷く。
「で、だ。そこで俺は少し試してみたい」
「何をよ」
「お前を」
キョトンとするノエル。
グレンの言って事がいまいち分かっていないようだ。
「単純明快に言うと、その決闘、お前を出そうと思う」
「へっ!?」
いやいや待ってよ、とノエルは首を振るが、グレンは全く聞く耳を持たない。
「俺は昨夜、あいつを一瞬ではあったが圧倒した。向こうは俺が自分と同等かそれ以上の力の持ち主だと思っているだろう。だがそこであえてお前を出す」
「するとどうなるのですか?」
カレンが問う。
「間違いなく油断する。一度は圧勝してるしな」
「ふんふん」
「まあだが、今のままだとお前は勝てない。てか死ぬ」
「おーい」
「だが後一週間ある。時間は十分だ」
そしてグレンはズイッとノエルに顔を近づけた。
「お前をその間に俺が育ててやる」
「は、はいっ!?」
「お前を今日から俺が直々に鍛えてやる。俺やカレンほどではないにしろ、そこら辺の『肩書き持ち』に引けを取らないレベルまで持ち上げてやる。どうだ? お前はドゥに直接挑めるし、お前自身も強くなる。悪い案ではないと思うが?」
「ちょ、ちょっと……!」
ノエルは戸惑ったように両手を振った。だがその表情にはどこかイタズラっぽい笑みが浮かんでいた。
「親切すぎて気持ち悪い! え、グレン、あんた変なものでも食べた?」
「……人が珍しく親切にしてやりゃ……やめとくか?」
「あーウソウソ! ボクすっごい感謝してる! わーいグレンありがとう!」
「薄っぺらい謝辞をありがとう。……おら、今から鍛えてやっから、ギルドに行って訓練場の手続きして来い」
「オーケー、分かった!」
そう言い残し、ノエルは酒が入っているとは思えない足取りで宿を後にした。
「おー早い早い」
窓から外を見ると、ノエルが走り去っていくのが見えた。
「それで、グレン」
カレンの静かな声がグレンの耳に届く。
そちらを向くと、カレンが怪訝そうな顔をしていた。
「あなたは何を考えて……いえ、何を企んでいるのですか」
「んー? 別にこれと言って」
「嘘を吐かない。わざわざノエルさんを鍛えてまで嗾けるなんて、何かを企んでいるとしか思えませんが」
「そうか? でも俺がいつもの感じでドゥとやり合っても勝てる見込みは五分五分だ。【紅蓮】を抜けば、そりゃこの前みたいに圧倒できるだろうが、間違って殺しちまえば元も子もない。それならあのクソガキを鍛えて大穴を狙ったほうがまだマシだ」
「それなら私が出ればいいではないですか」
「ダメ。俺の大切なカレンちゃんに傷なんか付いちゃ可哀想だろ」
「グレン」
「半分冗談だ。そう睨むな」
「半分は本気ですか。いえ、それよりも私が心配しているのは、あなたがノエルさんを捨て駒にしているのではないかと言うことです」
「ほほう」
「これは憶測ですが……ノエルさんがドゥと相打ちになったとしましょう。そうすれば報奨金は出ませんがこの周辺を闊歩していた喰屍鬼を二匹とも始末できます」
「なるほど、続けてくれ」
「運悪くノエルさんが破れたとしましょう。ドゥは私達に襲い掛かってきます。ですが手負いのドゥ相手なら、【紅蓮】を抜かないあなたでも十分に勝機があります。ノエルさんの中の喰屍鬼はノエルさんと同時に息絶え、ドゥ捕縛により報奨金も手に入ります」
「なるほどなるほど。確かにそりゃいいな。今からでもそっちに作戦変更するかな」
「そっち?」
「ああ。お前は無意識に除外しているのかもしれないが、さっきお前が出した案にはもう一つ『あのクソガキが勝った場合』ってバージョンがあるだろう」
て言うか勝った場合の予想はしないとか何気に酷いな、とグレンは苦笑いを浮かべた。
「……そうです。ですが」
「勝つ可能性は低い、か?」
「はい。確かに彼女はあなたに鍛えられることで『肩書き持ち』レベルまでに力量が上がるかもしれません。ですがそれだけではドゥに勝利できるとは思えません」
「そうか?」
「はい」
「俺はそうは思わないな」
やけに自身ありげに首を振るグレン。カレンは呆れたように訊ねた。
「なぜです?」
「忘れてないか? あのクソガキは中に化物を飼ってるだろ」
「そうですが……」
「そいつを利用させてもらう」
えっ、と瞬きをするカレン。
その反応にグレンは楽しそうに不敵に笑った。
「喰屍鬼をですか!?」
「ああ。ちょっと調べてみたんだが、二重人格ってのはようするに一つの肉体に二つ以上の魂が宿って生まれてしまったって事だろ?」
「そういう解釈もありますね」
「つまりだ。あのクソガキが死ねば化物も死ぬ。作戦の善悪はともかくそれはいい。だがそうなっては困る奴がいるだろう」
「え……あっ! シエル本人、ですか?」
「そう。奴はクソガキに死なれちゃ困る。俺の予想だが、恐らく土壇場で奴は無理やり表に出てくる。そして俺が鍛えたクソガキの肉体を使ってドゥと互角以上に渡り合える。上手くいけば辛勝以上の物を手に入れることが出来る」
「なるほど。ですが残ったシエルはどうするのです?」
「さっきも言った通り二重人格は二つの魂が同居しているような状態だ。しかも内一方は喰屍鬼だ。喰屍鬼は死霊の呪いによっても生じるといわれている」
「それで?」
「おそらく化物も勝ちはするだろうが無傷ではすまないだろう。文字通り身も心もボロボロになった状態だ――そこで俺が奴の魂だけひっぺがえす!」




