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第漆話

 一体何が起こったのか、当事者であったドゥにすら分からなかっただろう。

 グレンが禍々しいほど紅い長剣を抜き放った瞬間、全てが終わっていたと言っても良かった。

 グレンが強者であることは最初の拳の一撃で十分に理解していたつもりだった。

 だがその判断は甘すぎた。

 剣を抜かないのはただ慢心の為ではなかった。

 楽しくないのだ。

 グレンがその名と同じ銘を持つ長剣を抜いた瞬間、全てが終わってしまうのだ。

 まず小型のゾンビが【紅蓮】の餌食となった。グレンが振るったその切先に触れた瞬間、ゾンビ達は腐りきった体液を撒き散らしながら塵のように消え去った。

 次に人間と獣のゾンビが姿を消した。こちらは気付いた時には【紅蓮】に貫かれていた。

 そして最後の一体――ドゥが乗っていたドラゴンゾンビは一瞬でその首を落とされた。降り注ぐ腐血を気にする様子もなく、グレンは笑いながら腐った肉を切り刻んだ。

 黒々しかったその姿が、どす黒い紅に染まる。

 その姿はまるで、影を断ち切るかのように駆け回る、獣そのものだった。

「あはははははっ! あははははははははははっ!!」

 そして気付けば、ドゥしか残っていなかった。

 グレンはゾンビ達を切り刻んだその勢いのまま、ドゥに向かって【紅蓮】を振り上げた。

 終わった。

 瞬間的にそう思った。

 だが。

「頭を冷やしなさい」

 目の前に白い少女が立ち塞がった。

「その状態になると見境がなくなるのがあなたの悪いところです。ドゥを殺しては、報奨金は出ませんよ? あくまで捕縛が目的なのですから」

 カレンはその紅い刀身を素手で押さえつけ、己の太刀を抜き放ってドゥの首元に押し当てていた。

 その白刃の冷たさが首の皮膚を伝って感じられる。

 別に助ける気はないようだ。

「あー……」

 そしてグレンは目が覚めたかのようにカレンを見つめ、そしてドゥと見比べた。

「危ねえ危ねえ。もう少しでぶっ殺すところだった。助かったよカレンちゃん」

 ポンポンと【紅蓮】の鍔で肩を叩き、そして何事もなかったかのように鞘に収めた。

 いや、それはある種の封印と言っても良かった。少なくとも斬られそうになった本人としては封印そのものだった。

「おい化物」

「……なんだ化物」

 お互いに化物と罵り合う。

「今ここでお前を殺すのは実に簡単だ。だが俺はお前を殺すと金が手に入らない。それにそこのクソガキはきっと自分が知らない間に俺が勝手にお前を始末付けると、何かと文句を言うだろう」

 ズイッとグレンは顔を近づける。

「今回は見逃してやる」

 まるで今夜の夕食でも決めるような気軽さで、グレンはそう言い放った。

「次に合った時は問答無用で捕縛してやる」

「……後悔することになるぞ」

 呟き、ドゥはカレンの太刀から脱出する。

「一週間後の紅蓮月エルマの夜――手前の食事会がある」

「あ?」

「アカシアより南西に一時間ほど行った場所に集合墓地がある。手前の手下共が手にかけた人間はあそこに葬られる。人肉は死掛けか埋葬後三日目が一番旨いからな」

 青白い月光の元、ドゥは不気味に笑う。

「そこで決着をつけよう。手前が勝てばウヌらと埋葬された人間の肉を喰らおう。ウヌが勝てばこの身、好きにするがよい」

「ずいぶんと自信ありげだな」

「あたりまえだ――紅蓮月エルマの紅き月光の元でこそ、手前の力は発揮される」

「へえ、さっきのあれはまだ本気じゃなかったってことか」

 グレンは楽しそうに金瞳を細めた。

「いいぜ。その話、乗ってやる」

 ギイとグレンは軋むような笑みを浮かべる。

「首を洗って待ってな」

「ふん……」

 ドゥは鼻で笑い、闇夜に消え去った。

 そしてドゥの気配が遠ざかったのを確認し、

「ぶはあぁっ!?」

 グレンは大きく息を吐いた。

「何だあの化物は……!」

「グレン?」

「わらわらと大量に召喚しやがって! あいつが油断してたから追い詰めるのに成功したように見せれたけど、ありゃマジでヤバイって!」

「確かにあのゾンビの量は尋常ではなかったですね」

「ったく、あれ以上タイマン張ってたらさすがに危なかったぞ」

 今回は【紅蓮】を抜き、〈影獣〉状態に持ち込んで誤魔化せたが、次はどうなるかと考えると、冷や汗が出る。

「こりゃ、久々にお前の力も借りる必要がありそうだな」

「どうぞ」

「……は?」

 あっさりと頷いたカレンに、グレンは間の抜けた声を上げた。

「もともと私達はそう言う盟約の元で行動を共にしているのでしょう。どんどんお使いなさいな私の力を。その方が私としても、あなたが無闇に無茶をするのを傍観しなくてすむので気が楽です」

「……そうかい」

 クシャリと、グレンはカレンの白髪を撫でた。

 その状態で少し考えを巡らし、グレンはよしっと手を叩いた。

「今夜のところは町に帰るか。あの化物がオオカミ共をやってくれたから仕事はなくなったし。あのクソガキも回収しないとな」

 振り向いたところで、グレンはいささか驚いた。

 ノエルがペチャっと女の子座りをしてボウッとしていたからだ。

「なんだお前、起きたのか」

 話しかけ、近寄ろうとして――違和感を覚えた。

「おい、クソガキ?」

「……うふっ♪」

 笑い、小首を傾げてノエルはグレンに向き直った。

「いただきます♪」

 呟き、不自然に、そして鋭利に伸びた牙を突き立てようとグレンに飛び掛った。

「んなっ!?」

 グレンは半歩下がってそれをかわす。そしてそのまま反射的に拳を繰り出そうとしたが、

「おっと危ない♪」

 ノエルは深追いせず、あっさりと後方に跳び退って危なげなく着地する。

 その動きの一つ一つが、先ほどのドゥを連想させた。

「ノエルさん!?」

 カレンもわけが分からず叫ぶ。だがノエルは「ん~んんん~♪」と鼻歌を歌うだけで返事をしない。

 上機嫌に笑うノエル。その口元からは、やはり見間違いなどではない鋭利な牙が覗いている。

 そして確信する。

「お前……ノエルじゃないな?」

 その問いに、ノエルではない赤い少女はようやく答えた。

「そうだよ。アタシはノエルじゃない」

 少女は歌うように笑う。

「でもノエルが生まれたときからアタシはノエルといた」

 少女は歌うように笑う。

「アタシはノエルじゃないけど、ボクはノエルだよ」

 少女は歌うように――嗤う。

「アタシはシエル。ノエルが生まれたときからノエルの中にいた、もう一人のノエル」

 少女は凄惨に嗤う。

「君達人間はあたし達の事をこう呼ぶんだよね? 『二重人格』って」

「二重人格、だと……?」

「そうだよ。うふふ♪ アタシとボクは二人で一人。アタシとボクは世にも珍しい――人間と喰屍鬼グールの双子の姉妹さ」

 ノエルがアタシに気付いてるかは微妙だけどね、と。

 シエルと名乗るもう一人の喰屍鬼グールは楽しそうに笑った。


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