第伍話
ノエルの現状の力量を測るという意味合いも含め、グレン達は昼間、彼女の仕事を手伝うこととなった。それはもちろん、来るべき本番に息が合わずにゴタゴタになるのを防ぐという意味合いも含んでいた。
「基本的にボクのとこに来る依頼は町の警護だけど、たまには近くの山での害獣駆除も任せられるよ」
彼女が言ったとおり、行動を共にし始めたその日に彼女宛に町長からの依頼が来ていた。
依頼内容は付近の山で増えすぎたグレーウルフの駆除だった。何でも、ここ最近人里に下りてきては家畜を襲っていたらしい。家畜主も柵などで対処していたのだが、ついに人的被害が出てしまったために町が動き出したのだという。
「人的被害というと?」
「街道を護衛無しで移動していた商人が襲われたみたい。その人は軽傷で済んだみたいだけど荷物は全部おじゃんだって」
山へと続く街道を歩きながらカレンとノエルはグレーウルフ対策を練っていた。
「やはり夕方まで待ってオオカミ達が活動するまで待った方がいいでしょうか」
「それよりも昼間のうちに巣穴を見つけて一網打尽の方がいいんじゃない?」
「そうかもしれませんが、しかし群全体が一斉に臨戦体勢に入ったら厄介ですよ」
「あー、そっか」
「それに今回はあくまで増えすぎたグレーウルフの間引きです。殲滅してしまっては山の生態系が壊れます」
「それもそうだね」
「……………………」
女子二人が女子らしくない会話に花を咲かせている中、文字通りの黒一点であるグレンは周囲の警戒をしていた。さすがに視界の広い街道で、しかも昼間からノコノコとモンスターやら盗賊が出てくるとは思えないが、念のためという奴である。
「どうせなら罠でも仕掛ける?」
「いえ、グレーウルフは知能の高い生き物です。人間ごときが仕掛けた罠に掛かるとは思えませんが」
「そっかー」
どうでもいいが、この二人はいつの間にここまで仲良くなったんだ?
グレンはどうでもいいことを頭の片隅に置きつつ、周囲を見渡した。
「……っと、おい二人とも。見えてきたぞ」
開けた街道のその先に、今回の依頼の舞台となる山への登山口が見えてきた。
山と言ってもそれは大したことはなく、少々規模の大きい丘に木々が疎らに生えているといった具合だ。それほど深い山稜というわけではない。登山家であれば半日足らずで登頂下山を済ませられる。
「とりあえず日が高いうちに入山して周囲の状況を三手に分かれて確認。夕暮れ前に一度登山口に集合してそれから本格的に開始する。これでいいな?」
「私は構いません」
グレンの出した案にカレンは素直に頷いた。だがノエルは若干不服そうに口を尖らせた。
「ボクもその作戦には賛成だけどさ……一応これ、ボクに来た依頼なんだよ? 何でグレンが指揮とってんのよ」
「ほう。じゃあお前はこの俺を指揮するだけの力量があると?」
「うっ……」
「俺を御し切るだけのカリスマがあると?」
「うぅっ……」
「……言い負かしているように見えて、ただの自慢か我が儘ですよね、それ」
カレンが何やら呆れ声で突っ込んでいるが、聞こえないフリをする。
「ほらほら、さっさと出発! 運悪くモンスターに遭遇しても独力で対処! じゃあな」
「あっ、こら!」
これ以上ないテキトーな指示を遺してグレンはさっさと山に入っていった。ノエルは反射的に声を掛けようとしたが、その黒い背中は恐ろしいまでのスピードで傾斜を駆け上っていった。
つかどんなスタミナだよ。
そう思わないでもなかったが、隣でカレンが無言で肩を竦めているのを見る限り、どうやらいつも通りらしい。
「それでは、私達も行きますか」
そうだね、とノエルが頷いた瞬間。
フッ。
「えっ!?」
まるで先ほどグレンがやった坂道ダッシュのリプレイでも見ているかのように、カレンは物凄いスピードで山を駆け上っていった。
「……あんなワンピ着てんのに、何であんなに早いのよ!?」
と言うかそもそも走って上る意味が分からない。
「『肩書き持ち』って、みんなあんななの……?」
もちろんそんなわけはなく、グレンとかレンガある種の変人であるのだが――ノエルがそんなことを知る由もなかった。
「ぼ、ボクも行こう……」
さすがに燕尾服で山道を駆け上るなどと非常識なことは出来ないので、ノエルは腰のナイフを抜き、慎重に警戒しながら山道に足を踏み入れた。
山道は遠目から見た通り、それほど木々が茂っているわけではなかった。しかしそれはあくまで登山を目的とした場合であって、ここで剣を振って戦うとなれば不利になることは間違いのないことだった。
ナイフを獲物として愛用しているノエルはともかく、長剣を使うグレンや太刀を帯びていたカレンには不向きな戦場だ。
「いや……ボクがあの二人の心配をするなんて筋違いか……」
実際に手合わせをしたわけではない。
だが昨日、グレンの金瞳を見てしまった。ただそれだけなのに、あまりの力量の違いに愕然とした。
比べるなどそれだけで恐ろしい。
グレンの暴力的なまでの力量には畏怖、そして途方もない安心感が宿っていた。
「だからボクは……グレンの『ビジネス』に乗ったのかな……」
正直に言えば感謝している。
別にドゥがノエルの家族を襲った喰屍鬼というわけではない。だが喰屍鬼《喰屍鬼》が憎く、許せないのだ。
ドゥに挑めないのが歯痒かった。
そしてノエルにドゥ捕縛の同行を許してくれたグレンに頭が上がらないのもまた事実だ。
しかし。
「あの妙に上から目線な態度、何とかならなの!? あーウザッ!」
同じ傭兵としては尊敬できるだろう。もちろんいつも彼の隣に控えているカレンもまた信頼できる。
だがグレン個人とはどうしても馬が合いそうにないのだ。
「……っと」
気付けばガシガシと足音を立てながら歩いていた。
「危ない危ない……」
こんなところで物音を立てながら歩くなんて、自分の位置をわざわざモンスターに教えているようなものだ。
「って、そう言えばいないわね……」
ノエルは辺りを見渡す。
今はグレーウルフの活動時間ではない。それでも形跡くらいは見つけられると思っていたのだが、その姿どころか足跡すら見つけられない。その上、普段ならそこらじゅうを意味もなく走り回っているゴブリンの姿も見えない。
「一体どうしたってのよ」
まさかグレーウルフに恐れ戦いて縄張りを移動させたわけではあるまい。
「何か最近変ね……ドゥもそうだけど、やけにモンスター絡みの依頼が多い気がするし……」
ふと歩みを止める。
何か違和感があった。
「……あれ? この臭い……」
スンスンと吹きぬける微風に鼻を鳴らす。
「えっ!? この臭いは!」
気付いたらノエルは走り出していた。
もちろんグレンやカレンほど早くは走れないが、それでも一生懸命に足を動かす。
「はあ……! はあ……!!」
息も絶え絶えだった。だがそれでもノエルは足を動かすのを止めない。
いつの間にか辺りが薄暗くなってきた。そろそろ集合の時間だ。だがノエルは気にすることなく走り続けた。
そして妙に開けた広場に出る。
臭いはそこから漂っていた。
「これは……!」
赤い光景が広がった。
地面の落ち葉が一応に赤く染まっている。
そこに無造作に転がっているのは、その灰色の毛並みを鮮血で染めた大量の獣だった。軽く三十匹はいるだろうか。
そして。
「あ……あ…………あ……………………!」
喉の奥から声を絞り出す。
大量のグレーウルフの骸の中、やけに色白で長身の人影が蠢いていた。
血塗れた長い銀髪を振り乱し、すでに動かなくなったグレーウルフに鋭い爪を突き立てている。
「あぁ……!」
一度、グレン達に人相書きを見せてもらった。
その絵の人物と、目の前の男は瓜二つだった。
「……ジョン……ドゥ……!」
「うん……?」
己の名を聞き、喰屍鬼はノエルに向き直った。




