第肆話
受付嬢に預けようと反対したカレンを押し切り、グレンはノエルのMIDカードを宿まで持ち帰った。
「一体どうするつもりですか」
その夜、宿の一室で安酒を飲みつつグレンはMIDカードを眺めていた。
「んー?」
「ですから、どうするつもりかと聞いたのです」
人の話を一向に聞こうとしないグレンを相手に、カレンは辛抱強く尋ね続けた。
ちなみに宿は「二部屋もとる金はない」と相部屋である。いい加減二人旅にも慣れてきたのでこのようなことはよくあるのだが、グレンが黒コートを脱いで黒シャツ黒ズボンであるのに対し、カレンはやたらと可愛らしい白のネグリジェである。この光景を初めて見た者は、いくら何でも相部屋に慣れすぎではないかと言わざるを得ないだろう。
「どうするかって?」
ようやく安酒を飲み干し、グレンはグラスをテーブルに置いた。
「どうするも何も、MIDカードはこうするもんだろ」
おもむろにグレンは聞き取れない言葉を呟き、MIDカードに指を翳した。
「Read」
ポウっとグレンの唱えたルーンと共鳴し、MIDカードから複雑な紋様が組み合わされた魔法陣が浮かび上がった。
「ちょ、ちょっと!」
さすがのカレンもこれには慌てた。
「何他人のMIDカードの情報をハッキングしてるんですか!?」
「いーからいーから。バレなきゃいいんだろ、ようするに」
「バレなきゃいいって! グレンあなたね!」
「あーあー、説経は後で聞く。……いやな、俺もあのクソガキの態度は気になるところがあってな」
「え?」
どういう意味ですかと聞き返すが、グレンは集中しているようで返事はなかった。
MIDカードとはMagic Identityカードの略称である。傭兵ギルド《レジェンド》に所属する傭兵全員が所持しており、カード内に埋め込まれた魔法陣には、入隊日時や過去に達成した依頼、家族構成などの個人情報がぎっしりと詰まっているのだ。
また、カードの持ち主ならば容易に全ての情報を見ることができるのだが、赤の他人カードの情報を読み取ろうとすると、その情報の重要度によって埋め込まれた魔法陣は開きにくくなる。魔法陣の最深部、最重要情報を開くとなるとかなりの精神力と集中力を必要とするのだ。
「話しかけても答えられないほどの集中力を必要とする情報など、一体何のために……?」
呟くが、当然のようにグレンの耳にカレンの声は届いていなかった。
カレンはただ待つしかなかった。
そして十数分後にようやくグレンが顔を上げた時、カレンは神妙な面持ちで彼を見つめた。
「ふう……」
「……………………」
「ん? どうしたカレンちゃん。そんな俺に見惚れて」
「軽口を叩く余裕があるのでしたらさっさと説明を済ませてください」
「あーあ、ノリが悪いな」
口を尖らせて文句を言うグレン。そして酒瓶に手を伸ばすもすでに飲み干していることを思い出して大人しく手を引っ込めた。
「まあ説明っつってもそんな大袈裟なことじゃないんだけどな。だがとりあえず……入ってきてもらおうか」
小さく呟き、グレンは部屋の入り口のほうを見やる。
そのアクションだけで意図を読み取ったカレンは、そっと扉に近づき、一気に開け放った。
「わっ」
そして小さな悲鳴を上げ、赤い少女が部屋に倒れこんだ。
「よっす。盗聴お疲れさん」
「うっ……」
扉に張り付いて盗み聞きしていたことがバレ、ノエルは赤髪をポリポリと気まずそうに掻いた。
「何で気付いたのよ……?」
「いや何でも何も、気配が消せるなら足音も消せよ」
単刀直入に言われ、ノエルは顔を顰めた。
そう言えば、とカレンもグレンが集中している時に廊下から足音が聞こえてきたような気がすると思い出した。
「グレン、精神統一していたのではなかったの?」
「うん? まあそうだけど、足音くらいなら聞き取れるだろ」
あっさりととんでもなく高度なことを言ってのける。
№4と№6――肩書きの差は二つだが、そこには大きな力量差があると改めて思い知った。……例え普段はふざけてろくに実力も出さないとしても。
「で、だ。おいクソガキ」
「……何よ」
相も変らぬクソガキ呼ばわりにムッとしたノエルは仏頂面をグレンに向けた。
「これを取り返しに来たんだろ?」
その不機嫌な顔にMIDカードを突きつける。
「あっ! そうだった!」
ひったくるようにグレンの手からMIDカードを奪い取る。そして一通り状態を確かめてからポケットに突っ込み、改めてグレンに食って掛かる。
「あんた何でボクのMIDカード、カウンターに届けないで持って帰っちゃったのよ!」
「お前に話があるからだ」
「へ?」
どうせ再び罵声の浴びせ合いになるのだろうと思っていたノエルは、グレンの反応が薄く拍子抜けした。
「どうせお前の事だ。後で会おうと思っても素直に面貸さねえだろ。だからMIDカードを餌に誘き寄せた。何か異論と質問は?」
「……無いよ」
図星だったのか、ノエルは素直に認める。だがすぐに勝気な瞳をグレンに向けた。
「で? 何の用よ」
「ドゥ……いや、喰屍鬼についてだ」
「…………!」
一瞬、ノエルは身を硬くした。
「さっきお前のMIDカードから過去の仕事内容を読み取った」
「はあっ!? あんた何個人情報を勝手に読んでんのよ!」
「それに関しちゃお前が落としたのが悪い」
「……………………」
再び黙り込むノエル。
「お前、基本的な町の警護任務の他にモンスター討伐……それも死霊系モンスターばかり集中的に相手にしてるな」
「……それが何よ」
「しかも一々町を離れて地方にまで足を運んでいる。複数の傭兵とパーティーを組んで喰屍鬼も一度だけだが相手にしているな」
「それがどうしたのよ」
「気になってな。喰屍鬼もどちらかと言えば死霊系だ。何でお前はここまで死霊系モンスターに拘るんだ?」
「……………………」
黙りこむノエル。
だがグレンは気にせず続ける。
「そしてお前が死霊系モンスターに拘りだしたのは二年前――ちょうど同じ頃、お前の家族が死でいるな?」
「うるさい!」
さすがに我慢できずに、ノエルは大声を張り上げた。
「うるさい! うるさいうるさい! うるさいっ!!」
ノエルは我が儘を言う子供のように喚き散らす。
だがグレンは一向に気にする様子もなく喋り続ける。
「ここからは憶測だが……お前の家族、ひょっとしたら喰屍鬼にでも喰われたか?」
「黙れ!」
ノエルは叫び、腰に差していたナイフを抜き放ち、グレン目掛けて投擲した。
「おっと」
だがその切先は、僅かに首を傾げたグレンの左頬をかするだけで、後ろの壁に突き刺るだけだった。
「そうよ!! ボクの家族は喰屍鬼に殺されたよ! ギルド入隊試験に受かって、家に帰ったら、皆食べられてたよ! それからボクは喰屍鬼や死霊が憎くて仕方ないよ! 敵討ちみたいに依頼を受けてたよ! それがどうしたのよ! あんた何様のつもり!? 人の心の傷を抉って、そんなに楽しい!?」
「いや別に」
鼻で笑い、グレンは泣き叫ぶノエルを見やった。
「その自分だけ不幸だ、みたいな態度は気に食わないが、よく分かった」
そしてギイと軋むような笑みを浮かべ、グレンはズイッとノエルに顔を近づけた。
「ここからは仕事、ビジネスの話だ」
「え……?」
「お前は喰屍鬼が憎い。だが力量不足でドゥには挑めない」
ノエルはグレンの爛々と輝く金瞳を見て、まるで何かに呑み込まれるかのような気分を味わった。
「対して俺達は金が欲しい。ドゥの報奨金は実に魅力的だ」
それは力そのものであり、貪欲なまでにノエルの意識を呑み込もうとしていた。
「手を組もう」
暴力の如きその力は、確実にノエルの魂を奮い起こしていた。
「俺達には、お前の復讐に力を貸すことが出来る」
そして目の前に、グレンの手が差し出された。
「どうする」
ノエルはおずおずと、だがしっかりとその手を握り返した。




