第参話
ドシャッ。
何事かと辺りを見渡したグレンの頭上に、ソレは落下してきた。
「ぐえっ!?」
あっけなく床に沈むグレン。天井から落ちてきたソレは上手いことグレンの両肩に着地したため立つ事ができない。
落ちてきたのは、やたらと目立つ派手な赤い燕尾服を着た少女だった。
カレンも一体何が起こったのか分からなかったが、ふと見上げると天井にぽっかりと穴が開いていた。そして少女の手には細身ながらも鋭利なナイフが握られている。
どうやら天井に潜み、グレン達のやり取りを聞いていたようである。
「ふっふっふ! ようやくドゥの情報を手に入れたよ!」
「ノエルさん!? あなた、まだ諦めてなかったのですか!?」
「とーぜん! 自啓団のボス、ドゥを捕まえるのはこのボク! №101〈不屈〉のノエルなんだから!」
「ノエルさんには無理です! ギルドとしてリンカさんをドゥ捕縛に向かわせることは出来ません! それに何ですか№101って! ナンバーは1から100まで、例外は認めれておりません! そもそも勝手に肩書きを名乗らないで下さい!」
「いいじゃない別に。次期『肩書き持ち』有力候補ってことさ! そんなボクがドゥ捕縛に自ら赴こうって言うんだから、ギルドはむしろ僕に感謝してもいいくらいさ!」
「そんな理屈が通りますか! いいから、ノエルさんは町の警護のほうに戻ってください!」
「えー! だってこの辺ってザコいゴブリンしか出てこないんだもん! 飽きちゃった。もっと難しい依頼をやってみたいよ」
「ダメです。そもそもそんな依頼なんて来ていません!」
「だからドゥがいるじゃない! いい加減に――」
「――いい加減にするのは……」
と、少女の足元からどす黒い怒気を孕んだ唸り声が聞こえてきた。
「お前だクソガキぃっ!!」
「ぎゃふんっ!?」
その強靭な筋力による俊敏な上体起こしから、グレンは流れるような無駄の無い動きで肩に乗ったまま口論を繰り広げていた少女の頭をを容赦なくぶん殴った。
「いつまでも人の上でギャアギャアギャアギャア喚きやがっ――」
「女の子を殴り飛ばすなんて何を考えているのですか」
「ぎゃふんっ!?」
今度はカレンに容赦なく殴られ、グレンは少女と共に悶絶した。
「……で、どなたですか?」
頭を抱えながら床を「おおおおおぉぉぉぉぉっ」と悶えながら転がり続ける二人を一瞥しながらカレンは受付嬢に尋ねた。
その光景に一瞬圧倒されながらも、受付嬢は無理やり営業スマイルを作った。
「はい。彼女はここアカシア支部に駐屯しておられますノエルさんです。肩書きもナンバーも無い、ただのヒラ傭兵です」
妙に剣呑な紹介を受け、カレンは転がり続ける少女を見やった。
赤毛に赤い瞳、赤い派手な燕尾服に気を取られがちだが、どうやらまだ十代の半ばを過ぎたかという年頃だった。精悍な顔立ちに燕尾服の上からでも分かる凹凸に乏しい体付きを見れば、彼女がそこそこ鍛え抜かれた傭兵であると言う事は分かった。
だがまだまだ若い。確かに情報のみの見聞きだが、盗賊団の首領の捕縛という依頼には手が余りそうである。
と、床を転がっていた二人が不意に立ち上がり、いきなり眼のくれ合いを始めた。
「ぃったあいっ! 何すんのよ!?」
「それはこっちのセリフだこのクソガキ! いきなり人の頭の上に振ってきて詫び無しかコラ!」
「あんたも傭兵でしょ!? それくらい避けなさいよこの真っ黒!」
「真っ赤なじゃじゃ馬に言われたくねえ! つかなんだその格好! けばけばしい、目が痛い!」
「あんたの黒ずくめよりよっぽどセンスいいわよ! あんたみたいのが一桁ナンバーとか信じらんない! さっさと引退して空いた席をボクに寄越しなさい!」
「んだとこのガキ……!」
「何よ、やる気……!?」
罵声の浴びせ合いをしていた繰り広げていた二人の雰囲気がさらに怪しくなる。さすがにこれ以上はまずいと判断したカレンが間に入って仲裁する。
「その辺でやめておいたらどうです? グレンが暴れたら後片付けをするのが手間なんですから」
「む……」
「あなたもですよノエルさん。こんな黒くて頭の悪い人に一々突っかかっていては時間が無駄になりますよ」
「……そうね」
カレンの理不尽な物言いにグレンはムッと顔を顰めたが、すぐに冷たい瞳で睨まれてすごすごと引き下がった。
「申し遅れました。私はカレンと申します。向こうの黒いのがグレンです」
「……ノエルです」
カレンのその柔らかな物腰に毒気を抜かれたのか、ノエルは素直に差し出されたカレンの手を握った。グレンはと言うと面白くなさそうにノエルを睨んでいた。
もちろんグレンから握手を求めることはなく、同様にノエルも軽く無視した。
「それはそうとノエルさん」
「……何?」
「自啓団の首領ドゥについてです」
「……………………」
「客観的に申しますと、確かにあなたには荷が重い相手だと思います。聞けば自啓団は本部の位置すら不明な一団だそうです。そんな不確定な集団のリーダーともなれば得体の知れない存在です。一体どのような手を使ってくるか分かりません。そのような相手にあなたのような将来有望な人材を送り込むなどとても出来ません」
「……………………」
「それにあなたは町の警護がつまらないものと思っているようですね。ですが町の警護も重要な仕事なのですよ? あなたがいるといないとでは町の治安や安全性が大きく左右されるのですよ」
「……………………」
「ついでに言わせて頂ければ、喰屍鬼とはとても危険な存在なのです。過去に一度、相手をしたことがありますが、彼らは人間であることを棄て、モンスターへと身を堕しているため身体能力が飛躍的に上昇しています。一対一では、下手をすればあなたの身にも危険が――」
「――分かってるよ」
「え……?」
それまで大人しくカレンの御小言を聞いていたノエルは、俯いたまま小さく呟いた。
「……分かってるよ……。喰屍鬼がどれだけ危険か……ボクが一番分かってるよ……」
「ノエルさん……?」
その声はとても小さく、聞き取れるかどうか微妙なところだった。カレンは何かまずいことを言ってしまったかと、ノエルの表情を窺う。
だがノエルはすぐにカレンを振り切るように踵を返して歩き出した。
「分かったよ。町の警護に戻ればいいんでしょ? そうするよ」
「……………………」
さっさと歩き去った赤い背中を見つめ、カレンはどうすればいいか途方に暮れた。
「……別にどうもしなくていーんじゃねえか?」
「グレン……」
カウンターに寄りかかって成り行きを見守っていたグレンが嘆息した。
「そもそもお前は説教臭いんだよ、初対面相手に。ほっとけほっとけ、どうせあそこまでボロクソ言われたら、さすがに一人でドゥんとこに行くなんてしないだろ」
「そう……でしょうか……」
「そーそ。それに金は少ないながらも手に入ったんだ。とりあえず一週間分の宿をとって、ドゥの調査はそれからにしようぜ」
「ですが彼女には何か……」
「あの歳で傭兵なんてやってんだ。心の傷くらいあって当然だろ」
「それはそうでしょうけど」
「お前は一々気にしすぎなんだよ。それに……」
グレンはおもむろに足元に落ちていたモノを拾い上げた。
「用がありゃ、向こうから来るだろうよ」
「それは……?」
グレンが拾ったソレを覗き込む。
そこにはノエルの名前と不機嫌そうな表情を浮かべた彼女の色写真が印刷されていた。
「あのバカ、MIDカードを落としていきやがった」




