第拾話
後に『アカシア紛争』とも呼ばれる丸々三日間にも及ぶ、三人の傭兵と二百人の盗賊団による戦闘被害は意外と少なかった。
軽傷者五十七名。
重症者百二十一名。
死者四十二名。
物的破損は墓石が五十三個。
戦闘の始まりであったアカシア集合墓地で『自啓団』の九割が捕縛、もしくは殺害され、逃げ延びた者も二日以内に全員捕縛された。
それほど短くはない間アカシアの町周辺を脅威に晒していた盗賊団の、あっけない終末であった。
捕縛された盗賊団の中には首領ジョン・ドゥ――死亡者の中には傭兵、自称〈不屈〉のノエルを含んでいた。
「いらっしゃいませ。こちらは傭兵ギルド《レジェンド》アカシア支部でございます」
深手を負っていたわけではないが、三日三晩戦い続けたため、大事を取って一日の休養をとった後、グレンとカレンはギルドに顔を出した。
二人を迎え出た受付嬢には、いつもの笑顔がない。
「よう」
「あ……お疲れ様です。グレンさん……カレンさん……」
「例の件の報奨金を受け取りに来たんだが」
「はい。用意しております」
そう返し、受付嬢は応接間に二人を案内した。
小奇麗に掃除された小部屋だった。中央にはガラス製のテーブルが置かれ、その上には厳重に鍵のかけられた鞄があった。
「Open」
受付嬢はそうルーンを呟き、鞄の鍵を開ける。
「約束通り、ジョン・ドゥ確保報奨金の金貨五百枚と盗賊『自啓団』のメンバー確保報奨金の金貨二十八枚と銀貨百五十枚です」
瞳に毒とはこのことか。
眩いばかりの金貨と銀貨が、鞄にぎっしりと並べられていた。
グレンは呟く。
「大金だな」
カレンが答える。
「そうですね」
「これはさすがに持ち歩けないな」
「そうかもしれません」
「金は必要でも、ここまではいらないな」
「こんなに持ち歩いたら、それこそ盗賊に狙われますね」
「だな」
そして二人は顔を見合わせ、静かに頷いた。
「私達はこの半分だけ頂きたいのですが」
「半分、ですか」
「ああ。残り半分は――あのクソガキの分だ。孤児だったらしいからな。ギルドの方で立派な葬式でも挙げてやってくれ。余ったらそのままギルドに寄付しよう」
「……分かりました」
受付嬢は鞄を閉じ、鍵を閉めた。恐らく金庫に向かおうとしたのだろう、部屋を出ようとしたところでカレンに呼び止められた。
「あの……」
「はい?」
「……ノエルさんは? 出発する前に一度、お顔を拝見したく……」
「え……もう出発なさるんですか」
「ええ。今朝方、ギルドの本部より依頼が届きまして――今日明日には出ないといけませんので」
「そうなのですか……。分かりました。ノエルさんは地下二階の霊安室にいらっしゃいます」
「ありがとうございます」
「鍵は掛かっておりませんのでご自由に……。それでは私はこれで」
頭を下げ、応接間を出て行く受付嬢。
二人はしばらくその場でボウッとしていたが、そのうちどちらともなくノッソリと動き出す。
「行くか」
「ですね」
「地下二階って言ったか」
「はい」
身のない会話をしつつ、地下へと降りる階段を目指す。
地下も二階まで下がると、急に涼しくなる。壁紙が白一色で統一されているからかもしれないが、どことなくひんやりとした雰囲気があった。
そして目的の場所に辿り着く。
「ここか」
「はい」
ドアノブに手をかけ、グレンはゆっくりと扉を開ける。
そこには赤い燕尾服の少女が、棺に納められている――
「何っ!?」
「これは……!」
――はずだった。
そこには無残に打ち砕かれた棺と血の海。
そして
『我 復讐す 次は黒と白 貴様らだ』
そう、白壁に毒々しい血文字で書かれていた。
カレンが慌てて砕かれた棺に駆け寄る。
だが彼女は首を横に振るばかりだった。
「ダメです……髪の毛一本残っていません」
「そうか」
頷くグレン。
そして扉の向こうから慌しい足音が聞こえてきた。
「大変です! ジョン・ドゥが……!」
「分かってる」
息を切らしながら霊安室に入ってきた受付嬢に、グレンは壁の血文字を見ながらそう返した。
「これは……ノエルさんが……!」
「なあ」
「は、はい……?」
「確認したいことがある。あのクソガキのMIDカードの全情報を見せてくれ」
「えっ!? しかしそれは……」
「迷惑はかけない。責任は全部俺が被る。……急いでくれ」
「……分かりました」
グレンの声に何かを感じたのか、受付嬢はすぐさまその場を後にした。
そしてグレンは相変わらず血文字を見つめながら呟く。
「もしかしたら……」
ギイと、軋むような笑みが浮かぶ。
「グレン……?」
「おいカレンちゃん。本部に一週間くらい遅れると連絡してくれ」
「え? しかし」
「これからしばらく、毎晩墓場に張り込む。報奨金なんて知ったことか。……今度こそ喰屍鬼の息の根を止めてやる」
グレンのその金瞳に、煌々とした光が宿った。




