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先生とあたしの恋愛化学方程式  作者: 角 秋也


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8/20

Au-3

 月曜日が来た。宿題は、結構簡単だった。先生と作った教科書を見ながらやれば、特に分からないことは無かった。文句を言うとすれば、暇つぶしになるほど量が無かったこと。金曜日のうちに、終わってしまった。仕方ないので、土日は問題集の解けそうな問題を解いてみた。先生、褒めてくれるかな。

「おはよう、先生」

 化学室の扉を開けると、先生は実験机の前に座っていた。金曜日の朝と同じ、眠そうな顔。でも少し目が覚めている顔。もうコーヒーは飲んだらしい。

「おう、おはよう。宿題、どうだった?」

 先生は私が入ってくるのを見ると手をあげて挨拶をした。

「少なかった。面白くてすぐ終わっちゃったから、追加でできそうなのやってきた」

 文句を言うとすれば、夢中になりすぎて、もっと量が欲しかったこと。

「おお、いいじゃねえか! 丸付けはしたか?」

 先生はとても嬉しそうな顔で答えてくれた。頑張った甲斐がある。

「うん。分かんなかったところ、聞いてもいい?」

「当然。そのために俺はいるからな」

 さっきと同じ、嬉しそうな顔で先生は言った。先生が嬉しそうだと、それだけで私も嬉しくなる。

「えっとね、こことここなんだけど……」

 早速問題集を取り出して付箋をつけたページを開いた。

「丁寧だな。俺だったら、角を折って済ましちまうトコだ」

 先生は、変な所に感心した。

「そうなんだ。変?」

 先生の方法の方がいいのかな。

「いやいや。いい事だ。んで、どの問題つった?」

「ここの問題と、こっちのページのこの問題」

 分からなかった問題を指さした。結構悩んだけど、結局分からなかった問題だ。

「ほう。結構上級の問題だぜ、コイツは」

 先生がニヤリと笑って言った。新しい表情だ。

「んで、どこが分からなかった? 他の問題ができたんなら、全く分からなかったワケでもねえだろ」

 先生は楽しそうな様子で話した。

「うーんと。問題自体はグラフ見て解けたんだけど、なんでそうなるのかよく分らなくて。このグラフ。水の状態図?なんだけど……解説見ても分かんなくて」

 問題自体は解けたけど、モヤモヤが残る。解説を読んでもいまいちピンと来ない。

「あー、これか。これなあ、水の性質の問題でな。どこから説明すっかな……詳しい方が好きか?」

 顎に手を当てて、先生は私に聞いた。

「うん! 先生の説明、分かりやすいし」

 それに、なるべく原理から知った方が応用が利くって、先生は前に言っていた。

「そうか。んじゃ、まず水の分子構造の話なんだが──」

 先生はチョークを持って図を描き始めた。丸が3つ。大きいのに小さいのが2つくっついている図。なんというか、ネズミの頭と耳のような配置。それを指しながら、先生は水について解説し始めた。

「まず水分子の性質なんだが、こういった少し変わった形をしているんだ。でだな、液体状態の水は比較的自由に動き回って互いに近い距離で結合しているんだ。しかし、個体になると規則正しい六角形の構造になる。この構造は隙間が多く、そのため体積が大きくなるわけだ」

 そこで先生はグラフに指をさし、

「そこでこのグラフだ。グラフによるとH2Oの融点は低くなるわけだが、その理由はこれが原因なんだ」

 と言った。

「なるほど……うん、分かった。先生ありがとう」

 もやもやが晴れて気分がいい。

「これだけの説明で分かるっつーのは優秀な証拠だよ」

 先生は笑顔で私の肩を軽くたたいた。制服の上からだったけれど、先生の体温が伝わってくるようで、それだけで心が満たされた。

「そっか……うん、ありがと、先生! 私を優秀な生徒にしてくれて」

 私が笑って言うと、

「優秀にするっつーのは違うな。夏浦の元々持ってる才能だよ、これは」

 先生は笑って答えた。

「ちなみに、電子レンジの仕組みもこれに関わってるんだよな。熱エネルギーとは何か、っつーのはやったはずだ」

「うん。分子の細かい運動」

 先生のメモに、熱は運動エネルギー、とアンダーラインまで添えて書いてあった。

「んで、電子レンジは使うと物が温まるだろ? つまりは分子を動かしてるっつーワケ。なんで動くのかっつーとだな……これはやってない範囲の話が混じるんだが、聞くか?」

 先生は少し申し訳なさそうな顔で言った。

「うん、聞く。いっぱい説明、して」

 先生の話は面白い。多分、電子レンジの話なんて、勉強的には重要じゃないんだろうけど、真剣に話してくれるし、興味が湧く。

「OK。んー、最初に概要を言うと、水分子っつーのは極性を持つ、って性質があってだな。これが関わる。極性が何かって言うと──」

 先生は相変わらず丁寧な説明をする。知っている話の復習から始めて、知らない単語。私が理解しているかを確認してから、次の話。分からないまま置いて行かないから、話に引き込まれる。

「ってことで、マイクロ波の力で水分子を振動させるワケだ。だから、実はガラスの容器だけを入れても、容器は温まらないんだな」

 そう言って先生はどっかりと椅子に座り込み、

「しかし、よくもまあ発明したよなあ。科学者っつーのはすげえ。そう思わねえか?」

 と言った。

「うん、すごい。でも、先生もすごいよ」

 毎回、紙とか画面を見ずに色々説明してくれる。

「まあ、化学が好きだからなあ。夏浦は化学、面白いか?」

「面白い。先生のおかげだね」

 私が言うと、先生は嬉しそうに笑った。

「嬉しいねえ。教師冥利に尽きるってもんだ。しかし、アレだな。解説もしっかり読んでた辺り、結構活字も読めるようになったんじゃねえか?」

「……確かに」

 気づかなかったけど、確かにそうだ。別にクラクラしない。

「いい傾向だ。活字が読めないんじゃ、化学オタクは務まらない」

「化学オタクって、結構楽しいね」

 勉強、って感じはあまりしない。知りたい事を知るために、本を読んでる。それこそ、漫画の先が気になるみたいに。

「そうだろう?」

 先生は心底嬉しそうに言った。

「じゃあ先生、続き写すから、また教科書貸して」

 先生に釣られて笑いながら言った。

「おう。最初の頃より、笑うようになったな」

 言われて気付いた。先生も仏頂面だけれど、私もだったのかもしれない。

「これも、先生のおかげ」

 私は、嬉しくて自然と笑みがこぼれた。

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