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先生とあたしの恋愛化学方程式  作者: 角 秋也


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17/20

C2H5OH

「ああそうだ。今日から毎週水曜に数学の特講を行うので、参加希望の生徒は403教室に来るように。偏差値の高い大学を狙うんなら必須と思ってくれて構わない。それでは今日の授業はこれで」

 新年度になった数学の授業終わり、金山先生がアナウンスをして立ち去った。数学か。今のところ使う教科の中では一番の苦手教科だし、受けてみようかな。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 放課後、指定の教室に向かおうとすると、山野君が話しかけてきた。

「なあ、夏浦さんも特講受けるのか?」

「うん。山野君も?」

 あたしが聞き返すと、

「ああ。数学科、目指してるんだ」

 山野君はゆっくりと頷いた。

「へえ、すごい。部活は大丈夫なの?」

 確か柔道部だったはず。

「週に一回なら抜けても大丈夫。許可も取った」

「ならよかった。一緒に頑張ろうね!」

「ああ」

 山野君は再び深く頷いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「いやー、授業で扱う内容よりよっぽど難しかったね!」

 特講が終わり、帰り道が同じという事で山野君と一緒に駅へ向かっていた。

「そうだな、ためになる」

 深く頷く山野君。

「でも、やっぱり数学科目指すだけあって理解が早かったね! あたしが悩んでいるうちにスラスラ解いてたもん」

「数学は、まあ」

 また静かに頷く山野君。

「それじゃあまた明日! じゃあね!」

 あたしはそれに手を振りながら電車に乗り込んだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「今日ね、数学の特講を金山先生が開いてくれてさ」

 今日は月に一度の電話の日。先生と電話していた。

「あー、あの人、真面目だからなあ。どうだった?」

「難しかったなあ。でもまあ、ついていけない程じゃないし、大丈夫! 金山先生、教えるの上手いし」

 あたしが率直な感想を述べると、

「そりゃあ良かった。あー、ところでなんだが」

 先生は若干言い辛そうに話を切り出した。

「どうしたの?」

「いや、なんだ。その、なんで俺なのか、っていう事だよ。夏浦がよく懐いてくれていること自体は悪い気しねえが、別に俺じゃなくてもいいだろうよ。教師限定でも、俺より若い教員はいるし、生徒ならもっと数がいる。その中でなんで俺なんか、って話だ」

 不思議な質問を先生は投げかけてきた。

「そりゃあ、あたしを独りの世界から救い出してくれたからだよ! それに、パパの事を思い出すし、それに──」

「それだよ」

 先生は少し険悪な声で言った。

「それがお前と付き合うのをためらう一番の理由の一つだ。俺はお前のパパじゃねえ。そんな気持ちでいられるんじゃ気分が悪い。もうこういうことはできねえ。それじゃあな」

 それだけ告げると先生は一方的に電話を切った。

「先生……」

 あたしは、泣きそうだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「……おはよ、山野君」

 あれから結局、昨日はほとんど眠れなかった。好きな人に別の好きな人の影を見るというのは、そんなに駄目なことなのだろうか。

 それはそれとして、校門前でたまたま会った山野君に挨拶をした。

「おはよう。……目、腫れてるぞ」

 泣きながら夜を過ごしたせいだろうか。目ざとく山野君はそれを指摘した。

「え、き、気のせいじゃないかな……」

 我ながら程度の低い誤魔化し方だと思う。それでも隠したい意図は伝わったようで。

「……そうかもな」

 山野君は相変わらず静かに答え自分の教室へ向かった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「ありがとうございましたー」

 特講の後、先生に礼をして教室を後にしようとすると、山野君に呼び止められた。

「なあ、その……」

「な、何?」

 泣いていたのがバレていた手前、なんだか気恥ずかしく、声が上ずってしまった。

「夏浦さんさえよければなんだが……どこかで特講の復習、しないか?」

「あ、うん、いいよ! どこ行こっか?」

 内心泣いていたことを追及されなかったことにホッとしつつOKを出した。

「じゃあ、行こうぜ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 あれから数ヶ月。2学期も終盤。山野君との特講後の復習は習慣化して、毎週水曜日は山野君と過ごす時間が長くなっていた。

「じゃあ、行くか」

「うん!」

 今日もまた、いつもの空き教室に向かった。山野君はいつもと違いこちらを見てはそっぽを向いたり、なんだか挙動不審。席についてからもそれは変わらず、教科書も開かないでキョロキョロしている。

「ねえ、どうかした?」

 痺れをきらしてあたしが聞くと、

「夏浦さん!」

 山野君は普段の物静かなイメージとは異なる大きな声を突然出した。

「えっ!? はい!」

 思わず身構えると、

「いや、すまん。大事なことを、伝えたくて」

 今度は一転ボソボソと言う山野君。

「大事なこと?」

 なんだろう。思い当たる節がないあたしが思案していると、

「その、好きだ! 付き合ってくれ!」

 大きく頭を下げて山野君は言った。

「は、ふぇっ!? す、好きって、あたしのことが!?」

 告白されたのなんて、初めてだ。驚きで頭が真っ白になった。

「……それ以外いないだろ。それでその……どうだ、答えは?」

 山野君の言葉で意識を目の前に戻した。

 今も先生の事は大好きだけれど、あれから連絡は取ってないし、もう縁が切れちゃった、ってコトだよね……

「……山野君は、あたしなんかのどこを?」

 気になった点を聞いてみた。すると、

「そうだな……俺、妹がいたんだけど、俺が高校上がる少し前に交通事故で亡くなって、さ。そしたら夏浦さんがそっくりで。驚いた。それで──」

 ああ、こういうことだったんだ。

「それなら、ごめんなさい。山野君とは付き合えない。あたし、好きな人がいるんだ。で、同じようにもういない人の影を見てて。それで突き放されちゃって。でも、ようやくその気持ちが分かった」

 先生も、同じ気持ちだったんだろう。

「自分を通して別の人を愛されるなんてのは、すごくその……不快でさ。だから、ごめんなさい。でも山野君、いい人だからそのうちいい相手が見つかるよ。それじゃあ今日はこれで」

 教科書を閉じて教室を後にした。

 山野君の顔は、見られなかった。

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