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先生とあたしの恋愛化学方程式  作者: 角 秋也


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C8H7N3O2-1

 季節は過ぎ、寒さも本格化してきた。そんな中、あたしは暖かくした自分の部屋で返ってきた模試をズラリと並べた。国語、日本史が壊滅的……なのは想定内。文系教科は単位さえ取れればそれでいい。事実、校内の試験ではギリギリ赤点は回避した。そして重要な理系科目と英語。数学はそこそこ。英語は結構いい感じ。そして化学はなんと満点。やはり実際の共通テストの過去問をやった甲斐があった。全体的に問題は易しいし、試験時間にも余裕がある。校内の試験も満点だった。因みに化学の授業は生物担当のあの女の先生が引き継いだ。慣れない様子で内容も最低限だったので授業はあまり聞かずに問題演習の時間にあてていた。佐久間先生ごめんなさい。

「ああ、会うの、久しぶりだなあ」

 部屋で一人呟いた。模試も校内試験も満点だったら会ってくれる約束だった。日付は指定された中から決めていいと言われたので、迷わずクリスマスイブを選んだ。試験が終わってからは久々に勉強を休んでお化粧のことを調べたり持ち合わせの服でいい組み合わせを探したり、お金がないなりにお洒落に気合を入れた。化粧品類はお母さんが同じのを使っていいと言っていたので、ありがたく使わせてもらうことに。まあ、多分お母さんの言っているのはスキンケア用品とかそういったものなんだろうけど、化粧品類と言った以上化粧道具も存分に使わせてもらうつもりだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「一時間も早く来ちゃった……」

 クリスマスイブ当日。11時に待ち合わせだったのだけれど、10時に待ち合わせの駅に着いてしまった。自分でも少し浮かれ過ぎかなと思う。でも、やっとだから。やっと、先生に会えるから。濃くなり過ぎないようにはしつつ、動画で学んだ通りにちゃんとメイクして来た。服もなるべくお洒落に見えるように工夫したし、あたしなりのベストは尽くした……はず。それでも不安で手鏡で何度も確認してしまう。しかし約束の時間を過ぎても先生が来ない。少し焦って時間を確認していると、

「よお。中々お洒落さんじゃねえか。待ったか?」

 背中から先生に声をかけられた。振り返るとそこには地味な格好の先生が。

「……ちょっと待った」

 こんな日に待たせるなんて、ひどい先生だ。

「悪い悪い。そしたら行くか。水族館なんていつぶりだろうなあ」

 むくれるあたしをよそにスタスタ歩いてしまう先生。

「先生、こんな日に普段着なんて、ひどいよ。気合い入れてるあたしが馬鹿みたいじゃん」

 あたしが文句を言うと、

「こんな日ねえ。俺たちゃ大半が基本的に仏教徒のはずなのに記念日にだけ浮気するのもどうかと思うんだけどな」

 ロマンチックさの欠片もない事を言ってのける先生。

「先生……モテないでしょ」

 ジトッとした視線を送って言った。

 あたしでも分かる。クリスマスイブにこんな発言をする男性はモテない。

「よく知ってるじゃねえか。彼女なんか5年以上いねえよ」

 へらへらと笑いながら言う先生。

「……そうじゃなくてもすっごく久しぶりに会える日なのに」

 小声でぼやいた。

 こちらはデートと思って気合い入れてきたのに。

「元教え子と二人っきりで会うのもまずいのに一張羅着て来ちゃ更にまずいだろうよ」

 ため息をついて先生は言った。

 そっか、これは先生なりの距離の作り方だったのか。相変わらず距離を詰められないことに悲しみを覚えながら水族館へ向かった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「わー、綺麗!」

 クラゲのブースでふよふよ漂うクラゲを見てあたしははしゃいだ。

「そうだな。見てる分にはいい生き物だ」

 先生は微笑んで言った。思わずクラゲから目を離し見つめてしまう。

「うん? 俺の顔に何かついてるか?」

 不思議そうな顔をする先生。

「あ、いやその、デート、楽しいなって」

 魚を見る事自体より、一緒にいて、先生と話して、顔を見ることが嬉しくて楽しい。

「そりゃあよかった。おっと、人が多くなってきたな。そろそろ次のブースに、っとと」

 先生が後ろから押され、あたしの脇のガラスに手をついた。いわゆる、壁ドン。これ、こんなにドキドキするんだ……

「すまねえな。いまどく」

「え、あ、うん……」

 もう少しこのままで、というのは流石に恥ずかしくて言えなかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「すっごく綺麗だったね!」

 水族館は小規模ながらに小さい頃と同じ、いやそれ以上の感動をあたしに与えてくれた。それはきっと、一緒にいた人による補正が大きいのだろうけど。

「そうだな。何が一番良かった?」

「うーん、一番って言われると悩むけど……クラゲ綺麗だった! やっぱりでも魚以外も可愛かったなあ。オットセイとか、ペンギンとか!」

 ふわふわと漂うクラゲやショーで活躍した動物を思い浮かべて言った。

「そうかそうか。楽しんでくれて何よりだ。さてと、昼飯だが何食いたい? 好きなモン食わせてやるよ」

 時刻は予定より少し遅れて午後2時。そろそろお腹の虫も鳴りそうなので早いところ何か口にしたいところだ。

「そうだなあ……あ! あそこのパスタ屋さんがいいな!」

 目についた中で一番お洒落なお店を選んだ。

「おういいぞ。こんな洒落た店入るのなんか久しぶりだなあ」

「あたしも! でも先生はいつも外食しないの?」

 料理しないならそこそこの頻度で行きそうだけど。

「そりゃあするが、入るのなんかもっぱら牛丼屋とかだからなあ」

「あー、なるほど……」

 それもそうか。自分で選んで何だが、このお店は少なくとも牛丼屋さんよりはお高そうだ。

 中に入り席へ案内された。するとすぐに先生はメニューをあたしに渡した。

「何頼む? 奢ってやるから好きなのにしな」

「えっ、そんな悪いよ!」

 この日のために貯金をしてきたのだ。チケット代くらいはと思い水族館のチケットは買ってもらったが、食事代まで出してもらうのは忍びない。

「あのなあ、バイトもしてない高校生相手に社会人が割り勘なんてできねえんだよ。今日くらい金の心配せずに遊びな」

 畳んだメニューであたしの頭を軽くはたきつつ、先生は言った。その後それに、と続け、

「今日は折角のデートなんだろ? 飯代くらい男に出させとけ」

 あたしの耳元で囁いた。

「……じゃあ、ご馳走になります」

 急な接近に頬が熱くなるのを感じながら答えた。


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