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先生とあたしの恋愛化学方程式  作者: 角 秋也


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HNO3+3HCl-3

 翌日。学校に行くと、軽い集会があった。五十嵐先生が退職した、とだけ伝えられた。理由は発表されず、前兆の無い急な出来事に、生徒達はザワついていた。それなりの数の生徒、特に男子が残念がっていた。適当なりに面倒見の良い性格なのは伝わっていたらしく、思っていたより人気があったみたいだ。あたしも、知ってはいたけれど、改めて聞くと悲しくなった。それこそ、堪えないと涙が出てきそうなくらいには。本当に、先生はなんで辞めちゃったんだろう。話せないのなら無理には聞けないけれど、やっぱり話してほしかった。寂しいし、悲しい。そんな感情があたしの周りをぐるぐる回る。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「はぁ……」

 放課後。どうにも気力が湧かず教室で教科書を眺めていた。これからどうしようかな。先生との約束は果たしたい。立派になって、先生に恩返ししたい。でも、実際そんなことができるんだろうか。先生がいない環境で、そんな風になれる自信がない。

「よお」

 教室で放心していると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「……何か用?」

 木村だ。顔を上げるとニヤついた顔が見えた。

「ちょっと、来てくれない?」

 またか。懲りない人だ。

「……気分じゃない」

 あたしがため息をついて答えると木村は更に口角を上げてこう言った。

「五十嵐センセーが辞めた理由、知りたくない?」

「! ……知ってるの?」

 もし知っているのなら、知りたい。

「もちろん。ついてきて」

 彼の下卑た笑みに嫌な予感を感じながら、あたしは彼の後をついていった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


「そろそろ話してくれない?」

 体育館裏に連れていかれ、あたしは口を開いた。

「ホント、毎回結論を急ぐよね」

 軽薄そうに笑って木村は言った。

「言ったでしょ? あたし、木村の事嫌いだから。悪いけどこんな話題じゃなきゃついてこないし」

 少しの軽蔑を込めて言い放った。

「はぁ、まあいいや。じゃ、五十嵐センセーが辞めた原因だけど」

 ニヤニヤと嫌な笑いを隠しもしないで木村は言った。

「玲奈、お前のせいだよ」

「……え?」

 どういうこと? 嘘なら最低だけど、それでも嘘の方がいい。

「お前、約束破ったろ? だから、報復ってヤツ?」

 肩をすくめて木村は言った。だが、仕草と裏腹に目は笑っていない。

「夏休み、繁華街の方でセンセーと歩いてたでしょ? 俺、それ見かけてさ。見てたらくっついたりするもんだから。それをセンセーに言って、辞めなきゃバラすよって言ったらあっさり辞めちゃってさ。笑うよね。金でも貰ってイイコトでもしたの?」

 相変わらず軽薄そうな笑みを隠そうともせずに言う木村。

「ふざけないで! 先生と私はそんな関係じゃない!」

 思わずビンタをした。許せない。そんな理由で先生を辞めさせるなんて。何より姑息すぎる。

 分かってはいたけれど、最低の男だ。

「何すんだこの野郎!」

 怒りを露わにする木村。腕を振りかぶる。

 あたしが思わず目をつむると、衝撃はいつまでも来ず、代わりに低い声が聞こえた。

「やめとけよ。なにがあったか知らないけど、女子を殴るなんて最低だ」

 木村を止めたのはいつだか慰めようとしてくれた山野君。こんな所での出来事、よく見つけたなあ。でも、助かった。

「離せ! こいつのせいで俺は……」

「そもそも中学での素行が問題なら大本はお前だろ。それでも夏浦さんを殴る気なら代わりに俺が相手になるぞ」

 ドスのきいた声で言う山野君。

「チッ。俺もう行くわ。あんなの、世間から見たらパパ活以外の何物でもないけどな」

 吐き捨てるように言って木村は立ち去った。

 パパ活……やっぱそう見えちゃうのかなあ。

 それより、

「ありがとう、山野君。助かった」

 あたしがお礼を言うと、

「大丈夫か? 怪我とか……」

 心配してくれる山野君。

「大丈夫。どうしてこんなところに?」

 疑問に思ったことを聞くと、

「練習に向かうとこだったんだ。間に合ってよかった」

「何部なの?」

 あたしが聞くと、

「柔道部」

 素っ気なく山野君は答えた。

「それじゃ、練習始まるから、俺はこれで」

 そう言うと山野君は柔道場へと向かっていった。

「うん! 部活頑張って!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 教室移動のために歩いていると、前に忙しそうに荷物を抱えた先生が二人いた

「全く、どんな事情か知らないけど、五十嵐先生も急だよなあ。後片付けする身にもなって欲しいもんだ」

 男の先生が書類を持ってぼやいた。

「そうですねえ。まあ、ああ見えて自分の仕事だけはキッチリやる人でしたし? 何かやむを得ない事情があったんでしょう。まあ、新しい仕事を積極的に避ける姿勢はどうかとは思ってましたけどねえ」

 それに対して女の先生がのんびりとした口調で答えた。

 ……五十嵐先生の話題を聞いて、反射的に廊下の角に隠れて耳をそばだててしまった。こうなると出ていくのも不自然だし、二人の先生が立ち去るまで待とうかな。

「で、五十嵐先生はいつ取りに来るって?」

「ええと、確か日曜に取りに来るとかって。まあ、ひとまず大まかな荷物だけでも移しちゃいましょうか」

 日曜日、先生が学校に……会いたいけど、流石に迷惑だよね……

「はあ。全く、化学室を私物化しすぎだよ。散らかってるし、私物は多いし」

「山本先生が言えたことじゃないと思いますけどねえ。物理実験室も大概……というか物理実験室の方が汚いんじゃ?」

「それは……佐久間先生の所はどうなんです?」

「私のところは整理整頓キッチリしてますよお。そもそも、カエルのピョン太がいるので汚くはできないんですよねえ」

「え、カエル飼ってるの?」

「ええ。可愛いですよお。今度見に来ます?」

「いやあ……俺、両生類とか爬虫類とか苦手だから、遠慮しときますわ……」

「そうなんですか? 可愛いのになあ。というか、両生類と爬虫類は大きく違いますよお。それについて解説するためにも一回生物室に──あれ? 君、そろそろ授業時間ですよ?」

 二人の会話を聞きながら待機していたら見つかってしまった。

「すいません、教室移動の途中で。今行きます」

「そうですか……まあ、早く行った方がいいですよお」

「はい、すいません」

 軽く頭を下げて廊下を早足で歩いて教室へ向かった。

 日曜日、か……


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